同居人
「ただいまー」
壮史の声がする。
そのまま、いつも通りお風呂に向かった。
火を弱めに入れ直す。
鍋の中身を一度混ぜる。
底が焦げていないか確かめて、温まったところで火を止める。
上がったらすぐ食べられるように、夕飯を並べておく。
これは私のこだわり。
今日のメニューは、レバーのそぼろ丼、菜の花のおひたし、具沢山のお味噌汁。
髪を乾かし終えた壮史がやってくる。
「げっ。今日もレバー?最近多くない?」
昨日の分を考えたら仕方のないことだろう。
文句は言いつつも、臭みもしっかり取っているからか毎回おかわりしてくれる。
以前、私が飲み過ぎた後に壮史が貧血で倒れてから作る料理は気をつけるようにしている。
栄養学の勉強をきっちりしたから今ではもうその心配はほとんどなくなった。
鉄分だけではなく、食材に合わせてビタミンCも摂れるように工夫している。
今日は3回もおかわりしてくれた。
1回目は、文句を言いながら。
2回目は、職場の愚痴を言いながら。
3回目は、無言だったけれど満足した顔で。
これなら大丈夫だろう。
片付けは壮史の担当だ。
皿を洗う手際もいつもと変わりない。
壮史はいつでも「大丈夫」しか言わないから信用ならない。
小さな変化も見逃さないようにしている。
うん、今日は大丈夫そうだ。
食後は各々好きな時間を過ごす。
テレビの音が消えて壮史が部屋に向かう気配がする。
「樹、俺もう寝るよー」
分かった、と返事をして壮史の部屋に行く。
部屋に入ると、ベッドの上で肩周りのストレッチをしていた。
壮史の隣に座り、首に牙を立てる。
「いたっ」
皮膚に牙が入り込む感覚は何回しても慣れないらしい。
牙を刺したまま唾液を少し壮史に入れる。
入れ過ぎると血が固まるから程々にして、口を離す。
刺したところに外気が当たり痛みで壮史の顔に力が入っている。
でも、唾液のおかげで痛みが緩和されたのか少しずつ力が抜けていくのが見て取れる。
刺し傷から溢れる血を見るとどうしても食欲が止まらなくなる。
昨日はそれで少し飲み過ぎてしまったから今日は気をつけるつもりだ。
それでも、
――美味しそう。貪り尽くしたい。
それだけで頭が埋め尽くされそうになる。
本能に抗い、必死に抑える。
どうしても、流れ出る血は食欲をかき立てる。
鎖骨からこぼれ落ちないように舌で舐め掬い、味わう。
壮史の血は特別なわけじゃない。
だけど、栄養管理は完璧だから私好みの味になってきてる。
そのまま溢れる血を堪能する。
この時間は何物にも変え難い。
私が味わっている間に壮史はだんだん体に力が入らなくなってこちらに身を預けてくる。
もうほとんど吸われるがままの状態。
本当はもう少し吸っていたいが今日はやめておこう。十分に満足した。
刺したところをゆっくり舐めれば血が止まってくる。
しっかり止まったことを確認して首元から口を離し、壮史を見る。
顔色は変わりない。
手首に指を当て脈を確認。
やや早くなっているが、問題ない範囲。
呼吸もおかしくないことを確かめる。
念のため、大丈夫か?と聞く。
「だいじょうぶ」
これしか言わないのは分かってるがどうしても聞いてしまう。
この言葉を信じて何もしなかったら次の日に壮史が貧血で倒れたことがある。
あの時はとてもびっくりした。
何をしてやれば良いのか分からずあたふたしている私を見て、壮史は笑っていた。
私の唾液で感覚は薄れてぼんやりとした夢見心地になることは知っていた。
ただ、分かっていなかったのだ。
その後からはちゃんと吸う量も、栄養も考えることにした。
今日は昨日ほどの量は飲んでいないから倒れることもないと思う。
首回りの衣服を整え、そのままベッドに寝かせる。
すぐに、寝息が聞こえてくる。
出会った頃は酒がないと寝られないとか言って深酒する日々だったのに。
アルコールも抜けて、規則正しい睡眠が取れるようになったのはよかったと思う。
自分の部屋に戻り、ノートを出す。
今日の壮史の様子、疲労度、食事内容。
それに、血の味、吸った量も記録していく。
全部、明日の献立の参考にするための記録。
この記録をつけていると知った時の壮史の顔は今でも忘れられない。
あり得ない物でも見たかのような、蔑むような冷たい目をしていた。
どんなに壮史に気持ち悪がられても、栄養を考えて料理するのは楽しい。
だから、記録をつけない理由にはならなかった。
それに、今のところは役に立つことの方が多い。
そう、これは私の大事な記録。




