第19話 邂逅した!
ひとまずいつものお茶会の場所まで移動した。
今か今かと待っていた侍女さんたちがいそいそとお茶の準備を始めてくれる。開催できてよかったわ。
急遽参加したサイラスの分もきちんと出てきて、ちゃんと不測の事態にも対応できるってすごいな……しごでき……と一人で感動した。
きっと彼女たちにとってはいつ飛び入り参加が出るかわからない王宮内のお茶会なんて万全以上に準備して気を張らないといけない案件なんだろうけど、こうやって完璧に空間を作り上げてくれるの、本当にすごいよね。
紅茶もお菓子もめちゃくちゃ美味しいし、なんで私はこれをタダで享受してるんだ? お金払わなくていいのか? チップとか渡すべきなんじゃないか? とか考えてしまう。いや、本題はそっちじゃない。
「さあ、ではお茶会を始めよう」
トラヴィス様が宣言して、紅茶のカップを手に取る。
私とサイラスもそれに倣って、そして……トラヴィス様とサイラスが、一口紅茶を飲んだ瞬間に「これは!」みたいな顔をして、それから一気に紅茶を飲み干した。
え、いや熱くない……? 私のカップに注がれた紅茶からはほかほかといい感じの湯気が
出てるんですけれども……。
二人のカップが空になったのを見てすぐさま侍女さんがお代わりを淹れる。すると二人はまたそれを飲み干した。
えっ、そんなアチアチの紅茶を一気飲みするほど喉乾いてたのかな……まあ確かに打ち合いが終わった後結構汗だくだったもんな。あっ、直接お茶会に来ちゃったけどもしかして二人に着替えの時間とか必要だったのかな。私がいるせいでお色直しできなかったとかある?
そういえばいつもより二人ともすごくラフというかまあ訓練してたんだから当然なんだけど装飾品のないシャツとパンツ姿で腕まくりまでしていて、お茶会らしさはまるでない。なんか私だけドレスワンピで逆に違和感がある気がする。
大丈夫? これTPO的にだいじょぶそ? 私浮いてない? カジュアルな集まりのはずなのに一人だけ気合い入れておめかししてきたみたいな感じになってない?
二人のカップにまた紅茶が注がれる。二人はそこでようやく一気飲みをやめ、ゆっくりと口をつけて、味わうように一口飲んだ。
動きそろってるのめちゃくちゃかわいいな……。ねえ、ほんと仲良すぎて禿げそう。推しカプの日常もっと見たい。もっとシンクロする推しカプ見たい。
そして二人同時に「ふう……」と息を吐いた。どこまで君ら仲良しなの? 私を狂わせたいんか? ええ???
「あの……お二人とも熱くありませんでしたか……?」
それはそうと火傷とかしてないのか心配になって恐る恐る聞いたら、お菓子に手を伸ばしかけていたトラヴィス様がキョトンとした顔でこちらを見た。あれ? その反応は一体……
「いや、最初に飲んだのは冷たい紅茶だった」
「えっ」
トラヴィス様の言葉にサイラスも「うんうん」と頷いている。あれっ、そうなの? 私のはホカホカだけど……もしかして二人のだけ冷たい紅茶だったの?
「僕とサイラスが運動してきたから、敢えて冷たいものを淹れてくれたんだろう。そうだよな、ネリー」
トラヴィス様が控えている侍女さんの一人の方を見る。一人の侍女さんが一歩進み出て、スッと一礼した。
「殿下の仰る通りでございます。差し出がましいかと思いましたがそのようにさせていただきました」
すごく落ち着いた女性だった。30代前半……くらいかな? 髪を一つにまとめてお団子にして、クラシックメイドの長いエプロンドレスを上品に着こなしている。なんという気品……。しごできのオーラが漂ってるわね。
「いや、助かったよ。流石ネリーだ。彼女は僕付きの筆頭侍女だ。いつもお茶会の準備は彼女がしてくれている」
「まあ、そうだったのですね。いつも美味しいお茶をありがとうございます」
ですよね……いつも準備してくださってる方だなとは思ってました! 侍女さんたちが自ら名乗ることって基本的にないから私は彼女たちの名前は知らなかったけど、顔は知ってたもの。
ネリーさんが私に向かって一礼する。
いやいやそんなそんな、私なんてそんな畏まっていただくほどのものではございませんから……。
つられてお辞儀をしたものの、ほんとはそういうのしない方がいいんだっけ。身分的ななんやかんや……って言っても王宮で筆頭侍女の地位ってことは伯爵家や男爵家の方なんだろうけど……。
「勿体ないお言葉です。これからも誠心誠意、務めさせていただきます」
険しいとか厳格そうとか言うのとはまた違うんだけど、キリッと凛々しい感じの人だわ。まさにしごでき……秘書にいたら仕事が捗りそうだなって感じがする!
