第14話 離宮にて③
私は慌ててその場で身を低くして、ドレスの裾を持ち上げて首を垂れる。なななななんで国王陛下がここに?!?! 忙しいんじゃないんです?! お仕事は?!
「しばらくだな、アルスリーナ嬢! なに、そう気にしなくてよいぞ! 顔を上げなさい!」
陛下、めちゃくちゃ気さく~~~~っ。ご機嫌か~?!
私は言われた通り顔を上げる。髭を綺麗に整えた壮年のおじさまがにっこりしている。
ウへァ、顔がいい……。トラヴィス様も年を取ったらこんな感じのイケオジになるのかしら……。見たい……。正直ショタもおいしいけどどちらかと言えばおじさんが好きです。
「うん、今日もまた一段と可憐だな!」
「国王陛下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「良い、良い! 堅苦しいのは好かんのだ! 王宮内でもないのだから楽にしなさい。今日は口うるさいブレンダンもおらんしな!」
最後のところはこそっと内緒話のように告げてくる。ブレンダンはお父さまのことね。この国王陛下の奔放さには悩まされているっぽいけど、思わずくすっと笑ってしまった。
「ザックスが、ロレンスの屋敷に誰もいないとは何事か! と乗り込んできてな! まさかそんなことになってるとは儂も予想外でな。慌てて人を集めてきたのよ。あやつ、儂にすぐ遠慮して何でもかんでも足りているし万事問題ないと言い張るのでな。直接見に来たというわけよ」
なるほど、ノックノット侯爵GJ……! 陛下もあの状態をご存じなかったのね。
ロレンス様は迷惑をかけまいとしている節があるし、そういうところ……そういうところが原作では徐々にすれ違っていく原因だったのよ……!
そう、足りていないの! 何もかも足りていなかったの!! 話し合いとか! 一番足りていなかったのは陛下からの愛情なの! そのあたりももうちょっと仲をね! 深めていただいて!
兄弟で手を取り合って! やっていっていただきたいんですけれども! ええ! にしても自分から見に来る陛下、行動力の化身……。
「まあ、そうだったのですね! 私もロレンス様がお1人でいらっしゃると聞いて寂しくないのかしらと思っておりましたの……。わたくしは今兄と離れておりますけれど、お話出来ないのはとても寂しいですから」
これ見よがしに兄弟仲を主張する。どうです? もっとお話しろという圧ですけど伝わります?
「アルスリーナ嬢は優しいのう……。令息は自領で勉強中だったか」
「はい、会う機会がほとんどないので寂しいです。サイラス様のようにお近くにお兄様がいらっしゃるのが羨ましい」
「そうかそうか。勉強も大事だが、たまには君のために王都に戻れるようにブレンダンに言っておこう」
「ありがとうございます!」
陛下、うちの兄のことはいいんです。それよりあなたと弟君の話ですよ。王宮の敷地内にいるんだからもっと会えるでしょ。もっと会いましょうね。直球で言った方がいい? 言っとく? 言っちゃおっか!
「陛下は、ロレンス殿下とはよくお話されるのですか?」
されないことは知ってるけどね! 知ってるけど私、幼気な少女だから。何も知らない体で質問しても許される年齢だから!!!
陛下は私の問いに、うーん、と眉根を寄せて腕を組んだ。
「そうよなぁ。最近は忙しくて、仕事以外であまり話してはおらんかったな。難しい話ばっかりしていたような」
「まあ、そうなのですか? せっかくお近くにいらっしゃるのに、それでは寂しいですわ」
と、悲しそうな顔をする。どう? 幼女の百面相は効くでしょう。子供特有の、邪気も打算もない純粋な感想、めちゃくちゃ効くでしょう?!
