憧れる存在
「かえでちゃん、次あなたの出番だけど準備できてるかしら?」
「はい、準備できてます」
今日、僕は憧れた先輩たちと同じステージに立つ。
支えてくれた親友達、僕を作ってくれた人達、仕事をサポートしてくれた人達、みんなの期待を背負って、みんなの期待に応えるために頑張らなきゃ。
「さあ、次に登場するのは〜〜!」
ステージ上の司会者の声掛けに僕は深く深呼吸して仮想ポップアップに立った。
僕のキャラクターソングが大音量で流れている。
もう一度深呼吸して軽く拳を握って…。
「甘夢かえでちゃんだぁ〜〜!!!」
名前を呼ばれると同時に僕のARで表示されたアバターが勢いよくステージに飛び出した。
東京ドームを埋め尽くす大勢の観客に最高の笑顔を作って。
「みんな〜、甘夢かえでです!!今日は来てくれてありがと〜! いっぱい楽しんでってね〜!」
「待ってたよ! かえでちゃ〜〜〜ん!!!」
「かえでちゃん好きぃぃぃ〜〜〜!!」
「かえでちゃ〜〜〜ん!! 頑張って〜〜〜!」
「かえでちゃんこっち見て〜〜〜〜!!!」
ARが作り出す僕のピンクを基調とした可愛らしいステージ。
観客席を埋め尽くす大勢のファンが僕を見てくれてる。
僕は今、すごく幸せです。
…あれ…? でもなんか少し違う気が…
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2026年7月
「やっぱり不公平だよ…なんで僕はこんな身体なのさ…」
僕の名前は夢川楓、今年高校生になった16歳。
目の前に座る親友の瀬名絢斗を見ながらぼそっと呟いた。
今は一学期終業式の帰りにパインドナルドでポテトをつまんでいる。
「まぁまぁ、楓だって女子にチヤホヤされるくらい人気じゃないか」
「僕は絢斗みたいに男らしくなりたいのさ! それに僕の場合おもちゃにされるだけだし…」
『天は二物を与えず』とはよく言うものだ。
目の前に座る絢斗は勉強はもちろんスポーツもそつなくこなすし、目鼻立ちの整った顔は10人すれ違ったら10人振り向くだろう爽やかなイケメン。
対して僕は152cmの身長に女の子のような声、親から切るなと半ば脅されて伸ばし続けた結果背中まで伸びた髪の毛。顔も幼く中性的で…というか女の子そのもので初対面の人に毎回女の子と認識される始末である。
「でも楓のその可愛さは誰にも真似出来ないいいものだと思うぞ? 」
「んなっ、、そ、そんなことないよ。僕は男なんだし」
「あはは、楓が照れてる、顔真っ赤だぞ」
「もうっ! 」
けらけらと笑いながらポテトをつまむ絢斗をポカポカ殴る自分もなんだか男らしいからは遠い気がする。
「もう絢斗なんか知らない! 」
「そういうところも可愛いって言ってんだよなぁ」
「もうからかわないで!!」
親友に可愛いと言われて耳まで真っ赤になるくらい頬が熱くなるのもなんだか男としてどうなのかなあ。
今更自分の女々しさに悲しくなってくる。
「楓のとこはご両親2人とも背高いのになんでだろうな」
「だよねぇ、はぁ…」
そうなのだ、僕のお父さんは身長187cmもある長身で元々バスケをやっていたバリバリの体育会系。
お母さんは172cmもあって若い頃はモデルの仕事もやった事がある…親には恵まれてるはずなのにどうして…。
「まぁ美形なとこは引き継いでるんだしあんまり自分を嫌うなよ」
「わかってるよぉ…」
少しでも男らしくなりたくて毎日筋トレだって頑張ってるのに筋肉なんて全く着く気配もない細腕を見て溜息を着きたくなる。
毎日牛乳だって飲んでるのに。
ふと思い出したように絢斗が口を開いた。
「そういや楓よ、今度の日曜日空いてるか? 」
「え、えーと、うん、空いてるけど…どうしたの? 」
「南も一緒にアキバのVtuberイベントに行けたらと思ってな。あいつも日曜空いてるって言ってたし楓はどう?」
星月南、僕と絢斗の親友で中学から一緒の女の子。ふわふわした亜麻色の髪に髪と同色の瞳でそこそこモテる。僕より背が高いし…まぁ僕が低すぎるだけで女子の中だったら南も低い方なんだけど。
「Vtuberのイベント…」
「おう、やっぱ興味無い? 」
「ううん、興味が無いわけじゃないけどあんまりよく分からなくて」
Vtuber、10年くらい前から話題になり始めて今ではテレビに出てる姿も見るけど、僕はあまり興味がなくてわかってない。
最近はAR技術の発達で3Dキャラクターがリアル世界にやってくるってどこかで聞いたような?
