断罪
◇王都◇
ミーナスが結婚式を挙げる、少し前のことだ。
聖女三人が口論をしていた。
「祈祷は順番だって決めたじゃない! ニコル」
「だって、あなたの加護の方が、祈祷向きだもの、ルリアナ」
「もう、止めてよ二人とも! そうじゃなくても仕事が増えて大変なのよ」
「「うるさい! モアン」」
ミーナスがいた頃は、祈祷は彼女の担当だった。
誰よりも深く強く祈ることが出来るミーナスは、文句も言わず延々と祈祷していた。
祈祷には、相当な集中力を必要とし、体力も消耗する。
ニコル、ルリアナ、モアンの三人は、基本的には神殿に祈祷を申し込む人の受付だけしていた。
三人が騒いでいると、背後から神官が咳払いをする。
「祈祷は、三人でやりなさい」
あからさまに不満を表出する、三人の聖女。
「お前たち三人合わせても、祈願力はミーナス一人の、一割にもならん」
最近、王都の神殿でご祈祷を頼んでも、全く効果がないと囁かれている。
そして同時に、広がる噂がある。
「聖女を降りたミーナス様は、本当は強引に辞めさせられたのだ」
「あの方を妬んだ、他の聖女の仕業だ」
「女神様は厳しいぞ。キニージュ様は、不正を許さぬ」
神殿への噂は、当然王宮にも伝わっていた。
何よりも噂の信憑性を増したのは、王族の度重なる不幸である。
国王が再び寝込んでしまったし、立太子の儀の際シャンデリアが落ちて、複数のケガ人が出た。
それらを目の当たりにした第二王子は、ガクガク震えながら家臣に言う。
「の、呪いだ! ミーナスが王家に呪いをかけたのだ!」
神経衰弱状態の第二王子に呼ばれ、王家御用達の医者が呼ばれる。
「殿下、お薬を用意しました」
それは単なる睡眠薬だった。
だが、服用した第二王子は、直後に吐血した。
「ど、毒……」
家臣がすぐに解毒剤を渡し、第二王子は一命を取りとめたが、王族に毒を盛った疑いで、医者は拘束された。王族へ危害を加えた者への刑罰は、当然死刑である。
その医者は、元は国王直属だった。
ミーナス排除のために、ひと役買った人物である。
神殿と王宮には淀んだ空気が漂い、冷たい雨が降り続く。
王都は活気を失い、王家直属の領地では、ほとんどの作物が腐っていった。
「もう一度、もう一度だけ、ミーナスを、真の聖女を呼べ!」
病床で咳き込む国王が、宰相を呼びつけて命令したのは、ミーナスが結婚して半年後のことだった。
同時期に、神殿の神官長は、ある疑惑と仮説を基に、神殿の過去の歴史文書をひも解いていた。
もしも……。
もしも彼の仮説が正しいのであれば、とんでもないことをしてしまっている。
この国は、ロガリア王国は滅んでしまう!
◇断罪◇
帰宅しようと準備をしていたイリオスは、王宮に呼び出された。
王太子となったゼノンと宰相が中央におり、部屋の四隅は王太子付の騎士が鎧を着けて立っている。
イリオスがミーナスとの結婚を命じられた時よりも、重苦しい雰囲気だ。
「貴殿に折り入って頼みがある」
王太子が歪んだ笑顔を見せる。
この表情でゼノンが言いだす時は、たいてい、碌な内容ではない。
「貴殿の細君、元聖女のミーナスを、王宮まで連れて来て欲しい」
一呼吸おいて、イリオスは答える。
「既に聖女を引退した妻に、何の用がおありですか?」
「既知であろう。国王陛下は再び病に見舞われた。医者たちの薬は何の役にも立たん。神殿の聖女では、祈祷力が全く足らん」
「妻ミーナスは、聖女として相応しくないと、神殿のみならず王都からも追放されたはずですが」
「くどい! 王命であるぞ! つべこべ言わずに今すぐ連れて来い!」
王太子が怒鳴る。
「お断りいたします」
イリオスの返答と同時に、背後の騎士が抜き身の剣をイリオスの首に当てる。
「ならば、ミーナスに出向いてもらうまでだ」
その晩、スペンダー家に王家の馬車が着く。
国王の署名が入った手紙を家令に渡すと、家令はすぐにミーナスに伝える。
いよいよ、来た。
手紙には『なお、イリオス・スペンダー伯も貴方をお待ちです』と書いてある。
我が夫を、人質に取ったのか。
そして、国王陛下の治癒を行った、その後は……。
、
決意を固めて、ミーナスは馬車に乗った。
「こちらでございます」
王宮に着いたミーナスは、騎士に案内されて謁見室に入る。
椅子に座った王太子に淑女の礼を執る。
「久しいな、ミーナス。いや、スペンダー夫人」
「王国の栄光を受け継ぐべき王太子様に、ご挨拶を申し上げます。ですが……」
ミーナスは顔を上げ、辺りを見回す。
「我が夫に会わせてください」
王太子は唇を歪めて笑う。
「男の味を覚えたか、聖女よ。本来、下級騎士などではなく、我が王族の妃になるべき者であろうに」
「それを拒絶なさったのは、王族の方々ではありませんか」
艶然と微笑むミーナスに、王太子は口を噤む。
これほどまでに、圧力を持つ聖女であったろうか。
追放する前に、何度も会っている相手だ。
そしてここまで、ひれ伏したいほどの、美貌の持ち主だったのか……。
「まあいい……」
王太子はアゴで部下に命じる。
奥の扉が開き、拘束されたイリオスが騎士に連れられて来る。
「ミーナ!」
「ご安心ください、旦那様。貴方様には、傷一つ付けること許しません」
「そ、そんなことより、お前の方が……」
「ええい! うるさい! とにかく、陛下の治療をさっさとやれ!」
ミーナスは凛とした視線で、王太子に訊く。
「陛下の病が完治しましたら、願い事を叶えていただけますか?」
気圧されながらも王太子は宣言する。
「ああ、良いだろう。何でも願うと良い」
「それでは」
ミーナスは右手の指をパチンと鳴らす。
「はい、陛下の治療、終わりました」
居合わせた全員が、あっけに取られる。
「ばっ! 馬鹿を言うな! ふざけていると、お前の夫ともども、刑に処すぞ」
「馬鹿はお前だ、ゼノン」
謁見室の裏から声がする。
はっとしてゼノンは玉座を降り、臣下の礼を執る。
王太子が礼を尽くす相手は、一人だけである。
室内にいる全員が、声の主に跪く。
「面を上げよ」
国王陛下がゆっくりと玉座に就く。
「まずは礼を言う、聖女ミーナス。そなたの尽力に深く感謝する」
「勿体ない御言葉でございます」
ゼノンは顔色が悪い。
「ま、まさか。そんな……一瞬で、病が完治?」
王太子の表情に一瞥をくれた国王は、ミーナスに言う。
「さて、聖女ミーナスの願いは既に叶えてあるぞ」
「ありがたき幸せでございます」
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