怪異 1
日比野お別れ夜の街に出たのはいいものの、自身の向こう見ずな行動をとうしたものか悩む。日比野曰く実体がないモノ。確かに創作で作られた幽霊に実体はない。なら、どうやって追うのか?他過去に似た事件がないか探して供養する?いや、供養しようにもその供養を受け入れてくれるかも分からない。
アレは切り取られた断片だ。日比野が言う古くからある話を現代風にアレンジして日比野が書いたものだ。なら、そのアレンジを日比野はどこで思いついた?適当に走らせたバイクはそのまま家へ進路を変え走らせる。先ずは噂だ。日比野がインスピリレーションを受けた噂。あるいは事件。
わざわざ真冬の話を真夏にしなくていい。その前もそうだ。なんで日比野はコインランドリーを選んだ?2つの話の共通項は・・・、街にいくつもある事?そもそも最初は乗り気でなかった日比野はなんで俺に先を望むかと聞いてきた?
「無理だから・・・、なのか?」
一度噂として流れたモノはどうやっても消えない。人のうわさも七十五日、約2ヶ月半すれば消えると言うが、ネット社会なら大元を削除しようとも誰かが保存していれば息を吹き返す。それこそ彷徨う幽霊の様に。だから、日比野は先に進めようとした?進んだ先に終わりはあるのか?
家に帰り着きシャワー浴び出勤して、日比野が書いた話の広がりを見る。爆発的な広がりはないがどこどこの事件で〜や、これと似た話がウチの近くで〜なんて言う書き込みがある。あくまで創作だった話は現実に結び付きつつあり、ないはずの顔を見せようとしている様で不気味でならない。
「伊藤君、進捗どう?」
「部長・・・、やっぱり心霊写真にしません?噂は扱いが難しくて・・・。」
「心霊写真はコストがね・・・、注文して作るにしても下手なものだと読者からのクレームも来るんだよ。何かの集合写真で誰かの顔が歪んでたとか、足が片方ないとか。ありきたりで昔からそれでよかったんだけど、今だとフォトショップ?それで消しただけだろうってね。最初からフィクションとして売るなら構わないけど、見出しに実録とか付けると下手したら炎上して困る。その点噂ならある事ない事書ける。曖昧だから言いって部分もあるんだよ。だから都市伝説と噂で行こう。」
「それであった事件を歪めて書いてもですか?流石に遺族が・・・。」
「遺族?遺族って誰?考えすぎだよ。そもそも噂やら都市伝説やらは一人じゃい。身近な話だからこそ広がるし、不思議で怖くて気分が悪くなったから吐き出して誰かと共有したくなる。特定の誰かを書くならそれはノンフィクション。君が書くのは差し当たって寺育ちだが寺生まれのTさんかな?」
「化け物退治でも書けって事ですかね?」
「それでもいいけど怖くしてよ?近寄ったら気分の悪くなる石じゃ面白くない。」
部長は言うだけ言って席へ帰っていった。化け物退治をするにしてもその化け物が出て来ない事には退治できない。それこそ屏風の虎が出て来なければ捕まえられない様に。いや、彷徨う幽霊を鎮めればいい?或いは供養した話を書く?ネットを漁れば数件話の場所を特定したなんて書き込みもある。
そこに彷徨う幽霊はいない。しかし、彷徨い終わった幽霊が実体を持つ噂としている。なら、日比野の話を掲載した上でそこを取材して供養した事にすれば噂は沈静化するのではないか?これなら記事も書けて一石二鳥だろう。元は仕事から始まった話だ。やるだけやってみればいいか。
コインランドリーの噂は広がりが鈍いのか探しても『どこの』と言う部分が欠落している。その代わりスーパーの話は数件名前が出ている。その中で一番近いモノをピックアップし話と似た立地か確認する。車内放置事件だけでもそこそこ多く、探せば全国どこでもあるが、流石に全国を旅するわけにもいかない。直近で言えばここから1時間程度の場所にあるスーパーか。
「部長、ちょっと出ます。時間的に直帰です。」
バイクに跨り目的地へ。茹だる様な暑さは不快感と息苦しさを与え、身体は水分を取れと訴えてくる。クソ熱いが直接肌を曝せば日焼けして余計に悪い。薄手の長袖を着ているがそれさえ汗で肌に張り付き不快感を増長させる。これだけ暑いんだから乾けばいいものを・・・。
結局到着くまでに2回の休憩を挟みその都度にペットボトルのスポドリを一気飲みする羽目になった。去年も暑かったが今年は輪をかけて暑い。スーパーに入ると途端に効きすぎるくらい冷えた冷房が身体の根津を奪い、しかしそれでも体の中の熱は逃げず冷凍食品売り場をうろついて涼を得る。
