第18話 お茶会へ
その後、一週間ほど魔術の練習はなし、とお達しが来た。
そうなるだろうことはわかっていたので問題はない。肝心の塔の整理だけど、結局ロレンス様主体で、宮廷魔術師団から数人を選出して一緒にやることになったらしい。お父さまが陛下に進言してくださったみたい。流石すぎるわお父さま。
人選は陛下とロレンス様、それからお父さまとノックノット公爵で行ったらしく、完全にどこの派閥にも属していない優秀な魔術師だけが選ばれたとか。
こっそりお父さまに聞いても流石にこれは教えてくれなかった。宰相としては正しいけど私的には残念……やっぱり人選は気になるもの。
こういう大事な場面で選ばれるのって、創作だと攻略対象とか重要なキャラクターだったりするんだよね。
予想としてはトーリ家は入ってるかなぁ。ゲームの攻略対象、ナイジェルくんの生家ね。彼の家は代々優秀な魔術師を排出していて、一族は大体宮廷魔術師団に所属している。
生まれた時から未来が決まってるって解釈しちゃうとちょっと窮屈なんじゃないかなって思わないでもないけど、でも逆に能力を最大限生かせるっていう解釈もあるよね。当人の希望とマッチしてるのがベストだけどね。マッチしてなかった場合は……まぁ……うん……あれだけど……。
ちなみに攻略対象のナイジェルくんはヒロインの2つ下で、王族でもないのに複数属性の魔法を操れる秀才なのよね。その危険性も大人たちは理解していて、彼が万が一暴走しても周囲がどうにか止められるようにと言う保険の意味合いも兼ねて10歳くらいから大人に混じって宮廷魔術師団に所属している。今は……多分まだ5~6歳よね。
もちろんそんな年齢だから彼は出てこないだろうけど、それに連なる家の人くらいは出てきそうだわ。今度こっそりトラヴィス様かサイラスに何か知っているか聞いてみようかなあ。
はてさて魔法の特訓はしばらくなくなったわけだけど、私は頻繁に王宮に足を運んでいる。
なぜかって、もちろんトラヴィス様と親睦を深めつつ王妃様とお茶会をして王妃としての立ち回りだとかを色々と教えてもらったり王宮内で働いている人と顔見知りになったりするためである。
……この努力が将来実を結べばいいんだけどな……!
でも王妃様に国内のこととか聞くのはちょっと楽しい。挨拶周りは出来るか不安だったけど、前世の私(人見知りオタク)と違って今世の私は物怖じする気持ちも感じないし一度話した人のことは大体覚えている。
これがアルスリーナの力なのかしら……さすがヒロインが現れるまでは完璧すぎる令嬢と羨望の眼差しを一身に集めていただけあるわ……。
今日も今日とて王宮にお邪魔しているわけだけど、いつもならお庭や豪華なお部屋で待ってくださっているトラヴィス様が今日に限っていらっしゃらない。
逆に待っていて欲しいといわれたけど、特にやることがなくて暇だったから迎えに行きたいと言ったところ、案内されたのは騎士の修練場だった。
これまでも時々お邪魔してたけど、久しぶりだわ。
広い修練場では騎士たちが打ち合いの稽古をしたり、弓の射撃練習をしたりしている。
魔法を使う訓練は、危ないから郊外の修練場でやっているらしい。ここでは物理攻撃の練習だけね。模造刀で模擬試合をしていたり、刃を潰した実際の武器でカカシ相手に打ち込んだり色々だ。
騎士たちに挨拶をしながらトラヴィス様を探すと、修練場の端の方でサイラスと打ち合いをしていた。どちらも子供とは思えない動きをしている……使ってるのも大人の騎士と同じ木でできた剣だわ。
木刀って意外と重いのよね。前世の修学旅行で買ったことあるけど最終的に部屋の隅に放置されてたな。今世でも前に騎士団に遊びに行ったときに貰ったりしたけど、重くて使えはしなかったのよね。筋トレ必須だわ……。だ、大丈夫これからだから。アルスリーナイズラスボスだから!
