月夜に輝く銀髪
店の締め作業が終わり、裏口から外へ出る。
あとはゴミ袋を二つ抱え、裏手の捨て場へ向かうだけだ。ゴミを捨て終えたら、そのまま家に帰る。
辺境の夜は、やはり静かだ。
遠くで虫の鳴く声がするくらいで、人の気配はほとんどない。
「――こんばんは」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、昼間見たフードの少女が立っていた。
酒場の端で食事をしていた、翡翠色の目をした客だ。
「まだ残ってたのか」
「ええ。少し、話をしたかったから」
落ち着いた声だ。
距離の取り方も、近すぎない。
俺はゴミ袋を地面に置いた。
「用件は?」
一体、何の用だろうか。
まさか、料金計算が間違っていた、ということもないだろう。
「あの酔っ払いが眠る直前、ほんの僅かだけど、あなたの周りに魔力の揺らぎを感じたわ」
驚いた。
周囲に気づかれないように魔法を使ったつもりだったが、彼女には見抜かれていたらしい。
だが、正直に答える必要もない。
「さあな。気のせいじゃないのか?」
「とぼけないで。はっきりと魔力の流れを見たわ」
「見間違いだろ」
「私が見間違えるわけないわ」
俺は肩をすくめる。
「……睡眠導入系の魔法だ。酔っ払いにはよく効く。ぶん殴って放り出すよりは穏便だろ。それより、お前は何者なんだ?」
俺の固有魔法は、一般には禁忌とされている。
ここは、うまく誤魔化さないとまずい。
少女は一拍置いてから、フードを外した。
翡翠色の目、低めの二つ結びにした銀髪が、月明かりで美しく反射している。
先ほども思ったが可憐な少女である。
「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわ。私はノア。王都アルセインの聖架教会に所属している」
聖架教会。
この世界に魔法を広めた伝導者を唯一神とする、この国をはじめ多くの国に影響を持つ教会だ。
そこまで熱心な信徒ではないにせよ、俺も信者の一人ではある。
幼馴染のリナなどは、辺境の教会で修道女見習いとして日々修行しているくらいだ。
「俺はユーマ。どこにでもいる酒場の従業員だ。そんな俺に、王都の教会が何の用だ?」
「辺境で、精神干渉系の魔法犯罪が起きている」
「……っ」
ノアは、淡々と話し始める。
「強盗、暴行事件、役所の襲撃。ここ最近、辺境都市ルミネでは事件が多発しているわ。しかも、捕まえた犯人たちは共通して、自分の行動をはっきり覚えていない。記憶が曖昧なの」
精神干渉。
俺の魔法と、近い。
「教会は、これらの事件に精神干渉系の魔法が使われた可能性が高いと見ているわ。もし、あなたが使った魔法が精神干渉魔法なら――重要参考人として、見逃すことはできない」
「繰り返しになるが、俺の魔法はただの睡眠導入だ。よほど疲れているか、酔っ払っていない限り、ほとんど効果はない」
我ながら、苦しい言い訳だと思う。
だが、ここは誤魔化すしかない。
ノアは何も言わない。
黙ったまま、こちらを観察するように見つめている。
「……俺は犯人じゃない。さっきの魔法だって、自分の利益のために使ったことはない。そう決めている」
「それを証明できる?」
「できない」
事実だ。
ノアは変わらず、俺を見ている。
値踏みするような視線だが、不思議と敵意は感じなかった。
俺は先に口を開いた。
「疑うなら、好きにしろ。気が済むまで、俺を見張っていればいい」
「それも一つの手ね。そうさせてもらってもいいかしら?」
「ああ、問題ない。……ただし、条件がある」
「……条件?」
ノアが、わずかに眉を上げる。
「あんたの調査に、ナナミさんや店の連中を巻き込むな」
はっきり言う。
「仮に俺が犯人だとしても、『止まり木』の人間は関係ない。ナナミさん――あそこのマスターは、俺の恩人なんだ。迷惑をかけたくない」
ノアは、少し考え込んだ。
やがて、静かに頷く。
「いいわ。その条件を受け入れる。私が見るのは、あくまであなた個人。酒場や関係者には手を出さない」
「ああ、助かる」
俺は、素直にそう言った。
「それじゃあ、私は宿に向かうわ。明日から、よろしくね」
ノアが夜の闇に溶けていく。
俺は黙ったまま、それを見送った。
宿に向かう、というのも、俺を油断させるための嘘かもしれない。
だが、問題はない。
俺は、いつも通りの生活を続けるだけだ。
誰かに見張られていようが、関係ない。
しばらくノアの消えた闇を眺めていると、裏口の扉が開き、ナナミさんが顔を出した。
「あら? まだここにいたの? 最近はやたらと物騒なんだから、ユーマも気をつけなさいね」
「もう帰るところだ。また明日も、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。それじゃ、おやすみなさぁい」
辺境の夜は静かだ。
そして、明日もきっと同じように始まる。
――少なくとも、今はそう思っていた。
しばらく毎日お昼の12時更新予定です。
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