第13話 離宮にて②
「お帰り、アルスリーナ」
家に帰ると、何故かすでにお父さまが玄関ホールに待機していた。一見、わざわざ娘を迎えに出てきてくれた優しいパパと言うアメリカンホームドラマみたいな雰囲気を感じるけど、まだ仕事の時間のはずなのに家にいるということは私が何かしでかしていないか気が気じゃなくて急いで帰ってきたってところだわね……。お父さまってそんな苦労性ポジだっけ?
という推察を悟られるわけもなく、私はにっこり笑顔で嬉しそうにお父さまに駆け寄る。あ、別にフリじゃないのよ。お父さまのことはちゃんと好きよ。グレーのオールバックが似合う、すらっとした長身のイケオジ……って言っても42歳だから王宮勤めの貴族の中では若い方なんだけど……。眉間にしわが寄りがちでちょっと神経質そうに見えるけど、家では結構穏やかでいいパパなのよね。ちょっと前世で好きだった映画俳優に雰囲気が似ててニコニコしちゃうわ。
「お父さま! 今日はお仕事は終わりですか?」
「ああ。可愛いアル、お前がどうしているか気になってね。急いで仕事を終えてきたんだよ。今日の話を聞かせてくれるかい」
お父さまは駆け寄った私をひょいと抱き上げる。娘を案じている体だけど、聞きたいのは私が粗相をしなかったかどうかでしょう? ふふふ、私も社会人を経験したことを思い出したらその辺はわかるわ……。
どうだった? 何も問題なかった? と部下に聞きつつ内心では粗相してないだろうな~?! とひやひやしたものよ……。任せてパパ上、娘はうまくやってますわ!
「はい! ロレンス様とお茶をいただいて、お菓子をお土産にいただきました!」
お父さまに抱き上げられたまま部屋へと向かう中、さっとお土産にと包んでもらった大量のお菓子を掲げて見せる。一瞬お父さまが吹き出しそうになったのは気付かなかったことにしておくね。私を抱えたままだったから振動でめちゃくちゃ揺れたけど。
「どれもとっても美味しかったんですけど、3人も子供が来るのは初めてだからどれくらい作っていいかわからず沢山用意しすぎたって仰ってましたわ! とってもお優しくてびっくりしました!」
今のとこ全部本当よ。流石にロレンス様にお茶を淹れてもらったことは伏せたけど、でも次回からユマを連れて行く話をするなら結局突っ込まれちゃうかな……。まあとりあえず楽しんだってことが伝わればいいかな?
「そ、そうだな、ロレンス様はとっても優しい方だぞ。でも、失礼はしていないか?」
「もちろんです! あ、そうだわお父さま! 今日お館を案内してもらったのですが、ロレンス様のお館には朝しか使用人がいないのですって!」
「何?」
「だから次にお邪魔するときはユマを連れて行きたいのです! ロレンス様は連れてきていいと仰っていましたし、とラヴィス様やサイラス様もいらっしゃいますから、誰かついていた方がいいと思います!」
よしよし食いついたぞ。朝しか使用人がいないなんて王族の館にあるまじき事態だもんね! お父さまなら絶対スルーしないと思った。
「待て、アルスリーナ。使用人がいないと言ったか?」
「そうなのです。ロレンス様は普段はお館の隣の塔に籠っていらっしゃるので、朝の掃除と食事の用意だけで使用人は帰していると仰っていました。お館を案内していただきましたけど、本当に誰もいなくて驚きましたわ! あんなに広いのに人がいないなら、私が走っても誰にも怒られないですよね! あ、いっけない! レディーは走っちゃいけないんでした!」
