彷徨う幽霊
事の始まりはとある噂だった。カルト雑誌の編集者件ライターをやっているとこう言ったモノには事欠かない。古い話を言うなら口裂け女に花子さん。新しい話を言うならきさらぎ駅なんかだな。どの話にも共通して言えるとすれば人は怖いもの見たさの好奇心が強いとかだろうか?
毎年夏になれば心霊特集は組むし、その手の写真も大量に買い揃える。いや、買い揃えるは間違ってないが間違ってるか。何せ今は心霊写真も心霊映像も作れる。それこそちょっとばかしPCに詳しくて映像をいじれるヤツなら簡単だ。
今なら昔みたいにぼやけた人形のモヤじゃなく、明らかに実体がある様な幽霊映像だって見る側は怖がるし、カメラを移動させて幽霊役が映り込んで2度見する様にもう一度その場所を映したらいないなんてチープな映像でもウケる。こんな仕事をしていれば寧ろ、それを作れと専門業者に依頼する方が楽だ。
俺自身霊感もなければ幽霊なんてものは信じていない。そう、信じていないのだがこう言った特集を組む際はチーム仲良く神社でお祓いを受けるし、オフィスに御札やお守り盛塩なんて事もやる。それは多分、幽霊が怖いからじゃなくて対策しているからの安心感が欲しいからだろう。
「伊藤く〜ん。進捗どう?8月じゃ少し遅いから出来れば7月末までには記事としてまとめて欲しいんだけど。」
「う〜ん・・・、やっぱり例年通りの心霊写真特集じゃ駄目なんですか?適当に写真作ってもらって横にそれっぽいコメント入れるやつ。それなら毎度の事なんで出来ますけど、都市伝説扱うなら先ずはその噂を集める所からですよ?」
「そうは言うけどね伊藤君。最近だと心霊写真よりも都市伝説の方が売れるんだよ。映画にも出来るし、場合によってはキャラクターとしても展開出来る。」
「それは・・・、確かにそうなんですけどねぇ・・・。」
部長の高瀬さんがお茶を啜りながら話すが、確かに言い分は分かる。映画きさらぎ駅にとしまえんなんかも元を正せば噂だ。終電乗ったら知らない駅に着いたとか、遊園地のお化け屋敷に幽霊が出るとか。ネットで実しやかに囁かれる噂を漁ってそれを特集にしてもいいが、大体の話は尾ひれはヒレがついてドンドン壮大になっていく。
「ガチガチのホラーじゃなくていいだよ。ちょっとばかしゾクッとするとか嫌な気分になるとか・・・。そうだ!君は編集者で色々と話は聞いてるだろ?いっその事話を書かないか?」
「は・・・?えっ!話を書く?それは自作自演でしょう!?」
「なぁに、噂や都市伝説はどこか似てくる。池に行けばずぶ濡れの女が立ってるし、墓地に行けば火の玉は飛んでる。最近は口裂け女だって海外に行って少女になったりしてるんだ。何かしらの噂を似た形で編集加筆してネットに何本か流して反響のいいモノを記事にすればいい。どうせ大元は名無しの誰かだ。異論はないし広ろまれば本人も嬉しいだろう?」
高瀬さんがニヤニヤしながら頭の中で皮算用している。確かに話を書くと言うか編集者でライターなので書くのもまた仕事のウチなのだが、新しく都市伝説を作るとなるとかなり大変だろう?ネット民は中々シビアで無料で読める分、似た様な話を出せばすぐに見切りをつけて読まれない。
過去なら本を買って読む、つまり金を払った分しっかり読んで貰えたが今はペーパーはウケないし、コレを映画やらにするまでに持ち上げるとなると今度は原作者探しとなる。その際は俺が名乗りを上げるしかないのだが・・・。いや、持ち上げた編集部の名義でやればいいのか。と、流石に先に行きすぎだ。影も形もないモノを追うなんてそれこそ幽霊を探している様だ。
「部長の案は1つの案として受け取りますけど、話考えるのも大変なんですよ?」
「いやいや伊藤君。君は既に都市伝説はかなりの数読んでる。その中で組み合わせてもいいしオマージュでもいい。どうせ雑誌の記事で単行本として出す訳でもないんだ。企画が進まなかったらその案で頼む。」
その案ね。企画を進めようにも手詰まり感は否めないし、かと言って他にいい案もない。心霊写真特集が楽でいいんだけどなぁ〜。最初から適当なコメント考えてそれに沿った写真を作ってもらえばいいし。ついでに言うなら投稿写真なんて今時ない。個人情報の詰まった写真をわざわざ送りつけて、目に線を入れて雑誌に載ったところで誰にも自慢なんてできない。
頭を捻りながらデスクに戻ると、同期で横のデスクに詰める佐々木がニヤニヤしながら企画書を見ている。こんな職場でニヤニヤ出来る企画なんてあるか?呪われて頭がイカれたと言われた方がまだ納得できる。ただ、それでもチラリと見える企画書には水着美人が!
