人間ってよっぽどバカなんだね
「久しぶりに会ったね。えっと、あんたがお姉ちゃんの?」
「グラです」
「そしてこっちは弟のグリだったかね?」
「おばあちゃん、グリとグラは野ネズミのお話だよ。僕はモグ」
「おおそうかい。それじゃグラとモグ、あんたたちの母さんの葬式が終わったばかりだけど今から言うことをよく聞くんだよ」
おばあさんが怖い顔をしたので姉弟のグラとモグは緊張しました。
「これからは私が育ててやりたいけどもう年で体も動かない。だから父さんのところへお行き」
「え? パパは死んだってママが…」
「そうでも言わなきゃあんたたちが会いたがるからさ。バカな父さんだけどあんたたちは懐いていたからね。母さんは離婚してこっちにやって来たんだ」
大好きなお父さんが生きていることをグラとモグは初めて知りました。
「この道を真っすぐ行くとマンションがあってその先は墓場になってる。あんたたちの父さんの一族が葬られてる墓地だけどその付近に父さんが住んでる秘密の隠れ家がある。気を付けて行くんだよ」
天井から一筋の光が差し込みました。
グラとモグはそれを希望の光みたいに感じましたがおばあさんはまた怖い顔になりました。
「最後に言っておくけど、やまない雨はないし明けない夜もないからね。油断をするんじゃないよ」
グラとモグが歩き始めて暫く行くと分かれ道がありました。
「お姉ちゃん、こっちの道が明るいみたいだよ」
「ダメ、おばあちゃんは真っすぐって言ったんだから」
暗い道を真っすぐ進んでいくと建物が姿を現しました。
メゾネットタイプのマンションで1階に表札が出ています。
表札は点字で書かれていてモグが指を当てて読み取りました。
「お姉ちゃん、『チン・ゲンサイ』って書いてある」
「中国から来て住んでるのね」
「この家は『マルゲ・リータ』って書いてある」
「たぶんイタリアから来たのよ」
カナを覚えたてのモグは面白がって家々の表札の名前を読み上げます。
「マック・ドナルド!」
「アメリカね」
「トム・ヤムクン!」
「タイかな」
「ビーフ・ストロガノフ!」
「ロシアよ」
「シャウ・エッセン!」
「もういい、静かにして」
グラは弟の手を引いてマンションの脇の真っ暗な墓地に入りました。
そして一つの墓の前で立ち止まりました。
墓石には「モグラン家の墓」と彫ってあります。
次に墓石の横の面に彫られている小さな字を指でなぞりました。
「ほらモグ、たぶんこの名前がパパの亡くなった身内よ。モグリ・モグラン、モグル・モグラン、モグレ・モグラン」
「墓は怖いよ。早くパパのとこに行こう」
「パパはこの辺の秘密の隠れ家に住んでるっておばあちゃん言ってたわね」
真っ暗な中を歩き回っているうちモグが立て札に鼻先をぶつけました。
「お姉ちゃん、この板に字が書いてある」
グラが立て札の点字を指でなぞると「秘密の隠れ家はこちら」と矢印付きで書いてあります。
「行くしかないけど罠かもしれない」
グラは弟の手を取って用心しながら矢印の方向に進みました。
すると立派な門があり門柱の看板に「秘密の隠れ家入口」と書いてあります。
「これじゃ秘密にも隠れ家にもならないわね。なんかおかしい」
「ほんとだね。あっ、ボタンだ!」
モグが門柱にインターホンのボタンがあるのを探り当てて押しました。
「合言葉を言え」
録音してあるらしい音声が流れてきました。
「合言葉?」
モグは首をひねって困った声で呟きました。
すると門の扉が自動で内側に開いたのです。
「お姉ちゃん、どういうこと?」
グラはあきれたように言いました。
「合言葉という言葉を言えってことだったみたいね」
「お姉ちゃん、パパってバカなの?」
「パパに会ったらそんなこと言っちゃダメよ」
門を入って家の玄関に着くとグラは表札を確かめました。
「モグラ・モグラン。間違いない、ここよ」
「おお子供たちよ、よくこの秘密の隠れ家が分かったな」
子供たちが訪ねて来たことを父親は大そう喜びました。
