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双極性障害1型のコントロールに失敗した家族の話

作者: ふりがな

皆さんこんにちは、ふりがなです。


先日、車での事故を起こした広末涼子さんがですね、双極性障害を公表しました。

それでですね、私ことふりがなが、広末涼子さんの事故の関連動画のコメントを見ていましたら、私から見て、双極性障害ですと言っている方たちの書き込みは、その人が本当に双極性障害なのかどうかさっぱり解りませんでした。

その一方で、双極性障害のディテールを一番詳しく書いている人が、双極性障害の方の家族でした。

それでですね、恐らくはですが、双極性障害に関係のない一般の人に双極性障害のディテールを伝えられるのは、双極性障害を持つ本人でもなく、精神科医でもない、認知を正しく広められるのは双極性障害を支える家族であると確信を持ちまして、本執筆と相成りました。


私ことふりがなの父の方が、双極性障害の1型でですね、かつ、薬でコントロールしないまま、人生がほぼ破綻しかけた経歴をもっています。

双極性障害の1型は、躁が長く、激化して実生活に致命的な影響を与えるエピソードを持つタイプの双極性障害です。

躁とはテンションが上りすぎてしまう状態です。

本作品は、あくまで私個人の知見と体験をベースにした推測となりますので、全ての双極性障害1型と同じではないという事を予めご了承ください。


でですね、私が注目した広末涼子さん関連動画のコメントには、双極性障害はまるで別人のように変化する、病気が悪化するに従って自己中心的になった、パートナーである自身が精神病になったと書いてありました。

これは双極性障害1型の王道パターンです。

ディテールが正確過ぎて本当のパートナーと確信した訳ですが、内訳的には、まず別人のように変化するですね。

双極性障害と関わった事のない方から見たら、多重人格をイメージして貰うのが一番わかり易いかと思います。

その人格の中で、その人の人生を破滅させるような『暴れる君』がゆっくりと育って行くのが、コントロールの出来ていない双極性障害1型です。

次に双極性障害1型が悪化していくに従って、性格が自己中心的に変化していくという書き込みです。

この変化こそが、実は家族間の関係を一番破壊する原因なのですが、私たち家族からすれば、双極性障害の方の一番大事な所である人格。

そのまともだった人格が徐々に『暴れる君』に乗っ取られていく感覚に陥ります。

『暴れる君』に乗っ取られていく感覚は家族からすれば、不可逆的な変化で双極性障害の家族の人格は破壊され、二度と戻らないように感じます。

ですから、病状の悪化に伴い家族間の関係は破壊されるのです。


で、ですね、あくまで私個人の妄想ですが、この人格の変化は多分すれ違いの結果だと推察しています。


病状の悪化に伴い、双極性障害の方は、何故解ってくれないのだと家族を信頼出来なくなっていきますし、仕事や人間関係等の社会的信用に問題を抱えたり、金銭に問題を抱えたりたりもします。

実際に警察のお世話になったりと、双極性障害の方は、自分の力ではどうにも出来ない事で追い詰められていく訳ですが、人間がそのような状況に陥った時に取る行動を考えてみて下さい。

防衛本能により攻撃的になる他、自己を守る手段がない。

結果、本人の人格的資質は変わっていないのだけれど、無差別な攻撃が多発固定化するので、家族からは自己中心的な物に変化してしまったのだと感じられるのです。


私がそう推察する根拠は、後年の父の変化です。

結果的に、通院治療によって父の双極性障害1型は安定して行くことになるのですが、攻撃的な面が鳴りを潜め、人格面も穏やかになる事が多くなった時に、こう思ったからです。

父のかつての性格は今の状態で、父の人格自体は何も変わっていなかったのではないかと。

もっとも、事実は双極性障害の人からしか解りませんが。


双極性障害1型の多くのパターンで、この二つの変化が、発症して10年、20年かけて徐々に悪化し続け、家族内ではある年から対処が不可能になり、家族間の関係は破綻していき、まともな生活は成り立たなくなり、家族から見れば絶望しか残らなくなります。

それが家族から見たコントロールの出来ていない双極性障害1型となります。

故に、双極性障害1型では高確率でパートナーは鬱を患います。

実際に私の母も鬱を患い、家族関係はそこで破綻しました。

子供からすれば、頼りになる人がどちらも病気になる状態です。

高確率と書きましたが、私の持つ主な知識は20年ほど前の古い知識であり、アメリカの本を翻訳した物ですので、精神病への対応が文化的に日本と違うので統計の結果も違うのかもしれません。

インターネットで検索しても、高確率でパートナーが鬱を発症するとは出ませんでした。


私の持つ知識では、多重人格、継続的なパーソナリティの悪化、そしてパートナーの鬱発症は、双極性障害1型の典型例です。


では、双極性障害の方の家族が、いったい何を経験するか紹介しましょう。

私の読んだアメリカの本の例では、恐らくはハリウッド女優、私の知らない人だったのでもう名前は忘れてしまいましたが、誰もが知っているあの女優が双極性障害で、というイメージの落差を示唆した文脈でした。