「おい佐々木、それなんの企画通したんだ?」
「聞いて驚け!水着で楽しめるお化け屋敷10選。明日からモデルの娘と撮影に行くぜ〜!」
「はぁ?あの企画部長も渋ってたろ?モデル代がかさむって。」
「おう!だからモデルはモデルでもモデルの卵だ。部長と交渉して出せる予算内でモデルが捕まればOK。そしてめでたくモデルは捕まったのさ。」
「はぁ〜、お前はプール。俺はPCとにらめっこ。ちょいとなんかネタはないかネタは!」
「ネタ?心霊写真にネタなんてないだろ?」
「雲行きが怪しいんだよ・・・。部長が都市伝説作れって言い出してな・・・。」
佐々木に経緯を話すと、ご愁傷さまと言わんばかりに手を合わせる。人の気も知らずに呑気なもんだ。俺だって水着美人とプールで涼しく過ごしたい。誰が好き好んでオフィスに籠もって噂話を漁るんだよ・・・。
「都市伝説系のネタねぇ・・・。創作でもいいんだろ?」
「寧ろ部長はそれを推してる。」
「なら、こんなのはどうだ?題して彷徨う幽霊。」
「ありきたり過ぎるだろ、ソレ。浮遊霊って言われたら誰だって彷徨ってると思ってる。」
「まぁまて。彷徨う幽霊を探すんじゃなくて彷徨う幽霊を作るんだよ。」
「幽霊を作る?」
「そそ。例えばだ、踏切、花束とお菓子、横断歩道、花束とジュース。ベコベコの車、手形。さて何を思い浮かべた?」
「そりゃぁ・・・、踏切での事故とか子供が轢かれたとかか?最後のは恨まれてる奴はいそうだが。」
「ほら幽霊が彷徨った。何かのサイトで見たか噂で聞いだんだけど幽霊ってのは記号らしい。霊感があるってのはその記号に敏感で、更に言えば納得させられるだけの弁が立つ人。詰まり、霊能者は全員偽物って説明なんだけど、逆を言えば霊能者が作れるし、幽霊も作れる。誰か知り合いにその手の事に詳しい奴いないか?昔から変なのに好かれるだろ?」
「好かれてるんじゃない・・・。勝手に来るんだよ。やれ取材で話を聞きに行けば電波な奴だったり、人面瘡を飼ってるって言い張りながら火傷の跡撫でてたりな・・・。」
仕事柄なのかそう言った手合にはよく会う。家に幽霊が出るとか言うので取材に行けば本人が夢遊病者で夜中に冷蔵庫開けて飯食ってたり、魔術が使えると言い張るので見に行けば手品だったり・・・。本物と言える霊能力者や怪異には全く出会わない代わりに人間不信にはなりそうだ。
ただ、佐々木の話を聞いて一人思い浮かぶ奴がいる。知り合った経緯はいささか複雑でアレがもし心霊現象と言うなら・・・。いや、アレはどちらかと言えば都市伝説のたぐいか?会いたくもないが生活圏が一緒なのか時折顔は合わせるし、会えば挨拶を交わす程度の仲。
本人の性格は別として容姿はいいので雑誌映えするかと言われれば確かに映える。ただ、アレを取材と言うか話の柱にしていいものか・・・。
「その顔だと心当たりあるみたいだな。どうせ記事書く材料だ。ソイツと話すだけ話してみればいい。で、女か?」
「女子大生って本人は言うがよくは知らん。知り合いと言っても連絡先も知らないし生活圏が被ってるだけの間柄だからな・・・。」
