第15話 塔の中
ロレンス様は若干頭を抱えつつだったけど、国王陛下以下子供3名はワクワクしながら塔の入り口にやってきた。いや陛下。なんで陛下までワクワクしてんですか。貴方は入ったことあるでしょ。
「あの、言っておきますけど本当に掃除もしてないし埃っぽいですから。アルスリーナ嬢は特に、その素敵な服が汚れてしまうかもしれないよ。本当にいいんだね?」
「はい! 問題ございません! お洋服も私も洗えばきれいになりますから!」
洗濯とお風呂があれば汚れなんて別に気にならない! ええ! だってこの世界、ゲームならではのご都合主義なのか、衛生面は前世と近いんだもの。お風呂もあるし洗濯は……手洗いだけど専門の人がちゃんといる。
いやこれは貴族だからかもしれないけどね……。庶民の生活がどのくらいの水準なのかは私もまだあまり把握できてないし、それは追々やっていかなくちゃね。
ロレンス様は苦笑しつつ塔の入り口の扉の鍵を開けた。鍵は普通の錠前だけかぁ。鍵さえあれば誰でも開けれると。ふむふむ。危険ですわねぇ。
木製の扉は、ぎいい~と軋みながら内側に開く。入るとすぐに壁に沿って螺旋階段が続いていた。石造りの壁には窓と飾り棚があって、そこにも本や小物が置いてある。空気は外より少しひんやりしていて、窓から入る光で埃がキラキラ輝いてるわ……。屋根裏部屋とかみたいでワクワクしちゃう。
ロレンス様が出入りしているせいか、想像してたよりもずっと綺麗というか、整って見える。
「階段に気を付けて」
ロレンス様が先頭に立って螺旋階段を上がっていく。その後ろに国王陛下、トラヴィス様が続いた。上がる前にトラヴィス様が手を差し出してくれたので素直に手を取る。ええん、こんなところで気遣ってくれる優しさ半端ない……イケメェン……感激……。
そして私の後ろにはサイラス。前後をイケメンに挟まれるとは……。オセロみたく私もイケメンになりたいところだわ。
しばらく上がると床板が見えてきた。扉はなく、上がったらそのまま部屋に入っていく感じ。本当に屋根裏部屋にでも入るときみたいだわ。
さてさて、いざ、部屋の中は……っと、これは……
せ、狭い。壁沿いにまた上に登る螺旋階段があって、その下のスペースに布類が雑に投げてある。もしかして毛布……?
それにその足元には本が山のように積まれていた。部屋の中央寄りにローテーブルっぽいものがあるけどどう見ても簡素だし、その上にも下にも本や紙が置いてあって全然使えなさそう。床には一応絨毯が敷いてあって寒くはなさそうだけど、基本全部直置きなのは気になるわ……。所狭しと本や箱が積み上げられていて、正確な広さは把握できない。
それにランプとかも、窓辺のもの以外全部床に直置きなのはちょっと危ない気がするなぁ。魔道具がいろいろ転がってるのはちょっと楽しいけど。
と思っていたら、ロレンス様がすっと杖を出して一振りした。
「光よ」
ふわりと金色が広がってランプに灯がともる。ああ、これも魔道具だったんだ。聖属性は王家しか使えないから、王家用の魔道具なのね!
この世界の魔法って基本攻撃魔法なんだけど聖属性は光を生み出す力を最小にしてこうやって光源にしたりもできるんだった。いいよね、万能だよね……。実際に攻撃用に使うと眼くらましになったり超攻撃型の魔法になるんだけどね。
「なるほど! 散らかってるな~」
「兄上も一因ですよ。ガラクタみたいな魔道具も全部ここに置いてありますから」
わっはっはと豪快に笑う陛下に、ロレンス様があきれたように返す。いかにも魔法使いが使いそうな大釜みたいなものから、年代物ぽい古い大きな杖、ボロボロに服も掛けてあるわね……。
古い時計とか、薬品が入っていそうな瓶の詰まった木箱、大きな秤……。それに積みあがった本、本、本! 用途不明の筒状のものとか乾燥した謎の植物とかもあるけど、この部屋を狭くしてるのは本棚から出して直接床に積まれてる本のせいだわ。雪崩てるところもあるし、これは目当ての本を探すのも大変そう。
「父上もこちらによく来られていたのですか?」
「学生の時はな。よくロレンスとここにこもって魔道具を作ったりしたものだ。傾けるだけで勝手に水が出てくる水差しとか、遠くの人間と連絡の取れる鏡とか、火の消えない竈とかな。ものすごく遠くまで見える望遠鏡とか、追尾する矢とか」
物騒。すごい後半物騒ですけど?? そんなの戦争とかに利用したらとんでもないことなりません?!
「まあどれも失敗したがな」
わっはっは、と陛下は笑う。いや失敗してよかったと思うよそんなの。望遠鏡なんて物見に最適だし矢なんて避けようがないじゃん。ヤバいなほんとこの国って割と攻撃的なんだよな。コワッ。
今のところ対象が魔物の討伐だからいいけどさ、これ国家同士の戦争がメインにでもなったときは大変だよ?!
