彷徨う幽霊 2 挿絵あり
正午きっかりに投稿された話はそこそこの反響を見せつつバズりはせずに沈静化しつつある。個人的にはもう少し拡散してもいいと思ったのだが、何か秘密があるのだろうか?数度読み返すがとこが悪いかイマイチピンと来ない。寿司を奢らずにこのまま会わないと言う手もあるが、日比野自身は納得しているのだろうか?
別に人気を出そうと思って人気の出る作品が作れるとは思わない。それが出来るのなら、編集者もライターもいらなくなる。退社前に付いた尾鰭を確認すると洗濯物に赤いシミが付いたと言うものまではあったがそれ以降は下火となった様だ。
話としてはここで拡散が止まるのか、それともオカルトな人気で都市伝説の仲間入りを果たせる所まで広がるのかな分からない。何にせよ投稿者日、それも見るのは暇人くらいの正午の書き込みだ。数日あればさらに読者が増えるのか、それとも流されて他の話に埋もれるのか。分からないが一応日比野には寿司を持っていくか。
昨日と同じ様に会社とサウナで時間を潰し、24時間営業のスーパーで寿司を買いコインランドリーへ。時間としては大して変わらないが今日は洗濯機が1台使用されている。衣類を洗っているはずのその洗濯機からは何か硬い物を入れたのかガコガコと音が響く。
変に錯覚するな。アレは日比野が作った話だ。調べれば分かるがコインランドリーでそんな事件なんて・・・。缶コーヒーを買いベンチに座る。時計を見るとまだ日比野が来る時間には多少時間がある。チビチビとコーヒーを飲みスマホをイジる。他の怪談や事件は?俺に符号の話をするなら何か似た噂や事件が過去にどこかであったんじゃ・・・。
ガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコガコガ・・・
静かな分やけに音が響く。ご丁寧に猟奇的な事件と検索すれば日比野の話がチラホラとヒットしてきて読んだ話が思い出される。ここでそんな事件は起こっていない。そんな話があるなら編集者として聞いているはずだ!缶コーヒーをチビリと飲むと飲んとなく鉄錆の香りが・・・。
「ーー!!!」
何か見えた!?いや、そんなはずは!映ったのはきっと俺の顔だ。光の反射でそう見えるだけ。ガコガコとうるさい洗濯機はビーッと音が鳴り止まった。回っていたのはあの洗濯機ではないはずだ!バクバクと響く心臓音にじっとりと伝う汗。何も無いはずだ、冷静になれ。
ただの都市伝説とも言えず生まれたての噂だ。いや、噂と言うにもおこがましい作り話だ。なら、何でこんなに鮮明に思い浮かべてしまう?いや、簡単な話だ。ランドリーを開けてみればいい。どうせ入っているのは洗濯物のはずだ!
「何をしている伊藤。」
「うわぁ!」
「?」
早鐘を打つように鳴る心臓の鼓動がやけにうるさい。たらりと流れる頬の汗を強引に手の甲で拭い現れた声の主を見る。日比野だ。何をそんなに洗うのか分からないが手にはゴミ袋が握られている。一瞬感じた鉄錆の匂いはコイツからか?いや、体臭とでも言えばいいのか日比野の匂いは腐った果実の様に何処か甘く、鉄錆を思わせる事はない。
「もう一度聴くが何をしている?」
「いや・・・。」
我に返ればやろうとしていたのは他人の洗濯物の漁りだ。昨日から寝不足で頭がイカれたのか?日比野に呼び止められなければ監視カメラに映るのは他人の洗濯物を確認する不審な男。流石に不審者になるつもりはない。
「あらかた話に当てられたのだろう?言ったはずだ、気を付けろと。お前は感じすぎるきらいがある。」
言いたい事は言ったとばかりに日比野はランドリーの扉を開けさっさと中に洗濯物を入れる。時計を見ると時刻は0時きっかり。確かにコイツがここにいてもおかしくない時間だ。自身の行動と肝の小ささに若干の自己嫌悪を覚えつつ缶コーヒーを手繰り寄せて日比野に渡しながら口を開く。
「俺に霊感はない。」
「そんなモノは必要ない。必要なのは感受性だ。お前は私の話を読みここで似たシチュエーションに出くわして行動しようとした。それは言い換えれば見えないものを見たに等しい。」
「幽霊をか?」
「そうだ。ここで事件は起こっていない。だから幽霊騒ぎはない。しかし、それを知った上でお前は幽霊をここに生み出した。手をかけようとしたランドリーの中にな。誰が書き込んだか知らないが彷徨う幽霊の噂は嫌なものだ。勝手に顔のない幽霊が生まれる。」
表情は崩さないが日比野からはうんざりした様な雰囲気が漂う。コイツがわざわざ気に掛けるほどの事なのかは知らないが、面倒と思うあたり何か思う所があるのだろうか?