とある事情で一時期行動を共にしたが、結局お互いがお互いに踏み込まなかったから未だによくわからん存在ではある。まぁ、それでも人間である事は間違いないよ?うん。多少電波だが・・・。
「まぁ、何にせよ思い浮かんだんなら何かしらの知らせだろ。記者のカンってやつ?」
佐々木がニヤニヤ笑っているがどうしたもんか。アイツと出会うならあそこしかない。佐々木の口車に乗った様で釈然としないが他にアテもないしな・・・。
定時まで仕事をして帰る予定だったがアイツに会うなら深夜しかない。若干残業して明日の分の仕事を繰り上げてやり、時計の針は21時。今からサウナにでも入って向かえば丁度いいだろう。俺とアイツが出会うのは決まって深夜のとある場所。いかがわしい店でもなければ色気なんて皆無。
サウナに入り約2時間。時計の針は23時となり通勤用に買ったバイクで向かえば丁度いい頃合いか。梅雨の明けない7月は熱されたアスファルトと湿り気の多い空気のせいで、バイクで風を浴びようとも気持ち悪く、サウナでさっぱりとした気分を不快にさせる。
交通量は少ない。時計を見ればもうすぐ0時。仕事をする人間にしてもこの時間まで残業するやつは少なく、さらに言えば俺が向かう先は町外れのコインランドリー。使用者がいない訳では無いが、わざわざ24時間営業する程人が来るとも思えない。
「相変わらずか・・・。」
暗い中でそこだけ明るいコインランドリー。入口はガラス張りなので漏れる光は長く、何処か彷徨い人を待ち受けて喰らう化け物の口の様に見える。中に入るとコインランドリー特有の匂いとどれ1つ回っていない洗濯機がイカの目の様に見え、何処か不気味さを出す。腕時計で確認すると23時55分。あと5分か。アイツが来る時間までは・・・。
備え付けの自動販売機で缶コーヒーを2本買いベンチに腰掛ける。来るのは日比野 景と言う女性だが、コイツは未だによく分からないの存在だ。本人曰く大学生。スラリと細く整った顔立ちだが、目の下に刻まれた深い隈が何処か病的に見せる。一度笑えば可愛いんじゃないか?と言ったら口角だけ真顔で上げてかえって不気味になった。
「伊藤か。私に何か用事か?それとも手詰まりの仕事の依頼か?」
「よう日比野。仕事関係だけど依頼になるかは分からん。これは相談料だ。」
ゴミ袋に入った大量の衣類を持った黒髪で飾り気もなく、何処か排他的な雰囲気を持った女、自動ドアが開く音を聞き逃したのかいつの間にか日比野は俺の横に立っていた。時計を見ると0時丁度。生活スタイルが変わるのが嫌なのかコイツは必ずこの時間にここに来る。投げた缶コーヒーをランドリーから顔を動かさず片手で受取、そのまま片手でプルタブを開けてゴクリと飲む。癖なのか唇につくより先に出た舌は何処か艶めかしい。
「安い。だが夏の暑い中で冷たい飲み物には価値がある。洗濯が終わるまで話を聞こう。」
「分かった。下の右から3番目か?」
「違う。今回は上の左から2番目だ。」