「兄上、笑いごとじゃないんですよ。実際そういうのは外に漏れないように気を付けないと、兵器になるんですからね」
わ、わかってらっしゃる~~~! 流石はロレンス様、文系~~!! 陛下はもう言うまでもなく脳筋タイプだもんね。知ってたけど!
ロレンス様みたいに頭脳派がそばにいてこそのいいバランスなんだよね! んもうそれがこんなところでやり取りが見れるなんて~! 助かる。命が助かる~!
ふふっ、と微笑ましさに思わず笑みが漏れてしまって注目を浴びたので、慌てて取り繕った。
「すみません! 陛下とロレンス様はとっても仲が良くて素敵だなぁと思って」
そう言うと、ご兄弟は顔を見合わせた。陛下が破顔し、ロレンス様も困ったように、しかし嬉しそうに笑った。ああ~~っ、いい笑顔! ありがとうございます! 目線お願いします! あっ、いいですやっぱお二人で見つめあっておいてください!!
「ロレンス、こんな素敵なお嬢さんに素敵と言われてしまっては困ったものだな?」
「ええ、そうですね。困ってしまいますねぇ」
「父上、叔父上、アルはあげませんよ」
ニヤニヤ笑う大人2人を前に、トラヴィス様が一歩前に出て真顔でそういった。だっ、だからぁぁぁぁ、なんで真顔おおおおお! 可愛いいいいいい死ぬううううううう!!!!!!
「も、もう! トラヴィス様ったら!!」
絶対この大人たち分かってて言ってるよ! 本気にしちゃダメだから! サイラスもにやにやしてはいるけど止めてはくれないんだよなぁぁ! 心臓がもたない……! イケメン過多……!!
そんなこんなで上の階も覗いてみたけれど、ロレンス様が研究で使っているのは下の階だけらしく、こちらはより一層屋根裏部屋感がすごかった。
取っ手付きの大きな収納箱(RPGでよくある大きい宝箱みたいなやつ)とかがいくつも置いてあったけど、比較的どれも埃を被っていて、しばらく触ってない感じがした。床にもうっすらと埃が積もっていて、本当に手が入っていないみたい。
「ああ、こっちは完全に物置だな。ほとんど古い服だったか」
「そうですね、私たちの魔法学校時代の制服とか……教科書とか。大半は処分出来るでしょうね。これだけ埃をかぶるほど放置だったんですから」
「そうだろうな。しかし全部見ていると今日の授業は出来なくなりそうだぞ」
「そうなのですよね……。明日改めて中を確認しますか。兄上は連日は抜けられないでしょうけど、こちらでやってしまっても?」
「ワシも見たいぞ」
「そう言われましても……。うーん、ブレンダンに怒られてしまうな」
「大丈夫じゃ、なんとか言うわい」
「あまり苦労をかけてはいけませんよ……」
「わかっとるわかっとる!」
いいんですよお二方、お父さまのケアは私がやっときますから存分にお二人の時間をお作りになってくださいませ……。兄弟仲良くお片付けなんて最高じゃないの。スチルが欲しいわ。
「さ、子供たち、ここは埃っぽいからとりあえず下へ」
陛下に促され、3人で先に下の部屋へ降りる。ふう、なかなか楽しかったわ。上の階にもまだ上に続く階段があったから上がりたかったけど、多分あの上は塔の上に繋がるんでしょうね……。行ってみたいけど、多分危ないからダメだろうな。転落防止柵とかなさそうだし高い壁ってほどのものもなさそうだったし。
下の階に降りて、ごっちゃりした室内を改めて見る。私、割と疑り深いもんでふと思ったんだけど……こういうところに敵と繋がる魔道具があったりしない? 遠隔で通信出来るものとか、洗脳出来そうなものとか……。
よく水晶を通してとか水盆を通してとか鏡を通してとかあるじゃない。うん……全部あるなこの部屋。
どうしよう、この世界の魔法って冒険パートで使ってた戦闘系魔法以外あんまり詳しくないから、どの程度魔道具が使えるのかいまいちわからないんだよね。火を使わなくていい魔法式のランプとかそういうのはあるけど通信手段としてはまだ文字を送れる程度だった気がする……。
私がカラドスに初めて訪問した時も魔法で先触れを送ってもらってたんだけど、これは全国民が使えるわけじゃなくて、教会とか騎士団とかそういう公的な場所にしかないんだよね……。うちは公務に携わる父がいるからそういう道具も持ってるんだけど。
どうしようかな。ここは必殺パパへのご報告とかで警戒してもらうしかないだろうか……。
なんとか私が破壊したり出来ないかなと思ったけど、流石に王家の所有物だしなぁ。ガラクタばかりとは言われてたけどちょっと厳しいよね。パパ上にどうにかしてもらいましょう。
「皆、そろそろ出ようか。こちらも確認できたし……」
「あ」
ロレンス様が階段を下りてきたその時だった。子供たちが誰からともなく同じ言葉を口にする。目線は皆同じ場所、そうロレンス様の足元に。
「ん、うわっ?!」
最後の一段を降りようとしていたところだったロレンス様は自分の足元を駆け抜けた小さな何かに驚いてバランスを崩す。そう、足元を突然駆け抜けたのは、ネズミだ。わ~、ネズミって本当に物置とかにいるんだね。
前世で夜の歌舞○町を通り抜けたときに本当にいるんだ~と思ったこととか思い出しちゃったわ。Gのつく虫のほうじゃなくてよかった、そっちだったら私が発狂してるところだった。
哺乳類ならまだ耐性あるんですのよ。言うて虫だってG以外なら大体は大丈夫だけど……そういえばこの世界Gはいるのかしら。乙女ゲームの世界だしそういうのは存在事亡き者にしてくれていいんですよ。
と、私の耐性はともかく、着地しようとしたところを走りこまれてしまったロレンス様は体勢を崩して倒れかけていた。
「叔父上!」
慌ててトラヴィス様が手を出しだすけど、支えれるの?! 子供ですよ?! 相手は文官と言えど大人ですよ?!
