どっち? 2
「日比野、アレは何だ?」
「頼まれたモノだか?」
「デスクで声かけられて一瞬叫びそうになった。」
「当ててやろう。右から声をかけられたな?」
ゴウンゴウンとコインランドリーが回る。どこか黴臭い中で響く音は夜だからかやけに響く。ラントリにはやはり日比野と俺の2人、冷房が効いているはずの室内は効きすぎているのか少し寒さを感じる。茹だるような暑さの中をバイクで来たからだろう。熱帯夜と言う言葉が連日の夜となって久しいなら、夜に走られようと汗をかく。
きっと汗が冷えたから・・・。そう思いながら右に座る日比野を見る。浴衣を着て切り揃えられた黒髪は艷やかながら、どこか時代を間違った存在の様に見える。相変わらず舐める様に舌から缶コーヒーに吸い付く様は艶めかしいながらも、どこか触れてはならない一線の様に思えて仕方ない。
「なぜ右からだと?」
「アレはそう言う設計思想の元質問を考え誘導し、読んだモノの無意識下に住ませる様な構造文だ。」
「選択制の文章だろう?」
「選択していると感じた瞬間に脳は無防備になる。そして、選択すれば後は次々と選択していく。伊藤、難し質問は思考しようとするが、簡単な問いで選択制なら瞬間的に答えを出す。」
そう言われて日比野のは両手を差し出しどっち?と聞いてきた。右と答えるのは癪に障るから左を選んだが、相変わらず隈のある目はどこか楽しげに俺を見つめる。
「なんだよ。」
「癪に障ったのだろう?話を聞いたから。自身が驚こうとしたから。」
「ちっ!なら正解は?」
「あの話の正解なら最初の読み飛ばしてもいいが正解で、読み終えてはダメなモノだ。だからこそ読ませる為に煽り興味を引かせる文章を入れた。」
「読んではダメ?それじゃあホラーとして成立しないだろう?俺はあくまで記事として載せるものをだな・・・。」
「邪視に魔眼に千里眼に未来視過去視、人と言うのは古来から目と言うものに深く依存して来た。何故だか分かるか?」
「何故って見えないと怖いからだろ?暗がりで静かに近付かれて背後から声をかけられれば、それだけで気の弱い奴なら叫ぶ。」
「それは正解でもあり間違いでもある。本質的に言えば正体が分からないから怖いのだ。あの話は昼夜問わずふとした瞬間にそちらの方向から視線を感じれば、それだけでデジャヴとして蘇りそこにいないはずの者を視る。」
「そんなに視線を感じる事なんてあるか?普通に生活していて誰かに注目を浴びるなんて、それこそ何かヘマした時だろ?例えば交差点で荷物をぶち撒けるとか。」
「それはお前が選択して見ている訳ではない。注目されたから見返しているのであって、自分から見ようとしていない。例えば車に乗っていてふとした瞬間、隣を見たら目が合った。それは何故だ?相手がこちらを見ていたからだろう?視線と言うものには質量も意思もない。しかし、人は人と目を合わせていれるのは約4秒まで。それを超えれば不快さが出る。」
「その話だと学校は間違いしか教えてないのか?人の目を見て話しましょうってさ。」
「ならばお前は私と目を合わせてどれくらい不快か、或いは別の感情を抱かずにいられる?」
そう言うと日比野が両手で俺の頬を両手で掴み目を合わせる。切り揃えられた長い黒髪に白い肌が映え、薄く赤い唇は主張しないながらも存在感がある。黒い瞳は美しい・・・、しかし深い隈が何処か疲れと排他的な印象を抱かせる。
互いの視線が交わり互いの瞳に・・・、日比野の瞳に俺は映っているのか?無表情にただ見られる。瞳の動きもなく、ただ漠然と俺を風景の一部として捉えている様な硝子玉の様な瞳は確かに俺を・・・、俺のいる方を見ている。
不安感と共にあるのは頬に当てられた日比野の手の・・・、なぜ右が気になる?右を選択する様に話していたからか?いや、それは前の段階の話であって、こうして顔を固定されて見つめ合う中では関係のない話だ。ならなぜ・・・?
正面には見つめる日比野、なら右には何がある?見るなと言う感覚となぜ右側に意識を割いたのか気になる自分がいる。鳴り止まないランドリーの音は一定であるはずなのに、どこか囃し立てる様に追い詰めてくる。
目を逸らしていいのか?いや、そもそもどれくらいいられるかと言う話で逸らして悪いわけじゃない。そうだ、夜のコインランドリーに男女が居て見つめ合っていれば、他人から見れば恋仲に見えるかもしれない。悪いが俺は日比野とそう言う仲になるつもりはない。
右側を見よう。どうせ何もない。あの話は日比野が書いた話であって、見つめる第三者なんているはずがない。
「っ!」
「どうした?」
日比野は力が強いわけではない。それは見れば分かる。細い腕だ。なのになぜ振り向けない!?それに右手に何か冷たい物が・・・!なんだ?何がいる?どうして振り向けない!?視界の端になにか写った?いや、そんなはずは!
「も、もう辞めにしないか?」
「構わんぞ。何をそんなに焦っている?不快ではなく恋心でも生まれたか?」
「そんなわけないだろ・・・。」
ぶっきらぼうに話す様にして右手を見れば、そこには日比野か飲んでいた缶コーヒーの缶が・・・。そうか、俺は日比野にハメられたのか。
「どうして振り向けなかった?」
「単純に顎を押さえた。人の体は案外簡単に行動不能に出来る。例えば額を押さえられたら立てないとかな。」
「なら何で俺は右側が気になった?」
「私がコーヒーを飲んでいたからだろう。缶が冷たければ温度変化も起こる。そして、左右で感じ方が違えば冷たい方が気になる。」
「わざわざ缶まで置いてご苦労な事だな。」
「誰の缶だ?私のコーヒーは此処にあるぞ?」
「はぁ?だって今・・・。」
見返せばそこにコーヒーはない。なら、なぜ俺はコーヒーの缶を見たと思った?日比野が先にコーヒーの缶を取った?いや、無理だ。日比野から目を離してすぐにそちらを見た。
「悪い、帰る。」
「そうか。なら気をつけろ。昼より夜に見えないモノが出るのはそれだけ曖昧で不確かでいいからだ。確実に視認出来るモノは実態を伴う。しかし、そうでないモノは違和感で語りかける。」
「頭洗う時に違和感を感じても後ろは見ないさ。」
日比野と別れ深夜1時になろうと言う街中をバイクで走る。点滅する信号は多く車もまばらで二車線の道路を走ろうと並走する車は少ない。そんな中、丁度右折しよう赤信号で止まれば横に車が来た。多少の信号待ち時間も面倒だ。速く青に・・・。
「えっ?」
ほんの一瞬・・・、横に車が止まりすぐに青になって走り出したほんの一瞬。俺はその車のドライバーと目があってその口が動いた様な気がした。
ずっと見てるから・・・
うん、離れないから・・・




