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【秋の文芸展2025】友情パズル

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/10/07

0 案内


 受付の女は、機械のように笑った。

「ようこそ〈友情パズル〉へ。ルールの再確認を」


 透明のパネルに四行が浮かぶ。


プレイヤーAとBは、互いの記憶を“転写”できる(双方向)。


転写された記憶は受け手の“自己の体験”として定着する。


転写元の同一記憶は消去。


制限時間十五分。終了時、機械が“人生の完成度”を採点し、片方を保持、片方を空白処理とする。


「空白、って言い方ひどいよな」

 和也が笑った。黒目がよく動く。

 隣の真は肩をすくめた。

「賞金は一人分だしな。合理的だ」


 机は円形、二人は左右に座る。タブレット状のヘッドセット。

 受付の女は薄い冊子も差し出した。

「倫理説明文書です。わかりやすい言葉で書いてあります」

 ページを開くと、わかりやすい言葉がぎっしり並び、わかりにくい数式が小さく添えてある。

 最後に短い欄があった。「あなたの親友の定義」

 真は、そこに名前を書いた。漢字をゆっくり。

 和也は、そこに丸を描いてから、上から名前を書いた。


「では開始します。転写エンジン、起動」


 青い文字が、静かに進捗を示す。

 真は思った――この手の機械は、いつも静かだ。終始ていねいだ。ていねいだが、親切とは限らない。


1 最初の一分


 〈スタート〉の音が、ガラス玉が皿に落ちるように鳴った。

 最初に指を動かしたのは和也だ。


「小学校の林間学校。夜に抜け出して見た星からいく」

 画面に星の点が広がり、線が引かれ、回想の窓が開く。

 真の側のゲージが、わずかに増えた。

「……寒さまで来るな」

「細部も飛ぶらしい」


 次は、受験日の朝の不安。次は、初任給で母に買ったストール。次は、最初の失恋。

 和也はあっさりと渡し、真は眉をよせる。

「いいのか、そんなに」

「お前の中で生きるなら、思い出は死なない」


 受付の女の声が、柔らかい。

「残り十二分です。転写負荷にご注意を」

 和也のゲージが少しずつ薄くなる。真のゲージが太くなる。

 画面の下に、小さな注意が点滅した。〈人格連続性:良好〉


 真は一度、手を伸ばして引っ込めた。

「俺からも渡すか? 公平に」

「いや、俺がやる」


 軽い調子。けれど、足先は固い。真は知っている。彼の軽さは、包装紙だ。


2 会社


 途中で一度、係員が入ってきた。

「こちら、追加の同意です。転写後の記憶の著作権および人格権の取り扱いに関する――」

「記憶に著作権?」

「はい。受け手の脳内に固定された体験は受け手の所有となります。提供者は原体験の所有権を失います。訴訟防止のため、明確に」


 和也は書類にサインした。

 真は、つい口に出した。

「会社はどこまで親切なんだ」

「必要なだけです」

 係員は笑い、出ていった。笑いは、どこにも届かない。


「残り十分快」

 女の声が、優しい。


 和也は、ベンチで肩を貸してくれた夕立の日を渡し、海辺で拾った青い瓶のきらめきを渡し、工場の匂いのする夜を渡した。

「名前、なんだっけ」

「お前の?」

「うん。あ、和也だ。大丈夫。続けよう」


 真は、手を止めた。

「やめよう」

「なんで」

「お前が薄くなる」

「じゃあ太らせてくれ。お前の中で」


 受付の女が、小さな咳払いをした。

「ご提案です。〈友情パック〉に切り替えると、空白処理の後のアフターケアが充実します。月額で、お安く」


 真は笑った。

「どこまで親切なんだ」

「必要なだけです」

 女は同じ言葉を言った。


3 倫理


 残り七分で、白衣の中年がドアの隙間から覗いた。

「倫理オフィサーです。失礼。進行に問題は?」

 真は尋ねた。

「最後に“消える”のは、人格のどこです」