「そうだな。こんな幼子が兄君と会えない寂しさを耐えているというのに、すぐ傍におる我らが仕事を理由に疎遠になっていては笑われるのう。ブレンダンからも週一回報告の場を設けると言われておるし、今後はもっと兄弟で話をするか!」
「まあ、それはとっても素敵ですね!」
懇親の笑顔でそう言う。サイラスが私の横で苦笑した気がしたけど気のせいってことにしておこうね。この子、聡いのよね。多分私の思惑もわかってると思う。
子供には子供なりの空気読みがあるのよ。
陛下はうんうん、と笑顔で頷いた後、隣で話を聞いていたトラヴィス様に
「息子よ、アルスリーナ嬢を絶対手放しちゃならんぞ!」
と真顔で向き直っていた。やだ恥ずかしい。そんな手放すなって言われましても私、17歳までのアルスリーナの記憶しかないからその先のことはどうにも出来ないですよポンコツですぅ。今は未来の流れがわかってるから誘導できてるだけですぅ。
トラヴィス様の方は急なフリにもかかわらず真顔で、
「あげませんよ、父上」
アァ~~~~~~~ッ!!!!! 真顔!!!! 表情筋息してる~?!?! 私の表情筋は別の意味で死にそうですっぅ~!!!! ニヤニヤを抑えきれず満面の笑みかその場に崩れ落ちるかの二択ですけど~!?!?!
「もう、トラヴィス様ったら!」
どっちも羞恥心とか社会的死とかを考えて選択しきれなかったからとりあえず顔を隠して恥じらう(フリで盛大にニヤニヤする)に収まった。あっぶねぇ、なんつう破壊力……。
トラヴィス様って原作でも基本何事にも動じないクールなタイプだったんだけど(その彼の感情が徐々に揺れ動いていくのが最高だった)こんな子供のころから真顔なのすごない? 逆に萌える通り越してわろてる……。
私が夢女だったら死んでたで。よかった夢女じゃなくて。危ないところだった。
「あ、いたいた兄上」
「おお、ロレンス!」
そうこうしていると屋敷の方からロレンス様がやってきた。なんだかすでにお疲れモードだけど、まあ朝からこんな感じで慌ただしく人が出入りしてたんだとしたらお疲れにもなりますわなぁ。
「ロレンス様、お邪魔しております」
「やあ、アルスリーナ嬢! いらっしゃい。バタバタしていてすまないね」
「とんでもございません。賑やかになってとても良いと思います!」
ニッコリ笑顔で人が増えたことについて賛成の意を表しておく。この人、ほっとくとしばらくしてまた使用人たちこの時間までで帰っていいよとか言い出しそうだしな……。
「そう? 私はその……あまり大所帯にするのもなんだか気が引けるんだけど……」
「そうなのですか? わたくしはその……実は前回こちらに来させていただいた時には少し寂しく感じましたので……人に溢れていて活気があるのは良いことだと思います!」
「おお、そうだぞアルスリーナ嬢! もっと言ってやってくれ!」
「ちょっと兄上!」
もお~、と、王様と補佐官と思えば不敬にも感じるが普通の兄弟と思えばあまりにも普通すぎるやり取りが目の前で繰り広げられる。
ウッ……これがあの「スピンオフでトラヴィス様に毒を盛って投獄され、輸送途中に呪いの言葉を吐きながら自害した悲しい弟」と「弟の闇に気付いてあげられずに弟を失ってしまった挙句下手したら愛息子までも失うところだった悲しき兄」なの……?
あまりにも平和で和やかで……感無量だわ。泣いていい? ちょっとうっかり涙腺バグって滝涙出そうなんだけど目をかっぴらいて乾燥を促すほかない? ないよねぇ~~。だって二人のそんな悲劇の姿、他の人は知らないんだもんねぇ~~~。
急に関わりの薄い公爵令嬢が滝涙流し始めたら流石に不審にもほどがあるもんねぇ~~~~。でもこの一見なんでもない兄弟のやり取りが何よりも私の心に沁みる……。
ありがとう陛下。ありがとう行動力の化身。グッジョブノックノット公爵。そして私。こんなのもうこの時点で大団円ですわ。は~やりきった。解散!
