いまわのきわの過ごし方
みなさんは、地球滅亡の日をどうやってすごしますか?
少し長いかも。
ぼくは、その日朝のリビングのテレビ(といっても宙に浮かんでいる透明の薄い板みたいなもの)でそのニュースを見た。
その日は、夏休みだというのにわけもなく朝早く目が覚めていた。虫の知らせ、とかいうものなのだろう。
「今日の22時に、この地球は滅亡します」
その声とともに、いともあっさりとぼくの未来は12歳を迎える前に絶えた。
テレビの画面には、日本の総理大臣が映っていた。この会見の場で、こんな発表をしているのに、ここまで落ち着き払っていることにプロ意識を感じる。無機質に告げるその声は、世界中にどのくらいの混乱を及ぼすことを想定していたのだろうか。
発表されたのは、超弩級の大きさの隕石が、地球に向かっているということ。そして、それを防ぐことは現代の23世紀の技術を用いても不可能だということだった。核兵器があと1500個くらい欲しいと嘆いていた。予測が全くできておらず、さらには隕石がどこから来たのかがわからないことより、異星人の兵器という説が有力だというものだった。
世界で一番初めにその情報が発表された日本。その理由は、日本が隕石の激突が予定される地点だったからだ。日本人、つまり僕らが生き残る確率は0%だろう。ただ、死を受け入れるしかないのだ。
会見が始まり、記者の質疑応答に入り、ぼくはハッとする。100分近い間、画面を見て呆然としていたのだ。たぶん、全人類が同じように呆然としていただろう。一緒にリビングにいたお母さんが突然泣き出した。ぼくは泣くことすらできずにただ宙を見つめるだけで、テレビからは、質疑応答で取り乱した記者たちの大混乱の騒音がひたすら流れていた。
それからしばらくして、ぼくら二人(ぼくとお母さん)は遅めの朝食をとった。
食欲はなかったけれども、目の前に出されたサンドイッチはしっかりと食べ切った。
ぼくのお母さんは、ひたすらスマホ(といっても宙に浮かんでいる透明の薄い板)で情報を調べていた。まるで、あの会見が嘘だった証拠を探そうとしているかのように。
ぼくは「ごちそうさま」といって、自分の部屋に向かい、そのまま窓から出て屋根に上る。
そしてポケットからトランシーバーを取り出した。これはみんなでゴミの山から部品を集めて作ったものだ。オンボロなので、屋根の上にいないと聞こえづらい。
「昔はこんなものを使って通信してたんだぜ!」
といって得意げに本を開いて語った、カイトを思い出す。図鑑には他にも昔使われていた機械が載っていたが、皆、秘密の通信ができるトランシーバーに注目していた。それから今の技術を用いた改造を加え、出来たのがこのトランシーバーである。
会見が終わってからずっと誰かの声が雑音となって聞こえていたので、気になっていたのだ。
「もしもし、ユウトだけど」
語りかけるとすぐに男の子の声と、女の子の声が聞こえてくる。ミクルとミナだ。
「おい、ユウトがやってきたぜ」
「よかった、これでメンバー全員気づいたわ」
「ねえ、何の話をしてたの?」
ぼくが質問すると、ミクルが意気揚々と喋りだした。
「いまわのきわの過ごし方についてだよ。と、いうことで君は〝いまわのきわ〟という言葉を知っているかい?」
「ねえ、またそこから話し出すの」
ミナの呆れた声を無視して、ミクルは話を続ける。
「〝いまわのきわ〟っていうのは死ぬ間際の境目みたいな意味なんだ。なんか格好いい日本語だよな。そこでだ、そのいまわのきわを僕らは一体となって受け入れようじゃないか」
「簡単に言うと、一緒に地球最後を迎えないかってこと」
ミナの補足まで全くわからなかった。
「それならいいよ」
「わーい、ありがと。じゃ、いつものとこで」
それきり通信は途絶えたけれど、ぼくは満たされたような気がした。
しかし、ふとぼくはお母さんのことを思った。ぼくがみんなのとこにいったら、お母さんはひとりぼっちだ。一人で終末を迎えるなんて、さびしくないのかな。残ったほうがいい気もしてきて迷う。
「話は聞いたわよ」
驚いて、振り返るとお母さんがいた。なんだか目に力が入っていて、怖い。ぼくが怒られるときはいつもこの目をする。
「あー、ちょっと家にいようかなぁ~」
「いい加減にしなさい!」
ぴしゃっと怒られた。やっぱ怖い。
ぼくが面食らって硬直しているとお母さんは急に抱き着いてきた。