「転写した分に対応する、連想束の主枝ですね。語彙・運動は温存。職能の一部は薄くなる可能性がある」

「……人間は、薄くなっても人間ですか」

「定義次第です」

 オフィサーは、丁寧に礼をして去った。

 丁寧さは、いつも機械の側にある。


「残り六分です」


 和也は、少し息を切らしながら笑った。

「最後に、いちばん大事なやつを渡す」

「なんだ」

「工場の音。古いプレス機の、リズム。俺、あれが好きだった」


 真の胸のどこか、深いところに金属の規則正しい鼓動が宿る。

 それは、もう、自分の思い出だ。


「残り五分」


 和也の目は、すこし曇る。

「ここ、どこ」

「ゲームの部屋だ」

「ゲーム……楽しいな」


 真は、ヘッドセットに手をかけた。

「終わりだ」

「どうして」

「これ以上、やれない」


「残り四分」


 受付の女が、丁寧な声で言った。

「途中終了も可能です。その場合、採点は現在値で」


 真は、和也の画面を見る。薄い灰。

 自分の画面は、過去が増えて重く、うっすらと眩しい。


「残り三分」


 女の声は、親切だ。親切は、よく切れるナイフに似ている。


4 保険


 扉が開き、スーツの男が頭を下げた。

「保険の担当です。すぐ済みます。空白側の生活保護の適用可否に関する――」

「適用されるのか」

「条件がございます。親族が引き取る場合、保護は縮小。第三者が引き取る場合、審査。有償監護料の支給は――」

 男は話し終える前に、真の視線に気づいて黙った。

 視線は、簡単な言葉よりよく刺さる。


「残り二分」


 和也は指を持ち上げた。

「最後に、もう一つ。お前と河原で見た、逆さの星」

「やめろ」

「どうして」

「もう、充分だ」


「残り一分」


 受付の女は、優しく言った。

「お二人とも、すばらしい被験――参加者です」


 “すばらしい”の後に、機械のような少しの間があった。

 真は、和也の手からヘッドセットを外した。

 和也は、ぽかんと笑った。

「君はだれ」

「真。友達だ」

「友達……いいね」


5 判定


 結果は、白い紙のように静かに出た。


〈判定:B=“完成度高”/A=空白〉


 女が手を叩いた。

「おめでとうございます。B様には賞金と“人生の保持”を。A様は、記憶の大半が消去されます。副作用により人格の連続性は――」

「待て」

 真が遮った。

「空白は、どこまで」

「転写回数ぶん。氏名と簡単な言語機能は残存します」


 和也は、ぬるい目で部屋を見回した。

「ここ、どこ」

「ゲームの部屋だ」

「ゲーム、楽しい」


 受付の女が書類を差し出す。

「A様のアフターケア。公的扶助・医療・監護。引き取り人が必要です」

 真は、ペンを取った。

「俺が引き取る」

「親族では?」

「違う。友達だ」

「第三者引き取りには審査が――」

「事前登録してある。代理同意も。貴社のフォームは、きちんと読めば隙だらけだ」


 女は、初めてほんの少し人間のように笑った。

「さすが“B様”。頭もよろしい」


6 出口


 廊下で、白衣の倫理オフィサーがまた会釈した。

「立派でした」

「どこが」

「形式上、です」

 礼は深く、意味は軽い。

 エレベーターの横で、掃除ロボットが静かに床を磨く。床はどこまでも清潔で、そこに落ちたものはすぐ消える。


 外に出ると、夕方で、工場の音が遠くに響いていた。

「聞こえるか」

「なにが?」

「プレス機の、リズム」

 真は耳をすませた。胸の奥で、金属が規則正しく息をしている。――それはたしかに、自分の思い出だった。


「おなか、すいた」

 和也が言った。

「じゃあ、飯だ。からあげでいいか」

「なんで?」

「お前の好物だから」

「ぼくの?」

「うん。なんとなく」


 信号が青に変わる。二人は渡った。


7 手続き


 翌朝、会社からメールが来た。件名は親切だが、本分は固い。

〈アフターケア設定完了/監護者:B〉

 添付のPDFには、監護義務と事故時の免責が整然と並ぶ。

