第10話 鯨骨街
第三前進都市、通称『鯨骨街』に向けて、車両を進める。
鯨骨街のコンジキシマクジラの骨は500m級の非常に巨大なものだ。
鯨は上下逆になったりはしておらず、天を突くように肋骨が聳え立っており、その上部に背骨がある。
コンジキシマクジラの骨は、黄金銀のような色合いをしており、強度も高い。
その肋骨に抱え込まれるような形で、鯨骨街は形成されているのだ。
鯨骨街でまず目につくのは、空港兼要塞だ。
ほぼ全ての建物がコンジキシマクジラの骨格内部に建造されている中、唯一、骨の囲いの外に建造されている建物である。
その建造場所は、背骨の上だ。
背骨に添うように建物が建造されており、その上に長さ400mの滑走路がある。
その様相は、背骨の上に空母が乗っているようにも見える。
滑走路の前後は1段低くなっており、30㎝三連装砲塔が1基ずつ計2基設置されている。
さらに、滑走路の両脇や滑走路下の建物にも、無数に火砲が設置されている。
比較的安全と言っても、ここは辺境。
いつ、どんな生物が来襲しても戦えるように設計されているのだ。
滑走路の下は解放式の格納庫になっており、そのさらに下に空港設備や防衛設備を含む建物がある。
滑走路が短いため、離陸のためにカタパルトが設置されており、着陸はアレスティング・ワイヤーを使って行われる。
外見のみならず、運用も空母のようなのだ。
コンジキシマクジラの骨は、5万トン以上にもなる空港を支えるだけの強度があることが分かっており、空母みたいなものを上に建造しても全く問題がないのだという。
鯨骨街に近づいてくると、次第に建物も見えてくる。
コンジキシマクジラの肋骨に抱え込まれるような形で、森がある。
その森は、元々、この骨のもとになったコンジキシマクジラの背中に生えていた草木であり、シマクジラが死亡した後も世代を重ね、この場で生き残っているものだ。
その森の木々に隠れるように、鯨骨街は形成されている。
正確には、鯨骨街の上に森ができているのだ。
鯨骨街は、巨大な基礎となる半地下型の建物の上に、さらにいくつもの建物が積み上げられた形をしている。
建物は黄金銀の結晶をレンガ状のブロックに切り出し、それを積み重ねることで建造されている。
そして、その建物の上に、草木が生い茂り、街自体を隠しているのだ。
よく見れば、木々の隙間から、くすんだ金色のブロックでできた壁と、その壁に這う植物の根が見える。
その様相は、古代遺跡が植物に飲み込まれていっているかのようだ。
鯨骨街へは、頭骨をくぐる形で入っていく。
外からはわからないようになっているが、頭骨の内部には薄く切り出した黄金銀で造られた建造物があり、頭骨自体が建物のようになっている。
頭骨部分は、頭骨の硬さを活かした避難スペース等になっているようで、平時では倉庫として使われているようだ。
コンジキシマクジラの骨は大きいとはいえ、1.5万人が生活するには狭い。
頭骨の内部も有効活用されているのだ。
1階部分は、駐車スペースになっており、そこに緑のヒヨコ号を停める。
駐車スペースの片隅には、いざというときの脱出用の兵員輸送車が多数並んでいる。
緑のヒヨコ号から降りて、都市内部に向かう。
今回の宿泊先は既に軍が確保してあるのだ。
頭骨を抜け、肋骨に抱え込まれた森に踏み入る。
「・・・きもちいい。」
エミーリアが言う。
確かに、エミーリアが言う通り、気持ちがいい。
金柱地域は、全体的に気温が高めで乾燥しており、空気も埃っぽく、気持ちのいいエリアではない。
だが、この肋骨の範囲内は、どことなく涼しく、爽やかな風が吹き抜けており、どことなく気持ちがいい。
「ふむ。この木々のお陰で、適度に湿度があるようですな。」
作太郎が言う。
その湿度のお陰で、適度に気温が下がり、爽やかさを醸し出しているのかもしれない。
頭骨出口から鯨骨街への入り口へは、黄金銀のブロックが敷き詰められて舗装された道が伸びている。
「この道、屋根でもあるんだね。」
一緒に歩いている、チーム『青の戦士を仰いで』の狐霊、コロが言う。
どうやら、ここはすでに都市の上であるようだ。
1.5万人が生活するには狭いと思っていたら、どうやら、地下にも街が形成されているようである。
舗装された道の先に、鯨骨街の入り口が見える。
入口は大きな黄金銀でできた門で、門扉はこれまた黄金銀でできた幅5m、高さ3mほどの大きなものである。
どうやら、車両を入れる際に開くようで、その傍らには、個人向けの高さ、幅ともに2mほどの入り口がある。
門は、その上には草木を繁らせ、遺跡のような、薄暗い独特な威容を見せている。
街に入るための手続きは、名簿に名前と連絡先を書くだけでよく、スムーズに終わった。
「ようこそ!第3前進都市へ!」
熊系人種の門番が人懐っこい笑顔を浮かべ、言う。
門番は、とても屈強な熊系人種の男と、素早そうなトカゲ系人種の男だった。
その立ち振る舞いからも、青鉄クラスに匹敵する戦闘力が予想できる。
門番が明けた扉をくぐると、予想外の光景が広がっていた。
「おわ~、思ったよりも綺麗っすね。」
ヴァシリーサが、驚きの声を上げる。
それもそのはずで、俺たちが出てきた場所は、中央に噴水が配置された、美しい広場だったのだ。
車道は門をくぐってすぐに地下に下る形になっており、広場に車道はない。
天井は上手に外から採光しているようで、薄暗い門からは想像できないほど広場は明るい。
噴水近辺には緑の植物が生えており、瑞々しい爽やかさが充ちている。
天井からの光で、くすんだ金色をした黄金銀のブロックが淡く光と、噴水の水、そしてその周囲の緑が合わさり、何とも美しい。
広さはさほどでもないが、多くの人々で賑わい、広場の周囲には、多くの店が軒を連ねている。
「驚いた。思ったよりも、いい場所じゃのう。」
ヴィクトルが言う。
軒を連ねている店舗は、土地が狭いため屋台などはなく、全て、壁面埋め込み式の常設店舗だ。
1軒1軒は小さいが、どの店も賑わっている。
まあ、1.5万人がこの狭い範囲に生活しているのだ。
活気があって当然なのかもしれない。
「宿泊場所は、あっちみたいね。」
チーム『青の戦士を仰いで』のフレッシュデッド、リトヴァが広場の一角を指し示す。
そちらには、宿泊施設の看板があり、地下へと向かう通路があるのが見える。
「姉さん。補給の手配も必要ね。」
「あら姉さん。そのとおりね。」
エリザとエルザは、補給について考えているようだ。
それぞれのチームでの補給の考えなどもあるのだろう。
そのあたりのすり合わせも行わなければいけない。
俺たちは、とりあえず、全員で宿へと向かうのだった。




