第35話 それぞれが見る夢
ちょっと遅れました!
ワクチン副反応はもうほとんどないですね
石田は会議室が施錠されていることを確認してから、報告を始めた。
「社長が帰られてから、主幹事の証券会社の案内で数件のファンドやVCの東京支社回りをしたんですよ。こちらもその手の業界は不案内ですからね。名前だけで実体のない幽霊会社なんて珍しくないですし、中には資金の出所が怪しい会社もあるそうですから」
石田の訪問目的は怪しいファンド会社を弾くことにあったらしい。
資産や設備のある事業会社と異なり、ファンドは数字だけの存在なので偽装もしやすいからだ。
その手のダミー会社で世界中の金持ちが脱税していた、という話題を聞いたことがある。
「ええと、何だっけ。パナマとかパンドラとかそういうやつ」
「パンドラ文書、ですね。オフショアの超富裕層向け節税ダミー企業の一覧が流出した件ですが、その件でも明らかになったように世界の富の90%を占める超富裕層は常に割の良い投資先を求めています。特に税金の取られない投資先を」
「ふーん…だけど、うちは税金を納めるよ」
廃棄物処理業は叩かれやすい企業だし地元との関係も重要だ。
なのできちんと税金は納める予定だ。
地方銀行の件は、まあ担当者の顔を立ててお付き合いで少しだけ借りておこうかな…。
「彼らに言わせれば、国家などと言う無能な集団に資金の使途を任せるのは資本主義への裏切りだそうです。提案内容と言うのは、超富裕層向けの節税サークルへの入会案内もあったのですけど…社長は興味ありませんよね?」
「ないなあ」
そもそも金なら必要にして十分以上にある。
ヒロキは貧乏暮らしが長かった上に金銭感覚が庶民なので、いまだに牛丼チェーンに行くと並盛か大盛りかで迷ったりするのだ。
「まあ事業投資する前から、その種の個人利益を誘導する連中ですからね。投資の提案はそれなりです。あとは…その…」
石田が続けるのを言い淀んだ理由を当ててみる。
「石田個人への個人利益供与の提案?」
「…まあ、そんなところです。私が実質的に経営を仕切っているのだから、自分達が投資すれば社長にしてやる、と」
会社の乗っ取り屋によるクーデター提案か。
実際に会社を仕切っている石田を操れば会社を操れる、という彼らの見方は一面では正しい。
「いかにもありそうな話だね。受けるの?」
もしも石田が提案を受けるというのなら仕方ない。
哀しいけれど、別れのために背中を押してやらないといけない。
「まさか!いや、そういう目で見ないでください!全く受ける気なんてありませんから!」
石田は凄い顔でこちらを見つつ、冷や汗をかきながら否定した。
そこまで頑張って否定することないのに。
「そうなの?たぶん、すごいお金を約束されたんでしょ?」
石田が好きなのは金だ。
それは明らかなので、事業会社の役員として出来る限りの報酬を払っている。
各種の手当てを合わせれば、今の石田の給与は大抵のプロアスリートの給与を上回っているはずだ。
しかしファンドの連中は、それとは二桁違う報酬を示すだろう。
なにしろ彼らは事業の価値を数千億~数兆円と弾きだしているはずなので、100億で買収できれば安いもの、と考えるだろう。
「それはまあ、いろいろと好条件を提示してきましたけれど、所詮は口約束ですよ。反故にされるに決まってます。それに契約書になったとしても、廃棄物処理の技術について明かすことと引き換え条件になるでしょうしね。彼らの目的は会社の乗っ取りと技術の独占ですから」
「技術の独占か…それは無理だなあ」
「無理ですね。再現ができませんから。すると契約違反になって事前に約束された報酬もなく私は放り出されるわけです。3日天下ならぬ3日社長ですよ。リスクの割にリターンが合いません」
「なるほど」
石田の良いところは金銭に執着しているだけに、リスクとリターンで物事を見ることができることだ。
なのでこちらが報酬をきちんと払っているうちは裏切らない。
裏切りそうな相手から提示された報酬は金額こそ高く見えても実現性は低い。
つまり期待値が低いので目がくらまない。
とても合理的でわかりやすい。
「その種の間接的な乗っ取り提案を持ってきたファンドも1つではありませんでしたから。中には、より過激に社長を取り除こうとするか、手っ取り早く技術を得ようとするところもあったのかもしれません」
過激に手っ取り早く、暴力に訴えて。
ヤクザやマフィア、黒社会連中のやり口だ。
「黒いなあ」
「黒いところからお金が出てたんでしょうね。社長を誘拐しようとしたのは素人に毛が生えた人員だったのかもしれませんけれど、中には軍人上がりの専門家を雇っているところもあるそうですから、気を付けてくださいね」
石田はヒロキに身辺に気を付けるよう念を押した。
ヒロキの強さは身体で理解しているが、銃を持った軍人にかかれば肉体的な強さがいくらあっても敵わない。
ヒロキにはときどき無防備に危険に身をさらしている風があり、それを石田は危惧していた。
「こわいねえ」
ヒロキは石田に忠告にも軽く肩をすくめるに留めた。
外国人から移った石田の動作がさらに移ったらしい。
「だいたい私も1人じゃなくIR、財務、法務、ボディガードと一緒でしたから。こちらの経営陣の分裂狙いですよ」
石田はヒロキほど自信過剰にはなれなかったので、チームとして集団で動いていた。
