祈りが願う未来
魔導の主へ祈りを捧げようと、静かに目を閉じた、その直前だった。
「お隣、失礼してもいいかしら?」
聞き覚えのある声に、思わず目を開ける。
隣に立っていたのはノアだった。
今日は非番らしく、いつものフードも制服も身につけていない。淡い色合いのワンピースに身を包んだ姿は、酒場で見る彼女とも、夜の任務で見た彼女とも違って見えた。
正直、少しだけ面食らった。
「……後をつけていたのか?」
「私は教会の人間よ?」
ノアは首をかしげ、何でもないことのように言う。
「休日にお祈りに来て、そんなにおかしいかしら?」
そう言われると、言い返せない。
「……いや。いい心がけだな」
「でしょう?」
ノアは満足そうに微笑んだ。
「あなたも、ちゃんと祈りに来てるじゃない。感心感心」
「当たり前だ。日々、善行を心がけている」
胸を張って言うと、ノアはくすっと笑った。
「さっきの子、お友達?」
「ああ。リナだ。前に話しただろ。幼馴染が修道女見習いをしてるって」
「あの子がそうなのね。明るくて元気そうだったわ」
一拍置いてから、ノアが意味ありげに続ける。
「それに、クッキーでお家に誘うなんて、なかなかやり手じゃない」
「誤解されると困るから先に言っておくが、俺とリナにそういう関係はない」
即座に否定する。
「あら、そうなの?」
「ああ。リナは俺の兄――ルーク兄さんに、もう十年以上も想いを寄せてる」
「へえ……」
ノアは少し驚いたように目を細めた。
「それが、そのお兄さんが送ってきたクッキーってわけね。それ、王都でもすごく人気よ。よく手に入れられたわね」
「そうなのか。ノアは王都から来てるから詳しいんだな」
そこで、ふと気づく。
「……というかノア。俺たちの話、全部聞いてただろ。何が『休日に祈りに来てもおかしくない』だ」
「あはは」
ノアは悪びれもせず、小さく笑った。
「正解」
「まったく……」
呆れながらも、不思議と嫌な気はしなかった。
ひとしきり話した後、改めて魔導の主へ祈りを捧げる。
静かな時間が流れ、祈りを終えた俺たちは並んで教会を後にした。
「そういえば」
歩きながら、ノアが思い出したように言う。
「さっきの司祭、ずいぶん古風な言い回しをしていたわね」
「エルグ司祭のことか?」
「あの人、別れ際に『聖架の元に、魔導の導きがあらんことを』って言ってたでしょ?」
「ああ。いつもああだが……おかしいのか?」
「少しね」
ノアは顎に指を当てる。
「その言い回し、昔はよく使われていたの。でも今は『聖架の元に』って部分は省かれることが多いわ」
「そうなのか?」
「ええ。知ってるかもだけど、昔は王家より教会の権力が強かった時代があったのよ。でも今は力関係が均衡しているでしょう?」
「……まあ、そうだな」
「だから、『聖架の元に』なんて教会第一主義とも取れる表現は、自然と使われなくなったの。今は頭を取り除いて、『魔導の導きがあらんことを』だけが主流ね」
「へえ……」
「ちょっと時代遅れのおじいちゃん、って感じかしら」
軽く肩をすくめる。
「まあ、気にするほどのことでもないわ」
「……そうか」
それ以上、深く考えることはなかった。
やがて、我が家と『狩人の止まり木』への分かれ道に差し掛かる。
「もう少ししたらリナが家に来るんだが、ノアも来るか? あのクッキー、王都でも人気なんだろ?」
「遠慮しておくわ」
ノアは首を振った。
「今夜はナナミさんに料理を教えてもらう約束なの。それに、せっかくのお兄さんのクッキーだもの。私が食べたらリナさんが可哀想でしょ?」
「そうか」
少し残念な気もしたが、仕方ない。
「じゃあ一緒に帰れるのはここまでだ。この道をまっすぐ行けば『止まり木』だ。近道を使おうとするなよ」
指で示すと、
「分かってるわよ、それくらい!」
ノアは少し顔を赤らめて反論した。
「ああ、大丈夫そうだな。また明日」
「ええ、また明日」
互いに別れの言葉を告げ、俺たちはそれぞれの岐路についた。
監視する側と、される側。
複雑な関係ではあるが――。
それでも、ノアとのこうした何気ない会話を、俺が楽しんでいるのは確かだった。
だからこそ、この連続事件の犯人が見つかれば、すべてが終わるということに、ほんの少しだけ、寂しさを覚えてしまったのかもしれない。
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