早くも飲み干したのかコレまた缶をノールックでゴミ箱になげこみ、ゴミ袋一杯の洗濯物を洗濯機に詰め込み小銭を投げ入れる。乾燥まで1時間か。缶コーヒー1本でその時間なら安い。
「それで、話とは?」
「都市伝説を作る。これについてなにかいい案はあるか?」
「都市伝説?規模は?それにより作りが変わる。」
「規模って・・・、何かしらの噂程度でいいんだが・・・。例えばきさらぎ駅とかのさ。」
「ふむ、記号は見知らぬ場所、移動、不明な人物か。そもそもこの話は似たものがあるだろう?」
「似たもの?ないはずの駅に行く話なんてあったか?俺も色々読むがそんな話は・・・。」
「エレベーターだ。知っているビルのエレベーターに乗り、無いはずの回数に止まる。扉が開いた先は見た事のある風景だが何か違う。そして、そこには不明な人物がいる。」
「ああ!異世界に行くエレベーター!」
「そうだ。ビルは知っている駅に、移動するしエレベーターは電車に。行き着く先は異世界で変わりない。話としては昔からある神隠し系の伝承に酷似しつつ、隠された人物を探すのではなく隠された人物の主観で書かれた物語。神隠しの先は決まって異界だ。都市伝説を作るというのはミームを拾い上げるに等しい。そして、ミームとは文化の中で人から人へと広がっていく行動やアイデア。つまり、都市伝説を作ると言うのは大多数がどこかで似たような話をきき且つ、不安をもたせる話と同等と考えられる。」
確かに佐々木の話は記号だった。名称を出された末に俺はマイナスに考えて事故なんかをイメージした。それは多分日比野が言う様に出された素材で思い浮かべたモノの状況がそれに酷似していたから。なら、古い話を現代風にアレンジすれば新たな噂が作れる?
「伊藤。気を付けろ都市伝説にしろ噂にしろ或いは、小さな作り話にしろ多数に広まればそれは制御出来ない。例え話を作った本人が名乗り出ようとも人は見えないはずのモノを視る。」
「・・・、例えばそれは彷徨う幽霊とかか?」
そう言うと珍しく鉄面皮の日比野が顔をしかめた。珍しいものだ。コイツは目の前で事故が起きようが子供が転ぼうが眉1つ動かさずに歩き去るだけの胆力があるのに。この彷徨う幽霊という噂には何かあるのか?
「慰霊の森。本来霊を慰める場所なのにあたかも人に害意を及ぼす様に語られ、それによって歪められた場所。彷徨う幽霊と言う話しがどういったものか私は知らないが、話の流れからすればそう言う風に歪める為の装置だろう?」
「装置って・・・、あくまでこれは噂で。」
「言伝とは歪むモノだ。主観が入った瞬間から本来の意味とは乖離する。例えばあそこでは悲惨な事故があった。それを次の人物に伝える時お前は主観が入れば何と言う?」
悲惨な事故か。それだけじゃよく分からんけど悲惨と言うからには誰かが死んだのか?例えば交通事後で子供が巻き込まれた。そしてその子は小さくて跳ね飛ばされて、手足が折れた上に顔から落ちて首が折れたとか?或いはチャイルドシートごと赤ん坊が投げ出されて自分の子供を母親が轢いた?