「分からないわけないじゃん。痛っ!」
小声で言ったモグをグラがつねりました。
お父さんは子供たちを抱き寄せて鼻を近づけます。
そして嬉しそうに匂いを嗅ぎましたがモグはへたり込んでしまいました。
「お腹すいた」
「そうかそうか、待ってろ」
すぐにお父さんは皿に山盛りのミミズを持ってきました。
モグは大喜びで食べ始めます。
グラもミミズを口にしながらお父さんに尋ねました。
「どうしてこんなにたくさんミミズがあるの?」
「わしが掘ったこのトンネル街道に野ネズミ族を賃貸で入れてやってるんだ。貨物船で密入国したネズミどもは墓地の側の『メゾン・ド・モウル』、国内のネズミはこの先の『土竜荘』に住まわせている。家賃が月に50匹ずつのミミズだからわしは食うのに困らないってわけだ」
「みんなが毎月50匹ずつ? ネズミさんたちが食べる分は残るの?」
「トンネルの天井を見てみろ。ひげみたいなものが垂れ下がってるだろう?」
「うん。何なの?」
「ニンジンやゴボウの根の先っぽさ。ここからもうすぐ先がトンネルの出口で外には畑がある。ネズミどもは野菜でも木の実でも何でも食べるんだ」
「パパ、トンネルの外に遊びに行ってくる!」
満腹になったモグは出口が近いと知って走り出そうとしました。
「ならん! 母さんから教えられなかったのか?」
それまでと違ってお父さんは厳しい声で叱りました。
しょげてしまったモグに代わってグラが答えました。
「やまない雨はないし明けない夜もないから油断するなっておばあちゃんは言ったけど?」
「うむ、恐ろしいことだ。やまない雨はないから必ず晴れる。明けない夜はないから必ず朝がくる。そしたらどうなる?」
「どうなるって言われても私たちには関係ないし」
「そうだ、トンネルの中にいる限りはな。だがもし油断して外に出ていたとしたら?」
「あ、ママに言われてた! 僕らはお日様に照らされたら死んじゃうんだよね?」
モグの言葉にグラも頷きましたがいい機会だから確かめずにはいられません。
「パパ、本当に私たち日光に当たったら死んじゃうの?」
お父さんはしばらく黙りこんだ後でやっと口を開きました。
「本当のことを教えてやろう。昔のことだが痛ましい事件が起こった。縄張り争いに敗れたモグラがトンネルから追放されたのだ。それでも彼は自分で新たなトンネルを掘ればよかったのに死んでしまった」
「どうして?」
「わしらモグラ族は目が見えん。うっすらと光を感じるだけだ。だから追放されたモグラはアスファルトやコンクリートの上ばかりさまよって土の地面を見つけきれずに餓死してしまったんじゃ。ところが彼の死体を見た人間どもはわしらモグラは日光に当たれば死ぬと勘違いした。そこでだな、」
お父さんはちょっと話を区切った後、言いにくそうに続けました。
「モグラ族の親たちはそれを子供のしつけに利用したんだ。人間どもが思い違いしたとおりに子供に教えこめば子供たちは怖がって外に出ようとしなくなるからな」
「待って。日光に当たっても死なないなら何で外に出ちゃいけないの?」
「そうだよ、そうだよ」
モグもお姉さんに加勢をします。
「それはだな、人間に殺されるからだ」
「人間が私たちを殺すの?」
「そうだ。わしらモグラ族はミミズを主食にしている。ところがミミズのウンチは人間の畑の土の大事な栄養なのだ。そしてトンネルに同居させているネズミ族はもろに畑の作物を食い荒らす。それでわしらもネズミも人間に嫌われているのだ」
お父さんは今度はモグに顔を向けました。
「モグよく聞け、地上にはいろんな生き物がいるが人間は特に凶暴なんだ。人間の子供でさえわしらを見つけたら面白半分になぶり殺しにするだろう。なにしろ人間どもは仲間内でもしょっちゅう殺し合いをしているくらいだからな。そんなバカな生き物は他にいない」
モグはお父さんに聞こえないようにこっそり言いました。
「お姉ちゃん、パパが言うくらいだから人間ってよっぽどバカなんだね」




