ひょんな出会いはナンパから
絢斗と南と3人で参加したVtuberイベントから早くも1週間。
僕は未だにイベントの余韻を引きずってソファに寝そべりながらぼけ〜と天井を眺めていた。
「楓、もしかして体調悪いの? 1週間ずっとこんな感じじゃない」
「まま…体調悪いわけじゃないんだけどまだ圧倒されちゃってて」
夢川百合、僕のお母さん。
髪型とか結構強制されてることも多いけどいつも優しくて大好きなんだ。
昼食の片付けをしながら僕の方に向いてままが心配してくる。
「Vtuberのイベント? でもいい加減1週間なんだから宿題とかもやらなきゃじゃない」
「そうなんだけど、なんかまだ力入らなくて」
「もう高校生なんだから後で泣いても宿題手伝わないわよ? 」
宿題…そろそろ始めなきゃ後で大変になってしまうよね。
早くしっかりしなきゃ。
「楓をそこまでだめだめにしちゃったVtuberのライブの話してよ。まだ聞いてないわ」
「え、うん、えーとね…」
それから僕はイベントで感じたことを全部ままに話した。
ままはたまにふふって笑いながらソファに座って僕の頭を撫でてくれた。
ままが撫でてくれるととっても気持ちいいんだ。
「ねえ楓」
全部話し終わってまた少し脱力しているとままが突然口を開いた。
「楓もやってみたいんじゃないの? Vtuber」
「ええぇぇ!? なんでそう思うの? 」
突然の言葉にガバッと起き上がる。
僕の様子を見てままがまた少し笑って続けた。
「ふふっ、だって顔に書いてあるもの。なりたいんでしょ? 」
「憧れた…けど、僕には無理だよ…だってステージに立つVtuberはとってもキラキラしてて輝いてるんだよ! 雷雲ザックくんなんてすっごいかっこよかったんだから」
ギターをかき鳴らしながら荒い口調ながらもファンの心を縛り付けて引っ張っていく彼に僕は憧れた。
あんなふうに輝けたらきっと楽しいんだろうなって。
「楓がそこまで言うなんてよっぽどね、ふふ。…楓、私は楓なら出来ると思うわ? だってあなたは世界一魅力的で世界一かっこよくて世界一かわいい自慢の楓だもの。楓はもう少し自分に自信を持ちなさい。あなたはとっても魅力的なんだから」
「まま…」
部屋に戻った僕はパソコンを開いてVtuberの動画を検索する。
「(あ、明日横浜でイベントある…参加自由…行ってみようかな)」
『思い立ったら吉日』とはよく言うが僕の行動は早かった。
早速下の階のままの元に行って明日出かける旨を伝えた。
「楓、あなたがやりたいならままはいくらでも応援するからやりたいようにやりなさい」
「うん! ありがとまま! 」
勢いよく抱きつくとままは優しく頭を撫でてくれた。
ーーーーーーーー
次の日、僕は持ちうる服の中でいちばんボーイッシュな服を選んで出かけた。
夏休みも一週間以上がすぎて暑さも磨きがかかってきたように感じる。
Vtuberのイベントはやっぱりすごくて幸運なことに雷雲ザックくんも参加していた。
Vtuber同士のフリートークショーからARステージの歌とダンスのパフォーマンスまでそれはもう圧倒されて僕はまた余韻を引きずることになるみたい。
『次は配信で会おうなァ! 』
ザックくんの言葉を思い出して絶対見に行こうと軽く決意したら少し喉が渇いてきてしまった。
水筒は持ってきたんだけどちょっと足りなかったみたい。
「(自動販売機とかあるかな)」
ちょっと歩いて細い道に入ったところに自動販売機を見つけて早速何を飲もうか悩む。
「(無難にお茶にしようかな…たまにはジュースにしようかな…)」
「(うーん、うーん、やっぱりお茶にしよ、生茶は正義だよ! )」
そうして悩みに悩んだ末、お茶のボタンを押そうとしたら横から手が伸びてきてお釣りのレバーを勝手に下げた。
「えっ?」
僕はびっくりして手が伸びてきた方向を見上げると柄の悪そうな2人組が僕のことを見下ろしていた。
後ずさりしようとした僕の腕に彼らの腕が伸びてきて掴まった。
「ひゅー、可愛い子はっけーん。お前、俺たちと来いよ。遊ぼうぜぇ〜? 」
「と〜っても楽しい思い出作ってやるからさ、まあ拒否権とかねぇんだけどな、あはははは」
「っ…ひっ……や…だ…」