そしてある程度冷えたら供養の品を物色するが、レジ近くに山積みされたコーラが買えと主張してくるので、迷った挙げ句コーラを買い店内から駐車場を見る。広くないスーパーの広くない駐車場。斜向かいと言うよりは若干離れた場所にパチンコ屋はあり、OPENと書かれた旗が元気なく設置されている。
日比野が書いた話の店員もこんなに光景を見ていたのだろうか?夕暮れ時のスーパーはそこそこの賑わいを見せ、駐車場に車は多く子連れの主婦が夕食の買い物をしている。調べた事件の記事ではこのスーパーの端の駐車場で死者が出たらしい。
数年前の話なので既に添えられた花もなく『子供の車内放置禁止』の看板だけが事件の名残のようにフェンスに掲げられているが、それも多少色褪せている。事件そのものは風化しつつあるのだろう・・・。ただ、その風化したはずの事件は日比野が書いた物語により復活し、新たな噂として生き返ろうとしているような気がしてならない・・・。
暗くなった頃にコーラを持ち蒸し暑い駐車場を歩き端へ。そこに車はなく本当にこの場所なのかもわからない。死んだと言う事実はあっても新聞やネットで拾える情報には限界があり、正確な場所までは分からなかった。だが、俺が供養するならここだろう。コーラを2本置き手を合わせる。
「おいちゃんもしかして同族の人?」
「誰だ?」
声をかけられたので振り向くと、そこには自撮り棒を持った若い女。茶髪で今風のメイクをした奴がそこにいた。しかし、同族ってなんだ?ここは日本でどこかの部族がいるような話はないが・・・。
「私はホラーチャンネルのホーちゃん!駆け出し配信者だぜー!新しい怖い話が書かれて元となった現場が近いから撮影しに来たの。おいちゃんも配信者?それとも事件の関係者の方?遺族の方なら・・・、すいません。ごめんなさい・・・。」
自分で話しながら段々とテンションの下がるホーちゃんと名乗る配信者。一応礼儀はあるらしい。しかし、駆け出しとは言え既に動く人間もいるのか・・・。ホラーチャンネルと言うだけあってこの手の話には食いつくのだろう。
「どっちも違う。単純な・・・、供養者だ。」
「そうなの?なら、なんでコーラ置いてんの?」
「なんでって・・・、話の中で店員はコーラかって聞いたから・・・。」
「ふ〜ん・・・。」
「なんだよ、なんか文句があんのか?含みのある言い方だけど。それとお兄さんと呼べ。そこまで年食ってない。」
「いやさ、ここで起こった本当の事件って実は3人なんだよね。」
「3人?3人・・・、死んだのか?」
「違うよ、3人目は生きてる・・・、らしいよ。ただ、その人は精神的に参っちゃったみたいだけど・・・。結構昔の話だから詳しくはわからないかな。」
ゾワリ嫌な想像が頭をよぎる。子供が2人死んだ。話を読む内に俺は車を軽自動車だと知らず知らずののうちに想像していた。しかし、日比野の話では黒い車とあっても大きさも何も書いていない。雪山の話を考えるなら先に死んた1人、或いは幽霊が5人目として現れ四隅を回る。救助隊を店員とするなら残り4人、車内に3人でパチンコ屋に1人。そして、最後に出て来た幽霊で5人。なら、日比野は何故生き残った一人を抜いた?
話を凄惨なモノにするなら生き残った一人を・・・、精神的に参った?確かに兄妹が目の前で死んで一人生き残れば家の中は暗く、両親の嘆きの中で育てば確かにキツイ。だが、それなら施設に預けられるや親戚の家に行くと言う手もある。
「・・・、実際はどんな事件だったか分かるか?」
「どんな事件だったか?私が調べた限りでは無理心中だったらしいよ?離婚して親権取れなくて、それでも子供といたくてどうしようもなくなった末に練炭をね・・・。」
「わざわざこんな所で?」
「練炭って煙出ないし、透明なガムテープで目張りすれば外からじゃ分かんないんじゃないかな?それに憶測だけど、誰かに見つかればそれでやめられるし。」
「やめられる・・・。」
身を呈して守るほどの者を殺すのか?それは日比野の言葉。ホーちゃんとと名乗る奴の話を総合すると無理心中は誰が望んだ?子供の親権の話をするなら父親だ。未就学児の親権は余程の事がない限り母親が勝つ。なら、父親が子供を連れて3人でやった?