ネリーさんがまとめてるからこそ、お茶会も毎回スムーズなのかもね。
「一杯目は冷たい紅茶、二杯目は少しぬるめのお茶で、三杯目で本来の温度に近い紅茶って、すごいよね。よくそんなこと思いつくよなぁ」
サイラスがカップをまじまじ見ながら呟く。そうだよね、確かに、熱い紅茶が基本の世界ではなかなか思いつかないよね。
元が前世のゲームだから随所に前世と同じような習慣とか食事事情とかは混ざりこんでて複雑怪奇な世界観だけど、冷たい紅茶って実はまださほど浸透してない。
お酒を冷やしたり水を冷やしたりっていうのはあるんだけど……そもそも中世ヨーロッパ風だから家電の類なんてほぼないものね。
魔法で冷やしたりは出来るけど世間的に浸透はしてないというか。王宮の厨房にはありとあらゆる美食を作れる設備があるけどさ。
ていうか……今のお茶の件どう考えても三献茶だよね? 最初が冷たいってとこだけちょっと違うけど概ねミツナリ・イシダだよね? この世界に前世の概念が浸透しているのかそれともネリーさんも転生しているのかはたまたしごでき人の常識なのか……わからんけど突っ込まないでおこう、怖いから。
「そうだろ! ネリーはよく気が付くんだ。あらゆる事態に対処できる」
「不測の事態を起こさないようにする努力はしないのか?」
「まあそれはおいおいな!」
サイラスの突っ込みにトラヴィス様が元気よく答える。
クッ、破天荒なトラヴィス様かわいい~~~!!! 子供のころのトラヴィス様って設定集とかスピンオフで見る限り結構やんちゃで気付いたら部屋から消えてたりとかサイラスと泥んこになって遊んだりとか木に登ってかくれんぼしたりとか厨房に盗み食いに行ったりとかしてたんですよね?! あれ、これ同人の記憶じゃないよな? 公式だよな? そんなやんちゃな頃を見守れるなんて羨ましい~!!! お話聞きてぇ~!!
「まあ! どんな不測の事態を起こされていたのか気になります!」
婚約者特権でグイグイいっちゃえ! とばかりに前のめりになる。サイラスとネリーさんがニヤッとするも、トラヴィス様はばつが悪そうな顔をした。
「い、言わなくていいからな。別に大したことはしてない……」
「フーン? トールもアルの前ではいいかっこしたいんだ?」
「べっ、別にいいだろ! 僕はアルにはもっとかっこいいところを見せたいんだよ!」
じ、自分で言っちゃう~~~!! しかも私目の前におる~~!!! かっ、かわいいかよ~!!!!!
好きすぎてテーブルに突っ伏しそうになる。助けてくれ致死量だ。君が好きだと叫びたい。安心してください、推してますよ!!!
「トラヴィス様ったら、私はどんなトラヴィス様でも大好きですよ! それにトラヴィス様のことならなんでも知りたいです!」
ニッコニコで伝えると、トラヴィス様は一瞬「うっ」と言葉に詰まったようだった。言ってもいいか考えたんだろうな。しばらく沈黙した後に、
「……やっぱりだめだ!」
と頬を膨らませた。ウワァァァァーーーーーッ!!!! もちぷにほっぺーーー!!!!!!!! ぷにりてぇええええええ!!!!!!
「まあ、残念……是非またの機会に聞かせてくださいね!」
ネリーさんに向けてそう言うと、にっこり笑顔と肯首が返ってきた。トラヴィス様が「ネリー、余計なことは言わなくていいからな」と首を指していたけどネリーさんの表情は笑顔のままだったから、これは次回に期待ですね!