慌てて私もサイラスも同様に手を差し出すけど、ロレンス様がすぐ横の壁に手をついたのとトラヴィス様が反対の手を掴んだのと上から降りてきた国王陛下が咄嗟にロレンス様の襟首を掴んだのが功を奏して、転倒には至らなかった。よかったよかった。
しかし、壁際の棚にぶつかったみたいで、そこの適当に置かれていた水晶球がぐらりと揺れ、そのまま床へと転がり、
「あっ!」
手を伸ばしたけど、時すでに遅し……リンゴが地に落ちる如くに勢いよく床へと落ちた水晶は、それこそ成人男性の両手で包み込めそうな大きさだったのが仇になったのか、床に当たってカッシャーンと真っ二つに割れてしまった。
ああ……結構な大きさだったのに……。やっぱ重たいものの方が落ちた時の耐久度が低いのかな。小さければかかる重力も小さくなるだろうし……ガラクタって言ってたから本物の水晶の塊ではないだろうけど勿体な……
「アル!!」
急に焦ったようなトラヴィス様の声が聞こえ、私は横にいたサイラスに思い切り引っ張られた。「えっ」と言った顔がその場に残像として残るかと思うくらい急だったわ。一体何?!
と思ったらサイラスからトラヴィス様にバトンタッチされ、また引き寄せられる。何々?! 私リレーのバトンじゃありませんけども?!
ていうか何ですか!? 私、急に抱きしめられてますのこと?! 推しに?! 何が起こった?! 死ぬんか?! ハァ?!?! いや多分それどころじゃないな?!
トラヴィス様にがっちりホールドされた挙句に、さらに私たちの前にサイラスが立ちはだかるもんだから視界が悪くて状況が把握できなかったんだけど(あと推しにホールドされるとか冷静になれない)何とか発狂を抑えて腕の隙間から視線を彷徨わせれば、横でロレンス様が陛下をかばうように立っているのが見えた。
なにそれ?! どういう状況?! 詳しく!!!?!?!
いや興奮している場合じゃない。さらに視線を巡らせると割れた水晶から何やら黒い煙のようなものが立ち上っている。
「むご!!」
喋れん。トラヴィス様のがっちりホールドのおかげで何もしゃべれないよ?! ああーーーちょうど胸のあたりで頭を抱えられているせいで息がっ……! それはそうとトラヴィス様いい匂いするな。これ香水にして売ってくれんか? いや使ってる香水聞いたらいいのか。でも自分でつけても同じ匂いになるとは限らな……ってそれどころじゃないって!
「ロレンス!」
「兄上、お下がりください!」
「サイラス、出過ぎるな! お前も下がれ!」
「お前こそ!」
うわっ何それ咄嗟に庇い合ってるなんて。サイラスもロレンス様も陛下とトラヴィス様からしたら臣下だから前に出るのは当然だけど、片や血を分けた弟、片や血の繋がりはなくても一緒に育った乳兄弟……かばうのが当然と言ってもそれでもその身を案じてしまうこの……大切な存在への……愛……! 美味しいです!!!!!!
この切羽詰まった状況だっていうのに場を弁えずにちょっと興奮してしまったわ。本当にそれどころじゃないんですよ、落ちついて私。腐っていても堕ちはしないで私。本当に危ない状況だったらどうするのよ。でも興奮を表に出さなかったことはちょっと褒めてほしい。
あっでもそれ以前に推しからのハグ状態になってるのはマジで理性が持たないからほんとちょっと、早く離して! 身を挺して私を守らなくていいんですよ! 私が守るから!!
とにもかくにも私の心は大波乱だったんだけれどもそれは置いといて。
私以外の警戒(いや、私もうっかりニヤニヤしたけどそのあとは警戒したよ)を他所に、水晶から立ち昇った黒いもやは、誰かに害を加えることはなく、まさしく煙のように空中に溶けて消えていった。