あはははと2人揃って笑う不良に僕は震えて声も出ない、目がぼやけているのはきっと涙が出ているから
不良は無理やり僕の腕を掴んで強引に抱き寄せた。
肩に不良の手が回っていよいよ逃げられなくなる。
「(いやだ…いやだ…)」
「お前、名前なんて言うの〜? おい泣くなよ俺たちが悪いみたいじゃねえか」
「なあ、どこ行きたいかくらいちゃんと言えよ。ご飯食べに行くか? カラオケ行くか? あぁ〜、ホテル直行だなぁ 」
「(…えぐっ…なんで…なんでこんな目に遭わなきゃ行けないの…誰か…助けて…)」
本格的に泣き始めた僕は体の力を失って足から崩れ落ちる。
掴まれた腕に引っ張られて地面には倒れなかったけれどガクガクと全身が震える。
「そこら辺にしとけよお前ら、男ふたりでよってたかって女泣かせるとか、クソだせえことしてんじゃねえよ」
「「あ? 」」
「(え…? )」
不意に現れたその人は僕を掴んでいた手を掴みんで無理やり引き剥がした。
もう1人も思いっきり殴ってそのまま私を引き寄せる。
「てめぇ舐めてんのか? さっさとその子渡してどっか消えろ。さもなければ…」
ぼかっ!!
不良が思い切り拳で殴り掛かる。
僕を助けてくれた人は僕を抱えたままその拳を受け止めて口を開いた。
「さもなければなんだ? 警察呼んでやったからさっさと逃げた方がいいんじゃねえの? 」
「んなっ、警察はまずい、ずらかるぞ」
「ってめぇ、次会った時は殺してやるから覚悟しておけ」
吐き捨てるように殺すと残して不良たちは逃げていった。
全てがあっという間で何が何だかわからない僕は助けてくれた男の人に抱かれたまま落ち着くまで泣いてしまった。
「っと、わりぃ。もう大丈夫だよな。怪我はなかったか? ったくああいう連中に絡まれるとほんと面倒だよな、無事でよかったよ」
「…ぐすっ…あなたは…?」
僕を話した男の人は黒いズボンに水色のノースリーブパーカーを着た170cmくらいの青年だった。
年齢はそんなに変わらないくらいに見える。
「俺は水野涼だ。泣き止むまで待ってやるから早く落ち着け」
「はい…ありがとうございます…ずび…」
僕は改めて買ったお茶を飲んで軽く咳き込んでから涙をふいて水野くんに向き直る。
「助けてくれてありがとうございます。僕は夢川楓っていいます」
「おう、気にすんな。困ってる奴がいたら助けて当然だろ。大したことじゃねえよ」
「でも危ないのに助けてくれるなんて水野くんはすごいですよ」
そういうと水野くんは頭の後ろをかいて少し俯いた。
何となく赤くなっているような気もする。
「ま、まあ、楓みたいな可愛い子に褒められるとなんだぁ、その、照れるな、あはは…」
「かわっ…」
今度は僕が真っ赤になる番だった。
僕は男だよ! 男に可愛いなんて言うもんじゃないってば!
そういえばさっき警察って言ってたような…?
「そういえば警察を呼んだって…」
「あぁ、あれ嘘、ほんとにやばそうだったら呼ぶつもりだったけど俺一人で何とかなったからな」
あははと笑って水野くんは持っていたジュースを飲んだ。
「ま、ほんとに無事でよかったよ。そういや楓、お前どっかで見たな」
「えっ? んー、僕は水野くんと会うの初めてだと思う…」
水野くん…やっぱり覚えはない。
小学校とか幼稚園まで行くとみんな覚えてはいないけど多分水野くんはいなかったと思う…。
「そうか? あー、どっかで見たんだよなぁ…あっ! なあ楓、お前今日のVtuberイベント来てた? 」
「え? 行ったよ? もしかして水野くんも会場に? 」
「おう、俺は出…あ、いや、俺も見に行ってたんだよ。奇遇だな」
「? う、うん、奇遇だね…?」
水野くん一瞬何か言いかけてやめたような…どうしたんだろう。
僕が疑問っぽく返すと水野くんが少し頬を吊り上げていた。
「なんだ、まあ、こんなとこで会ったのもなんかの縁だ。これからもよろしくな楓」
「え、うん、よろしくね水野くん」
水野くんは何かを誤魔化すように? 無理やり話題を変えて苦笑した。
「そ、そういえばさっき崩れてた時服汚れたろ。拭いてやるよ」
「えっ、いいよいいよ、ちゃんと自分でできるから」
「あっ、ごめんそうだよな。女の子に突然何言ってんだろうな、ほんとごめん」
「え? 」
女の子…?
