運命の迷い道
家へ帰る道を、一人歩く。
酒場から少し離れると、通りの明かりはぐっと少なくなる。街灯代わりの魔導灯もまばらで、夜のルミネは正直言って心許ない。
だが、慣れている。
この街で生まれ育った俺にとって、これが日常だ。
――そんな中で。
ふと、前方に気配を感じた。
足を止め、目を凝らす。
心許ない魔導灯の下に、人影が一つ。
「……あ?」
そこに立っていたのは、ついさっき別れたはずの少女だった。
「ノア?」
フードを被ったまま、街灯の下で紙面を広げ、睨めっこをしている。
どうやら俺の存在には気づいていないらしい。
とりあえず、近づいてみる。
彼女が眺めていたのは、この辺りの地図のようだった。
「おい。宿に向かうって言ってなかったか?」
「……!? ユーマ? そ、そうよ。今夜泊まる宿に向かっている最中よ」
即答だったが、様子がおかしい。
先ほどまでの冷静で自信ありげな雰囲気がない。声も、わずかに上ずっている。
「そうか。宿の名前は?」
「し、白鹿亭よ」
白鹿亭、か。
部屋も綺麗で朝食付き。
この辺りでは評判のいい宿だ。オーナーも、たまにナナミさんの酒場に顔を出す。
ただ――。
「……白鹿亭は、こっちじゃない」
俺は指で、背後の道を示した。
酒場から、俺が歩いてきた道だ。
「ここからだと、完全に逆方向だぞ」
「そ、そんなわけ――!」
言いかけて、ノアは口を閉じた。
地図をぐるぐる回しながら、改めて見直している。
「……もしかしてだが、道に迷ってるのか?」
「ち、違うわよ!? ちょっと確認してただけ!」
先ほどまでのクールさは、どこへ行ったのか。
完全に動揺している。
俺は、軽く息を吐いた。
「この辺りは暗い。外から来た人間には分かりづらいだろう」
そして、続ける。
「宿まで案内する」
「だ、誰もそんなこと頼んでないわ!」
「まあいい。宿はこっちだ」
そう言って、俺は踵を返し、来た道を戻り始めた。
少し遅れて、足音がついてくる。
ノアはしばらく無言だったが、沈黙に耐えきれなくなったのか、ぽつりと口を開いた。
「……ありがとう」
「なに。困ってる人を助けるのは、当たり前だ」
「……そう。素敵な心がけね」
「ああ」
それきり、また沈黙が戻る。
このまま歩き続けるのも気まずい。俺から話題を振った。
「あんた――ノアのことと、聖架教会について聞いてもいいか?」
「……何?」
「俺の幼馴染が、辺境の教会で修道女見習いをしてる。ノアも、そういう立場なのか?」
少し間を置いて、彼女は首を振った。
「私は、修道女見習いじゃない。対魔管理局に所属してるの」
「対魔管理局?」
「魔法や魔術を不正に使う者を取り締まる部署よ。個別対応が基本で――」
そこで、ノアが言葉を切った。
「……?」
「嫌な気配がする」
彼女の表情が、一変する。
「監視されてるわ。そこにいるのは誰!? 出てきなさい!」
ノアが声を張り上げた瞬間、
闇の中から、人影が現れた。
数人。
冒険者だ。
見覚えのある顔もいる。
酒場を利用したことのある連中だ。
だが、様子がおかしい。
目は虚ろで、焦点が合っていない。
足取りも覚束ない。
「――っ!」
背後から、ノアに飛びかかる影。
俺は反射的に踏み込み、回し蹴りを叩き込んだ。
男は呻き声を上げ、地面に転がる。
「大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ」
ノアは即座に周囲を警戒しながら、俺を見る。
「一応聞くけど……あなたが仕組んだわけじゃないわよね?」
「そんなわけないだろ」
俺は周囲を見回した。
「これが、ノアの言ってた連続事件か?」
「おそらくね。まさか遭遇できるとは思ってなかったけど」
「この数、この騒ぎだ。誰かが気づいてもおかしくないだろう。最近は治安が悪いから衛兵の警備も強まっているはずだ」
「……あそこを見て」
ノアが指差す先。
淡い魔力の膜のようなものが、周囲を覆っている。
「隠匿の結界よ。この中の騒ぎは、外には伝わらない」
「なるほど……結界の外に出なくてはならないのか」
「そう。幸い、隠匿結界は物理的な壁じゃない。抜けること自体は簡単なはず」
冒険者たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
「まずは、こいつらから切り抜けないとな」
「増援の可能性も0じゃない。時間はかけられないわ。できるだけ一気に抜ける」
ノアの周囲に、水が集まり始める。
水属性の魔法だ。
「多少の怪我なら、すぐ治してあげる。安心して」
「ああ。互いにフォローしながら行こう」
俺は拳を握った。
「酒場の厄介払いは慣れてる。喧嘩が初めてってわけじゃない」
夜は、まだ終わらないらしい。
しばらく毎日お昼の12時更新予定です。
よろしければブックマーク・高評価・コメントよろしくお願いします!