女優さんの息子さんがインタビューで「母が深夜電気をつけないまま家の屋根に登って、2階のベランダからボクの部屋に入ってきても驚かない」という発言をしたと書いてありました。

インタビューへの反応には二つの種類があるでしょう。

一方が双極性障害の方と関わった事のない人からすれば、何を言っているか解らない。

そしてもう一方、双極性障害と関わっている層は、当然そういう事もあるだろうねと理解を示す反応です。


しかし、流石はハリウッド女優。

我々せせこましい所に住む庶民が同じ状況になると、結果はまるで違う物になるようです。

コントロール出来ていない双極性障害1型は悪化するに従って、我々庶民の場合では、近所トラブルが多発します。

双極性障害というのは睡眠が取れなくなって脳の壊れた状態が維持する病気です。

ですから、時間に関係なく警察が家に来るようになります。

深夜にすみませんと声が聞こえて、気の所為ではないと玄関に行けば、警察がおり「近所トラブルです」と、対応に迫られるようになるでしょう。

この話のオチは、深夜に警察が家に来る事は、エピソードのメインディッシュなどではなく、もう、警察が家に来るほど躁が悪化しているなら、家族は既に双極性障害の方への対応に疲弊していて、それこそがメインディッシュであるという物です。

家族はボロボロの状態で、更にデザート感覚で警察への対応を迫られる事になります。


そして仮に双極性障害1型がコントロール出来ていないなら、最終的には致命的なトラブルか、致命的なトラブルの未遂で強制入院になると思うのですが、その過程で害意のある言動が抑えられなくなります。

害意のある言動が家族へ向けられば、身体の危機から、家族は家に居られない状態になります。

私のケースでは、生命の危機を僅かに感じるが、仕事があるので寝るしかない、といった物でした。

起きて大丈夫だったから、恐らく明日も大丈夫な可能性が高いであろう。

父の躁の状態は平均で2ヶ月でしたから、その状態が数日間続きます。

当然、躁が酷くなっている状態なので、その対応に疲弊したうえで、双極性障害の家族は、身体の危機という感覚に対処するといった物になります。


上記二つは家族がバラバラになり、私一人で対処する事になった実話です。


父はその後、強制入院を経て、投薬治療で双極性障害1型をコントロール出来るようになりますが、実は一度通院に失敗しています。

父は職場でお世話になっていた病院を望んだのですが、車で片道2時間半、躁状態での、止まることのない父との会話は私を疲弊させました。

最も疲弊したのが、躁で悪感情が止まらくなった会話です、片道2時間半止まる事はありませんでした。

そうして通った病院では、たいした話もせずに10分かからず薬が出て来ました。

そうした状況もあり、私の精神科医への不信は膨らんだのですが、やがて鬱の状態になった時に、父は通院を拒否し、そして投薬も拒否しました。

その後の二度の激しい躁転から、深刻なトラブル未遂により、私は父を強制入院させました。

二度の躁転、父の資産は大分無くなりました。

私は、退院した父に「もう人生はだいぶ壊れちゃったけれど、今度こそは治療を続けよう」と約束させます。

病院を近くの病院へ変え、通院では必ず私がついていき、投薬が始まりました。

双極性障害1型で、人生が破綻しかかる状態になったのならば、安定した治療体制は他の何よりも優先すべき事です。


結果的に投薬治療は成功しました。

双極性障害の気分の波は前が激しいほど強目に出ます。

治療が開始しても、双極性障害は直ぐに解決するという物ではありません。

ですから、強制入院までしたのなら、激しい鬱と激しい躁の波が徐々に収まるといったイメージに近い治療になります。


治療が始まって5年から6年くらいまで、父の場合は春先に躁転し、年内にもう一度躁転するといった事が多いのですが、春が訪れる度に「今度こそ乗り越えられないかもしれない。生活はムチャクチャになるかもしれない。私はもうダメかもしれない」と私は絶望的な不安に襲われました。

過去のトラブルが深刻であればあるほど、家族の不安は深くなります。

結果的に投薬治療が成功するとしても、投薬はトラブルを防ぐ事を保証してくれません。

双極性障害の治療は目に見えません。

劇的な変化はなく、当たり前のように躁転はあり、投薬が結果を残すようになってからの数年を、乗り越えられない家族は多いのではないかと私は推察します。

経験者からすれば、強制入院に至った時点で、まず家族は離れると思っていた方が良いと思います。

もっとも、双極性障害の離婚率は高くなるとはいえ、2年間の追跡で3%手前ですから、多くが乗り越えているのかもしれませんね。


個人的にこの時期に最も辛かったのが、治療方針に横槍が入る事です。

もう治ったのだから、投薬をやめてはどうか?

他の治療方針があるのではないか?

