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ローダスと乗った馬車は王城の裏門から入城した。


馬車から降りるとアシュリーはローダスから案内を受け、王族のみが使用を許される入口へと案内された。


———本当に心配する事は無かったのか。


アシュリーは侯爵邸であれこれと心配していた己を振り返って苦笑した。


「陛下は執務室にいらっしゃいます。先に衣装係との打ち合わせを始めましょうか」


そのままローダスに着いて行くと、応接間の様な部屋へ通された。

飾り気の無い簡素な部屋であるが、調度品は一流の物だと一目で分かる。

落ち着かない気持ちで長椅子に腰掛けていると、扉を数回ノックされた。

ローダスが声を掛けると、静々と幾人かの女性が入室して綺麗に整列した。


「はじめましてお目にかかります。衣装係の総括をさせて頂いておりますマールと申します」


三十代後半くらいの華やかな顔立ちの女性が一歩前に出て丁寧な挨拶をくれた。


「こちらこそよろしくお願いします」


アシュリーは簡潔に述べた。

それからドレスや宝石の類いについて話しをしているとシリウスがやって来た。

テーブルの上に並べられているドレスの下絵を一瞥するとこう言った。


「令嬢は次代を担う新しい皇妃のイメージを付けたい。この様な既存のドレスでは無く、中性的なイメージに仕立てるように陛下は仰せだ」


シリウスが陛下と言った言葉にアシュリーは思わずピクリと瞼が痙攣したが、それ以外の反応は概ね隠せた。


「畏まりました。ノーランド宰相閣下」


衣装係のガブリエラと名乗った女性はシリウスをノーランド宰相閣下と言った。

そこでアシュリーは事態を把握した。

あれだけ貴族が集まる夜会へも警戒しているシリウスであるから、恐らくシリウス自体が王として顔を知っている者自体が少数なのだろう。

ノーランドという者ももしかしたら名だけの存在か実際に居たとしてもシリウスが変わり身として立てられるくらいには容姿の似た人物なのかも知れない。

アシュリーはそう結論付けた。

しかし、シリウスもローダスも人が悪いと感じた。

その様に名乗るのであれば始めに伝えておいてくれたらとアシュリーは思った。

何がしかの理由があって伏せていた訳ではあるまい。

何故ならアシュリーの僅かな動揺にシリウスが満面の笑みを浮かべていたからだ。

心底アシュリーを揶揄っている素振りが見て取れた。


「何かご希望はありませんか?アシュリー様」


逆撫でする様にシリウスがアシュリーの名を呼んだ。

アシュリーは揶揄われた苛立ちを振り切る様に、咳払いをした。


「では、騎士の様な服を所望します。私は陛下をお守りする王国の盾になりたいのです。それを一目で象徴する様な衣装に仕立てて頂きたい」


アシュリーが一息に言うと、ガブリエラは頭を振った。


「なりません!そんな事は前代未聞です。王家の、陛下の威信に関わる問題ですよ!」


「良いでしょう」


「閣下!」


シリウスの一言にガブリエラが声を上げるが、冷たい視線を返して封じた。


「陛下のご意向にも沿っている。それとも、そなたの力量では難しいか?」


「……畏まりました」


ガブリエラは渋々といった形で諾と示した。


「ありがとう。受け入れてくれて」


アシュリーは申し訳無い気持ちになって礼を述べた。

そこからはスムーズに衣装の打ち合わせが進んだ。


ガブリエラ達が退出してから、人払いをして一息吐いた時だった。


「しかし、相変わらず貴方は強引ですね」


ローダスがシリウスに非難の言葉を浴びせる。

シリウスは微笑を浮かべていた。

まるで悪戯が成功した子供の様な顔だ。


「楽しかっただろう?あの女は格式がどうのと煩わしい事を言う。変革を嫌う人間は一定数存在する。その目を掻い潜る為には力で押さえ付けるか、気付かれない程小さな変化を繰り返すしかない。人間とは総じて無力だ。時の偉大な流れの中では人一人の寿命などほんの一瞬の瞬きだ」


表情とは裏腹な老齢した物言いにアシュリーは錯覚を覚える。

計り知れないものと対峙している様な感覚にどきりとしたからだ。


「御心を理解するのは難しいのです」


ローダスはアシュリーの心情を悟ったかのようにそっと肩に手を置いた。

アシュリーがローダスに目を向けると暗い眸とかち合った。

その眸もまた得体の知れないものであった。

斜が掛かったような、モザイクが掛かったような。

歳に似合わない井戸の底のような暗がりの眸だ。

アシュリーの記憶には無い。

こんな眸をした人間を見た事は無かったからだ。

ローダスの前に居ると緊張感が拭えない。

一見、シリウスよりもローダスの方が人当たりは良いし、無茶な事も言わない。

だが、二人きりになった時に本能的な嫌悪感を無意識に抱いてしまうのはローダスの方だった。

その理由ははっきりとは分からないが、何となく想像も付いた。

それは二年前の事である。

継承順位がローダスよりも上であるシリウスの弟妹二人が相次いで病死した。

アルタイル王子殿下とベガ王女殿下。

二人は先王の第三妃の子で、シリウスの腹違いの弟妹だ。

第三妃は身分的には平民の出で、本来であれば第三妃になどなれる筈もなかった。

しかし、先王の強い圧力により無理矢理に後宮に入った経緯がある。

正妃であるシリウスの母と第二妃と同じように扱われ、その子であるアルタイル王子とベガ王女は時にかなりの優遇を受けて来た。

それを弁えるような二人であれば大した問題にはならなかったのかもしれない。

しかし、段々と増長していった。

そんな折、二人が同時に体調を崩された。

王都から遠い王領へ静養へ向かわれたのが五年前。

程なくして先王ルーズベルトが病に伏せた。

なし崩し的にシリウスが玉座に着き、その一年後に謀反を企てたとして第二妃の子であるリゲル王子殿下並びに第二妃であるユリア妃が断首された。

そして第二妃の生家であるワーグナー侯爵家は取り潰しとなり、一族女子供に至るまで断首となった。

そうして二年前にとうとうアルタイル王子とベガ王女も同日同時刻に逝去された。

どう見ても不自然である。

だが、誰もその事について触れる者は居ない。

明日は我が身なのだ。

その一連の経緯により、シリウスは存在を明確に位置付けた。

また、シリウス本人はアルタイル王子とベガ王女の静養先には一度として足を運んでいない事は事実なのだ。

当時、大規模な洪水の被害が王国の最南端地域で起こっており、シリウスは掛り切りになっていたという話をアシュリーは聞いた事があった。

であれば、実行した人物がいる。

その暗い眸が答えの様に思えた。

だが、もっと分からないのはシリウスだ。

それだけ沢山の人間の命を奪い、尚好奇心を含んだ瞳。

生来的にそう言った本質の人間なのか、それとも人の命など紙切れくらいにしか思っていないのか。

アシュリーにとってはどちらも危険な人物である事には変わりなかったが。

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