「分からないことは教えてやるから行かないか? 」
「それなら…僕もイベント行こうかな…! 」
「おう! それじゃまた後でPINEするな! 」
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「(あ、絢斗からPINE来てる)」
絢斗<当日は藤沢駅に9時に集合になったぞ〜]
絢斗<あとARステージライブがあるからIvirtualだけは絶対忘れるなよ]
「(ARステージライブあるんだ…! 楽しみになってきたかも)」
楓<わかった! ]
楓<他に持ってくものは? ]
絢斗<特にはないかな〜]
楓<おっけ〜!]
絢斗とのPINEを閉じる。
ARステージ楽しみだなぁ。
Ivirtual、2024年にパイナップル社が発売したAR機器。
最新バージョンのIvirtualは片耳にかける小型デバイスで自分にだけ見えるホログラム画面を目の前に展開したり、一切のラグなしで目の前の構造に合わせてAR世界を映し出すことが出来る。
さらにIvirtualはスマートフォンに変わる新たなデバイスとしてスマートフォンに搭載された諸々の機能全てを搭載している。
今や街中ですれ違う100人中100人が耳にIvirtualをつけている程、爆発的に広がった次世代デバイスである。
絢斗とのPINEもIvirtualで表示されたホログラム画面で行っている。
「(ライブ、楽しみだな…! )」
そして、このイベントの後に楓の運命を大きく変える出会いがあることを今の楓は知る由もなく当日を迎える。
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イベント当日
「お〜い楓、こっちこっち」
藤沢駅JR改札で絢斗を見つけて駆け寄る。
「おはよう絢斗、南は? 」
「メロンチャージしに行ったからすぐ来るんじゃないか? お、楓の私服可愛いな、狙ってるだろそれ」
「狙ってないよ! 友達と出かけるって言ったらままが…」
それにしても、絢斗はバッチリ決めてかっこいいよね、同じ男のはずなのにどうして僕はこんななのかな!
ままに無理やり着せられた女性服は嫌なほど自分に似合ってしまっているのがまた憎い…ボーイッシュスタイルとはいえ僕はちゃんと男なのに…。
程なくしてメロンをチャージしてきた南がこちらに走ってきた。
「楓おはよ〜!! にしても今日の楓もちょー可愛い!ねね、写真撮っていい?? 」
「え〜、この前も撮ったじゃん! 僕なんかの写真撮ってどうするのさ」
「そりゃもちろん私のときめく楓コレクションに追加するだけだよ! 」
「なに…それ…… 」
ビシッと親指を立ててキメ顔してきた南にびっくりを通り越して呆れてしまった。
僕の返答を待たずにパシャパシャシャッターを切る南に抵抗できることも無くときめく楓コレクションを提供することになる僕…。
「ふぅ、こんなものかな。また後で沢山撮ってあげるからね楓ちゃん! 」
「ちゃんっ!? も〜! 僕をからかって楽しむなんて意地悪だよ! 」
「あ〜もうそういう所もほんとに可愛いんだから!! 」
自然とふくれっ面になる僕をからかう南、もうほんとに勘弁してよ。
というか絢斗は顎に手を当ててふんふんって頷きながら親指立てるのやめてもらっていいかな!
「いや〜、楓はほんと女の子だな」
「ね〜、実は女の子とかいう展開ないの? 」
「ないよ!!」
結局絢斗まで敵に回ってしまった僕を助けてくれたのは電車がホームに滑り込んでくる音だった。
電車に乗り込んだ僕は久しぶりの電車に窓際に駆け寄って外の景色に釘付けになる。
初めての秋葉原に胸を躍らせて少しはしゃぎ気味かもしれない。
「楓は電車乗るの久しぶりだな」
「もう1年くらい乗ってないかも」
「あんまりはしゃいじゃダメよ、楓ちゃん」
「はしゃがないよ! 子供じゃないんだから…もうっ! それにちゃん付けダメだから!! 」
絢斗にお母さんかってツッコミそうになったのと南に何かやり返せないか考えたけどもう無視しとくのが1番だよね!
この後僕は気づかなかった…結局はしゃぐところを盗撮されていることに…
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会場についた僕たちは持参したIvirtualを起動して専用アプリをダウンロードする。
このアプリを入れることによりVtuberのARステージが見れるようになるのだ。
アプリ自体は1回入れればあとは各会場で配られるQRコードを読み込むと準備完了になるみたいだけどアプリのダウンロードは最初に会場を訪れた時に行うしかないみたい。
早速ダウンロードしていると絢斗が腰に手を当てて口を開いた。
「なんかついに来たって感じだな」
「私もちょー楽しみ! あ、楓次ここ押して」
「えと、ここ? 」
僕は既にアプリをダウンロードしていた南に操作を教えて貰いながらアプリを設定していく。
こういう時は指定した人だけにホログラム画面を見せられる機能って便利だよね!
