前向きな私の好きな人
『うん! 今日も見に来てくれてありがとご主人様! 楽しい夢見れたかな…? また次の配信で会おうね! じゃあご主人様、お疲れ様でした!』
画面の中ではリスナーに向けてペコッとお辞儀する甘夢かえでこと夢川楓が映っている。
背中まで伸びる白とピンクの髪、可愛らしい猫の髪留めは空ねえが楓に贈ったアクセサリと同じ。
メイド服を彷彿させるドレスは甘夢かえでのイメージそのものなんだと思う。
そして、甘夢かえでを演じる私の大好きな人。
元から可愛かったとはいえもうすっかり女の子が身についている。
(楓はすごいね…私はそんなにすぐ受け入れて前向けないよ…)
3週間ほど前、私の大好きなかわいい少年はかわいい女の子になった。
楓がVtuberになろうとしなかったら、今も昔のままでいられたのだろうか…。
楓を空ねえや矢崎さんと引き合わせなかったら今頃Vtuberは諦めてたのかな…そしたら女の子にならなかったのかな。
それとも、元々こうなるのは運命なのかな…。
「楓…」
その名前を口に出すだけで胸がきゅんとなって全身が熱くなる。
楓が女の子になったと言ってきた時は新手の冗談だと思って信じなかった、いや、信じたくなかったんだと思う。
けれど実際に会って、楓はそんな冗談言わないと、淡い願いは崩れ去って現実をぶつけられた。
私はちゃんといつも通り笑えてたかな…いつも通りの南でいられただろうか。
女の子になった楓と2度目にあったのは甘夢かえでの収録の日、女の子になった楓と初めて会ってから2週間くらい経ってから。
その2週間、きっと答えなんか見つかるわけもない、考えるだけ無意味とわかっていながらひたすら楓が女の子になってしまった原因と戻る方法を考えずにはいられなかった。
きっと楓も元に戻りたいと思ってるはずと信じてた。
でも、2週間ぶりに会った楓は変わっていた。
私に会った楓は、空ねえの選んだ服を身に纏ってスカートをつまんでくるくると回って見せた。
昔は言えば口を尖らせていたのに、私がかわいいと言うことが心の底から嬉しい様子で、ほんのり薄化粧した頬を朱色に染めながら笑っていた。
私はそんな楓を見て一瞬で悟った。
楓は既に女の子の自分を受け入れて前を向き生きていこうとしている。
私が心配する必要も考える必要もなかったんだ…。
気づいてしまった私は楓と距離を置こうと決めた。
もう楓への恋心は忘れようと、私がこんな気持ちを心に残していたらきっと楓の迷惑になる。
だからPINEの連絡はしても学校以外で会うのはやめよう。
学校が始まったらやんわり距離を置いて気持ちを整理しよう。
(なのに…なんでかなぁ…)
楓<明日南が平気ならテラ〇モールに一緒に行きませんか?]
残念ながら明日は予定がない。
夏休みの課題も7月中に全部終わらせてしまった
断る理由もない。
南<大丈夫だよ。何時にどこ?]
楓<ほんと!?やった〜!じゃあ10時に藤沢集合で一緒に行こ!]
何となくはしゃぐ楓の姿が目に浮かぶ。
私は思わずクスッと笑って顔に手を当てた。
(涙…私泣いてる…)
ーーーーーーーー
考え事をしていてなかなか寝付けなかった私は、気がついたらかなりギリギリの時間に目が覚めて急いで準備して家を飛び出した結果、何とか10時になる5分前に待ち合わせ場所に到着した。
逆に早く来すぎてしまったという楓は駅近くのミスドーナツで待ってるという。
楓ドーナツも好きだもんねと心の中で思えばまた身体が熱くなっていく。
(あ、楓…)
階段を登った客席フロアの奥のテーブル席に楓が座ってカップを口に運んでいる、多分紅茶。
Ivirtualを操作して何かを見ているようで遠目とはいえ私が来たことにはまだ気づいていない。
女の子になった楓と最初に会った時はお母さんに着せられたというロングワンピースを見に纏い心底嫌そうな顔をしていた。
2度目に会った時は空ねえの選んだ膝丈のスカートだった、少し恥ずかしそうにひらひらとスカートをはためかせていた。