うっかり! と言った体で口元に手をやる。子供らしくできたかな? 人がいなくて私が走っても誰にも怒られない、つまりネズミが入り込んでも誰も気付かないぞと言う暗喩のつもりなんだけど……。
お父さまは流石敏腕の宰相といわれるだけあって、私の言葉からそういうリスクは容易に想像したようだった。さっきまで笑顔で私の話に耳を傾けていたのに、もう考え込んでいて眉間にしわが寄っている。
「サイラス様も、騎士団から人を連れて行くと仰ってましたの。私もユマと一緒に行ってもいいですか? あと、イザークのお茶も! お話したら飲んでみたいって仰ってたの!」
「あ、ああ。あのお茶は今年はとてもいい出来だからね。持っていくといい。次は明後日だったか、行く前にユマに茶葉と菓子を持たせよう」
「わあい! ありがとうお父さま!」
よしよし! 娘に甘いパッパで助かったでぇ! ゲームのアルスリーナがめちゃくちゃ苛烈だったから厳格な家庭で育った印象だったけど、生まれてこの方私は厳しくされた記憶がまるでない。
お父さまもお母さまも優しいし、小さいころ一緒に暮らしていたお兄さまも優しかった。そう、実はアルスリーナには兄がいる。ゲーム本編にはほとんど出てこなかったんだけど、一応設定では兄がいたのよね。
お兄さまは私の5つ上で、12歳になる前から領地経営の勉強でロッテンバーグ公爵領でおじいさまの教育を受けている。
16歳になったら今度は王都の魔法学園に通うから、お兄さまには忙しくてなかなか会えないのよね。そのせいか両親は私だけでなくお兄さまもベッタベタに甘やかしている。お兄さまはちょっと困り顔だったけどね!
この甘やかしのおかげで全部自分の思い通りになってしまっていたから、思い通りにいかない恋に苛立って、ゲームのアルスリーナはあんなふうになってしまったのかしら……あり得るわね……。
大丈夫私は推しの奪い合いはしない主義よ……。同担歓迎です!! 一緒にトラヴィス様の魅力を語り合いましょう! アットホームな現場ですよ!!!
さておきお父さまはまだ色々と考えることが多いみたいね。ここらでお暇したいところだけど……てか、私のこと抱っこしてること忘れてる? お父さま大丈夫?
まあでもついでにお父さまには警戒心をより強めてもらった方が私としては好都合だわ。もうちょいぶっこんでもいいかな? こちとら黒幕がカッツェンバッハ侯爵だってわかってるんですからねぇ!
「ねえお父さま、ロレンス様は国王様と仲が悪くていらっしゃるの?」
「んん……? アル? どうしてそんなことを聞くんだい?」
おっと、一瞬ギクッとしたかしらお父さま? 笑顔がこわばっている気がするわよお父さま? 大丈夫よ、私は何もかも把握している……そう、もうわかっています!!!
「ロレンス様のいらっしゃるお館は王宮の敷地の一番端だわ。それに使用人も朝しかいないなんて、私、ロレンス様が不当な扱いを受けているんじゃないかって……あんなにお優しい方なのに、もしそうなら私、とっても悲しいもの!」
幼気な少女の率直な感想を食らえ~! 上目遣いで目を潤ませれば、お父さまは笑顔のまま固まった。
これは可愛い娘の可愛さに叫びだしたいのを必死に堪えている顔!!! 流石に宰相だけあってお父様は感情を殺すのが上手なのよね。かわいい娘のかわいい上目遣いうるうる目アタックなんて飼ってるネッコチャンのヘソ天ごろりんちょ並のかわいさだぞ? 並大抵の人間は耐えられなくて「ンギャワイイネェェェェェ!!!!」ってなるとこだぞ? 表情筋鋼か?