考えてみれば車内放置されている子供を見つけたら窓ガラスを割っても正当防衛として裁判では勝てるし、放置した親の方が罪に問われる。なら、日比野は故意に親を抜いて別の所から出した?妄想と言われたらそれまでだが、パチ屋にいた親は・・・、母親?
子供を攫い無理心中した挙げ句生き残り、精神的に狂った父親は何をする?普通なら捕まって刑務所だろうが、状況を考えると先に病院か?なら、その男は・・・。
「生き残ったのは誰だ?」
「さぁ?多分お父さんじゃないかな?ネットで調べれば分かると思うよ?」
「分かったありがとう。」
駐車場を離れ一旦店へ。汗ばんだ身体に冷房が気持ちいい。スマホを取り出し事件を探す。しかし、店の名前を入れても心中に該当するものはない。さらに詳しく調べると、どうやらここは店の名前が変わっているらしい。そして、古い名前て検索すると確かに無理心中の記事はあった。
真夏に児童2と父親の無理心中。子供は死亡が確認されだが父親は重体のみ。歳は・・・、24歳。若い男だが、子供と共に死ぬ理由があったのだろうか?そして、子供を引き取った母親はどんな気持ちで・・・。
真夏の暑い中、練炭で死んだとして親のいる車に異常があるといつ気づく?一酸化炭素中毒はまるで眠る様に死ぬらしい。なら、外からみればそれは単純に車で休憩している親子に見えるだろう。発見されるのは多分ガソリンが切れてから。それまでは普通の親子にしか見えないのだから。
なら、大人よりも先に子供が死にガソリンが切れて高温になる車内で、動かない子供はどんどん干からびるのか?先に腐るかもしれないが、それよりも先に強い日差しで水分を奪われれば肌は乾き目は落ち窪み・・・。
「おいちゃんまだいたの?」
「お兄さんと呼べ。そう言えばお前はどうしてここが話の元になったって思ったんだ?人数も違うし。」
「どうしてそう思ったか?ここの噂ってそこそこ有名だったんだよね。ただ、地元の人しか知らない感じでネットにも上がってなかったの。それがこうしてネットに上がったから私は来たけど?」
「血まみれの子供の話か?」
「それよりも最初は別の話だったんだよね。例の生き残った人が化けて出て人を襲う話。」
「襲う?脅かしに来るとか恨みを言うんじゃなくて?」
「そう。なんでか知らないけどナタ持って襲う話。子供を奪った相手が憎いとか言う流れだったはずだけど、いつの間にかこう・・・。」
首を指で一閃。つまり襲われたら首を切られるのか。首を切られる?なんでそんな話になる?練炭自殺で生き残り、精神的に参った人物が逆恨みで離婚した相手を襲う。それでも首を切る必要性があるのか?単純に追っかけ回すと言う方が不気味な気もするが・・・。
「さっき調べたが生き残ったのは父親。つまり離婚して子供を奪った元妻を襲うって話だよな?」
「う〜ん・・・、事件に結び付けたいのは分かるけど、噂自体はここの駐車場の端で不審な車を見かけても覗き込むな、中には死体がある。とか、深夜に停まる車には近づくな、引きずり込まれて殺されて顔の皮を剥がされるとかだよ?子供の幽霊の話は最近ネットで上がってからかな?」
「それは・・・。」
子供の幽霊が大元の話を喰った?歪められた事実から作られた幽霊が居場所を求めて肥大化する様に、他の噂を餌として食い自分を作り出した?確かに日比野の話は創作だ。だが、それが作った本人の手から離れて一人歩きし、実体のある話を取り込み確立したなら?
その幽霊は彷徨う。間違いなく人の口づてに歩いて広がりそこにあるモノとして確かな形を得る。それこそ妖怪や花子さんだってそうだ。本来はどこかの学校のトイレのはずなのに、全国どこのトイレにも花子さんは出る。それと同じ様にこの子供の幽霊も彷徨い似たような話のある場所に出るようになる?
「そう言えばなんで顔の皮を剥がされるんだ?普通に首を切られるでいいだろう?」
「あくまで噂だからね。奥さんの顔が憎かったんじゃないの?」
「コインランドリーで回されて顔の皮が剥がれた。」
「おっ!それも知ってんの?怖い話好きだねぇ〜。ここの事知ってたら話し繋げちゃうよね〜。」
薄々考えていたがコインランドリーで異常者に殺されると言う話は、いい出来だが突拍子もない話だった。だが、仮にこの話が先で精神異常者か父親だとして切られたのが母親だとしたら?