東京にいる間のボディガードも一流の警備会社と契約し元軍人の専門家を派遣してもらった。
おかげで特に東京滞在中に危ない目に遭うことはなかったのだ。
「めんどくさいこと仕掛けてくるなあ」
ヒロキはファンドの連中が仕掛けてくる策の多さに面倒くさくなり、いっそ奴らを全員ドラム缶に詰めた上で穴に放り込みたい気分になってきた。
さぞやスッキリすることだろう。
「そういう連中ですから」
そういう連中こそ穴に放り込んだ方が世の中も良くなるかもしれない。
が、そうした感想をヒロキは口に出さず、別のことを尋ねた。
「なんだか嫌になるね。もう少し真っ当なところはなかったの?」
「ファンドでも純粋なファンドよりは事業会社系ファンドはもう少しまともな提案もありましたし興味深い提案もありました」
「事業会社がファンドをやるんだ?」
リサイクル屋を除けば企業経営の経験に乏しいヒロキは石田の話に興味をひかれた。
「やりますよ。今どきの大企業は、ほとんどファンドとやっていることは一緒です。ホールディング会社が上にいて各事業ドメインの子会社に投資するような形式になっていますから。
そうですね…電力会社の例を出しましょうか。電力会社も投資に熱心な会社の一つです。新規電源開発とか自然電力等の成功率が覚束ない事業はベンチャーにやらせて成果を出したところを買ってくるのが主流ですから」
ヒロキの朧げな記憶を探ってもバッテリーや風力発電系の新規技術ができた系のニュースリリースは研究室かベンチャーに偏っていた気がする。
危うい橋は他人に渡らせて成果が出たら買う。
リスクを最小化するための金持ち企業戦略の王道だ。
「ふうん。それで、なんでまた電力会社がうちに興味を?」
「それはもちろん、原子力発電ができるからですよ!」
石田が思い切り力説した。
「…今でもあるだろう?」
もとから原子力発電を望む電力会社と契約の話はあったし、最終的に穴には放射性廃棄物を捨てられるようになるかもしれなかったが、放射性廃棄物は国家の厳重な管理下にあり奪われればテロに繋がる戦略物資でもある。
安全対策には莫大な投資が必要であり、国家や関係機関との困難で面倒くさい折衝も必要である。
そんなものに手を出さずとも穴に大量の廃棄物を流し込むことができているため、ヒロキは受け入れを躊躇していた。
正確に言えば面倒くさがっていた。
「そうではなくてですね…原子力発電を国家の主電源として全面活用できるようになるからです。これがどれだけ画期的なことか!今ある太陽光発電やら風力発電やらの自然電源系のグリーン電力事業が吹き飛びますよ。効率が段違いですから!」
「そりゃすごい」
田舎に林立する風車や、耕作放棄地に広がる太陽電池畑が不採算な廃棄物になるのか。
またゴミが増える。素晴らしい。
「ええ。電力価格は大きく下がるでしょう。世界の国家の政策が変わります。グリーン発電に全力投資してきた欧州は真っ青ですね。火力発電需要でプレミアムを得てきた中東も原油価格を大いに下げる必要が出てくるでしょう」
石田の言葉をそのまま受け取れば、ドイツやオランダの風車林もアメリカや中国の大規模太陽電池パネル工場も、全ての投資が無駄になるわけだ。
そして全てはゴミになる。
「ものすごく恨まれそうだな…」
事業活動を通じて市場を獲得するということは、市場を失い大きく損をする人もいることも意味する。
そして世界に影響を与えるということは、世界から恨まれることでもある。
「電力価格が下がると、原油価格が下がります。電力価格と原油価格が下がると全ての製品の価格が下がります。どちらも産業構造的には最上流に位置しますからね。つまり世界の景気がとても良くなります」
そうだね。中東と自然電源推進していた連中を除いてね。
ものすごくテロに遭いそうだ。
「夢があるね」
「そうです!夢があります!」
石田は目を輝かせていたが、少しヒロキの抱く夢とは質が違うかもしれない。
石田はゴミを捨てて世界を救うつもりらしい。
素晴らしい夢だ。
世界中のハイエナさん達も、穴に大きな夢と欲望を抱いている。
黄金の夢、錬金術の夢だ。
ヒロキは石田との話し合いを終えると、穴の傍に設けられた自分だけの仮眠室に向かった。
床にはドラム缶を引きずったときの傷が少しだけ残っているが、特に気にならないので仮設のベッドで横になる。
今日はいい夢が見られそうだ。
目を閉じたヒロキは、遠くから呼びかける何かの声を聞いた気がした。
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インド洋で無人の貨物船が発見される少し前、同じくインド洋セイロン島のある漁村では、漁に出た村人が真っ黒な死体で発見される事件が相次いだ。
ある種のペスト患者の発症と考えられたが、不幸なことに漁村はセイロン島の反政府軍の支配地域にあったため、政府当局への通報と緊急医療チームの派遣は決定的に遅れた。
その上、数日後には派遣した医療チームからの連絡も途絶えたため、医療者の安全の保障を反故にした反政府軍に対し政府は強く非難する声明を発表した。
コンテストタグを一時的に外しました。
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この先の展開に悩んでいるのと風邪気味で頭が働かないので1日更新をスキップします
20日から再開です