一見トラブルの見えなくなった時期に、まず、この手のチャチャは入ると思って間違いありません。

責任の無い言葉であれば、家族の精神はこれ以上となく疲弊するでしょう。

私は過去のトラブルの全てを、もう一度繰り返す羽目になるのかと感じました。

治療の横槍は、当時、私が精神的に最も辛かったエピソードの一つです。


私にとって大きな転機は、投薬治療を再開して、5から6年目の5月だったと思います。

その頃、通院後に父と焼き肉に行くようになっていたのですが、その年、春先の躁転からの治療の横槍で、私のメンタルがボロボロだった点に対して、父の躁の症状がずいぶん軽くなっていました。

そこで投薬治療に救われた、見通しがたったと、私は初めて確信が持てました。

「薬は偉大だ。現代に生まれて良かった。少し昔だったら、親父は野垂れ死ぬしかなかったかもしらない。でも、30代の後半に治療が進められていたら、家族はみんな残っていたし、お金ももっとたくさんあったけれど」

焼き肉屋で、そう、父と談笑した記憶があります。

家族を殆ど失い、資産を失い、何故これが談笑になるのか。

それは、父にはもっと酷い未来があり得たからです。

強制入院になったのなら、既に仕事を失っている人も多いでしょう。

双極性障害は浪費が抑えられなくなる病気なので、借金を多く抱えている可能性も高い。

人間関係も破綻している可能性が高い。

家族は居ない。

その上で、強烈な長い鬱が来ます。

失った物は二度と戻ってきません。

そうなってしまえば、もう人生を立て直せる可能性は低いのではないでしょうか。

年間でどのくらいの方が立て直せなくなるのか、精神科医の方に聞くチャンスがあれば聞いてみたい物です。


その破滅的な可能性に対して、私の父の場合は、現に家族は残って、資産も多少は残り、焼き肉を食べているのだから、もうこれは成功だろうという話になります。


この時に、ようやく父と私の関係も止まっていた時計が動き始めた気がしました。

コントロール出来ずに、強制入院までいった双極性障害の家族が抱える再発への猜疑心は、治療の開始の有無に関わらず、簡単には解決しないのが現実かと思います。

仮に治療に関わらず、双極性障害1型のコントロールに確信を持てる機会のなかった家族は、生涯に渡って再発への猜疑心を取り払う事は不可能に近いでしょう。

ですから、双極性障害1型の場合、例えば口喧嘩が異様だったなりのエピソードが一度あれば、家族の心証が完全に悪化しきる前に、治療を始める事が肝要かと思います。

私の場合では心証の回復に、治療が完全に上手く行った上で5年から6年の歳月が必要でした。


双極性障害は通院や投薬が度々失敗する病気です。

あらゆる人みんなが人生一度目ですから、恐らくは双極性障害になる全ての人が、様々な治療にチャレンジしたい欲求に駆られる事でしょう。

自分は投薬治療しなくても治るのでないだろうか。

投薬治療で調子が悪くなった、つまり鬱になったように感じるので、治療をやめたい。

生活環境の改善や気の持ちようで病気が治るのでないだろうか。

実際に様々な事にチャレンジする事になるでしょう。

そんな中で投薬治療という選択肢を外してはいけません。

常に幅広く選択肢を持ち続け、何とか家族の心証が悪化することを防ぐべきです。


では、仮に投薬治療によって双極性障害1型のコントロールに成功したらどうなるのか、という事も書いておきましょう。

家族の私の感覚では障害と名のつくものではなくなる、といった物が正しいかと思います。

当然投薬は続け、副作用もあり、鬱もあり、躁転もありますが、普通の人から逸脱するような躁や鬱はなくなります。

コントロール出来ていれば、車の運転も何ら問題はないと思います。

病気は残る、でもコントロール出来てしまえば、双極性障害1型は生活に大きく支障の出る障害などではないのです。

もちろん、双極性障害の方本人からすれば、生涯に渡る病気になってしまい、鬱の時は辛い。

薬の副作用で手の震えが止まらなくなる場合もある。

病気になる前の状態へは戻れない。

辛い状態から、辛い状態へと変化しただけではないかと言う人も居るでしょう。

ですが、ほんの少しのコントロールの差で人生で失う大きな物を防いでくれる。

それが、どれだけ奇跡的で素晴らしい事なのかと私は思います。


私個人としては、これから将来、薬の種類は増え続け、診断の難しい双極性障害にAIの診断も加わり、同じように双極性障害で苦しむ本人とその家族は減っていくと思っています。

しかし双極性障害1型の認知が広がらず、実情を知らなければ、最初の通院のハードルは依然高いままとなるでしょう。

双極性障害1型の躁は万能感から自身を完璧だと思う病気ですので、自身を病気とは認められないのです。

双極性障害の方が、躁の状態で本作品を見ても、恐らくは説教臭いと思うだけでしょうから、家族の方が見たほうが良いかもしれません。

そして、双極性障害1型のコントロールに失敗すれば、将来、家族の方は高確率で私と全く同じ目に合う事になります。

双極性障害の家族の手記は、治療への大まかな目安になるのではないでしょうか。

また、双極性障害を知らない人が、双極性障害を正確に知る助けやきっかけになるのも、家族から見た双極性障害が一番わかり易いのではないでしょうか。

かつ成功例よりも、私のような双極性障害1型のコントロールに一度失敗してしまった家族の証言の方が、双極性障害本人の証言や、精神科医の説明よりも、双極性障害の方の今の状態の理解や、治療への大きな指針、周知になると感じるのです。


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