「なら、その幽霊は消えたな。日比野が何もなかったと断言した。」
「私は噂を作った張本人でお前は依頼した張本人だ。だから安易に消えたと言える。しかし、私とお前以外の誰かは夜のコインランドリーで幽霊を生む。」
「まぁ、話自体は悪くなかったしな・・・。取り敢えず寿司だ。」
「安物だが駄作の料金として頂こう。」
スーパーの袋を手渡すと中身を確認した日比野はそのままベンチに座り食べだす。箸を使うかと思ったが手で食べる様だ。細い指で寿司をつまみ、ネタの上にわさびを付けてシャリに醤油を付ける。綺麗な所作で食べるものだ。
しかし本人が納得したからいいものの、あの話は駄作なのだろうか?様々な噂や都市伝説を読み荒唐無稽なモノからリアルなものまであるが、内容的には日常的日常的潜む不安として十分だったと思うが・・・。
「何を持って駄作なんだ?」
「既存の話を元にしていない。あの話はあえて訂正部分を残しそのまま流した。反響としても少なく、食いつきもそこまでの多くなく、何より噂を拡散する媒体にとっては怖がるにしてもまだ時間がかかる。」
「媒体って・・・、学生か?」
「そうだ。噂にしろ都市伝説にしろ拡散媒体は学生だ。もっと言えば子供と言っていい。」
「まぁ、あの時間帯なら読むのは大人で創作としてなら楽しめるってところか。」
正午ならサボりや不登校でもない限り学校にいるだろうし、夜間の学生なら仕事をしている。つまり最初に読む読者は大人。それも下手をすれば引き篭もり等でネット内での拡散性はあるかもしれないが、人を伝っての噂という面では確かに弱い。
「それもあるが・・・、まず1つに学生はコインランドリーを利用しない。寮に入るなら寮の洗濯機を。旅行したなら旅館かホテル、或いは家に持ち帰って洗濯をする。コインランドリーと言う物を知っていても中まで見た事がある者は少ない。
2つ、誰がしでかしたのか?精神異常者として犯人を出したので恐怖は薄れる。自己がやったわけでないので自身の所に幽霊が来ると言う状況をイメージしづらい。
3つ、符号が少ない。拡大的に話を見れば似た事件はあったとしても、その事件を幽霊とは絡めづらい。以上の点からあの話は怖い噂にするにしても都市伝説にするにしても駄作だ。」
自身の作品の問題点を挙げながら日比野が寿司を食うが、そこまで分かっているなら普通に都市伝説や噂として広まり得る話を作ってくれればいいのでは?話を聞く限り端折る部分としては精神異常にコインランドリーに・・・、あれ?大元が崩れた?
犯人は不明でもどうにか話は繋がるが、コインランドリーが消えると悲惨さと不気味さがなくなる。そうなるとただの殺人事件で取り立てて怖い話でもなくなる?
