楓と南
『じゃあまたデーt…』
「ごめんなさい」
うん…これでいいんだ。
だって僕の気持ちは邪魔だから。
そうだよ…僕は身体が女の子になっても気持ちが慣れても男の子なんだから。
男の子なのに男の子の涼くんに恋するなんておかしいことなんだから、南と涼くんならお似合いじゃん…応援するって決めたんだから。
『わかった…ごめんな…変な事聞いて』
「ううん…おやすみなさい…」
『ああ…おやすみ…』
音のない静かな部屋全体に響く電話が切れたことを示す音が僕の心を痛めつける。
何度も言い聞かせたけどこれでいいの、僕は涼くんに何も思っちゃいけない、涼くんは友達…そう、友達なんだ。
それに今は涼くんのことを忘れて明日のステージのことを考えて早く寝なきゃ行けないのに…どうして涙が止まらないの。
涼くんにバレてないよね…こんな僕を見られたらきっと心配させて、そうしたら僕はまた涼くんを気にしちゃう。
そんなのダメなんだから。
大丈夫、一晩寝たらきっと平気。
もう泣くこともないし悲しむことも寂しくなることだってない、大丈夫。
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イベント当日はイベントスタッフさんが車でマンションまで迎えに来てくれたけど、早朝4時から眠い目をこすって目が覚めたのもあって車の中で熟睡した。
昨日は夜中に涼くんと電話してからしばらく寝付けなくて2時間ほどしか眠れなかったから車の中で寝れたのはよかったけど目の下にクマができてしまった。
前に南たちにはめられて、椎名さんの所に連れていかれた時にメイクしてくれた菊池さんが僕のコスプレメイクを施してくれた。
目の下のクマはもちろんメイクで隠してもらったけど、かなり心配された上に無理しないでねと言われてしまった。
メイクを終えると衣装が用意されていて、この前写真を撮った時に着たメイド服を渡された。
家を出たのが5時で会場に着いたのが6時半、そこからここまでに既に2時間が経過していて、開場の10時まで2時間を切っていた。
ひとまず衣装チェックを行って不備がないことを確認して、開場まで仮眠に入る。
開場したら終わりまで忙しくなるから休んどけと矢崎さんにまで心配されてしまったのだ。
瞼が重くて笑顔を作るのも精一杯だったのでありがたく休ませてもらう。
一度メイクを落として軽装に着替えて控え室で仮眠に入った。
『楓』
「かえで?」
夢の世界に落ちたと同時に目の前にかえでが現れる。
今日のかえでは不思議な程に光に包まれていて今にも消えてしまいそうな程に弱々しい。
口調もどこか心細くなるような弱いもので触れれば壊れてしまいそうなか細さがある。
『今日のステージ…大丈夫…?』
「うん…大丈夫だよ」
『うそ…楓が気にしないようにしてるけど頭の中あの人のことでいっぱい』
「言わないで」
『このままだとステージ立っても何も出来ない…それにあの子のことだって…』
「僕は邪魔者だから」
『そんなことないでしょ? 誰よりも楓はわかってるはずだよ』
「…」
奥歯を噛み締めてかえでから目をそらす。
わかってるんだ、涼くんが僕をどう思ってるか。
だってあんなに気持ちをぶつけられてたら分かっちゃう、きっと好きって言って貰えることを僕が一番望んでる。
でもそれはダメなの…僕は男の子で南も涼くんが好きなんだもん。
僕はこの気持ちを忘れて涼くんに南のこともっと知ってもらえればきっとみんな幸せなんだ。
『楓、本当にそう考えてるならどうして泣いているの?』
「っ…」
『勝手にそう解釈する前に南と話すべきだと思う』
「だけど…連絡取れないし…」
『大丈夫、もう連絡来てる…もう起きる時間だよ楓』
「えっ、じゃあ起きなきゃ…」
慌てて僕は夢の世界から起きようとする。
あれ、頬をつねればいいんだっけ、どうやったら起きれる?
「どうやって起きるんだっけ」
『もう、ほら…はい、起きて…』
かえでか僕を持ち上げるように上へほうると軽々と身体が持ち上がって視界が光に包まれた。
『楓、さよなら。もう私がいなくても大丈夫なはず、あなたには素敵な人がいるんだから』
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「南っ…」
「楓…」
目覚めた僕は南から一件のPINEか届いていることに気がついた。
開場まで1時間を切っている。
かえでは起きる時間って言ってたけどもう少し寝れたはずなんだけど南のPINEを教えてくれたんだと思う。
最後に何か言ってたような気がしたけど聞こえなかった、次に会った時にでも聞いてみようかな。
「ごめんね、忙しいのに呼び出しちゃって…」
「大丈夫…僕も南と話したかった」
会場の正面側ではなく裏側のスタッフ用の入口のところに南は来ていた。
涼くんや絢斗、他のみんなと一緒に来ることになっていたと思うけど別れてきたみたい。
「楓…ごめんなさい…ずっと無視してて、楓を苦しませてた…」
「誰かから聞いたの…?」
「楓の顔見たらわかる…ごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ。南とこうして話せてるもん」
頭を下げて謝る南、慌てて起こそうとするけれど覗き込んだ時の南の表情を見てそれもやめた。
「南…泣かないで」
「無理…だって私、大好きな人にこんな苦しい思いさせて…」
「え…」
「優芽さんから聞いたの、楓の気持ちも水野くんのことも…私は別に水野くんのこと好きなわけじゃないの。好きなのは楓だよ…ずっと好きだったんだから」
「じゃあ…」
「うん…楓が水野くんとデートしたって聞いたらどうやって話せばいいかわからなくて…ごめんなさい」
つまり南が好きなのは僕で僕は勘違いして涼くんを突き放して…僕は涼くんとの昨日の電話を思い出す。
「僕昨日…」
「水野くんから聞いたよ、楓に嫌われたかもしれないって」
「どうしよう…僕…」
「楓と話したらどれだけ好きなのかわかっちゃった気がする…あーあ、私に可能性ないかあ。いっその事思いっきり振ってくれる?」
「えっと…」
涙目を吹いて南が向き直る。
南の瞳はまだまだ涙で潤んで充血しているけど、少し吹っ切れたのか笑顔が戻っていた。
「私ね、ずっと楓が好きだった。小さい頃からずっと、私より小さくて弱々しいのにいつも守るように前に出てくれて、小さいのに私のこと引っ張ってくれて、暗かった私が今こうしていられるの全部楓のおかげなんだよ? ずっと好きだったの…」
「南…えっと…ごめんなさい…気持ちは嬉しいけど、南とは付き合えない…」
「うん…わかってる…でもこれからも友達でいてくれる?」
「もちろん!」
「本番、頑張ってね。それから水野くんも苦しそうだった…時間作って会ってあげて」
「わかった…ありがと南…」
南に一言お礼して控え室に向かって走り出す。
涼くんに会ってちゃんと謝ろう、それから涼くんに気持ちを伝えよう。
「楓…頑張ってね、私の大好きだった人…」
活動報告に今後のことと事情はまとめました。
このシリーズはこのイベントで終わりになります。
本来予定していた話ではふたりとのやり取りはもう少し先の予定でしたがさすがにスッキリさせないとと思い急ぎました。