二人の神様
そこには、ひとつの椅子と、二人の神様がおりました。その神様の名前は、一人は ティリスといい、もう一人は ダッカといいました。そしてその二人の神様は、いつもこの場所に集まり、そのたったひとつしかない神の椅子を奪いあい、争ってばかりいました。
「それは俺の椅子だ、俺が本当の神だ」
二人は互いにそう言いあって、かつて彼らの親であった創造主様の座っていた椅子を狙って、お互いに罵りあい、つかみあい、殴りあっていたのでした。
そう、二人は血を分けた兄弟であったのです。
今日も二人は争っていました。二人のずっと後ろのほうには、それぞれの神を信じる人々が見守っています。
しかし二人の神様の力は均衡していて、いつも勝負はつきませんでした。毎日夕暮れまで争い続け、お互いの白くキラキラと輝く服が、その血で真っ赤に染まるまでひっかきあい、殴りあうのに、結局は引き分けで、その日を終わってしまうのでした。
「今日はこのぐらいにしといてやる!」
「明日こそ覚えていろよ!」
一日の終わりに、互いに罵りあい、それぞれの信者を率いて、それぞれの国に帰っていく。そんな日々が何年、何十年つづいていたのです。
そんなある日、戦い終わって国に帰ったティリスは考えました。「同じ力の自分とあいつが、何度争ったところで勝負はつかない。ダッカはいつも両の手で俺をたたき、両の足で俺をけりつけてくる。俺もそれは同じだ。ならば明日は尻尾をつけて、それであいつを倒してやろう」 と。
翌日、ティリスとダッカはいつものように椅子の前に集まりました。しかしいつもと違うことには、ティリスには先のとがった三角の尻尾がついていたのです。そうして争いが始まると、二人はお互いにけりあい、殴りあいました。そして二人が両手をあわせて、力比べになったとき、いつもならそのまま二人とも身動きがとれなくなるのですが、ティリスにはあの尻尾がありました。ティリスはダッカが動けないのを見て、その尻尾でダッカを突き刺したのです。
その日の戦いが終わったとき、いつもなら両方の服が血で汚れているのに、ダッカの服ばかりが赤に染まり、ティリスのほうは、真っ白でキラキラのままでありました。そしてティリスは、もうすこしであの椅子は自分のものになると考えました。
けれど翌日、椅子の前に現れたダッカの姿を見てティリスは驚きました。ダッカのお尻にも尻尾があったからであります。そうしてまた二人は争いました。手には手を、尻尾には尻尾をぶつけ、やはり同じ姿なら、二人は全く同じ力でありました。
しかし折り重なってもみあっているとき、ダッカは突然ティリスの首筋にかみつきました。そのときティリスは今までに感じたことのない激痛を感じたのであります。ダッカの口には、牙が生えていたのです。そういうわけですから、その日の争いは、終始ダッカの優勢のうちにすすみ、日は暮れて二人は帰っていきました。
そしてその日の夕暮れは、昨日よりも暗く、重いものになりました。
翌日、ティリスは三つ又の槍を持ち、椅子の前に現れました。ダッカは槍はもっていませんでしたが、眉間におおきな一本の角をはやして現れました。
そして一日の戦いが終わりますと、月もなく、星ひとつない、真っ暗な夜が訪れました。
その翌日、二人はお互いに大きな翼を背中にはやしていました。二人は空中を飛び回り、口から炎をはいて相手を焼きつくそうと、必死に戦いました。
その日は昼間からうす暗く、何か煙の中にいるような息苦しさを、そこにあつまる人々は一様に感じていました。
それから次の日になりました。その日は闇のように暗い朝になりました。椅子の前には誰もいないようでした。しかし人々がよく目を凝らすと、そこには二人の神様がおりました。二人は互いに姿が見えないように、真っ白だった身体を、真っ黒にかえていたのです。
その日も二人は争いました。真っ黒な皮膚に、三角のとがった尻尾。片方は三つ又の槍、片方は鋭い牙を持ち、お互いが憎悪の瞳を燃やしながら。
「あそこに 悪魔がいるよ」
声がひびいたとき、人々はその場を立ち去り、どこかへ消えていきました。
そこに残ったのは、たった一つの神の椅子と、そこにはもう座ることのできない、二匹の悪魔でありました。