トラヴィス様とサイラスは、アクション映画さながらの動きで打ち合っている。
上段からの振り下ろしを受け止め受け流しながら剣を翻して横へ薙ぐ、それをバックステップで躱しては踏み込んで切り上げる。仰け反って剣を避けると今度はその勢いのままターンして薙ぎ払う……。
ゲームだとここに魔法とかも入って、本当に派手な戦闘になるのよね。多分二人ならすでにそういう動きも出来るんだろうけど、ここは魔法使用不可だから使ってないんだろうな。
にしてもハードな打ち合いだなぁ。こんなに動いてるならお腹も空くだろうし、何かお菓子とか水分とかを差し入れに持ってきた方がよかったかしら。
最終的にトラヴィス様がサイラスの剣を弾き飛ばしたタイミングで審判が終了を伝えて、打ち合いは終了になった。二人は向かい合って礼をする。
流石はトラヴィス様、ゲーム内でも屈指の万能型アタッカー。サイラスだって勿論騎士として実家でも鍛錬してるからほかの同年代の少年と比べたら弱いはずないんだけど、トラヴィス様はもはや天賦の才と言うか何と言うか。とにかく火力にめちゃくちゃ特化してるのよね。
こればっかりはそういう設定にした原作があるから仕方ないと思う。
もちろん、ここはゲーム通りの世界ではなくなっているはずだから、才能だけじゃなくてトラヴィス様自身の努力もあるんだけどね。
「トラヴィス様! サイラス!」
手合わせの終わった二人に声を掛けながら駆け寄る。ハンカチは……一つしかないけど、トラヴィス様の婚約者なんだからトラヴィス様に渡すべきだよね。
「お二人ともお疲れ様です」
ここが前世ならレモンの蜂蜜漬けとかスポーツドリンクとか渡せるんだけど……この世界だと何に当たるのかしらね。そういう定番の何かあるのかな。フルーツとかかしら。
「アル。こっちに来てくれたのか」
「こちらで鍛錬中とお聞きしたので……もっと早く知っていたら、何か食べるものをお持ちできたのですが」
二人の汗の感じを見るに一戦しかしてないわけないし……。こうして話してくださってるけど喉も乾いているだろうしお腹も空いてるだろうし……。ああ、ほんとに私ったら気が利かないんだから!
「いや、こちらが鍛錬を長引かせてしまったからな。待たせてすまなかった」
「とんでもございません! 鍛錬中のお姿を見れてよかったです」
そうです。騎士の鍛錬場なんて令嬢がそうそう来れるところでもないですからね。
せっかくファンタジー世界に転生したならこういう前世で言うところの非現実な感じ、もっと体験してみたいし。
騎士ってかっこいいし憧れるよね。前世でも騎士の物語って人気だったもの!
それに、トラヴィス様とサイラスの訓練だって子供とはいえ十分かっこよかった。ああ~これが成長してこんな感じになって……うへへへ、妄想が捗る。はッ、いかんいかん気を引き締めておかないと顔が崩れてしまうわ。
「そうか? ご令嬢は荒事は好まないと聞いていたから、アルには見せないようにしていたんだが」
「まあ! わたくしはそんなこと気にしませんわよ! むしろトラヴィス様の雄姿をもっと見たいです!」
「そ、そうか……?」
ずずいと詰め寄ると、勢いに気圧されたかトラヴィス様が若干仰け反る。
あんまり鍛錬の話をされないのでしょんもりしていたけど、意図的に減らされていたのね! この! 私に! そんなこと気にしなくていいんですよ!
確かに世の中の令嬢は荒事は好まないしお茶会だのパーティだのを好まれるかもしれないですけど私は魔法だって剣の鍛錬だってなんなら自分がやりたいんですけどね!
まあ最強チート令嬢なのでそのうち剣の練習だってしますから! ただいまはちょっとまだ筋肉が、筋肉をつけるには早いと思って!