「できた…かな」
「うん、できてるできてる! 絢斗もできてるみたいだし中入ろっか」
会場内に入ると既に大勢の観客でほとんど埋まっている。
絢斗が3人分予約してくれていたこともあって僕たちは前から3列目に3人並んで場所を確保できた。
「うわぁ、すっごい人」
「楓、はぐれないように掴まってろよ」
「だから子供じゃないってば! 」
「楓、楓、私にも掴まっていいんだからね!」
そうして2人に手を取られた僕は両手を繋ぐことになった。
「子供じゃないのに〜〜」
しばらくすると暗かったステージ上にカウントダウンが表示された。
ARを使ったホログラムである。
僕はゴクッと唾を飲み込んでそのカウントダウンに吸い込まれていく。
《…3…2…1》
「さあ来るぞ」
「う、うん」
カウントダウンの終了と共に両手を握られる2人の手にも少し力が入った。
同時にステージ中央からばあっと広がる光がARステージを構築していく。
白を基調としたステージにところどころ黄色に光るライトアップ。
《天上 きさき》
ステージに彼女の名前が浮かび上がると共にステージ中央から勢いよく飛び出した少女が金髪の髪をなびかせて華麗に着地する。
『みんなお待たせ〜! 天上きさきだよ〜!! 今日は来てくれてありがと〜!! たくさん楽しんでいってね〜〜!! 』
「きさきちゃぁぁぁ〜〜ん!! 」
「俺きさきちゃんと会えるの待ってたよぉぉ〜〜!! 」
「きさきちゃんこっちだよぉぉ〜〜!! 」
『みんな盛り上がってる盛り上がってる〜! きさきもみんなと会えるの楽しみにしてたんだ〜! で〜も〜、今日はきさきだけじゃないんだよ〜! 』
そう言うやいなやステージの雰囲気が一気に変わりダークブルーを基調としたステージに変貌する。
ところどころに雷が落ちる演出とともに天上きさきの名前の横に浮かび上がる名前。
《雷雲 ザック》
同時にステージ中央、天井きさきの横に飛び上がる銀髪の少年。
首にかけたギターをギュルンンンと鳴らして叫ぶ。
『みんなァ! よく来たなお待ちかねのザックだぜェ! 』
「ザックぅぅぅ〜〜!!! 」
「イケメンすぎて死ぬぅ!! 」
「こっちみてぇぇー!! 」
観客席の声援に反応するようにギターを再びギュインギュインかき鳴らす。
『まだまだいるぜェ!』
ザックの言葉と同時にステージ演出が吹雪舞う雪原のごとき雪世界に変わった。
そして画面中央に並んで浮かび上がる名前。
《雪姫 吹雪》
前のふたりとは対照的にふわっと舞い上がった水色の和服を身に纏った少女はゆっくりとステージに降り立つ。
『皆よく集まってくれた…吹雪じゃ。今日は集まってくれて感激の至りよ』
「ふぶきちゃん〜〜!! かわいい〜〜〜!!」
「キャー! ふぶき様がこっち見た〜〜!! 」
「「「ふ、吹雪様! 我々はどこまでもついて行きますぞ!!」」」
なんかすごいファンもいたような気がするけどこれで今日のVtuberは揃ったみたい。
ステージにどこからともなく現れた椅子に彼女たちが座ると観客席もだんだんと落ち着きを取り戻していった。
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そこからのことはあまり覚えていない。
気がついたら絢斗と南に手を引かれて僕たちは会場を後にしていた。
3人のライブステージに圧倒された僕はVtuberにすっかりハマってしまった。
「…えで、楓? 大丈夫か? 」
「えっ? あ、うん、ちょっと圧倒されちゃって」
「ステージ凄かったもんね〜! 楓もVtuber好きになってくれた? 」
「うん! 帰ったらたくさん動画見るつもりだよ! 」
「(でもなんか少しだけ自分に自信なくなっちゃったかもなぁ)」
あんなにキラキラして楽しそうに歌って踊るVtuberの姿を見て僕はさらに自分に自信を持てなくなってしまったかもしれない。
あんなふうにファンに応援されてキラキラ出来たらきっと楽しいんだろうなぁ。
「雷雲…ザック…」
「え? 楓ザックくん好きになっちゃった?? 」
「えっ、あっ、違うよ? あんなふうにキラキラかっこよくステージに立つ姿に少し憧れちゃって…」
「憧れちゃったか、もし楓がVtuberになったらきっと人気になれるだろうな! 」
「ま、まままままま、まさかそんなわけないじゃん!! でもあんな風に笑えたらきっと楽しいだろうなぁ」
この時、僕は自分が世界に名を轟かせるVtuberになる未来をまだ知らない。
そして自分の身体に迫る変化も知るわけがなかった。
初めましてあまおとですよろしくお願いします。至らない点だらけですが暖かい目で見ていただけたら嬉しいです。
今作はとある作者様の作品を読んで「自分も描きたい」となってしまい急遽書き始めたお話です。
書き方から何から参考にさせていただいたのでリンクなど貼り付けておこうか悩んでおります。
アドバイスや語尾脱字報告などコメントで教えて頂けたら幸いです。
また次のお話でお会いしましょうあまおとでした。