「ところで、お二人はどうして急に手合わせを?」
トラヴィス様の破天荒エピは気になるけれども、とりあえず置いといて。今日はなんでこんなに訓練に時間かけてたのか、そっちも気になるよね。訓練自体はいつもトラヴィス様も参加されてるけど、私とのお茶会の時間まで長引いてたことはない。何かあったのかな?
「ああ、それは……」
トラヴィス様とサイラスが顔を見合わせる。おっ、なんだ? アイコンタクトですか? 二人の秘密ですか? それはそれで美味しいですねえ!
「この間の叔父上の館での件でな」
「ロレンス様の?」
「うん、あの時、思った以上に何も出来なかったからね。このままじゃいけないって二人で話したんだ」
トラヴィス様の後にサイラスが続ける。
あの時、っていうと……あの黒い煙から皆で庇いあった時のことかな。確かに私たちはただ団子になって固まるしかなかったからね……。
なんか思ったより深刻な理由だったな。邪な心でニチャニチャして正直すまんかった。
というかサイラスは護衛だからわかるんだけどトラヴィス様は別に鍛錬する必要は……いや、トラヴィス様武闘派だからなぁ……。
「そうなのですね……。わたくしもあの時はどうすればいいかわからなくて、お役に立てませんでしたから」
「アルは僕に守られてくれればいいんだぞ」
「そ、そういうわけには……」
一番守られるべきトラヴィス様に守ってもらうなんて本末転倒なのよ……! 私も何かしらで護衛の術を身につけなければ……あと普通に私も強くならないといけないから……!
「アルもトールもそこまで頑張らなくてもいいけど、オレは強くならないとだからね。付き合ってもらってたんだよ」
「サイラス、それは違う。僕は誰よりも強くなるつもりだから付き合ってるんじゃなくて、一緒にやってるんだ」
「いやだからそこはオレに守られる立場だからね……」
真顔のトラヴィス様にサイラスは苦笑する。トラヴィス様のことだからガチで最強目指してるんだろうなぁ。オルブライト王家ってどうやらガチで武闘派の血筋なのよね。よく周辺諸国と和平なんて結べたわねって関心する。
それはさておき、本当に訓練はしたいのよ。ロレンス様のところにはしばらく行けないって話だし、正直今詰んでる。魔法の訓練……したいよね。
「私も魔法を……」
「「それはダメ」」
クッ……! 二人してハモっちゃってぇ……! 仲良いね! じゃなくて!
「なんでですか! もう失敗しませんってば!」
頬を膨らませて抗議してみるも、二人はジト目を向けてくる。なんだよう、一回失敗したくらいでそんな目をしなくたっていいでしょうがぁ! チャンスを! チャンスをくれよォ!
そんなこんなで談笑しつつ本日のお茶会を終えたんだけど。
一人のオジサンと邂逅したのは、そのお茶会が終わって私を送るため移動を開始しようかと思った時だった。
「これはこれはトラヴィス殿下。斯様なところでお目に掛るとは」
なんだか必要以上にご丁寧な、それでいてネットリとして敬う気持ちがあんまりなさそうな声が聞こえてきた。こういうの慇懃無礼っていうのよ。普通に生きてたら滅多にこういう手合いには出会わないと思うんだけど……権力争い激しい世界ではよくあるのかもね。
で、このネチッコイ挨拶の主はというと、何やら武官っぽい連中をいっぱい引き連れた偉そうなおじさんだった。
勲章がいっぱい付いたご大層な服に、口ひげと顎ひげ。ん~、いかにも権力ありますって感じのおじさんね。まあこの場で誰よりも権力があるのは私の隣のトラヴィス王子殿下ですけどね。
「カッツェンバッハ侯爵か」
トラヴィス様の口から出た名前にハッとする。カッツェンバッハ侯爵ってあの、あの、暗殺未遂事件の黒幕の?!
こ、こいつが……!
いや実は黒幕ってことは知ってたんだけど、スピンオフ小説でも別にこの人の挿絵とかはなかったのよね。だから性格が悪いとかむかつくとかそういうのはあるんだけど顔とかはまるで知らなくて。
小説でも黒幕としてちょろっと書かれてただけのオジサンの容姿の描写なんてほとんどなかったからもっと神経質そうなオジサン想像してたわ……こんなに熊だったのね。
というかこんな簡単にエンカウントすると思ってなかったから全く心の準備も何も出来てないよ!
