彷徨う幽霊 4 挿絵あり
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この時期の外回りはクソ暑い。日比野の話は背筋に冷たい物が流れた後、なんだか胸糞の悪さが押し寄せて嫌な気分になった。季節柄あの手の話は絶対にないとは言い切れない。つまり、俺がスーパーに寄れば似た状況を見る事も・・・。
「伊藤さん何か?」
「あっ、いや、大丈夫です。この暑さで注意力が散漫になってたんでしょう・・・。」
仕事に集中。話を聞くのは夜でいい。今は目の前の仕事を片付ける。あの話はそこそこネットで広まっている。正午丁度と言う時間の投稿だったが、前回の様に尾ひれが付くと言うよりも場所を特定しようと言う話が多い。
そして、その中で誰かがこの事件知っているなんて言う書き込みも。これはあくまで日比野が書いた話で実際にあった事ではない。だが、似た事件を絡め話を膨らませ知らずの内に話は歩きだしている。
パチンコ屋の近くのスーパー。これだけでも似た立地の店舗は多く、車内に放置されて亡くなった子供のニュースも流れる。特定の名前を付けず、特定の名称を使わない。だが、膨らんだ話の中で姉と弟と言うレッテルがいつの間にか付けられ、パチンコをしていたのはギャンブル依存症の母親とされた。
子供は話の中で一度も話していない。仮に話したとすれば幽霊になってから。話した親はあくまで一般的な事しか言わずそれも男女共に言いそうな内容で、昼下がりのスーパーと言う話で母親となった。これがミームだろう。幼稚園くらいの子供。別に制服を着ていたわけでもなく外見的な判断だが、それでもネットでの話の流れは、幼稚園に子供を迎えに行った母親が我慢できずにパチンコを打ち、勝ったせいで時間を忘れて子供を殺した。
そして、その子が最後に飲んだ血の味が忘れられず、死んだ場所を彷徨っている。飛び交う噂の中でどこどこの潰れたスーパーでそんな話を聞いたと言うモノもあれば、そのスーパーは取り潰されたや、逆にパチンコ屋が潰れてスーパーは残り、今も幽霊は出るなんて話も・・・。
ないはずの話が一人歩きしだし、いないはずの幽霊が生まれようとしているのか?日比野は顔のない幽霊と言っていたが、確かにこの話から生まれた幽霊に顔はなく、名前もない。あるのはミームで補強された殻のみだが、その殻はどんどん肥大化したいっているような・・・。
定時で仕事を終えサウナではなく適当にバイクを転がす。なんだかネオンは見たくない。多分サウナに行きたくなかったのもゲームコーナーには古いスロットやパチンコ台があるからだろう。ただ、それでもバイクで走るのを選んだ事は後悔する。真夏の熱帯夜は熱気が衰えず、信号に掴まればじっとりと汗が伝う。
「寿司どうするかなぁ・・・。」
日比野の仕事への報酬。前回は日比野も納得したのでそれで良しとしたが、一歩踏み込んだものを作れと言ってヤツは本当に一歩踏み込んだものを作った。元ネタは花子さんだとお前が、それを日比野なりに現代風にアレンジし且つ、ありそうな気持ち悪さを出す。
噂というのは得てして悲惨なものや不気味なモノの方が広がりやすい。誰かがゴミを毎日拾ってきれいにしている噂よりも、怒鳴り声が響く家の方が話題になる様に・・・。
ただ、あそこで子供の幽霊を出す意味はあったのだろうか?『駐車場の端に車が止まっていた。』の方が想像力は掻き立てられる様な気もする。何せあの話の終わりは過去であり、出だしは今を指している。つまり、スーパーの店員は幽霊に遭遇しつつも生き残っている。いや、店員は生き残らなければならないのか。そうでなければ話を伝える者はおらず、仮に伝える者を作るとするなら警察か?いや、それでは幽霊は出て来ない。
あの話を分割していくと、全容を知るべき人間はスーパーの店員と親と警察のみ。仮に吐き出した人間を警察とするなら取り調べで話は切れるし、親とするなら幽霊は家か或いは車に出る。つまり、夜に出る幽霊を作るならスーパーの店員でなければならなかった?