 最後に「友情ポイント」というよくわからない加点制度があり、真は笑って閉じた。


 昼、保険会社の査定AIがビデオ通話を開いた。

「B様。A様の生活評価は“軽”。支給額は規定の七割」

「残り三割は」

「友情で補ってください」

 AIの声は滑らかで、滑らかさは冷たい。


 夕方、倫理委員会のアンケートが届いた。

〈今回の体験はあなたの人生にプラスでしたか〉

 真は、選択肢のどれにも指を置けず、窓を閉じた。


 和也は、ソファでテレビを見ていた。

「これ、おもしろい」

 笑うポイントはずれている。だが、ずれは、やさしい。

 リモコンのボタンの押し方は、覚えている。

 からあげには、レモンをかけない。


 夜、工場の音の動画を流すと、和也は静かになった。

「これ、すき」

「そうだろ」

「どうして」

「お前の思い出だから。……俺のでもあるけど」


8 所有権


 三日後、会社から再びメール。

〈B様が保有する“記憶資産”の二次利用について〉

 記憶資産、という言葉は新品の靴のように硬かった。

〈広告最適化のための匿名化利用に同意して頂くと、監護ポイントが加算〉

 真は、笑う気にもなれず削除した。


 その日の午後、玄関のチャイムが鳴った。

 年配の男が立っていた。よく磨かれた靴。

「私はA様の父です」

 言葉は丁寧で、目は固い。

「引き取りに来ました。血縁ですので」

 真は、ドアの内側で深く息を吸った。

「本人の意思を聞いてください」

 男は眉を動かした。

「意思?」

「はい。空白処理後でも、意思はある。少なくとも、今日の昼飯に何を食べたいかくらいは自分で言える」

 男は黙って、ソファの和也を見た。

「君は、来るか。家へ」

 和也は、首をかしげた。

「ここは、家」

 男の磨かれた靴が、ほんの少し止まった。

「……そうか」


 帰り際、男は名刺を置いた。

「困ったときは連絡を。金は、少しある」

 真は受け取り、深く頭を下げた。

 礼には、内容が宿ることもある。


9 片付け


 一週間が過ぎ、街はいつもの速度に戻った。

 会社からは時々、親切なメールが届いた。

〈モニター特典/A様の“新生トレーニング”体験会〉

 内容は、基礎の反復練習を有料で提供するものだ。

 親切は、有料である。


 夜、真はキッチンで、青い瓶を棚の奥に置き直した。

 これは、海辺で二人で拾った瓶――のはずの瓶だ。

 真の中にある光景は鮮やかで、指の感触と潮の匂いまである。

 だが、写真に写っているのは、和也の笑顔だ。

 写真は、嘘をつかない。記憶は、少し嘘をつく。


 ふと和也が来て、棚を見上げた。

「それ、きれい」

「だろ」

「どこで拾った?」

「海」

「海、すき」

「覚えてるか?」

「なんとなく」


 なんとなく、という言葉は、穴の形をした鍵だ。


10 監査


 月末、会社の監査チームがやって来た。

「データ確認です。A様の“空白率”が高すぎるとの指摘が」

「高すぎる?」

「はい。規約では、転写回数の上限は設けていませんが、暗黙の上限は存在します」

「暗黙の上限?」

「皆様、空気を読みますので」

 監査の男は、空気のように笑った。


「B様の“完成度”は素晴らしい。参考までに、いくつかの記憶を語っていただけますか。品質評価のため」

「語る必要があるのか」

「任意です」

 任意は、たいてい強制に似ている。

 真は、ゆっくり語った。星、受験日の朝、ストール、失恋、夕立、青い瓶、工場の音――。

 監査の男は、満足げに頷いた。

「良質です。広告用のモデルケースに」

「やめてくれ」

「任意です」

 男は、また笑った。


11 穴


 夜、和也が、ノートを広げていた。

 そこに、小さな丸がいくつも描かれている。

「なにしてる」

「考えごと」

「考えごと?」

「うん。ここに穴がある」

 丸は、穴を意味していた。

「どうしたら、埋まる?」

 真は、少し考えてから言った。

「埋めなくていい。穴は、穴のままでいい」

「どうして」

「そこに風が通るから」

