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第16話 塔の中②

「……なんだ? 攻撃ではないのか?」

「魔力の残滓はありますが、呪いや闇の気配ではないですね。鑑定しますから、念のため身を低くして呼吸は最低限に」


 ロレンス様がそう言って何やら詠唱も始める。私たちは少し距離をとりつつ団子みたいになって床にしゃがみこんだ。陛も階段を降り、子供たちと同じように身を屈める。

 しばらくもしないうちにロレンス様が大きく息を吐き、取り急ぎ近くにあった木製の窓を開いた。ガラスも何もないそこはただ壁に穴を開けただけの場所で、外の明るい空が見える。

 陛下が立ち上がり、私たちも恐る恐る顔を上げ立ち上がった。


「大丈夫そうです、危害を加える類の残滓はありません。ただ遠見の魔法かそれに類似した魔法がかかっていたようですね。兄上、作った記憶はありますか?」


 遠見? って、言葉だけ聞くと遠隔でこっちを見れるとかそういう感じ? やっぱ思った通り覗き見してた感じかな……?


「学生時代、女子寮の覗き見をしたいと何人かで躍起になって開発しようとして挫折した記憶はあるな」

「兄上……」

「まあそう憐れむんじゃない、男のロマンなのだ」


 引き気味のロレンス様に陛下は堂々と言い放つ。なるほど、陛下は学生自体はやんちゃタイプだったのね。今ではご立派な方だけど、当時は周囲が苦労したんじゃないかしら。今も破天荒は変わってないし。

 にしても乙6のゲーム的にはそういうやんちゃ坊主系の人いなかったから新鮮だわぁ。昔からロレンス様も振り回されてたのかしら?

 あっ、でもゲームのトラヴィス様も時々強引な俺様系だったから、そういう感じだったのかしら?! やだ~! 陛下とロレンス様の学生時代妄想捗る~!


「女性がいる前でそういう話題はよくないですよ」

「むッ、確かにそうだったな。これは失敬した」


 陛下とロレンス様がこちらを気にしている。ん? なんの話? 女性? ……あっ、女性って私か。この場にいるのは私だけだもんな。8歳の女児相手に女性だなんて紳士だわ……この女児は中身貴腐人って感じなんでそんなのは気にしなくて大丈夫ですよ。むしろkwsk……とは言えないのでとりあえず笑顔を作ってみる。二人ともにこりと愛想笑いを返してくれた。


「とにかく、モノに魔力を定着させることも陣を作ることも出来ずで形になるものは作れなかったし、完成にも程遠かったのう。あの頃はそういうバカ騒ぎでわいわいやること自体が楽しかったのだ。つまり、その当時の誰かがやった可能性は低い」


 わかるわかる、そういう時あるよね。中身がどうとかは関係なくて、ただ友達とワイワイやってるのが楽しいっていう時期……。学生時代なんて最たるものだよね。

 そういう時代が王族にもあるってわかってホッとするわ……。トラヴィス様にも是非そういう学生生活を送ってほしい。人間不信なんかにならず、ただただサイラスや他の同学年男子と馬鹿なことをやってみたり、女子には聞かせられないような話題でちょっと盛り上がったりとかそういう普通の青春をエンジョイしてほしい。

 ……貴族がみんなそういう類の学生生活を送るのかどうかは知らんけど。

 私は! 二次創作のほのぼのコメディとか! 身分制度とか関係ない現代パロとか! そもそもゲームが舞台の俳優パロとか! そういうの大好きだ!!

 って本題はそこじゃなかったわ。とにかくその遠見の魔道具とか言うのは陛下が作ろうとした時には失敗していた。つまりさっきのが失敗作としておいてあったものでないのならば、確実に誰か別の人間がここに置いたってことになる。

 盗聴器とか盗撮用カメラとか、そういうものってことよね!? しかもロレンス様が最近使っているってわかってる塔にあるなんて……絶対にロレンス様の動向を探るつもりだったってことよね。


「わかりました。この件は調査が必要なようですね」

「うむ。こんな軍事転用できそうなもの、お前が完成させていたとしたらワシに言わぬわけがないからな。残滓は解析できるか? 出所を突き止め、この技術は献上させねばならん」

