第12話 想い
「「メタル。私のうち一人と、ここに残って。」」
二人のエミーリアが、声を揃えて言う。
声色には、予想以上に必死な響きが混ざっている。
エミーリアの、変化の薄い、しかし、実は感情豊かな表情は、強張っている。
「それは、どうして?」
俺がそう返すと、エミーリアは、すぐに口を開いた。
「・・・不安そう。」
いつものとおり、言葉は足りない。
だが、それなりに一緒に旅をしてきたのだ。
何を言わんとしているのかは、なんとなくわかる。
エミーリアは、彼女にしては珍しく、言葉を続ける。
「メタルは、いつも、自信があった。でも、今回の敵は、不安。質問もしていた。」
いつも、絶対に負けない自信にあふれている俺が、何かを心配しているように見えた。
さらに、ブリーフィングの時にわざわざ敵の強さについて質問した。
「メタルは、今まで、どんな敵でも、不安そうじゃなかった。でも、今回は、違う。」
エミーリアの声色は、必死だ。
そこまで、俺を心配しているのだ。
・・・そう、見えていたのか。
とある事情があって嫌な予感がしていたのを、エミーリアは、俺が不安だと捉えたようだ。
悪いことをしてしまった。
「・・・だから、私のうちの一人と、ここに残ってほしい。」
いつのもエミーリアの口数は、少ない。
そのエミーリアがこれだけ言葉を紡ぐのは、それだけ、必死だということなのかもしれない。
エミーリア自身を一人置いていくのは、保険だろうか。
俺でも勝てないと考えるような相手と戦うため、エミーリアが全員死なないようにするためなのだろう。
エミーリアは、強くなりたくて、俺と旅をしてきた。
強くなって、果たしたい目的があるのだ。
その目的のために、エミーリア全員が命を落とし、レギオンとしての死を迎えることはできない、という判断なのだろう。
しかし、それでは、俺に残ってほしいと言う理由がない。
エミーリアが数人、残ればよい。
なんなら、エミーリアが作戦に参加しない、という選択肢もあるのだ。
なぜ、俺にも残ってほしいと、言うのだろうか。
・・・いや、なぜ、ではないな。
それなりに一緒に旅をしてきたのだ。
何を言わんとしているのかは、わかる。
エミーリアと会ってから、もうすぐ2か月。
たったそれだけの期間で、わかるようになったのだ。
言葉の足りない、エミーリアの、言外の意思が。
考えてみれば、この2か月、俺の視界の端には、いつもエミーリアがいた。
俺も、伊達に長くは生きていない。
エミーリアを見たときに心によぎる感覚が何なのか、自覚はある。
エミーリアの眼に宿る不安、懸念、覚悟は、言葉よりもよほど饒舌だ。
そして、その眼に宿る、親愛、恋慕も、不足しがちなエミーリアの言葉よりも、よほど、エミーリアが言わんとしていることを伝えてきている。
「エミーリア・・・。」
「まって。私が、言う。」
俺が、言葉を発しようとすると、エミーリアが止めてきた。
そのまま、顔を赤くする。
そして、二人のエミーリアが、口をパクパクとする。
一人のエミーリアが、もう一人のエミーリアの背中から、するり、と中に戻る。
目の前には、1人の、そして40人のエミーリアが、立っている。
「・・・最初は・・・打算だった。」
ぽつり、と、エミーリアが、か細い声で言う。
最初は、強くなるために強い戦闘旅客についていく、以上のことはなかったのだろう。
「自覚したのは、アルバトレルスに突入するとき。」
俺も、覚えている。
俺が、エミーリア全員を一人も欠けさせないように、説得した時だ。
その時、エミーリアは顔を赤くしていた。
自分の気持ちを、自覚したのだという。
エミーリアの顔は、湯気が出そうなほど、真っ赤だ。
再び、エミーリアは、言葉が出ないかのように、口をパクパクとする。
少し口を動かして、そのまま俯いて口を真一文字に閉じる。
数秒後、意を決した表情になり、顔を上げる。
「私は、メタルと、生きたい!」
エミーリアの言葉が、俺の身体を打ち据える。
溢れ出んばかりのエミーリアの想いが、これでもかと詰まった一言だった。
エミーリアは顔を真っ赤にしながら、こちらを見据えて、少し、震えている。
そのエミーリアを見て、心の底から、愛おしさが湧き上がってくる。
思わず、エミーリアの身体を、かき抱く。
腕の中のエミーリアが、か細い声で、言う。
「死なないで・・・。行かないで・・・。」
俺も、言葉を返す。
「大丈夫。俺は、死なないよ。」
俺の背中に、ゆっくりと、エミーリアの腕が回される。
「・・・ほんとに?」
まだ不安そうなエミーリアの言葉に、エミーリアを抱きしめる力を強くする。
そして、答える。
「ああ。もちろんだとも。」
そして、エミーリアの耳元で、ささやく。
「俺も、エミーリアが好きだよ。」
俺がそう言うと、エミーリアは、ハッとしたような表情になり、俺の背中に回した腕の力を、強める。
俺が、エミーリアを見たときに心によぎる感覚。
それは、情愛だ。
愛おしさだ。
伊達に、長くは生きていない。
自分の心は、よくわかる。
俺も、エミーリアが好きだ。
好きなのだ。
俺たちは、しばらく、その場で互いに強く抱き合っていた。




