対魔管理局としての選択
精神支配ーー
ほんの一瞬の出来事だった。
猫背の男は、俺の言葉を理解することもなく動きを止める。
俺を始末しようと剣を振り上げていた剣士も、俺の思念一つで、その剣を静かに鞘へと収めた。
時間が、止まったかのようだった。
「……はは」
喉の奥から、乾いた笑いが漏れる。
「賭けは……俺の勝ち、だな……」
支配主を支配することで、他の者たちの支配権まで奪えるか。
理屈としては成り立つが、実証された例は聞いたことがない。
完全なギャンブルだった。
だが――コインは、俺に味方したらしい。
侵入者たちは、誰一人として動かない。
虚ろな目のまま、まるで精巧な人形のように、その場に立ち尽くしている。
「……ユーマ?」
リナの戸惑った声が聞こえた。
突然、敵が全員動きを止めた状況に、理解が追いついていないのだろう。
「リ、リナ……怪我は……ないか……?」
壁に背を預け、かろうじて座っている俺の元へ、リナが駆け寄ってくる。
「ユーマ!!」
声が震えている。
「急いで手当しないと!! 血……血がすごい量よ!!」
言われて初めて、自分がどれほど血を流しているかを自覚した。
頭は熱に浮かされたようにぼんやりし、身体は指一本動かない。
それでも――。
(意識だけは、飛ばすな)
ここで気を失えば、精神支配が解ける可能性がある。
そうなれば、この状況は一気にひっくり返る。
歯を食いしばり、必死に意識を繋ぎ止めていた、その時だった。
「……下がって!」
聞き慣れた、凛とした声。
「あなたは?」
「治療する! どいて!!」
リナの問いを遮るように、銀髪の少女が駆け寄ってくる。
ノアだった。
俺の前に膝をつき、迷いなく魔力を展開する。
「水高回復――」
柔らかな水が、俺の身体を包み込んだ。
じんわりと、熱と痛みが引いていく。
裂け、切れていた皮膚が、まるで湯上がりのように艶を取り戻していくのが分かる。
折れていたはずの骨の違和感も、いつの間にか消えていた。
十数分ほどだろうか。
「……ひとまず、これで大丈夫ね」
ノアは安堵したように息を吐く。
「ごめんなさい、ユーマ。助けが遅れてしまったわ」
「……いや」
俺はかすかに笑って答えた。
「助かった。ありがとうノア。木札で連絡する余裕がなかったが……よくこの状況がわかったな」
「実は、『止まり木』にも襲撃があったの」
「なんだって!?……っ!」
勢いよく立ち上がろうとした瞬間、腹部に走る痛みに顔を歪め、再び腰を落とす。
「まだ、いきなり動いたらダメよ。完全に回復したわけじゃないから」
「『止まり木』は……ナナミさんたちは無事なのか!?」
「安心して。全員無事よ」
「そ、そうか……」
俺は、ほっと胸をなで下ろした。
「私とナナミさんで襲撃者を片付けた後、ナナミさんがユーマの様子を見に行けって……。でも……遅かったみたいね……」
――色々な意味で。
ノアは立ち上がり、周囲を見渡す。
未だ、俺の精神支配下にある襲撃者たちは、微動だにしない。
「ああ……そうだな」
次の言葉を発するまでに、少し時間がかかってしまった。
覚悟したはずだったが、ノアに真実を伝えるのが怖かった。
だが、もう隠し通すことはできない。
「ノア。俺の固有魔法は精神干渉魔法だ。今まで誤魔化し続けていて、悪かった」
「……そう」
ノアは静かに頷く。
「こんな複雑な気持ちで告げることになるとは思わなかったわ」
一呼吸おいて、ノアは告げる。
「ユーマ。聖架教会・対魔管理局 調査官ノアの名において、最近の精神干渉魔法濫用事件の重要参考人として、出頭を求めます」
真っ直ぐな視線。
「異論は?」
「……ない」
ノアは、ほんの少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。
「安心して。あなたが犯人だなんて思っていないわ。すぐに犯人を見つける。それまで、待っていて」
「……それは心強いな」
自然と、口元が緩んだ。
「まずは、拠点に案内するわ。ついて来て」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
今まで黙っていたリナが、声を上げる。
「ユーマを……どこに連れていくの? ユーマは私を守ってくれた! 何も悪いことしてないよ!?」
「リナ」
俺はゆっくりと立ち上がり、彼女を見る。
「頼み事がある。ナナミさんに……しばらく休むって、伝えてくれないか」
リナの目が揺れる。
「それと、戻ったら……全部話す。約束する」
「……ユーマ……」
「巻き込んでしまってごめんなさい、リナさん」
ノアも頭を下げる。
「すべてが終わったら、元通りになるよう、必ず努めるから……」
「……約束だからね」
リナは、それ以上何も言わなかった。
「――神妙な雰囲気のところ、悪いんだけど」
蹴破られた扉の向こうから、女性の声が響く。
「その別れ、どうやら不要になったみたいよ」
「……!」
現れたのは、白衣を着た眼鏡の女性だった。
ダークブラウンの髪を一本の大きな三つ編みにして前に垂らした、簡素でありながら知性を感じさせる佇まいをしている。
「セフィラさん……? ということは、まさか……」
ノアが息を呑む。
白衣の女性は、静かに頷いた。
「ええ。この一連の事件の犯人、確定したわ」
「ほんと!?」
「あらためて、ユーマくん」
白衣の女性は、にこやかに――しかしはっきりと告げる。
「聖架教会・対魔管理局 調査官セフィラの名において、あなたに重要参考人としての“保護”を申し入れます」
そして、いたずらっぽくウインクして続けた。
「――もちろん、隣の女の子も一緒に、ね」
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