んん、やっぱり水野くんも誤解してる。
確かにボーイッシュな服を選んだとはいえままが揃えた女物だし僕はこんなだし仕方ないといえば仕方ないけど…なんか、悔しい。
「えーとね、水野くん? 僕こんななりだけど一応男なんだけど…」
「えっ? は? えぇぇぇぇ? まじ? 」
「うん、まじ…」
「えぇ? それはすごいな」
水野くんが分かりやすく動揺している。
口がポカーンと空いちゃってるよ…。
「え、じゃあなんでこんな格好してるんだ? 髪も伸ばしてるし…女装趣味…?」
「ちっ、違うよ!!?? これはお母さんがこうしろって言うだけで僕は男らしくしたいんだから! 」
「お、親がそういうのか? でも嫌なら拒否するだろ? やっぱ女装趣味とか…」
「ないっ! 絶対ないから!! 」
ブンブン首を振って否定する。
僕は女装趣味なんか持ってない! 僕はれっきとした男だし男らしくなりたいんだから!
「えぇ、まじか〜、こんな可愛い男と出会ったの初めてだよ。びっくりしたぁ」
「みんな女の子って言うから僕はもう慣れたよ…トホホ」
ガックリうなだれる僕によしよしとでも言うように肩を軽く叩く水野くん。
このあとも小一時間ほどおしゃべりして日も少しずつ傾き始める時間。
ふと時計が目に入って…。
「あ! もうこんな時間だ! 僕帰らないと! 」
「お、ほんとだもう6時回ってんな。そしたら駅まで送るよ」
「え、悪いよ助けて貰った上に…」
「気にすんなって、楓みたいな可愛い子はいつどこで狙われるかわからないからな」
「んなっ! 」
さっきからからかわれてる気がする。
僕は何となく察してしまった、水野くんは絢斗と南と一緒にしない方がいい。
何があっても絶対遭遇しちゃだめだ。
「ほんと反応が女の子だよ楓は、可愛いって言われて赤くなるなんて本当は女の子なんじゃないかって思っちゃうよ」
「だから男だよ! 女の子じゃないから! もうっ! あ、そうだ。水野くんPINEやってる? よかったら今度は一緒にイベント行きたいな〜なんて」
「一緒にかぁ、いいよ。ほらこれ俺のPINE」
Ivirtualのホログラム画面が目の前に現れて水野くんのアカウントが飛んできた。
僕は友達申請を許可して追加、水野くんに画面を送る。
「追加できたかな」
「お、友達申請通ったな。これでまた楓と連絡取れるな」
「じゃあ僕もう帰らなきゃだからまた連絡するね」
「おう、スタンプでもなんでも送ってこい」
今日はちょっと不幸もあったけどおかげで良い友達と出会えた、とてもいい日になった。
最後に言われた通りスタンプだけ送っとこう。
トークに雷雲ザックがキメ顔で「またな」と言っているスタンプを送っておく。
「ぶっ、このスタンプ、俺じゃん、あははは」
「えっ? 俺…?」
急に吹き出したかと思うとわかりやすく額から汗がダラダラ流れている水野くん。
僕はと言うと混乱していまいち状況が理解できない。
「あっ、あー、いー、うー、えー、おー、、、あぁ、っとええっと、まあなんだ、俺、雷雲ザック…」
「え、え、ええぇぇぇええ〜〜!!!!!!!!???????」
僕はひょんなことから水野くんのとんでもない秘密を知ってしまったのだった。
さすがに一日目なので急いで2話を書きました。
だいぶコミカルに軽い感じの文章になったかなと思います。
楓くんの心の中をナレーションするような文の書き方が個人的にも楽なのでこのまま行くんじゃないかと思います。
楓くんの見に迫る変化はもう少し先...
またお会いしましょうそれではあまおとでした。