第5話 穴は金の生る木
日間ローファン5位記念に本日2回目更新です
「あのガキぃ…ぜってえ許せねえ…」
一方でおさまらないのは、素人に叩き出されたかたちになったヤクザとべっ甲眼鏡である。
素人に舐められては暴力の専門家失格である。
「こうなりゃあ、あいつの身柄をさらって山の中にでも埋めちまうか…」
「いや、殺しは不味いですよ法木さん。ヒロキは金の生る木です。どこに産廃を捨ててるか、その場所を知るまでは生かしておかないと」
法木もべっ甲眼鏡も、ヒロキの「庭の穴に埋めている」などという説明を信じていない。
毎日のように産業廃棄物を満載した10tダンプが何台も敷地に出入りしているのだ。
庭の片隅を掘り返したような穴に捨てたところで、たちどころに溢れかえるのは火を見るよりも明らかだ。
彼らはヒロキが受け取った産廃を秘密の産廃捨て場へ密かに運んでいる、と確信していた。
「だがよ、少しばかり痛めつけておいた方が、あとあと言うことをきくようになる、そうじゃねえか?」
「…殺しはなしですよ」
ここらで法木のガス抜きをしておいた方が、今後のビジネスの進みがスムーズになるかもしれない、とべっ甲眼鏡は消極的に賛意を示した。
★ ★ ★ ★ ★
その日、ヒロキが軽トラでコンビニへ向かっていると前を走っていたベンツが突然に急ブレーキをかけて進路を塞ぐように止まった。
「危ないっ!」
キキーッと甲高いブレーキ音を立てて何とか軽トラを急停車させたヒロキは、無謀な運転手に文句を言おうと車を降りかけて立ち止まった。
道を横にして塞いだベンツから、5人ほど堅気に見えない連中がバラバラと降りてきたからだ。
「おいおいおい、このベンツは2億はする特別車だぜー?おおーっと、すげー傷がついちまったよー」
「そりゃー困ったな?修理代は1億はもらわねーとなー?」
「なー兄ちゃん、何とか言ったらどうだー?びびってんのかー?」
中央の若いジャージ男が、わざとらしくベンツを撫でて下品な声で嘲笑した。
もちろん、そこに傷などない。
なにしろ軽トラとベンツの間には数メートルの間があるのだから。
「なにか用かな。こちらには用はないが」
ヒロキが冷静に返事をすると、若いジャージ男がキレた。
「うっせえなあ!こっちにゃ用があるんだよ!」
若いジャージ男は組でも喧嘩自慢で有名だった。
素人は顔を殴られれば怯む、と経験上知っている。
多少の格闘技経験があろうとも、場数を踏んだ自分には勝てない。
夜の繁華街では空手の有段者や柔道経験者を何人も叩きのめしてきた実績がジャージ男に自信を与えていた。
経験に裏付けられた暴力での優位を確信して振り回した拳は、ヒロキの顔をとらえる寸前で止まった。
いや、止められていた。
「危ないね、いきなり何すんだよ」
ジャージ男の拳は、ヒロキの手の平で柔らかく受け止められていた。
ガードされたのでもなく、受け流されたのでもなく、中国拳法の達人が行う化勁のように完全に勢いを殺されて受け止められたのである。
ジャージ男に、もしも格闘技の経験があれば、その高度な技量と自分との間のあまりの差異に驚いて逃げ出していただろう。
しかし、男は街場の喧嘩しか知らず、結果として引き時を見誤った。
「て、てめぇ!」
ジャージ男が反対の拳を振り上げようと腕を上げ、重心が後ろになった瞬間を見極めて、ヒロキは男の胸の中心、檀中を掌底で瞬間的に押し出した。
げふっ、とジャージ男は猛烈な勢いで冗談のように放物線を描いて吹き飛び、仲間を2人巻き込んで地面に転がると白目を剥いて気絶した。
中年の男一人を叩きのめすだけの簡単な仕事、と聞いていたチンピラ達の間に明らかに動揺が走った。
「な、なんだこいつ!?なんかやってるのか?」
「け、拳法か?空手か?」
「話が違うじゃねーか!」
ヒロキの疑惑は確信に変わった。
この連中は先日のヤクザの手下だ。
「別に何もやってない素人だよ。あんた達が遅いし弱いだけだよ」
それはヒロキの実感だった。
この連中は怖くない。弱い。遅い。軽い。脆い。
ほら、数歩踏み込んだのに全然反応できてない。
ぽんっ、と軽く叩いただけで前歯をぶちまけて吹き飛んだ。
ちょっと腕を下に引っ張ってやれば、たちまち肩を脱臼して地面とキスをする。
「あんた達、暴力の専門家のわりに練習をさぼってるんじゃないか?」
文字通り「瞬く間」にまた2人、叩きのめしたヒロキがにこやかに実力と修練の不足を指摘すると「ば、バケモンだ…!」と、路上に倒れ伏した連中を残して士気崩壊したチンピラ達はベンツで走り去ってしまった。
「…この人達、どうすんの?俺、病院に運んだりしないよ?…ま、いいか」
ヒロキは深く考えるのを止めて軽トラに乗り込むと、再びコンビニへ向かった。
なにしろ今日は学生時代から追いかけていた週刊漫画シリーズ最終話の発売日なのだ。
自分に喧嘩を売ってきたチンピラの健康よりも、そちらの方がずっと大事なことに違いないのだから…。
ヒロキはハンドルを握りながら上機嫌でへたくそな鼻歌を歌っていた。