「少ない符号って猟奇殺人とかか?」
「違う。女性と髪だ。」
「女性と髪?そんなモノが符号なのか?」
所作が綺麗な割に日比野の食べるスピードは早く、既に半分程度を食べあげて指先をチロリと赤い舌で舐めて缶コーヒーを飲む。合う合わないで言えば間違いなく合わない組み合わせだろうが、自腹で飲み物を買う気はないのがコーヒーを飲んでいる。
「伊藤。お前はあの話の女性と髪と言う部分でどう考えた?」
「どうって・・・、髪の長い若い女性たろ?」
「それは伊藤の持つ深夜にコインランドリーを使う女性のミームだ。そもそも洗濯物に髪が紛れ込むと言うが、家族全員分の洗濯物を回せば髪の数本は残る。それに、長髪の男性もいれば同じ様に短髪の女性もいる。自身の髪の長さに対しての異常な紛れモノ。それが伊藤に取っては髪の長い女性。」
確かにと言われて思う。『見覚えのない髪が紛れ込む様になった。』それは誰に対してか?コインランドリーを使うのを無意識に自身として置いた上でイレギュラーを考えるなら長い髪。しかし、同じ女性なら?違う色でもいい・・・。いや、違う色と考えるのか?切れた髪は自身の物より短くてもおかしくはないし、余程長くなければ違和感は覚えない。なら、茶髪の洗濯物に黒髮が混じったら?
そもそもあの話には容姿が全く登場しない。あるのは性別だけで犯人の性別さえわからない。寧ろ、あの話を読んだ時に犯人は男だと俺は断定していた。何一つ材料がないのに。
「ミームだ。男女の死が平等なら殺人を犯すのもまた平等。しかし、女性が女性を殺すのは痴情のもつれとミームでは大方定義つけられている。」
「さよか・・・。なら、俺がここで日比野を殺してランドリーに首を詰めて回せば。実際した都市伝説になるのか?」
「それは既に伝説ではなく現実だ。事実が現れればミームは消える。あくまで噂とはそう言う事もあるかもと言う不確定な部分が肥大化したものに過ぎない。」
ジロリと隈の酷い目で日比野が俺を見てくる。確かに日比野の言う様に事実を作っても意味がない。数ヶ月、或いは数年経てば記憶も薄れ憶測がモノを言い出す。それがきっと彷徨う幽霊になるものだろう。
「なぁ、この話はモチーフはあるのか?ミームとして何か使った様なモノは。」
「猟奇的殺人の総体だが、あえて挙げると言うなら迷宮入りした名古屋妊婦切り裂き殺人事件だ。何かを詰める。何かを入れると言う部分は等しい符号と言えるだろう。ただ、あくまで迷宮入りした事件であり符号としても薄い。基本的には猟奇殺人とする。」
そこまで話した日比野は立ち上がり洗濯物を取り出しに向かう。あれを駄作とするなら傑作は作れるのか?彷徨う幽霊としての傑作が。大元は霊能者はいないという話で、確かに日比野は話の中の心霊現象である部分も否定した。なら、否定出来ない心霊現象とは?
「なぁ、更に踏みこんだ話は作れるのか?」
「あまり乗り気ではない。私にとって心霊現象とはファンタジーだ。髪を洗っている時に嫌な気配がしたら振り向くな。そこには幽霊や良くないものがいるから。それと一緒でマイナスなものを考えればマイナスに囚われる。」
「それでも依頼するとしたら?」
「本当に回らない高級寿司をたらふく食べる。」
「・・・、支払おう。」
「・・・、私もそこまで暇ではない。数日かかると思え。それでいいならためしてみよう。」
「分かった。これは俺の番号だ、出来たら連絡してくれ。」
適当な紙に電話番号を書いて渡す。日比野が否定しないなら何か書くネタはあるのだろう。なら、俺はそれを読んでみたい。押し付けるように渡した番号を日比野は確かに受取ランドリーを後にした。俺もそれに続く様に帰路につくが・・・。
「結局あの音のした洗濯機は一体誰が何を回してたんだ?」