平穏の崩壊
ノアと別れてから、四時間ほどが経った。
夕暮れが夜へと沈みきる頃、俺の家の扉がノックされる。
「ユーマぁ……」
扉を開けると、そこにはリナが立っていた。
肩を落とし、いかにも疲れ切った様子だ。
「お疲れ。司祭の頼まれごとか?」
「うん……エルグ司祭に色々言いつけられて大変だったよ〜。でもエルグ司祭はすごく優しいんだよ。『魔抜け』の私のこともいつも気にかけてくれるし」
「そう自分を卑下するな。リナらしくないぞ。エルグ司祭も俺も、ルーク兄さんだってお前の良さはわかっている」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな。あ、ほら!ちゃんと持ってきたよ。今朝搾りたてのミルク」
「楽しみだ。中に入ってくれ」
テーブルに向かい合って座り、俺はミルクをコップに注いだ。
王都から届いたクッキーの缶を開け、皿に分けようとした、その時だった。
――ドンッ!!
爆発音のような衝撃が、家全体を揺らした。
同時に、玄関の扉が内側へと吹き飛ぶ。
窓ガラスも割れ、その破片が室内へと飛び散る。
「――っ!!」
「きゃっ!」
リナが悲鳴を上げ、反射的にうずくまる。
敵襲。
考えるまでもない。
何者かが、明確な殺意をもって、この家を襲ってきた。
「リナ、動くな!」
割れた扉の向こうから、男たちがぞろぞろと侵入してくる。
五人――いや、六人か。
その顔を見て、背筋が冷えた。
虚ろな目。
焦点の合わない視線。
覚束ない足取り。
俺は即座に胸元の木札を掴み、魔力を流し込んだ。
リナを中心に、水の膜を張るイメージを強く描く。
「水膜壁ーー!!」
木札が淡く光り、次の瞬間、リナの周囲に水の防壁が形成された。
あの夜、ノアが見せたものと同じだ。
「リナ! この中から出るな! 何があってもだ!」
「え、え……?」
混乱したリナを残し、俺は次の行動に移る。
木札にさらに魔力を込める。
「ノア…」
助けを求める、その瞬間だった。
ダンッ!
焼けるような痛みが手に走る。
「――っ!」
突然の激痛に握っていた木札を思わず落としてしまう。
首から下げていた紐も千切れ、木札は床を滑った。
痛みの先に目をやると、手のひらを貫通したナイフと大量の出血。
「おっとぉ。仲間に連絡されちゃ困るんだよなぁ」
耳障りな声が聞こえた。
視線を上げると、侵入者たちの後方に、ひときわ異質な男が立っていた。
異様なほど猫背な身体と恍惚とした表情を浮かべたそばかすまみれの顔。
その男は全く手入れなされていない灰色の髪をかきむしりながら包囲網の内側に侵入した。
「……お前が、最近の事件の黒幕か?」
手のひらのナイフを抜き、俺は低く問いかける。
「あぁ? 知らねぇなぁ、そんなこと」
男は肩をすくめ、にやにやと笑った。
「俺は依頼人に言われた通り、この家と中のやつをぶっ殺しに来ただけだ」
「目的は何だ」
「知るかよ!」
男が叫ぶ。
その声を合図にしたかのように、周囲の侵入者たちが一斉に動いた。
迫り来る侵入者達の攻撃を受け流しながら、俺は彼らを“見る”。
侵入者たちの胸の辺りに、黒い靄のようなものが漂っている。
そして、その靄は一本の線となり、猫背の男へと繋がっていた。
「……やはりか」
俺が精神干渉魔法を使う時に見るものと似ている。
確証はなかったがあの夜の襲撃の際も微かにあった予感が確信に変わる。
「がっ……!」
複数方面からの攻撃を捌ききれず、後頭部に肘を打ち込まれる。衝撃的視界が一瞬白くなる。
だが、すぐに踏みとどまり、追撃に来た男の腹に全力で蹴りを叩き込む。
男は吹き飛び距離が空く。俺は他の攻撃を避けるようにその隙間に転がり込んだ
ーーくそ、吹き飛ばされた木札まで遠い。どうにかしてノアに連絡をーー
「おいおい、操り人形に夢中で俺のこと忘れてねぇかぁ?」
横合いから現れた猫背の男の拳が、腹にめり込む。
空気が一気に肺から抜ける感覚。俺は机ごと吹き飛ばされて壁に激突した。
「立てよぉ!まだ終わりじゃねぇぞぉ!!ギャハハ!!」
体勢を整える間もなく、猫背の男の蹴りが頭に入る。
痛みは、なぜか遠い。
だが視界が揺れ、身体が言うことをきかない。
男の追撃は止まない。
もはやどこを殴られているのかも分からない。
男の絶え間ない攻撃を防御姿勢もとれないままモロに受け続ける。
「ギャハハハハハハハハ……」
しばらくの間、男の攻撃は続いたが、俺が指一本動かせなくなったことを確認すると、突如興味を失ったかのように俺から離れた。
「チッ、もう動かねぇのかよ。つまんねえなぁ!!!おい前ら、こいつを始末しろ」
最後に思い切り顔面を蹴り飛ばした後、男は命じた。
操られた者たちがゆっくりと近付いてくる気配を感じる。
彼らは指示通り俺を殺すのだろう。
「ユーマ!!!!」
リナの声。
水膜壁は、まだ保っている。
だが、時間は残っていない。
「待ってろよお嬢ちゃん。次はお前だぁ」
男は恍惚とした表情で、水の防壁に歩み寄る。
「外付けの防壁にしちゃ、随分もつじゃねぇかぁ……でも、そろそろぉ……」
水膜壁を発動して五分が経過する。
「効果切れだろぉ?」
防壁が消え、リナが無防備に晒される。
「や、やだ…」
――守らなければ。
一瞬、ノアの笑顔がチラついた。
ここで精神干渉魔法を使えば、ノアは俺を重要参考人として拘束せざるを得ないだろう…。
だが、迷いはなかった。
「……なあ、おい、猫背」
掠れた声で、男に呼びかける。
「あぁ?まだ喋れんのかよ」
猫背の男がこちらを振り返る。
「知ってるか。精神干渉魔法で操られた人間の……支配権は、上書きできない」
「……はぁ?」
「じゃあ、考えたことはあるか?」
俺は、血を吐きながら笑った。
「――支配者自身が、操られたら……そいつらは、どうなる?」
「精神支配ーー」
次の瞬間、俺の魔力が、爆ぜた。
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