第11話 物資調達
鯨骨街に到着した日の晩。
宿に荷物を置き、物資の買い付けを済ませるために街に出る。
買い付ける物資は、主に食料と飲料水に燃料、そしてインナーだ。
緑のヒヨコ号用の砲弾は、来る途中で使わなかったため、買う必要はないだろう。
食料と飲料水、燃料は、活動するために必須な物資である。
辺境では、戦闘力が低くなりがちな大規模な補給部隊を随伴させることが難しい。
小規模な補給部隊が用意されていることはあるものの、基本的に仕事の期間中に必要な分は自分たちで揃える必要があるのだ。
また、武装の下に着るインナーもたくさん用意する必要がある。
辺境で洗濯をするのは、難しい。
ちょうどいい川などが見つかればいいが、多くの川は、そこに生息している生物に襲われる危険が高い。
持っていく水は飲料水と身体を拭く用に使いたいし、着替えなければ、怪我が感染症に繋がり、大変危険だ。
そのため、装備の下に着るインナーは、基本的に使い切りになるのだ。
使い捨てのインナーも売っているため、今回はそれを買うこととする。
物資の買い付けに店に向かう。
辺境の街らしく、旅客向けの物資を扱う店は大きい。
糧食店に武器防具の店、車両用の部品や砲弾を扱う店に、採取や調査用の機材の店など、旅客にとって必要な店が一通り揃っている。
だが、鯨骨街自体のスペースが狭いためか、それぞれの店は1軒ずつしかないようで、買う店を選ぶことはできないようだ。
とりあえず、旅客向けの食料品店に入る。
狭い鯨骨街を有効活用するために、各種糧食が天井まで積みあがっている。
通路は、ヒト種でぎりぎり通ることができる程度の狭い幅であり、店内に入ることができない人種については、店の前で店員が注文を受け付けていた。
「軍用品が多いですな。」
品揃えを見ながら、作太郎が言う。
確かに、目につく範囲には、軍用の戦闘糧食が多い。
保存性と可搬性に優れ、栄養バランスにカロリー量も十分な軍用戦闘糧食は、戦闘旅客にとっても都合のいいモノなのだ。
「これは・・・何?」
エミーリアが、何かを見つけたようだ。
そこには、灰色の無機質なパッケージに入った糧食がある。
「これは、3Dフードプリンタ用のカートリッジっすね。なんで、こんな最新のものが辺境にあるんっすかね?」
そう言い、ヴァシリーサが首をかしげる。
3Dフードプリンタは、近年、宇宙船搭載用に開発された料理製造装置である。
ヒトの身長ほどある機械に、たんぱく質や炭水化物のペーストが入ったカートリッジをセットし、インプットされている料理を出力するという、最新の調理機材だ。
宇宙船には最近搭載され始めているが、車載するには大きすぎる上に、味もそこまでよくないということで、地上ではあまり見ない物だ。
なぜ、こんなところにその3Dフードプリンタ用カートリッジがあるのか、ヴァシリーサは訝しんでいる。
とりあえず、10日分の食料を手配する。
片道3日で、戦闘まで含めれば往復で7日といったところだが、辺境では何があるかわからない。
予備を3日分程度持つことが望ましいのだ。
手配した食料は、明日、緑のヒヨコ号の近くまで運んでもらう契約にした。
ちなみに、ヴァシリーサの3Dフードプリンタについての疑問は、この後の夕食でわかることとなった。
街の飲食店で提供されていた料理が、3Dフードプリンタ製のものが大半だったのだ。
3Dフードプリンタで出力されてそのままの物もあれば、料理の材料を3Dフードプリンタで出力し、料理人が手を加えたものもあった。
3Dフードプリンタ製ではない料理は、鯨骨街では高級品のようであった。
せっかくなので、3Dフードプリンタ製の料理を食べてみると、それなりに美味しかった。