いや、車と考えたが工事現場でもいいか。鉄骨が上から降ってきて下敷きになった。或いは・・・、鳶職の男が工具を落としてそれが頭に刺さって急に絶命した?ない話ではないし、探せば・・・。確か過去に老夫婦が歩いていて偶々通りかかった時に夫だけ巻き込まれて死んだ事も・・・。
「主観が入れば?そりゃぁ花を添えてやれとか手を合わせてやれとか?」
「歪んだな。悲惨な事故とは言ったが誰かが死んだとは言っていない。四肢欠損で生き残った可能性もあれば、骨折で済んだ可能性も植物状態の可能性もある中でお前は死を選んだ。彷徨う幽霊の噂とはそんないないはずの幽霊に形を与える儀式装置の様なものだ。」
「もしかして、噂の出所はお前か?日比野。」
やけに詳しく話すが・・・、元からこんな奴と言えばこんな奴か。大学の専攻が何かも知らないし、どこに住んでるのかも知らない。そもそも名前を呼び合うがそれ以上はない。現実から切り離されたこのコインランドリーで会う以外コイツとは顔を合わせる事もない。そんなコイツがどこかで何かをネットに書き込んでいても不思議じゃない。
「違う。私がしなくとも人は常に幽霊を産んでいる。」
「なら、1つ日比野が産んでくれないか?新しい幽霊を。」
「それをするなら依頼料をもらう。」
「・・・、寿司でいいか?」
「回らないものであれば。」
「なら、作った文章の監修は?」
「同等だ。それも仕事だろう?缶コーヒー1本では安すぎる。」
「なら作ってくれ。ただし、出来が悪ければ寿司は回るかスーパーの物だ。」
「いいだろう。今日の正午丁度に適当な掲示板に話を流す。内容はコインランドリーを元にする。」
横に座っていた日比野は立ち上がり洗濯機を開けに行った。もう1時間か、思ったよりも早く感じたが上手く釣れたか?編集者件ライターだから俺が書いてしまってもいいのだが、部長の皮算用を考えると俺ではなく別の人間を用意する方がいいだろう。日比野はさっさと洗濯物をゴミ袋に適当に詰めて出ていき俺も帰路につく。文章の出来次第とは言え下手すれば回らない寿司か。そう思い外に出るが既に日比野の姿は見えない。
車が走り去るような音も無く、まばらにしか見えない民家は何処も灯りがついていない深夜の住宅地はやけに不気味に見える。あれか、夜の学校と同じパターンか。普段人の往来がある場所に人がおらず静寂に包まれれば不気味に見える。
止めていたバイクに跨り安アパートに帰り、熱帯夜でじっとりと湿った服を脱いでまたシャワー。変に腹は減るが冷蔵庫を覗いてもつまみしか無く、仕方なくまたコンビニに向かえば昨日までなかった花が横断歩道脇にポツリと添えられている。
「・・・、何も来ないが信号は守るか。」
佐々木といい日比野といい幽霊の話をしていたものだから妙に気持ち悪い。これが幽霊の記号とするなら・・・、子供か?黄色い帽子に赤いランドセル。年の頃は・・・、多分9歳。小学三年生で髪をツインテールにして活発な感じ。友達と通学路を話しながら帰っているさなかに急に吹いた風で帽子が飛び、それを取ろうと駆け出した末の事故。
運転手は・・・、また轢いた?泣く友達を前に生きていれば永遠に金を払わなくてはならないと、正常な判断が出来ず殺してしまおうと頭を。迫るタイヤ、動けない身体、痛み、黒い線、消える視界・・・。
「渡らんのか?」
「えっ!?」
「青だぞ?」
妄想だった?多少酒臭い男の声に我に返る。信号は青だ。男が不審そうに俺を見ながら歩いていく。踏み出そうとした足がやけに痛くスマホを見るとそこそこここに立ち尽くしていたようだ。食べる気も失せた。家に帰って寝よう。流石に寝ないと仕事に支障が出る。結局横断歩道は渡らずに振り返りアパートへ。添えられた花は確かにあったが干からびていたか?