一応スーパーで寿司を買う。自然と駐車場の車に目を向けるとエンジンをかけた車が数台。夜間騒音注意の看板を無視して止まっている。特段珍しくはないがそれでも駐車場の端に車があり、エンジンがかかっていれば嫌な気分になる。
「い、一応な?」
誰に言い聞かせるでなく出た言葉は果たして自身への言い訳なのか?そっと車に近寄り中を覗く。子供が・・・、寝ている?黒パジャマを着た子供?エンジンはついている。なら、大丈夫なのか?バイクで走って風を浴びてもじっとりとした汗を掻くのに、車で寝ていても大丈夫なのか!?た、確か緊急時は窓ガラス割っていいんだよな?
「あの〜、ウチの車になんか用っすか?」
「うぇあっ!えっ!あっ!こ、子供が!そう!子供がいて危ないなと!」
「あぁ、ちょっと一服してたもんで。中々寝付かなくてやっと寝たんすよ。」
「一服?」
「あそこの灰皿。いやぁ、変な人がい来たと思って半分吸って急いで来たんすけどね?」
父親と思しき若い男が指差す先にはスーパーの灯りの影になった灰皿。今も誰かがタバコを吸っているのか、火の部分だけが蛍の様に点滅している。あそこから車を見ながらタバコを吸うなら異変にもすぐ気づく?
「そうだったんですか・・・、いや。それならいいです。」
不審そうに俺を見る男をしり目にそそくさと立ち去る。なんて事はないドライブ中の休憩。そう、なんて事ない動きだ。寧ろ父親からすれば俺の方が不審者だろう。夜に知らない男が自分の子供が乗った車を覗き込む。人攫いや車上荒らしを疑われても仕方ない。
「赤ん坊の世話は大変っすよね〜。」
「赤ん坊?黒いパジャマの子じゃ・・・。」
「は?ウチの車には赤ん坊しかいないっすよ?」
バッと振り返り中を見る。確かに黒い服の子供が・・・、子供が?性別は?髪型は?人相は?思い出せない?いや、そんなはずは!確かに子供を俺は見たよな?だが、其処にいるのはチャイルドシートに寝た髪も疎らな赤ん坊・・・。何故子供がいると思った?それも、赤ん坊ではなく小さな子供が?
『赤いのが飲みたい・・・。』
ゾクリと嫌な気配が背後からする。大丈夫だ、男は俺を見ているから当然背後も見ている。なら、何かしらの異常があれば先に男が気づく。そう、何かあれば!現実的に何かあれば!男は訝しむ様に俺を見ている。立ち去ろう。一人でなければきっとなにもないはずだ。
時計を見れば日比野が来るであろう時間にはまだ余裕がある。俺も一服しよう。アイツが夜行性なせいで俺の睡眠時間も最近削られて、そのせいでないはずのモノを見ているのかもしれない。いや、見たと言うよりも錯覚だ。灰皿に近付きタバコに火をつける。ゆるりと煙は立ち昇るが・・・、そう言えばここにはさっき人がいたよな?今は誰もいないがタバコの火が見え・・・。
ここは多少の暗がりだ、吸い終わって歩いていけば気づかない事もきっとあるだろう。乱暴にタバコを消しバイクに跨りコインランドリーへ。相変わらずここは浮世離れした様に暗がりにポッカリと浮かぶ。中に入れば特有の匂いがするが、今日はどれも洗濯機は回っていない。缶コーヒーを2本買い日比野を待つ。
大丈夫だ。何も起きないし、鉄錆の様な匂いもしない。ちびちびと缶コーヒーを飲みつつ日比野が来るまで話の広がりを追う。コインランドリーの話は何故か身体の一部が・・・、顔が肥大化したと言う様な話がつか加わっている。多分、顔の皮が張り付いてと言う部分が広がったのだろう。後は洗濯物に歯が紛れ込むと言う話も・・・。
顔面損壊。切られた頭部がコインランドリーで回され、乾燥したうえでズタボロなら、取れやすいパーツはどんどん剥がされる?いや、ならば先ずは乾いた眼球からでは?何故髪と同じ様に歯も広まっている?
