夏目漱石に特徴「出だしの一文」
夏目漱石と云えば、「坊っちゃん」・「吾輩は猫である」・「草枕」などの様々な名作を残しているが、それらの作品すべての共通点は『出だしの一文』と言えるだろう。すべての作品について、言及することはかなわないため、以下の四つについてそうしてみる。
「坊っちゃん」:「親譲りの無鉄砲さで小供の時から損ばかりしている」であるが、この一文から主人公がどんな人物であるかが推測でき、また、この後にどんなことが起こり得るかが考えられる。作品とキャラクターの持つ雰囲気を読者に直感的に判断させる的確な材料になっていると言えよう。
「吾輩は猫である」:「吾輩は猫である。名前はまだない」言わずと知れた名文であろう。この一文は、物語の主人公が「猫」であると云う、極めて特異な小説であることを読者に感じ取らせる。そして、「吾輩」という一人称から、この猫はインテリであり、かつ自分を周囲の存在よりも格上としていることが窺える。
「夢十夜」:「こんな夢を見た」短編十作の内、最初の2作の後はぽつぽつとこの一文で始まる。「じゃあ、関係ないよね」と思うかもしれないが、それは違うだろう。これは勝手な推測に過ぎないが、これは、夢と現とが曖昧になって行く過程を示しているのだろうと思う。そしてそうすることで、「この話は夢ではない。現実にこの物語は存在しているのだ」と夏目漱石が我々に訴えているのだろう。
「草枕」:「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹れば流される。意地を通せば窮屈だ。とにかく人の世とは住みにくい」知らない人も多いだろうが、これが草枕の出だしの一文である。この主人公は少なくとも楽観主義的な人ではなく、むしろ偏屈な人間であると考えられる。そして、この一文は夏目漱石の持つ観察眼の鋭さを象徴する存在であるとも言えるだろう。