日比野に会うとたまに引きずられると言うか、引き戻されるようにも感じるがアイツの雰囲気のせいだろうか?変な所で俗物的な日比野は少なくとも生きているものの、リアルな幽霊と言えば妙に納得できるしな・・・。
「おはようさん、いい朝だな。シケた面してないで仕事を楽しめ。欠伸して寝不足か?」
「佐々木か、ちょっと昨日遅くてな。お前はいいよな?今日から水着美女とお化け屋敷周りだろ?」
出社して早々佐々木がウザい。昨日の聞いたモデルとのお化け屋敷めぐりだろう。羨ましいがその企画は佐々木が通したもので俺は通してない。そんな浮かれた佐々木はカメラを持って待ち合わせ場所に向かい、俺はPCとにらめっこ。昔は紙で記事を書いていたが、今は鉛筆も消しゴムも紙もいらない。変わりに間違えばデリートキー1つで消せてしまう。後には何かを書いた証拠さえ残らない。
そんな午前を過ごし日比野が指定した時間から少し遅れて検索をかける。コインランドリーの話と言っていたので適当に『コインランドリー 怖い話』で検索をかけるとヒットした。ご丁寧に12以外全て0表記の投稿。何をどうやったらここまで正確に投稿出来る?予約投稿かなにかだろうか?
256: 以下、Xちゃんねるから送りします
20XX/07/01(月) 12:00:00.000 ID:SnPGM9a
私が最近聞いた話なんだけど、昔近くのコインランドリーで猟奇殺人があったんだって。
犯人は精神異常者らしいんだけど、女の人が殺されちゃって首と胴体が切断されてたみたい。
ここまではまぁ、よくあるかないかで言えばある話なんだけど、その犯人は何を思ったのか切った首をランドリーに入れてコインを入れられるだけ入れて回し続けたの。
知ってるでしょう?ランドリーの中。凸凹があって水抜く用の穴が無数にあってヤスリみたいになってるの。その中を首がゴロゴロゴロゴロとね・・・。
最初の発見者が見つけたのが昼前くらいなんだけど、自動ドア開いたらむせ返る様な血の匂いとガコガコ音を出して回るランドリー音に首のない死体。急いで警察に連絡して到着したら規制線張って現場検証って話になった頃にようやくランドリーが止まってそこを見るとね、ガラスに人の顔の皮が張り付いてて現場はパニック。
意を決して警察の人が扉を開いたんだけど、開いた拍子に顔の皮は扉から地面に落ちた。それもベチャッとかグチャって音なんかしなくて・・・、パリパリに乾いた皮がね・・・、こう・・・、紙が落ちるみたいにフワッと。
中の頭は髪が抜け落ちて目は乾燥してないし、そもそも皮膚と呼べる様なモノは剥がれちゃってなくなってたんだって。骨も凸凹で削れて変形してたから葬儀の時は誰も顔を見てない。納棺師だって顔を綺麗にするのにさじを投げたって噂。
それでここからがおかしな出来事なんだけど、現場は綺麗にしてもらって洗濯機も交換して何も無い平穏なランドリーに戻ったはずなんだけど、ある時から洗濯物に見覚えのない髪が紛れ込む様になった。
それが一人二人じゃなくて結構な人のね。苦情を受けて不気味に思った経営者が洗濯機を点検してもらったらしばらく収まるんだけど、またある時から髪が紛れ込む。
経営者としてはランドリーを潰そうかとも考えたんだけど、丁度ランドリー周りの家の人が入れ替わったり、新しく開発計画が持ち上がったりで、下世話な話いいお金になる。だからそこは潰さずに今もあるんだって。
日比野が書いたであろうコインランドリーの都市伝説。嫌な話だ・・・。この話は子供ではなくあえて大人に向けて書いた話だな?コインランドリーを利用するのは大抵一人暮らしの若者。或いはそこそこ人数のいる家族。子供が1人でコインランドリーに洗濯物を持ってくると言う状況自体が不可解の塊なので、必然的に車所有者の大人になりやすい。
この話には早くも追加の書き込みが付き、夜中のランドリーで蓋が瞬きをしたや、何気なく顔を上げたら洗濯槽の中からボロボロの人面がこちらを見たなんかが書いてある。日比野が何を考えてこの話を作ったのかは知らないが、確かによくできた話ではあるな。