「いや、それよりも血じゃ駄目なのか?」
「駄目に決まっている。」
「相変わらず静かに来るのな・・・、それは?」
「浴衣だが?暑くなったので出した。」
「そうか、似合ってるぞ。早速だかあの話のオリジナルは花子さんか?」
缶コーヒーを投げ渡すと日比野は袖にしまい、なにが入っているのか分からないゴミ袋の中身をランドリーに入れる。今日は1時間か。長くなったり短くなったりと量は変わらないように見えるが時間は変わり、使う場所も毎回違う。コイツなりの何かしらの矜持だろうか?
「そう思うならブラフは成功だ。」
「ブラフ?花子さんじゃないのか?」
「それは2つ目のブラフ。1つ目は早すぎた埋葬だ。車と言う密室。生きているかもしれないという思わせる行動。そして、死してようやく見つけられる完全な死者。そもそも早すぎた埋葬は土葬国の医者による死亡確認不足が原因だ店員は医者、車は棺、生死が反転すれば出来上がる。」
「まて、なら大元はなんだ?」
「似た話かあるたろ?密室で助け合い救助を待つ。発見された時には1人いない。そんな話が。」
「雪山か?雪山の遭難者・・・。」
「そうだ。雪山で死者は生者を助けた。死なぬようにその身を使いな。」
「なら何で二人とも死んだ!」
「大人ではなく雪山ではないからだ。伊藤、雪山の登山に行くなら装備を整える。それでも悪天候なら死者が出る。なら、装備もない日常ならどうなる?救援は来ない。逃げ場はない。生きる糧は目の前にしかない。そもそも何故子供の口は赤かった?」
「それは赤ん坊の血を飲んだからだろ?」
「その時点で間違いだ。自身の身を挺して守るほどの者を自らの手で殺めるのか?」
「な!それは・・・。」
「子供が自身の血を飲んだ。何故そう考えなかった?状況を見れば分かる。赤子は日陰で子供は灼熱にさらされている。同時に体温が上がろうとも日にさらされた方が先に死ぬ。それだけの暑さを背に受けている。」
「なら、何故子供は赤いものを飲みたいと言った?」
「死者は生前の行動を繰り返す。遭難者は別の遭難者を助けた。なら、子供は死ぬ前に飲んだ物を飲みたいと言った。おかしくはあるまい?それに、お前は一歩踏み込んだものを書けと言った。麗しい姉弟愛は歪められ、血を求めて彷徨う子供の幽霊となった。誰でもない、読んだ本人達の手によってな。」
「それは醜悪過ぎないか?あの話を美談にも出来たのだろう?」
「履き違えるな伊藤。お前が私に依頼したのは一歩踏み込んで彷徨う幽霊を作れと言う事だろう?美談を求めると言うなら誰も死ななかった。助かるポイントなぞ多数あった。しかし、必要とされたのは幽霊だった。いずれこの話も噂として広がるだろう。」
「なかったことには?」
「無理だ。似た事件を見れば頭を過る程度には工程を踏んだ。そして、頭を過ぎれば噂が生まれる。実は車内は更に凄惨だった。赤ん坊の喉笛は食い千切られていた、等々のな。そもそも子供の噛む力で赤子とは言え人の喉笛を噛みちぎるのには力が足りないし、赤子の首はお前が思うよりもずっと短い。だが、それを差し引いても赤子の首は噛み千切られる。誰でもない噂によってな。」
ちびちびとと日比野がコーヒーを飲む。履き違えるな、か。確かに俺は日比野に依頼した。なら、あの架空の子供達が死んだのは俺の願いで、その願いを叶えたのが日比野となる。ゴウゴウと回るランドリーの音がやけに遠くに聞こえるが、俺は今何を言おうとしている?
「さらに先を望むのか?」
「既に幽霊は彷徨ってるんだろ?なら、その幽霊を新たな噂として追うさ。」
「形のないものだ。どんなに追っても実態はつかめんぞ?」
「それでも彷徨わせたならどうにかするのもまた、彷徨わせた本人の仕事だろう?また何かあれば来る。」
「分かった。なら寿司をよこせ。仕事はこなした。」
「分かった、どこかで昼間に会おう。連絡先をおしえてくれ。」




