第49話 淹れてもらった茶は温かい
ぎりぎり間に合った!
→ちょっと私事が家庭の事情で立て込んでいるのと、ルイーズの生死で悩んでいるので更新はもう少しお待ちください
「さあ、着きましたよ」
老人は、ある場所で立ち止まった。
結局、ルイーズはずるずると決断を先延ばしにしたまま老人の後をついてきてしまった。
「ここは…?」
ルイーズは周囲を見回して情報を得ようとするが、老人の持つ懐中電灯の明かりが邪魔をして、夜目がきかない。
部屋に入った気配はないので、どこかの空きスペースに案内されたらしい。
「ここはちょっとした資材置き場になっておりましてな…そこに椅子とテーブルがあります」
老人にライトで示された場所にほとんど手探りで近づくと、確かにプラスチック製の安そうな椅子とテーブルのセットが置かれていた。
「足の長い外人さんには窮屈かもしれませんが、座って待っていてください。ちょっと、お茶を淹れてきます。懐中電灯はここに置いていきますから」
そうしてルイーズをサイズの合わない椅子に無理やり座らせると、老人は闇の中に去っていこうとする。
「でも、足元も暗いのに大丈夫ですか?」
ルイーズは老人が本当に去ったのか、確かめるために声をかけた。
「なに。ここは自分の家の庭みたいなものですから」
と、遠くの方から小さく老人が答える声が聞こえた。
★ ★ ★ ★ ★
(さて。どうしたものか)
ルイーズは一人になって、ようやく己の状況を客観視するだけの余裕を得た。
それだけ奇怪な老人のペースに巻き込まれていた、とも言える。
『この暗さがいけないのよ。気持ち悪い』
言葉にしてみると、改めて自覚できる。
この闇は気持ち悪い、のだ。
ルイーズのような工作員は夜間や暗所で行動する訓練を受けている。
夜や暗室は、暗く、静かで、相手の視覚を奪い、こちらは一方的に相手を翻弄できるサイレントキリングに格好の戦場であり、そうした戦場で戦えるだけの訓練を受けてきた。
なので本来、夜の闇や暗室は得意なフィールドのはずなのだ。
しかし、この気持ち悪い闇は何かが違う。
まるで周囲に何かがいるような。
その何かが壁一面を覆い這いまわっているような。
卓上の懐中電灯の灯りを消した瞬間に、取り返しのつかない何かが起きるような。
もしも懐中電灯の灯りで天井を照らした瞬間に、取り返しのつかない何かの光景を見てしまうのではないか。
そんな妄想にも似た恐怖が、彼女の工作員としての行動を抑制している。
理性では、どうすべきか分かっている。
今すぐに行動を起こすのだ。
遠回りしたかもしれないが、とにかく中央ドームに近づいているのは間違いない。歩いた距離から計算すると、既にドームの中に入り込んでいる可能性もある。
任務対象の夢機械は、すぐ近くにあるかもしれない。
(問題は、あの老人をどうするか、ね)
老人を射殺するか、あるいは無視してこの場から去るか。
さしあたり懐中電灯を持ち去れば、老人の行動は大きく阻害されるだろうか。
いや、去ったところを親切心から警備に通報などされてはたまらない。
少なくとも無力化する必要はあるだろう。
幸い、背中に隠した小型拳銃の22口径弾は全弾残っている。
小柄な老人相手には過剰な武装だろうが。
「お茶がはいりましたよ」
不意に背後から声をかけられて、ルイーズは驚愕を隠して振り返った。
テーブルに置かれた懐中電灯でかすかに照らされた老人は、トレイにお茶を淹れて運んできたというのに、足音はおろか、気配すら感じられなかった。
「さあどうぞ。外人さんにはお茶よりもコーヒーの方が良かったですかな。インスタントしかありませんが…」
「…いえ、お構いなく」
困惑するルイーズに構わずテーブルに紙コップを置きつつ老人は「なかなか明かりが戻りませんなあ」 などとのんびり茶を啜る。
ルイーズも仕方なく温かい茶を啜ろうとして、ふと抱いた疑問を口にした。
「…お爺さん、このお茶のお湯、どうやって沸かしたんですか?停電してるんですよね」
「ああ、ガス給湯器がありましてな。こういう時は古い機器の方が便利ですなぁ」
「できたばかりの施設に古い給湯器があるんですか?休憩室でもない場所に?」
「ふむ…おかしいですかなぁ」
「ええ、残念ながら」
ルイーズは温和な外人の仮面を脱ぎ捨て、拳銃を素早く抜くと本来の冷酷な笑顔を浮かべた。
「ふひっ…」
銃を向けられた老人は、というと俯いたまま、喘息で息ができなくなった病人のように、ふひぃひぃひぃ、と喘鳴をあげ続けた。
それは、どうやら老人なりの笑い方、であるようだった。
ルイーズは油断することなく黙って拳銃を向け続ける。
と、たっぷり一分間は奇怪な呼吸音を響かせ続けた老人はようやく、ゆっくりと顔を上げた。
「…いやいや、年をとると迂闊になっていけませんなぁ…」
周囲の闇のせいか、女工作員を見る老人の目は、まるで黒い穴のようで、何ものをも映していないように、ルイーズには感じられた。
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