今日の楓はと言うと、デニムショートパンツから細くて綺麗な足を露出させたスタイル。
上は薄茶のTシャツ、デニムパンツはスカーフベルト、厚底のサンダル、女の子らしいスクエアショルダーバッグ。
あれだけ嫌がっていたスカートを履いたり、今まで頑なに出さなかった足をすっかり露出させている。
(楓は変わっちゃったな…いや、私が受け入れられずにいるだけなのかな…)
また目頭が熱くなって瞼に涙が溜まってる気がする。
(私こんなに弱くなかったはずなんだけどな…)
楓のことを考えれば胸が熱くなり、今を受け入れて過去を忘れようとすれば涙が流れてくる。
(楓が目の前にいるんだからいつも通りにならないと…)
そう心に言い聞かせていつも通りの表情をうかべようとしたところで楓がこちらに気づいたようで、こちらに軽く手を振っていた。
「ごめんね楓、ちょっと寝坊しちゃってギリギリになっちゃった」
「遅れてないんだから気にしなくていいのに、僕が早く来すぎちゃっただけなんだから!」
「そっか…確かに、楓は早く来すぎだよ〜」
「えー、だって楽しみだったんだもん」
私を見て口をとがらせる楓。
その表情からは男の子だった時の楓は綺麗にいなくなっている。
「南もドーナツ食べる? 食べるなら待ってるから」
「んー、私はいいや。楓がそれ飲み終わったらもう行こ! あ、でも急がなくていいからね?」
そう言ったのに楓は残った紅茶をすぐに飲み干して机の上を片付けて立ち上がった。
そのままバッグを肩にかけてトレーを手に持って返却口に向かおうとする楓。
「急がなくていいって言ったのに…」
「えへへ、早く南とデートしたかったんだもん」
「で…デート?」
「んー、デートじゃないかもだけど僕すっごい楽しみにしてたんだから」
「…そうだね」
デート…か…。
3週間前の私なら素直に喜べたんだろうな…。
「南…?」
俯いた私の顔を覗き込むように楓が腰を折って見上げてくる。
「あっ、なんでもないよ? 楓とデートする日が来るなんてね!」
「…? ほんとだよね! 今日はたくさん楽しもうね!」
私が無理して作った表情に一瞬顔を傾げてからそう言って無邪気に笑う楓。
私は笑顔を作れているだろうか、軽い足取りで返却口に向かってトレーを置いた楓に手を取られて引かれていく。
(楓はきっと私の気持ちなんて何も知らないんだろうな…)
「…み、なみ、南ってば〜? 大丈夫?」
「えっ、あ、ごめん。大丈夫大丈夫、それでなに?」
私はまた楓のことを考えて楓の声を聞いていなかったらしい。
いつも通りしっかりしろと自分に言い聞かせたばっかりなのに…。
楓は少し心配そうにこちらを見つめて口を開いた。
「えっとね、今日は服褒めて貰えないな〜と思って…」
少し伏し目がちに身体の前で両手を絡める楓。
「と、とっても似合ってる。楓は本当に可愛い…」
「そう? えへへ、そっか〜、よかった〜」
顔を上げてにっこりと笑みを浮かべ頬を朱色に染める楓。
私はもう一度楓を見る。
身長の割にすらっと長い手足、きっと女子の理想体型なんだろうな…。
背中まで伸びる髪は羽ひとつなくツヤツヤでザ・大和なでしこって感じ。
胸は…まあそこそこあるけど私や空ねえみたいな大きさはない。
「…楓は本当にかわいい」
「もう…何回も言われるとちょっと恥ずかしい…」
「あ、ごめんね。ふふ」
私がじっと見つめていたからだろうか、ピッタリ足を閉じて肩から縮こまって顔を先程より赤く染めている。
やっぱり楓はすごく可愛い、男の子の時からそうだったけど女の子になってさらに磨きがかかっている。
(私やっぱり楓が好き…でもこの気持ちはちゃんと忘れる、楓とはこうやって友達でいられるんだから…)
ーーーーーーーー
テラ〇モールにやってきた僕と南は早速ウィンドウショッピング…にはならずいくつか服を買って回った。
最初に待ち合わせた時は元気が無さそうで心配になったけど気がついたらいつもの南になっていた。
どうしたのかな…?