「トール、今更だって。僕らに魔法の特訓の話持ち掛けたの、誰だと思ってるの?」
「む、確かに……」
「ちょっとサイラス! 今更ってなんですか今更って」
サイラスにはちょっと私の本性がバレ始めているわね……。明らかに普通の令嬢と思われていないわ。まあいいのよ、私は攻略対象に好きになってもらおうなんて考えてないからね。
最低限人間としての尊厳さえどうにかなっていてトラヴィス様に恥さえかかせなければ! それでよし!
「ははっ、アルが普通の令嬢とはちょっと違うことはわかってるさ!」
「わ……わかられている?!」
そこは分らんでいいんですけど?! いや、まあ顔合わせからこっち大人しくしてたことがないんだからそりゃそうか?! いやいやいや魔法を習いたすぎてはしゃいでただけで、別にそんな大事は起こしてないつもりだけどなぁ?!
「も、もともとわたくしは外で体を動かすのが好きなのです! ですから……」
「うん、私も屋敷に籠る令嬢より、そちらの方が好きだ」
ウッ、いい笑顔……! その笑顔はオレに効く……ってやつや……!
思わず心臓を抑えてうずくまるやつをやりそうになってしまった。はあはあ、推しの顔が良すぎて息切れがする……!
「と、ところでお二人とも、喉は渇いていらっしゃいませんか?」
「ああ、お茶の準備をしていたよな。サイラスも行こう」
とりあえず照れ隠しで話を戻すと、トラヴィス様の注意もそっちに移ってくれたようだった。
そうなの、私本当は鍛錬場じゃなくてお茶会の場所で待ってればよかったのよ。侍女さんたちが待ってるのよ今も。
「え、いいの? せっかくの二人の時間なのに邪魔しちゃって」
「いいのよ! 貴方だって疲れてるでしょう? 疲れたときは水分と甘いものよ!」
いつもはお茶会の時は、サイラスは同席はしてないのよね。少し離れた位置に護衛として待機している。だけどトラヴィス様が誘ってるものを断る道理はないでしょ! 私のことはお構いなく! 前世でもトラヴィスとサイラスのコンビは大好物でしたからね! ええ!!!
「いいに決まってるだろう? この状況で僕がお前だけのけ者にするとでも?」
「そういうわけじゃないけどさ。折角婚約者殿と二人でお茶会出来る機会を邪魔しちゃ悪いなって思って」
サイラス、そうは言うけど周りには侍女さんたちがいるから厳密には二人じゃないのよ……てかこの年頃の子供ってそんなの気にするんですか? もうちょい大人になってからじゃない? 今はまだそんなに気を遣う必要なくない?
アッ、私は二人が私に内緒で遊んでても全然気にしませんけどね?! なんならどういう会話をしているとか何をして遊んでいるのか教えてほしいまであるけどね?
「わたくしは気にしませんよ!」
「そうだぞ、サイラス。それに気を遣ってくれなくても、アルと二人きりになる機会なんてこれから何度でもあるんだからな」
トラヴィス様はそう言って私の肩を抱き寄せる。ギャーー―ッ突然の推しのスキンシップうううう!!! 溶けるううううう!!!
それになんですかその主張?! 長い人生の話してます?! この先ヒロインちゃそに心変わりする可能性はちゃめちゃにありますけど大丈夫です?!
「ははっ、トール、見せつけるのは構わないけどアルがすごい顔してるぞ」
「なにっ。アル、気に入らないのか?」
「ヒィ! そんなことはございません! ただビックリしているだけです!」
肩を抱いた状態から顔を覗き込むのは反則なんですけどォ!? 推しの顔が近い! 顔がいい!! 死ぬ!! クソッ、こんなところで死んでたまるか! オレは……っオレは推しの幸せを見届けるまで、死ねないんだぁぁぁッ!!!
まあ今まさにその推しが原因で死にそうなんですけれども!
なんとかかんとか耐えてトラヴィス様のお顔が遠ざかったところで息を整える。反射的に息を止めたもんで危うく本当に危ないところだった!
ちょっと前回までの分ではしゃぎすぎて短くなってしまいました。
ここから少しゆっくり進もうと思います。。。よろしくお願いいたします。