「勿論です。二日はいただけますか」

「よかろう。しかしちゃんと寝食は忘れぬように」

「……では三日」

「うむ!」


 わあ……わあ……! 目の前であれよあれよという間に話が進んでいく……! 口を出す暇もないわ。私は予備知識で何となく予測がつくけれど、トラヴィス様とサイラスは心配そうな顔で大人たちを見ている。

 そりゃあそうよね、黒い煙が出てきて消えて、遠見とか軍事転用とか急に出てきたら驚くわよね……でもこんなのきっと国家機密だろうし詳細は教えてもらえないだろうな。この場合私はどう動くべきか……。

 って、知ってる風を装うとウチが目を付けられる可能性があるし、陛下やロレンス様の前では何も知らない女児を演じないとなんだわ。ロッテンバーグ家は宰相職とはいえ疑いがかからないなんてことはないんだから。

 とりあえず私も心配そうな顔をしておけばいいかな……。あと未だにトラヴィス様はゆるく私を抱きかかえている状態だからマジで離してほしい。そろそろ心臓が、心臓がもたない……! 握手会より近い……!!


「さ、子供たち。心配させてしまったね。もう大丈夫だ。……この件はここだけの秘密だよ」


 ロレンス様が安心させようと私たちに笑顔を向けてくれて、ようやく私たちは警戒を解いて団子状態を脱した。ああ……! 推しの腕の中、変な汗出ないか本当に焦った……! 臭くなかったかな、大丈夫かな、突然の大接近困るわ……!

 それはさておき、ロレンス様は詳細は教えてはくれなかったし、秘密のあたりは念押しって感じだったけど……やっぱりそうなるよね。でもどう考えても一大事ってことはわかるから、三人とも無言で頷いた。

 今はこれが精いっぱいかぁ……。多分内密とは言えお父様には話が行くだろうから私から言う必要もないか。ただこうなると魔法の特訓はしばらくは難しいかな。

 まあでもこっちが片付くことで事件が回避できるんなら全然いいからね。そっち優先でね。この遠見魔道具の出所も黒幕とは限らないし。


「では外へ出ようか諸君。お前たち、怖かったろう。サイラス、よく咄嗟に前に出てくれたな。優秀な護衛騎士だ」

「あ、ありがとうございます! 光栄です!」

「トラヴィス、お前もよくアルスリーナ嬢を守ったな。父は鼻が高いぞ」

「はい、父上!」


 陛下はサイラスとトラヴィス様の頭をぽんぽんと優しくたたく。二人は驚きと感動で目をキラキラさせて答えている。

 うおおおおおなんだこの感動シーン……! 国王陛下から直々にこんなこと言われたらそりゃあついていきます!! ってなるよね! 騎士団がいつも士気も人気も高いのはこういうのもあるからだろうな……。

 人たらしの才能みたいなのあるよね、絶対。


「アルスリーナ嬢も、怖かったろう。よく耐えたな」


 陛下はそう言って私の頭も軽くポンと叩いて撫でてくれた。

 ふおおおおおお、何もできなかったどころかひとりやり取りに興奮してておざなりな警戒しかしていなかった私までほめてくれるんですかああああ!

 突然の自分宛にびっくりして飛び上がりそうになったけどなんとか抑えた。上司の鑑やんけ!!! むしろ私はどちらかといえばトラヴィス様の盾になるべきだったんですけど?! いいんですか?!


「へ、陛下、恐れ多いです……!」


 とりあえず次は全力で盾になりに行くんで今はこれで勘弁してくだせぇ!! という気持ちでぺこりと頭を下げる。

 陛下は私たちを見てうんうんと笑顔で頷いた。もう完全に近所のめっちゃいいおじちゃんの笑顔なんだけど一番偉い人なんだよな……。


「さ、行きましょう。付近のものには触れないように。さっきのようなものがまだあるかもしれないからね」


 ロレンス様の言葉で、少し緩んでいた私たちは気を引き締める。

 そうだよね、あれ一つじゃない可能性はあるものね……。乱雑に散らかった魔道具たちを避けながら、慎重に部屋を抜けて階段を降りた。

 なんだかちょっとアトラクションみたいで楽しかったけど、たぶん私だけだろうな……。トラヴィス様もサイラスもすごく真剣だったもん。ショタっ子でもこれだけ顔がいいのほんとすごいな……とか思いながら横顔見ててちょっとごめん。

 にしても陛下とロレンス様っていいバランスだなぁ。陛下が褒めてロレンス様が引き締めて……抜群にいいトップと補佐じゃない? これ活用すればめちゃくちゃ良い人心掌握術になるのでは……なんで原作ではこれやらんかった? ン? これやるだけで十分、二人は最強なんだが?