「……そうだね、アルスリーナ……。でも、陛下とロレンス様は仲が悪いなんてことはないよ。お忙しいから、なかなかお会いできないだけで……」
「まあ! そんなの悲しいわ! 私はお兄様にお会いできなくてとってもさみしいもの! ロレンス様もきっと寂しく思っていらっしゃるわ! もっとお話なさった方がいいと思います! そうだわ、私たちのことを報告する機会を作ったらいいんじゃないかしら? 週に1回!」
「週に1回?!」
「そうなの! お茶会しながら魔法の特訓のお話をするの! そしたらロレンス様も国王陛下も一緒にお話しできますよね! そうしましょうよお父さま!」
「う、うん……しかしアル、国王陛下はお忙しい、中々時間が……いや、そうだな、いい機会になるかもしれないな……お二人で話す機会にもなるし……」
「そうですよ! そういたしましょう! お話するのって大事ですもの! 私もお父さまがお忙しくて全然お話できないと寂しいですもの! ロレンス様も一緒ですわ!」
「ンン……っ! ゴホン、そうだな。陛下に進言しておこう」
お父さま今にやけそうになったわね。娘の全力のデレは流石にかわし切れなかったようねフフフ……。
何はともあれ、そういえば私の中でしか確定していなかったロレンス様と国王陛下との報告会もお父さまに任せておけば大丈夫そうね……。あとは黒幕をロレンス様に近付けないようにすれば、完璧だわ。
とはいえ王宮から遠くてこっそり使者とか間諜とか放ち放題なあの館のセキュリティ、もうちょいなんとかならないのかしら……。私たちの訪問も隔日だし、もう少し目を配っておきたいんだけどな……。
こっそり忍者的な感じで忍ばせるか、あるいはちゃんとロレンス様付きの護衛騎士とか欲しいよねぇ。いや、いるのが普通なんだけど。
でもユマを連れて行けるのは重畳だわ。これで毎回偉い人にお茶を淹れさせてオロオロ見守る必要もなくなったし! あとはサイラスの方だけど、ノックノットの人選なら問題ないよね!
と言っても護衛1名なんだよなぁ……。あの時は突っ込めなかったけどなんで1名なんだろ。もっといてもいいでしょ。いられたら困ることでもあるの……? やっぱり黒幕とすでに接触している……?
心配だわ……。暗殺未遂事件というより、それを起こした人間が重要って感じだったもんなぁ。何が何でも二人とも守らないと……!
と、意気込んでいたのだけれど。
2日後、再びロレンス様の館へ行くと、そこには大勢の騎士や学者風の人、使用人の人たちが、庭先にまで溢れていた。なんだこれ? ガーデンパーティでもありましたっけ? 今日はおめかししてませんけど。
「お嬢様、前回は誰もいらっしゃらなかったとお聞きしましたけれど……」
「え、ええ……。私もびっくりだわ……」
人がいないからついてきてねと連れてきたユマも私もぽかーんと口を開けたままになってしまった。え、ほんとになにこれ? 急にどうなってるの?
混乱していると、先に来ていたらしいサイラスが駆け寄ってきた。おお、サイラス! 我が友よ! 説明を求める! なにこれ?
「アル!」
「サイラス! これ何? どうしたの?」
「それが、オレもよくわかんないんだけど、この前帰ってから父上に護衛騎士を一人選んでほしいってお願いしてここのことを説明したら「任せろ!」って出て行っちゃってさ。帰ってきたときめちゃくちゃ笑顔で「全部解決だぞ!」とか言ってたからそのせいだとおもうんだけど……」
うん、いかにも豪快なノックノット公爵の言動なんだけど何がどうしてこうなった? 護衛どころか執事に侍女、庭師や料理人の姿まで見えるんだけど……?
「アル、来たのか!」
サイラスの後ろからトラヴィス様の声がする。ご挨拶しようとすっと身を引いて視線を向けたところで……私は固まり、隣にいたユマが慌てて深々と頭を下げた。
小走りに駆け寄ってくるトラヴィス様のさらに後ろに大きな影が見える。オリーブ色の髪をオールバックにし、白いファーのついた漆黒のマントを靡かせる大柄で屈強なナイスミドル……
ロレンス様に似ているけど、圧倒的なオーラを放つその人は……
「こ、国王陛下?!」