今日僕が南を誘ったのはVtuber活動を始める準備を色々助けてくれたお礼も兼ねて遊べたらなって思ったから。
ちなみに今日の服は最近よく履いているスカートではなくショートパンツで動きやすいようにしてきた。
お礼とは言っても何か出来ることがあるわけじゃないけど何か出来たらいいな…。
「ねえ楓、楓は軽く化粧してるよね。それって自分で選んだの?」
あらかた服屋を回ってしまって次どこに行こうか悩んでいた時に南からそんなことを聞かれた。
「えーと、これは全部ままが用意してくれた物で…教わったままにやってるかな…」
「自分で選んだりはしない?」
「うん…化粧もまだよくわかってないから…空さんには少し教わったけど、まだできることも少なくて…」
僕が女の子になってからお母さんと空さんは僕に対して女の子ならと色々なことを教えてくれた。
ファッションしかり化粧しかり、所作も色々と叩き込まれた。
座る時は足を開かないとか、がに股にならないようにとか…それはもう色々と…。
元々座る時は足揃えてたしがに股じゃなかったし、情けないことに女の子同然の男の子だったので、そこから更に3週間も言われ続ければ女の子らしくなったと思う。
それでもまだいくつか身につかないこともあって、化粧はそのひとつだった。
空さんからもお母さんからも教わってはいるんだけど言われた通りにはできても逆に言えばやってもらったもので簡単なことしかできない。
「じゃあ自分で選んでやってみよっか」
「え、でも化粧全然わかんないし」
「私が教えてあげるから、ね?」
「うん、じゃあお願いします!」
こうして僕と南はコスメショップにやってきた。
「うぅ…色々あって全然わかんない…」
「えっとね、これがあれでそれがこれでああでこうでピーチクパーチク…」
ダメだ…南は何を言ってるんだろう…お母さんと空さんから教わったものはわかるけどお母さんが用意してくれたものの中の話だったし…これ付けてあれつけてみたいな感じだったから…。
南の異世界のことのような話を聞きながら必死に理解しようと頭をフル稼働させて何度も聞き直しながら一時間ほど、やっと僕は一式のメイク道具と化粧品など色々と買って外のベンチに座った。
「南はすごいね…僕全然知らないことだらけでもっと勉強しなくちゃって思った…」
「えっ、そんなことないよ…? 楓にもすぐできるようになるって」
「そうかな…早くできるようになりたいな…」
「ねぇ? どうして楓は女の子になってそんなに頑張ろうと思うの?」
南の雰囲気が少し変わったように感じる。
ここに来ていつも通りに戻ったと思ってたけどミスドーナツで見た辛そうな顔…。
「頑張る理由…?」
「うん…だって楓はつい3週間前まで男の子で…女の子みたいだったけどいつも男らしくなりたいって言ってたから」
なるほど…。
女の子になって南と会うのはこれで三度目、確かに男の子の時の僕からは考えられないくらい自分でも変わってしまったと思う。
最初女の子になった時は早く戻りたくてしょうがなかった。
スカートを履くのも恥ずかしくてしょうがなかった。
化粧だって顔につく感覚が慣れず違和感だらけで不快感しか無かった。
でも僕の変化を受け入れて可愛いと言ってくれる人がいたら僕だって前を向かなきゃって思った。
前を向いて進まないと何も変わらないと思ったから。
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楓は少し黙り込んで顎に手を当てて目を閉じて考えていた、何か気持ちを整理したのかもしれない。
やがて顔を上げると立ち上がってくるっと回ってベンチに座る私に向き直おると背中に手を回して前かがみに私の顔を見つめて口を開く。
「えっとね、女の子になっちゃった時は確かに困惑したし男の子に戻りたいって思ったよ…でも戻る方法もわからないし受け入れて前向いた方がきっと楽しいって思ったんだ…それにどうせ女の子になっちゃったならうんと可愛くなって女の子を楽しまないと勿体ないから!」
満面の笑みを浮かべてそう言う楓。
その表情はとても眩しくて今の私には直視できそうにない強いものがある。
「そっか…楓は強いね…」
きっと私なら受け入れられずにからに籠ってしまうと思う。
楓がどんどん女の子になっていく様子を見て前を向いてるとはわかっていた、それでももしかしたら心の底では男の子に戻りたいと願っているかも、戻ってくれるかもと私は少し願っていた。
だが楓の言葉はそんな私のもしかしたらという想いすらも砕いた。
本当に、楓は変わったんだ…変化を受け入れて前を向いている…どうしようもない今を受け入れて進もうとしてる。
なら友達の私が引きずってどうするというのだろう。
私にできること、それは楓を応援すること、それから自分のこの気持ちに向き合う事だと思う。
「…楓…頑張ってね!」
「えへへ、ありがと南…」
(私はちゃんと楓を応援する…それからこの気持ちに向き合おう)
なんか...こういう話を書くととことんなんというかこんな感じに書いてしまうのはきっと書いてる時に聞く曲のせいです...。
backnumberオルゴールはダメですアウトです最高ですありがとうございます。
さて、今日はなんかいつもと違う感じの回になってしまいました。
一度だけ楓視点になりましたが、基本南視点ということで南の気持ちの整理をする回になりました。
楓を好きになった過去の回想も書きたいと思っていますがもう少し先になると思います。
ちなみに南は楓の前では絶対出しませんし、誰にも言いませんが本当に心の底から楓を大好きな子です。
%で言ったら100000000000000%くらい。
ごめんなさいとにかく大好きということです笑
その理由ときっかけはまたいつか語りますね。
明日はもしかしたら投稿するかもくらいで思っていただけると助かります...。
それでは今回も最後まで読んでくれてありがとうございました!
南頑張ってと少しでも思ってくれた方はブクマ登録、高評価、コメントよろしくお願いします!笑