 今日の出来事は伏せる予定だけど、この飴と鞭(にもならないくらい優しいけど)のことはお父さまに言っておこう……この世界にもしかして飴と鞭っていう概念がないかもしれないもんね。

 塔から出ると、少し傾いた陽の光が凄く眩しく感じた。中は窓と言っても壁を抜いた穴に木戸をつけただけのものだったし、灯かりがあっても全体的には薄暗かったものね。外の明るさが目に染みるわ……。

 ロレンス様、いつもここで一人で籠って研究していたのかしら。病むで。やめた方がいい。そういう薄暗い環境が好きな人はもちろんいるし否定はしないけど、ずっと籠りっぱなしはよくない。

 日光に当たることと鬱になることの関連性って研究されてたし実際日照時間が少ない国では疑似日光ライトみたいなのが売られてたりもしたのよ……この国はそもそも冬が長くて曇天が多いんだし、天気のいい時期にまで引き籠ってるのは心身の健康にもよくないわ!

 そういえばスピンオフ小説で捕らえられた後のロレンス様が監獄へ連行されていくのも寒い寒い冬の日だったし、亡くなったときも雪が降っていた描写があった気がするわ……。

 そのころに一番神経を擦り減らしていらっしゃったのだとすれば、この人はもっと日光を浴びるべきよね。晴れの日が多い今のうちに、積極的に外でトラヴィス様とサイラスに魔法の特訓をしてほしいところだわ。


「さて、どうやら屋敷のあれこれは大体終わってるようだが……今日は魔法の訓練どころではないなぁ」


 塔から出た陛下がずいぶん出入が静かになった館のほうに目を向ける。

 確かに、慌ただしく動いていた人影はほとんど見えなくなっている。だけでなく、ほのかに甘い焼き菓子の香りが漂っている……これはたぶん、お茶の用意がされているのね……。

 ユマが少し離れたところから心配そうに私を見ているのが見えたので、手を振っておいた。流石に王族のいるところで私に近付いて話しかけるなんて急用の時くらいしか出来ないものね。

 サイラスが連れてきたらしき騎士の姿も近くにあって、ユマと同じように心配そうにこちらを見ていた。そういえば断りもなく塔の中に入っちゃったな……護衛として来てもらったのに申し訳ないわ。


「では、落ち着いてひとまずお茶でもいかがです? 焼き菓子のいい匂いがしますし、早速準備してくれていたんでしょう。折角ですから」

「おお、良いな! ワシもゆっくり皆と話したいからのう!」


 ロレンス様の提案に乗った陛下が、ユマと騎士にちょいちょいと手招きをする。そうだよね、外で待機してもらうわけにはいかないものね。陛下ってこういうところほんとよく気が付くイケオジだわ……。

 さり気なく気遣いができる人って素敵よね。私そういうの下手くそだから憧れちゃうわ。

 そのあとは、新生ロレンス様の館で和やかなお茶の時間になった。

 なんと言うことでしょう! 前は閑散としすぎて寒々しい雰囲気だった館はどこにも人のいるあったかい空間になり、使用人たちがすぐ目に付くように配置されて、お菓子の甘い匂いや紅茶のいい匂いで満たされています!

 やっぱりある程度人がいる方がいいよね。前世ではこういう感覚なかったからちょっと新鮮……。すっかり私も貴族令嬢的な感覚が身についてるのかしらね!

 まあ、人がいなくて侵入し放題は改善されたけど、あまり人が一気に増えるとそこに敵方のスパイがいないかとかもちょっと警戒しちゃうけど……ノックノット公爵が主体で動いてるし、大丈夫だと思いたい。

 まあとりあえず、出来立ての焼き菓子でも食べて落ち着くことにしますか~!

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