いい笑顔で額の汗を拭うジェスチャーでもしたいところだけどぐっとこらえた。不審者だもんね、そんなもん。
「今日から実際に訓練しようと思っていたんだけど、この通りバタついててね……。少しお茶をして待っててもらえるかな? 屋敷の中に用意してもらっているから」
ああ、用意してくれる人が来たんですね。よかったよかった……。魔法の勉強も本当は早くしたいけど、とにかくあの事件を未然に防げるのならばそっちの方が断然いいわ。
「よしよし、子供たち。じゃあ一緒にお茶をしに行こう。ロレンス、大体片付いたろ? お前も一緒にお茶を……」
「兄上! まだ終わってないんですよ。急にあれやこれや弄ろうとすると色々大変なんですから! ほら一緒に来て! 塔の内部の話がまだだったでしょ!」
「ええ~っ、兄上もお茶したいんだがなぁ」
「ダメ! 自分で見たいって言いだしたんだから文句言わないの!」
うっ、この兄弟こんなに仲良いの……? 最高かよ。最高だったわ。なんでこんなに仲良しなのにすれ違っちゃったの……? こんなのシナリオの罪だよ。陰謀だよ! この仲良し兄弟を私は原作で拝みたかったよ!
仕方ないから妄想で補完し二次創作で癒されたあの日々よりも仲良しほのぼの兄弟の図やんか……! 神はここにいた……!
って、待って、さっき塔って言った?
「塔って、あちらにある塔のことですか?」
屋敷の横に建ってる謎の円筒状の塔、結構気になってたんだよね。某斜めになってる世界遺産みたいでさ。原作だと確かそこには魔道具がたくさんあるとかなんとか……
「ああ、そうだよ。前にも言ったかもしれないけど、あそこで魔術の研究をしているんだよ。ただ、あちらは機密事項が多くて掃除にも入らせないようにしているから中は本と魔道具が散らかってて……」
「そうなのですね……。あの、無理は承知でお願いなのですが、私も見せていただくことは……」
おずおずと進言してみる。いや機密とか言ってたし多分無理だと思うけど、でも気になるじゃない……。中はどんな感じなのかとか、どんな本や魔道具があるのかとか……子供心に冒険心がこう……。
ロレンス様はしかし、流石に困ったような顔でいらっしゃる。いや、いやまぁそうだよね、うん、わかってるわかってる。子供と言えど王家以外の人間が入るべきじゃないところってあるもんね!
「それは……」
しかし私の味方は意外なところにいた。ひとまとめに「子供たち」と呼ばれた男の子たちは、もちろん私と同じ、いやそれ以上に、冒険心の塊だったのだ。
「父上、僕も見てみたいです」
「僭越ながら、私も……」
トラヴィス様がきっぱりと言い放ち、サイラスも恐る恐るだけどそれに続いた。うう~~っ、さっすがトラヴィス様にサイラス! そうこないとね!!!
私も二人の言葉に後押しされて、指を組んでキラキラした目をロレンス様と陛下に向けた。どうですか?! この期待に満ちた子供たちの目を見てくださいどうですか!?!?! あっ、困ってる困ってる! 目をそらさないでください?! ホラホラァ!!
「ふむ……どうだロレンス。トラヴィスは王族であるし、アルスリーナ嬢は婚約者である……サイラスもいずれ近衛騎士になるだろうし、見せても問題はないのではないか?」
「兄上……、うーむ……仕方ないですね。兄上がそう仰るのなら」
よっしゃー!!! っと、危ない危ない本性が出るところだった。
「わぁ! ありがとうございます!」
3人で顔を見合わせ、私筆頭にトラヴィス様もサイラスも喜びつつお礼の言葉を口にする。
わぁ~い、まさか入れるとは思わなかった! 子供っていいな!! 純真な笑顔、いいな! さあ、あの塔の中には何があるのかしら?! 魔法道具とか魔導書とかいっぱいあるのかな! 楽しみ~! いざ、探検にレッツゴーよ!!