「一度決めた約束は最後まで守りなさいと言っているでしょう。どうせ引き留めても勝手にいくんでしょう。それならしっかり行ってきなさい」
ぼくは、しばらくしてから意味を理解する。そして、まぬけな「はぁ~」という声がもれてしまう。
お母さんは笑いながら言った。すこし泣きが混ざっている気がする。
「なによ、その返事。私、結構感動的なこといったつもりなんだけど。まあいいわ。いってらっしゃい。私は久しぶりにあなたのお父さんにでも会いに行こうかしら」
ぼくは、お母さんの暖かみを感じながら、強く抱き返した。
家の外に出ると、もとから騒音は聞こえていたので予想はしていたけど、想像以上に荒れていた。車がごった返して大渋滞、そしてそのどの車も事故に巻きもまれてどこかが破損している。通常なら空を飛べる形のものも地面に打ち捨てられているのを見る限り、どうやら空のハイウェイは封鎖されているのだろう。街中を歩いている人は意外と結構いた。
ところどころで火事が起きていた。消防車なんて、もちろん来れないだろう。高校生くらいの数人組がマッチの箱を持っているのを見つけたが、何に使うかは考えないようにした。
そしてぼくは、見つけてしまった。町のいたるところにある血痕から覚悟はしていたけど、やっぱり実物は恐ろしい。体中の毛穴から冷汗が出る。歩道の隅に、血まみれのナイフとともに死体があった。確かにしばらく前までは生きていたはずなのに、いまは何も動かず虚空を見つめている。いやまあ、何も見てはいないのだろうけど。
ぼくはその場に佇んでいた。見たくもないのに、つい見つめてしまう。少しの間そうしていると、急に制服を着た人たちがやってきて、死体をどかにやってしまった。一体彼らは何だったのだろう。こんな状況の中で、人々のために動いているのはすごいと思った。
気を取り直して歩いているうちに、そのような光景がたいしてめずらしいものではないことに気づいてしまった。そして、恐ろしいことにぼくは次第に慣れていった。本当に人間の適応力というものはすごいと思う。
それでも、遠くの前のほうにナイフと拳銃を持って笑ってる男の人を見つけるとさすがに怖くて、路地裏に逃げ込んで少し遠回りをした。
そんなこんなでぼくは町のはずれに辿り着いた。ここはゴミ捨て場だ。ぼくらが住む町でうまれる産業廃棄物はすべてここに行きつく。壊れかけのロボットや家電などの機械類が述べ250平方キロメートルほどの範囲にとてつもない量が山のように積み上げられている。この前測ったときは、一番高いゴミ山は200メートルにも達した。
ぼくらがいつもグループを作って遊んでいるのは、その山だ。その山は結構急斜面で、登り方を知っているぼくらにしか頂上にはたどり着けない。こんなパニック的な状況でも安全だ。
冷蔵庫の蓋に足をかけるなど、器用に頂上まで登りきるともうそこにはカイト、ミナ、ミクルの三人がいた。
「おつかれ、よく来てくれたよ」
ミクルがねぎらってくれる。
「この3人だけなの?」
「いや、あとセイヤとハルナが来るはずなんだ。あと、エミは親が許してくれなくて家族と過ごすってさ」
「もう、わたしなんか家族の静止を振り切ってまでやってきたのに、エミったら相変わらず意気地なしなんだから」
それは褒めたことではないような気がするのだが黙っておいた。
しばらくすると、セイヤとハルナがふたりでやってきた。ふたりは兄妹で、セイヤは中二で、他のメンバーが小5なのに対し、このグループの中の圧倒的最年長で、やさしくとても頼りがいのあるお兄ちゃん的存在だ。一方、ハルナはとても元気でいつも走り回って落ち着きのない。
それなのに、今日はハルナがなぜか元気がなく、ぼくらを見た瞬間泣いてしまった。
みんなが慌てる。そんなぼくらを見かねて、セイヤが説明をしてくれた。
「ちょっと僕が目を離したすきに誘拐されちゃって、まあ運良く高校生となんか触手? を持った宇宙人に助けてもらったんだって。それで、大分気が参っちゃてるんだ。とりあえずそっとしておいてあげてくれ」
「「触手の宇宙人!?」」ハルナの背中に手を当てていたぼくとミナで思わず聞き返す。
「ハルナがそう言ってるだけだから、大分慌ててただろうし、信憑性はないと思うけどね」
とここまでセイヤ言ったところで、ミクルが口をはさむ。
「いや、信憑性はあると思うよ」
