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アシュリーはリンを通すと、部屋の窓辺に置かれた椅子に座る様に促した。


「遅くにどうしたの?」


蟠りを感じながらも平静を装って話しかけた。

リンは素直に座ると、開口一番こう切り出した。


「国王様に嫁がれると伺いました」


ああ、とアシュリーは頷く。

祝いでも述べに来たのかと思ったからだ。


「そうなると思う。このまま行けばね」


アシュリーは素っ気なく答えた。

まだリンに対する気持ちが消えた訳では無い。

この思いが実ればいいと幾度か夢想していた。


「私も連れて行ってくれませんか?」


リンの意外な提案に思わず目を見開く。


「リン……。マルクスと結婚すると言ったじゃない。子もいるんでしょう?」


「マルクスには断ります。子も……どうにかします」


「どうにかって……。どうしたの?マルクスと何かあった?」


アシュリーは諭す様にリンを伺った。


「マルクスは結局侯爵家の執事でしかありません。王城でアシュリー様の……。王妃様の侍女を勤めた方がより良い嫁ぎ先を見つけられるじゃないですか」


リンは臆面も無くそう言った。


「どうかしてる。リン……自分が何を言っているかもう一度考えた方が良い」


「アシュリー様には分かりませんよ。元々侯爵家のご息女として産まれた方には卑しい者達が成り上がる術など考えた事も無いんでしょう。だから簡単にドレスや髪型にケチをつけられるんです。所詮恵まれた方のワガママじゃないですか」


アシュリーはリンの放った言葉に酷く胸を打たれた。

アシュリーが自分の尊厳を守りたいと考えた事をリンは贅沢だと言う。

だが、シリウスは面白い考えだと言う。

その捉え方の違いは何なのか。

アシュリーは答えが出せず、黙った。


「兎に角、考えておいてくださいね」


リンはアシュリーが無言だったからか、決まり悪そうに退出していった。


アシュリーは考えた。

答えの出ない問答を繰り返し考えた。

貧困とは何も金銭のみでは無いのだ。

飢えとは人間の知性や品格すら奪う最大の悪なのだ。

そうして飢餓が蔓延すると人々は攻撃的になり、他人の頭の中の自由すらも奪うのだ。


リンはけして恵まれない娘では無い。

実家も貧しい訳では無いし、家族も存命している。

では何故彼女が飢えているのか。

その答えだけは何となく分かっていた。

それはアシュリーの存在そのものが関係しているのだろう。

自らよりも恵まれた地位にいる者の揺らぎが彼女の渇望を駆り立てるのだ。

恵まれていながらも葛藤し、現状を良しとしない者がいる時。

悪魔が。

己の無知が囁くのだ。

その葛藤と戦う知性を持ち合わせていない者は簡単に悪魔の闇に飲み込まれ他者を貶める事で一時空腹を紛らわすのだろう。


アシュリーは焦がれたリンの内側を覗いて暗い気持ちになった。


きっと誰の内側ですらそうなのだ。

アシュリーが嫌悪を感じる事が間違いである。

その併せ持つ欲望の陰りが時に魅了される程の歪んだ美しさを演出するのだ。

やっと十代の終わりが見え始めたアシュリーには、その麻薬の様な人間の妖しさを楽しむ余裕を持ち併せていなかった。

年齢を重ねる事による寛容さをアシュリーはまだ備えてはいない。

その瑞々しいまでの清廉さが若さの魅力だ。

二つを持った人間は居ない。

だからこそ異なった魅力になるのだろう。


アシュリーはリンに対する言い知れない違和感を抱えたまま眠りに着いた。














「呆れた。もう返事が届くなんて」


手紙を出して翌日の朝。

シリウスから既に返答が届けられていた。

長々とアシュリーが型式貼って出した手紙の返答は一言。

『相分かった』とだけだった。

人柄が透けて見える簡潔な内容にアシュリーはほんの少し笑みが溢れた。

シリウスからの手紙を窓辺の椅子に座りながら光にかざすと白い便箋に星の様な細かな細工が施された上質な紙だった。

文面の簡素さと相まってシリウスの人となりを伝えるには充分だと感じられた。

その施された細工はアシュリーの先の見えない苦悩の道標の様な気がしてアシュリーはシリウスの心遣いに尊敬の念を抱いた。


そうしてアシュリーの元に手紙が届いた日にとある人物が訪れた。





「ドラグロア様。遅れてしまいまして申し訳ありません」


賓客を持て成す為のティールームに入ってすぐにアシュリーは頭を垂れた。


「そんなに待ってはおりません。まさかとは思いましたが、陛下が私が向かう旨を先触れしていなかったとは思いませんでした。ご無礼をお許しください」


重ねる様にローダスは謝罪を述べた。


「昔から私が困った様を見て喜ぶ様な所があるお方なのです。本当に困ったものです」


困ったといいながらもその表情は柔らかい。

近しい間柄だということが分かった。


「それで、ドラグロア様、本日はどの様なご用件か伺ってもよろしいでしょうか」


アシュリーは仕切り直す様に尋ねた。

ローダスも僅かに姿勢を正して、答えた。


「来月にある王城で開かれるパーティーでアシュリー様が陛下と婚約する旨を貴族等に伝える予定です」


「それはまた急ですね」


ローダスはアシュリーに頷く。


「はい。陛下は一刻も早くアシュリー様との婚姻を望んでおります」


アシュリーは顎に手を添えて考える仕草をしてから考えを述べた。


「それは年明けに開かれる三国会の為ですか?」


ローダスは再び頷いた。


「ご理解が早く助かります。三国会は十年に一度、我が国と同盟を結ぶ二国とで開かれますね?前回は先王が出席致しましたが、今回はシリウス様が本来は出席する予定です。代理は基本認められておりませんが、例外的に委任する事が可能です。その為に皇后陛下が必要なのです」


「そうですか。荷が重いですが、分かりました。それが私と陛下の取引ですから」


「ありがとうございます。話が前後してしまい申し訳ありませんが、パーティーに際してアシュリー様のご準備を王家の専属衣装係との打ち合わせを本日して頂きたく存じます。陛下も立ち会うと申しているのですが、前倒しで公務を片付けなければならない関係上城を離れる事が出来ないのです。そこで大変申し訳無いのですが、これから王城に来て頂く訳にはいかないでしょうか?」


つらつらとローダスの口から出る言葉にアシュリーは目眩を覚える。


「ローダス様をお待たせする訳には参りません。準備をしてから我が家の馬車で向かいます」


王城に入る時には作法がある。

それは微細な礼儀から瑣末な服飾品まで決まりがあるのだ。

アシュリーはローダスを迎える手前、無礼にならない程度の格好しかしていなかった。

そのままでは流石にと準備の時間をお願いしたのだ。


「アシュリー様、陛下からの仰せです。そのままの格好で身一つで来る様にと申しておりました」


アシュリーは困惑する。

シリウスとローダスはそれで良いのだろう。

しかし、アシュリーの家門にとっては大問題である。

その様な無礼な振る舞いが知れ渡ってしまえば父母に面目が立たない。

だが、既にローダスの突然の訪問にかなり待たせてしまっている事も事実なのである。

僅かばかり思案した末にアシュリーは溜め息を誤魔化しながら頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界では……いえ、私たちの世界でもそうかもしれませんが、アシュリーの方が変わり者で、リンの方がマジョリティなのでしょうね。
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