個人的には警戒心満載なんだけど、アルスリーナ・ロッテンバーグ7歳はこれが初対面だから、そんな警戒心出せないしなぁ……。
「殿下におかれましてはご機嫌も麗しゅう。ガゼボでお茶会とは、華やかでよろしいですなぁ」
よろしそうに聞こえないのは私に色眼鏡があるからなのかな? ちら、と横目でお茶会会場に目を向けて、カッツェンバッハ侯爵が目を細める。何よ、「のんきにお茶会とはなぁ」とでも言いたいわけ?
「ああ、天気がいいからな! お茶会は定例なんだ」
トラヴィス様は特に気にした様子もなくはきはきと返答している。物怖じしない感じ、最高です!
まあトラヴィス様からしてもこれまでにこの侯爵が危害を加えるなんてことはなかったはずだし、まだトラヴィス様の年齢なら覇権争いなんていうのも耳に入っていない時期だろうし、この人のことも警戒していないんだろうなぁ。
私は警戒しているからトラヴィス様の一歩後ろでそっと息を殺していたんだけど、
「そちらのご令嬢は……、確か殿下の婚約者になられた……」
「ああ、アルスリーナだ」
侯爵の言葉に、トラヴィス様はすっと半身引いて私が見えるように移動した。ヒッ、やめてくださぁい! 私を見せないでくださぁい!!
あんまり目につきたくなかったんだけどこうなったら仕方ない……ドレスワンピの裾をちょんと摘まんで優雅にお辞儀をした。
「お初にお目に掛かります、アルスリーナ・ロッテンバーグでございます」
「これはこれはロッテンバーグ公爵家のお嬢様、ゲルハルト・カッツェンバッハと申します。お見知りおきを」
私に向かってお辞儀をした侯爵は、そのままサイラスにも視線を向ける。
「サイラス殿もご息災で」
「ご無沙汰しております」
サイラスが少し会釈した。そっか、ノックノット公爵家は騎士団を纏めているから武門の貴族家とは旧知の間柄ってことね。うちは代々文官気質だから、カッツェンバッハ侯爵家とはあんまり繋がりがないんだわ。
にしてもこの人、目つきの鋭いおじさんだわねぇ。まあもうなんていうかいかにも悪役って感じの顔。わかりやすくていいけどね。
変にイケメンだとうっかりちょっとときめいちゃうかもしれないし……いや、腐った乙女が多いコンテンツに無駄に顔のいい悪役なんて出したら下手に人気が出て大変だからな。悪い顔のオッサンは悪い顔のままでいいのよ。
下手に挿絵がなくて正解だったかも。どんな容姿のオッサンでも萌える人は萌えるからね……。
「カッツェンバッハ侯爵、こちらを通るのは珍しいな」
トラヴィス様が特に悪意もなく尋ねる。確かに、今まで何回も王城でお茶会してるけど会ったことなかったな。
ここは王妃様がいらっしゃる離宮に通じてる通路で、中庭を横目にさらに奥へ行くと王妃様のサロンなんかもあったりする。基本的に男性はあまり立ち寄らない場所だ。
「いやなに、しばらく領地へ戻ります故、ご挨拶にと」
「なるほど、社交シーズンも終わったからか」
侯爵の背が高いせいか私たちは見上げる形に、そして向こうは見下ろす形に必然的になるんだけど、なんというかこう……偉そう! 必要以上にふんぞり返って見えるのは気のせいかな?! 私の先入観のせいなのかな?! でもこの人スピンオフ小説で出てきたときも基本偉そうだったしな……なんだろう、とりあえず反り返るのやめてもらっていいですか?
社交シーズンっていうのは大体春先~初夏くらいまでと秋~冬にあって、王都でダンスパーティやらなんやらやってるのが春~夏、地方でスポーツ感覚で狩猟したりするのが秋~冬ね。
秋~冬は貴族が大々的に魔物狩りをする季節でもあって、うちの国ではそこで討伐数が多かった家には褒賞が出たりする。うーん、なんというか、武闘派が強い理由もこのあたりにあったりするのよね。
文官家系のうちの家ですら、秋~冬シーズンは王都を離れて魔物狩りだものね。文官家系と言えどロッテンバーグ公爵家は公爵位を賜るだけあって毎回狩りの成績は上位なのよ。なにせ魔力量がエグいからね。令嬢がラスボスになるくらいだからそりゃあもうね……。
「ええ、しばらく領地へお暇させていただきます。狩りシーズンには是非殿下も我が領へお立ち寄りください」
カッツェンバッハ侯爵は本当に挨拶のために来たみたいで、それだけ言うとまた一礼して廊下を引き返していった。
ただし踵を返す前にばっちり私にガンつけてましたけどね……。なによ、何かと話題(火球事件とかロレンス様への魔術指南の申し込みとか)の私が気に入らないってこと? 挨拶にかこつけて私のツラを拝みに来たってことですかぁ? アァン? 心の中では喧嘩の一つや二つ買ってやる所存ですけどね?! まあ実際にはあんまり目立ちたくないしニッコリ笑顔でいましたけどもぉ!