ミクルが指を町の空にさす。そこには、当たり前のようにUFOがあった。
「宇宙人なんて本当にいたんだな」
「ねー、ずっと隠れてたのに最後だからって接触してきたのかしら」
「どうせならもっと早くきてほしかったね」
みんなが思い思いのことを適当に言ってる。宇宙人も困ったものだろう。
「あ、見て」ミナが言う。
目線を追うと、ロケットが空を飛んでいた。
「なんか、超有名な資産家が数人を連れて自家用ロケットで宇宙に逃げるらしいよ。ニュースでやってた」
ミクルが説明する。
「へーお金持ちはすごいな。ロケットまで持ってるんだ」
ぼくが感嘆すると、セイヤが口をはさむ。
「でも、どこに行くんだろう。第二の地球、なんてものは見つかっていて隠されていたのか、それとも行く当てもない、行き当たりばったりの旅なのかな。あそこの宇宙人たちにでも聞いてみたらいいのにね」
その瞬間、ロケットが煙を吹き始めた、と思う間もなく赤い爆発が見えてロケットはなくなった。
空中分解だ。
きれいな青空を背景に、何本にも分かれていく煙の線を目で追いながら、ぼくらの中には気まずい沈黙がながれていた。
そんな沈黙を不意に破ったのは狂ったような笑い声だった。
みんなが振り返った先にいたのは、カイトだった。
いつもは真っ先に遊ぶ内容を考えたり、すぐふざけたりしているのに今日はやけに静かで一言もしゃべらないから不自然だと少し感じていたのだ。
狂ったように笑い続けるカイトがふらふら歩きまわる。
ぼくらは何も動かず、あんなに泣いていたハルナでさえ、ただ呆然とその有様を見つめ続けている。
急にカイトがばたりと倒れる。あっと思ってセイヤが近づき、立ち上がらせようとする。
次の瞬間、カイトが立ち上がりざまに腕を振って、セイヤが思わず後ろによろめく。
慌ててセイヤを支えると、セイヤの手は血まみれになっていた。
カイトの手には銀色に輝いている刃渡り15センチほどのナイフが握られていた。そして、相変わらず狂ったように笑い続ける。
これは非常にまずい、まずいどころの事態じゃない。カイトは壊れている。
いち早く動いたのは、ミクルだった。後ろからカイトに向かってそばに落ちていたパイプでカイトの脳天を殴る。
カイトは力なくその場に倒れた。もう起き上がってこない。
ぼくらは全員が息が上がって、少なくとも冷静にはいられなかった。
ミクルが急に震えだして、少し血がしたったっているパイプを放り出した。そしてその場にへなへなと座り込む。ハルナがパニック状態に陥り、ぼくらのいる山頂から飛び出して、ゴミの山を駆け下りていく。慌ててハルナを追おうとしているセイヤをミナが止める。
「あなたはまず、自分のけがの治療が先」
「だったら家に帰るよ! ここには治療器具なんてものもないし、家に行けば包帯とかがある。その道中でハルナを探すよ!」
セイヤが聞いたことのないくらい大きな声でミナを怒鳴る。
セイヤが初めて起こったのが相当怖かったのだろう、ミナが身をすくめているその脇を、セイヤが通り抜け駆け下りていく。
ここにいるのは、ぼくとミナとミクルと、そして頭から血を流して動かないカイトだけになった。
「殺しっちゃったぁあぁぁぁあ」
ミクルが震えた声で叫びだす。華奢なミクルが人を殺せるような力を持っていることを、ぼくは知らなった。
「大丈夫、仕方ないから落ち着け。これは正当防衛だ」
こんなことを言っても、友人を殺してしまったら納得はしないだろう。ミクルは普段はかっこつけているが、かなり心は弱い。普通の人でもまともな精神でいるのは難しい状況なのに、今はたぶん大分精神がやられているはずだろう。かっこつけて張りつめていた糸が切れたような感じだ。
「そう、俺は悪くない悪くない、仕方なかったんだよ……」
急にミクルの震えが止まったかと思うと、ミクルはポケットに手を突っ込み袋を取り出した、
その中から取り出したのは薬だった。2,3粒口に入れるとミクルは呻きながら倒れた。
「吐かせて!」
ミナが叫ぶよりも早く、ぼくは飛び出して彼の背中をたたいた。
けどもう、体がぐったりとして動かなくなっていた。恐る恐る脈に触ると、一切の動きを感じることはできなかった。
もうここにいる半分の人がここにいないことになった。
「狂ってるわね、何もかも」
ミナが独り言のようにつぶやくが、ぼくは何も言わない、言えない。
ぼくがミクルの持っていた薬のあまりを見つめる。