 和也は、穴のひとつに小さな点を打った。

「風の点」

「いい名前だ」


12 見学


 会社から、礼儀正しく案内が来た。

〈ご参加者向け見学会/新型エンジン公開〉

 真は、断ろうとした。

 しかし、和也が行きたいと言った。

「ゲーム、たのしい」

 たのしい、か。

 真は、溜息を飲み込んだ。

「行こう」


 会場では、受付の女がまた機械のように笑った。

「ご参加ありがとうございます。今回は“友情拡張”の実装です。三人以上の共同戦略が可能に」

「三人以上?」

「はい。AからBへ、BからCへ、CからAへ。循環転写で、空白を薄く均等化できます」

 女は優しく言った。

「親切でしょう?」

 親切は、よく切れるナイフである。


 説明の最後に、倫理オフィサーが短く挨拶した。

「人間は、配分を好みます。痛みを分け合い、利益を分け合い、責任を薄め合うのが得意です」

 拍手は、小さく均等だった。


13 質問


 質疑応答で、真は手を挙げた。

「“人生の完成度”は、何で決まる」

 女は笑顔で答えた。

「総点です。幸福、貢献、経験、連続性、社会適合」

「誰が決めた」

「機械です」

「機械の点は、誰が決めた」

「それは、会社です」

 丁寧だ。丁寧なほど、輪郭が曖昧になる。


 帰り道、和也が言った。

「完成度って、どこまで?」

「知らない」

「じゃあ、ぼくのはなに?」

「お前は、お前だ」


 それは、答えの形をした祈りだった。


14 雨


 週末、雨が降った。

 真は、和也と傘をわけた。

「濡れる」

「すぐ乾く」

「雨の匂い」

「覚えてるか」

「ううん。今の匂い」

 今の匂いは、記憶より強い。


 喫茶店の窓に、雨粒が斜めに走る。

 店員が持ってきた水のコップに、青い瓶の影が宿った気がした。

 気のせいだ。

 気のせいは、救いだ。


15 再訪


 数日後、監査の男からまた連絡が来た。

「B様。何件か、苦情が来ています」

「苦情?」

「SNSに、“友情パズルで友を空白にした男”というタグが」

「タグは、いつも親切だな」

「拡散は、たいてい短い文を好みます」

 男は、それでも丁寧に言った。

「お気になさいますな」

 心配しないで、の丁寧な言い方は、心配を呼ぶ。


 真はスマホを置いた。

 和也は、ソファで穴のノートに小さな点を増やしていた。

「風の点、ふえた」

「いいことだ」

「どうして」

「風がよく通る」


16 ふたり


 夜。

 真は、和也の寝息を聞きながら、静かに目を閉じた。

 星、受験日の朝、ストール、失恋、夕立、青い瓶、工場の音――。

 すべてが自分の中にある。

 すべてが同時に、少し痛む。

 痛みは、輪郭である。

 輪郭があると、人は立てる。


 朝。

 和也は、卵焼きに砂糖を入れすぎた。

「甘い」

「甘いのも、うまい」

 真は、笑って食べた。

 笑いは、穴の縁をやさしく丸くする。


17 最終


 月が変わる頃、会社から封書が届いた。

 表紙だけ柔らかい紙。

 中は、いつも通り固い。


〈最終判定通知〉

 B=保持。A=空白。

 監護状況=良。

 “友情ポイント”=加算。

 次回参加割引=適用。


 最後に、薄い紙切れが入っていた。

 青いインクで、短い線が引かれている。

 線は、穴を囲む枠の形に見えた。

 会社は、どこまで親切なのだろう。

 必要なだけ。必要は、尽きない。


18 オチ


 夕暮れ。

 工場の音が、遠くで規則正しく呼吸している。

 和也が、いつものように言う。

「これ、すき」

「そうだろ」

「どうして」

 真は、窓の外の色を一つ一つ確かめるように見てから、ゆっくり答えた。

「君の中に全部あるなら、それでいいや」

 和也は、少し考えて、笑った。

「うん。なんとなく」


 パズルは完成していた。

 欠けたピースの形で。


(了)

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