何が地雷になるかわからないから終始ひやひやしちゃったわ。てか、私にガンつけた挙句に背中向けた瞬間鼻で笑ったよね? 一瞬だったけど聞こえたわよ「ハンッ」て!喧嘩なら買うぞアァン?? ンだァ? 取るに足らねぇガキだとでも言いてぇんかァ? 今に見とれ吠え面かかせちゃるけぇのお!!
なんつって。
まぁそれは冗談だとしてもさ、やっぱこの行動ちょっと怪しいよね。
大体領地に帰るご挨拶とかは正式に謁見の間とかでやってるじゃない? 王子殿下だけわざわざ別に挨拶に来るとかあるの? まあ私は王族じゃないからこの辺りのことは何が常識なのか知らんけど。知らんけどぉ!
でもロレンス様のお館の塔でいろいろあってすぐに領地に帰るってのもなんか怪しい気がするし、疑いの目を避けるためなのか慌てて逃げ帰るためなのかどっちかに見えなくもない。
或いは領地に戻って何事か画策しようとしているのでは……?
「アル、どうした?」
侯爵が去っていった廊下をじっと見すぎていた私は、トラヴィス様の声にハッとした。いけないいけない、私はいたいけな幼女……慌ててにっこりと笑う。
はぁっ、トラヴィス様、心配そうなお顔もまた大変麗しゅうございますわ……!
「その……カッツェンバッハ侯爵には初めてお会いしたのですが」
「うん?」
「あの……なんと言っていいか……熊さんのようなお方で驚いたと申しますか……」
「熊か……」
「ふふっ、確かに!」
なるほど、と頷くトラヴィス様と、噴き出して笑うサイラス。
でも本当にそう思ったのよ、大柄だし髭オブ髭って感じだったし。小説だと狡猾な感じで書かれてたから狐っぽい感じというか神経質そうなイメージだったんだけど、熊だったなんてね。
まあ武断派だしさっきの感じでも間違ってはないけど、どちらかというと策を巡らせるより脳筋っぽい感じがするっていうかなんというか……。ねちっこそうだなとは思いましたけども!
「アルは侯爵のことは苦手か?」
「えっ……そうですね、少し……怖かったです」
私はいつあの男が貴方に仇為す存在になるかと思うと気が気でないのです! とはさすがに言えないけどそういう意味では怖いかもね!
「アルも怖いものってあるんだ」
「意外だな」
ってちょっと。しおらしくしてたら何よ二人して! 純粋に意外そうな顔するんじゃないですよ!
「なんですか! 私にだって怖いものはありますよ!」
ぷくっと頬を膨らませてみると、二人は破顔しつつ「ごめんごめん」と謝ってきた。全然気持ちがこもってないんだよなぁ!
全くこんなに早く黒幕に出会っちまってこっちは本気で戦々恐々としてるってのによう!
とりあえず、すぐさまあいつが何かを仕掛けてくる感じはなさそう……かな? 領地に戻るなら直接手を出してくることもないだろうし。
いや、領地に帰ったから手なんて出せませんけど? 領地にいましたから?! というアリバイを掲げながら遠隔で何かしてこないとも限らない……か?! んんん、魔法なんていうあんまり馴染みのないものがあるせいで犯罪の実行可能範囲がわからないわ!
とにかく引き続き警戒していくわよ!
あ、なんかガンつけられたことは勿論帰ってからお父さまにウルウルお目目で告げ口しておいたわ。怒りの般若がお父さまの背後に見えた気がしたけどいいぞもっとやれって心の中で応援しておいた。
ロッテンバーグを怒らせたら怖いって思い知ってもらわないとね!