「これ、ニュースで見たことあるよ、なんだかわからないけど」
「たしかにそうね。あぁ、思い出したわ。少し前に苦しまなくても自殺できるって有名になって、一時期使用者がものすごく多かった薬ね」
「でも、実際には…」ミクルの顔は苦悶に満ちていて、ちっとも楽そうではなかった。
「どこで手に入れたのかしら」
「きっと、こんなご時世になって再注目され、町中で出回ってるんだろ。それをミクルが拾ったとかじゃないかな」
ミナがため息を付く。
「少なくとも、ミクルが言ってた、いまわのきわっていうのは心地よいものではないね」
「そうね」
しばらくの沈黙の後、ミナが急に口を開いた。
「わたしが思うに、なにかそれ自体よりも、それ自体を待ってる時間のほうが恐ろしいとおもわない?」
「というと?」
「注射のとき、注射自体は痛いだけだけど、その注射を待っている時間はすごく怖いわ。なにがおこるのか、悪い想像ばっかしちゃってね。注射そのものは一瞬だけど、待ってる時間そのものは結構長いわ」
「たしかにそうかもね」
「今回もそんな感じね。きっと、待つ時間に耐えられずに、みんなは気が狂ちゃったのね」
「それなら」
ぼくは大きく息を吸い込んでいった。
「ぼくらもとっくに気が狂っているよ。少なくとも、あんなに一緒に遊んできた親友たちが殺しあっているのにこんなにも冷静なんて」
「そうね」
ミナが短く同意して、くすっと笑う。こんな状態なのになぜかぼくもニヤリと笑う。
時刻は14時をまわった頃だ。
空は、まだ日が昇っているはずなのに、町の炎が反射して夕焼けのように赤く染まっている。
人類の終焉の夕焼けなのかもしれない。
地球滅亡まであと8時間。それまでにぼくは気が狂わずにいられるだろうか。
ぼくとミナで、二人でただしゃべるだけで、ときには沈黙を交えながらその時まで待った。
日はすっかり沈み、空は藍色が強くなった。時刻は9時を過ぎた。
結局セイヤとハルナは帰ってこなかった。家でゆったりしているのか、それとも……
心配はしていたが、結局ぼくは気が狂わずにいられた。直前にミナと待つ時間について話していたからかもしれない。結局心配なんてものは、不安なんてものはしなくてもいいのだ。どうせ、最悪の結果が待っているのだから。
ミクルとカイトは埋める、という話も出たが、そのままにしておいた。どうせぼくらの力では深くは掘れないし、隕石があたったら大して変わりもないだろう。
ラジオでしばらくは情報を得ていたのだが、今はもうつながらない。
腕時計が正しければ、あと滅亡まで15分。
「あ、あれじゃない?」
ミナが指さす。遅くても隕石の秒速は11キロメートルにもおよぶらしい。
藍色の背景に銀の砂をまき散らしたような満点の星空。
その中に、一際輝く天体がそこにあった。
ぼくらは何も言わずにしばらく眺めていた。
不思議に感じた。この町も、このぼくも、この星も、確かにここにあるはずなのに、あっという間になくなってしまうなんて。ぼくらは、なくなってしまったらどこへいくのだろう、どんな感覚なんだろう。
あれ? なくなったら、感覚はないのか。感覚がない感覚ってなんだ?
しょうもないとも思う。何億、何兆いやそれ以上の先人たちが苦労して積み上げてきた歴史が、たった一発石をぶつけられただけで終わるなんて。だからこそ、美しいのかもしれない。
ぐるぐるぐるぐる頭の中に思考が流れてくる。それが止まらずに涙が少し流れてきた。
「ねえ」
気づいたら正面にいて、見つめ合う形になっているミナが語り掛けてくる。
「もしも、この隕石、宇宙人に頼んで、わたしが仕組んだものだったとしたら怒る?」
ぼくは苦笑する。
「そんなこと、あり得るわけないだろ。こんなときまで、冗談言えるなんてすごいな」
「じゃあさ、もう一つ冗談」
ミナがニヤリと笑う。
「わたしが、ユウト君のことが好きで、二人きりになりたいがために、カイトにナイフ渡してみたり、ミクルに薬渡してみたりしてたら怒る?」
「は?」
ミナが何を言っているかが全く分からない。
「生まれ変わったら、また会いましょうね」
空が明るく輝く。
隕石が大気圏に突入したのだ。
数秒後大きな音とともに、衝撃波が迫ってくるのをぼくは感じた。
なにかの終焉が、なにかの始まりであることをぼくは願った。
読了ありがとうございました。
もしよかったら、感想と評価のほうよろしくお願いします。
一作目