ちゃんとした料理には劣るものの、食べられないというほどではなく、辺境で安定して食べられることを考えれば、十分な代物だといえよう。
鯨骨街は、コンジキシマクジラの骨格内部という狭い範囲で大量の人口を抱えるために、大型の長期航行用の宇宙船と同じような装備を整えているようだ。
辺境と言う外部からの補給が貧弱な位置に存在している鯨骨街内部で、人口1.5万人を養うほどの食糧生産を行い、人々に食料として提供することを考えた結果、宇宙船と同じようなシステムになったのだという。
まあ、補給が貧弱で、内部のみで資源を回さなければいけないという環境は、宇宙船に近いともいえるのかもしれない。
食料を買った後は、水と燃料を手配する。
そして、インナーを買い込めば、物資補給は完了である。
流石、辺境の都市である。
都市自体が戦闘旅客向けになっており、補給の手配はとてもスムーズに完了した。
*****
一夜明け、次の日。
目覚ましのアラームで意識を覚醒させる。
時刻を見れば、午前8時。
昼過ぎには、昨日のうちに注文しておいた食料などが、緑のヒヨコ号まで届くはずである。
宿から出て、4人全員で緑のヒヨコ号に向かう。
午前中のうちに、軍のエンジニアの手を借りて、緑のヒヨコ号の点検と整備を行う。
特に大きな問題はなく、簡単な整備を行えば、このまま使用できそうだ。
午前も遅くなるにつれて、続々と戦闘旅客を乗せた装甲車両が到着する。
フローティングアイ討伐の仕事を受けた戦闘旅客たちだ。
様々な装甲車両に、様々な人種。
それぞれの車両に数名の軍や民間のエンジニアが付き、忙しそうに整備している。
戦闘旅客たちは、駐車場まで出てきた商人たちに、物資の買い付けを行っている。
どうやら、店舗は1軒しかなかったが、店舗を持たない買い付け屋も多いようだ。
出撃は明日。
皆、急いで準備を行っている。
午後ともなれば、駐車場は、物資と人に溢れていた。
注文した物資が届き、それをいそいそと車両に積み込む旅客たち。
移動販売のカートを押して、忙しくて車両から離れられない旅客たちに昼食を売り歩いている者もいる。
物資は次々と鯨骨街から届き、駐車場に積みあがっていく。
今回、この作戦に参加する旅客は、100人ほどだ。
100人の10日分の物資は、かなりの量だ。
だが、鯨骨街は、狭いとはいえ、これだけの物資を難なく揃える力があるのである。
西方辺境トップクラスの都市は伊達ではない。
日が傾くころには、全ての旅客たちが準備を終えたようで、駐車場から去っていく。
「じゃ、先に戻ってるっすよ。」
「ヴァシリーサ殿、某もご一緒いたす。」
ヴァシリーサと作太郎も、それを見届けて、駐車場を後にする。
ヴァシリーサと作太郎の表情は、どこかニヤニヤしている。
駐車場に残ったのは、俺と、エミーリアだ。
「・・・で、エミーリア、どうしたの?」
補給作業中、エミーリアが、ここに残ってほしいと言ったのだ。
なので、俺は、装備の点検と言うことでこの場に残った。
どこかニヤニヤしていたヴァシリーサと作太郎は、エミーリアがどんな話をしようとしていると思っていたのだろうか?
まあ、何を考えていたかはなんとなくわかるが・・・。
エミーリアの、変化の薄い、しかし、実は感情豊かな表情を見る。
情愛、懸念、覚悟、不安。
それらが混ざり合った、何とも言えない表情をしている。
その表情から、二人は、エミーリアが告白でもするのかと思ったのかもしれない。
だが、この表情は、そういう表情でもなさそうだ。
しばらくの沈黙の後、エミーリアが口を開く。
それと同時に、緑のヒヨコ号の陰から、もう一人のエミーリアが出てきた。
「「メタル。私のうち一人と、ここに残って。」」
二人のエミーリアが、声を揃えて言う。
声色には、予想以上に悲痛な響きが混ざっていた。




