第8話 技術作戦軍
先週投稿した8話を改稿しました。
角蔵たちは、ツルギガミネセンジュの腕を、数本まとめて樹脂ロープで縛っている。
エミーリアが、どこからともなく樹脂ロープを一巻き取り出してきたので、ありがたく使わせてもらっている。
誰も取り出したところを見ていないというが、まあ、レギオンだし、体内にでも持っていたのだろう。
ツルギガミネセンジュは、腕が2本以上束ねられると、その腕をうまく使えなくなる。
全ての腕を2本以上セットにして束ねてしまえば、まともに動けなくなるのだ。
手の本数が多いので、しばらく時間がかかりそなので、いまのうちに、軍に連絡しておこう。
スマートフォンの連絡先一覧から、『覇山 健仁』の連絡先を探す。
連絡先は、すぐに見つかった。
数コールの後、覇山はすぐに電話に出た。
《・・・覇山だ。どうした?》
太い、ハードボイルド感たっぷりな声が聞こえる。
「やあ。ちょっと、調査してほしいものがあって。」
《ふむ。話してくれ。》
覇山から促されたので、詳細を伝える。
ツルギガミネセンジュの異様な雰囲気、異常に向上した耐久力、赤い空間攻撃・・・。
5分ほど説明すると、異常さが伝わったようだ。
覇山もツルギガミネセンジュとの戦闘経験はあるので、それと比較して、理解してくれたのだろう。
《詳細は分かった。分析官を送ろう。》
さっそく送ってくれるらしい。話が早くて助かる。
「どれくらいで着く?」
さて、明日には着くだろうか?
《すぐに着くはずだ。そこで待て。では。》
覇山がそう言い、電話は切れる。
・・・なに?すぐに?
そう疑問に思うか思わないかのうちに、ジジ、という音と共に、目の前の空間に、ノイズが走る。
瞬きほどの時間で、そこには、背の低い女性と背の高い女性の二人が立っていた。
転移魔法とかでもないようだが、何かしらで瞬間移動してきたようだ。
背の低い女性は、おかっぱ頭の大人しそうな少女で、目は前髪に隠れている。首には銀色の板のようなゴーグルがかけられている。
その外見は子供にしか見えないが、服装は立派な軍服であり、階級の高さが伺える。
もう一人の背の高い女性は、ツンツンと跳ねたオレンジ色の髪を肩口まで伸ばしている。身長は高く、体型も女性的だが、気が強そう・・・というよりも、若干ヤンキー感が漂っている。額にはメカメカしいごっついゴーグルをつけている。
雑に羽織った白衣からは迷彩服が見え隠れし、軍属であることがわかる。腰には、装飾の無い無骨な細剣が一振り下がっている。
「こんにちは。メタルさん。」
おかっぱ頭の少女は、その見た目どおりの静かな口調で告げる。
「よう、メタル。来たぜ。」
気が強そうな女性は、不敵な笑みを浮かべると、見た目にそぐわないハスキーな声で言う。
碧玉連邦軍の懸木 鈴技術元帥と、ラピーラ=カルヴァン大将だ。
碧玉連邦軍には、技術開発専門の独立組織がある。
その名は技術作戦軍。
トップの技術元帥を筆頭に、多数の研究者・技術者を擁しており、この星における最大級の技術者集団である。
懸木 鈴技術元帥は、その技術作戦軍のトップで、9歳で空間魔法学の博士号を取得した天才である。
外見は10代前後程度の少女だ。自分で作り出した不老法により老化が止まっており、現在の実年齢は20歳。今後も外見が成長することは無い。
だが、精神の一部や好みなども年齢が止まったようで、外見通りに子供っぽいところは多い。
ラピーラ=カルヴァン大将は、技術作戦軍のNo.3だ。
また、No.1である元帥は、外見と一部精神年齢の関係で実務能力が低く、No.2である上級大将が純粋かつ若干マッドな研究者であるため、その二人の補助をラピーラが行っているという。
2人とは昔から知り合いであり、しばしば会っているが、まさか今出てくるとは思わなかった。
「今、似たような案件を調査してましてね。いいサンプルがあると聞いて、来たのですよぉ。」
鈴が、おっとりと話す。
本来、技術開発軍の上層部は、自分の研究に張り付いているため、要請に合わせて動くことはほとんどない。
というよりも、軍の元帥が軽々しく動くのは、それだけで大問題ではなかろうか・・・?
まあ、鈴が動くと決めたら、止められるものは覇山くらいしかいない。
今回も、鈴が動くことを止められるものがいなかったのだろう。
「早速だが、サンプルはどれだ?」
ラピーラが言う。
「ああ、どっちから見る?報告したツルギガミネセンジュか、空間の歪みか。」
そう訊くと、2人は空間の歪みから見てみたいという。
その場所まで、案内する。
戦闘から数分経つが、空間の歪みは依然としてそこにあった。
「おぉ!これですか!」
鈴は、首にかけていた板のようなゴーグルをかける。無機質なゴーグルには横一文字に青白く光る隙間があり、とてもサイバーな見た目だ。
ラピーラも、額にかけていたごついゴーグルを下ろし、かける。
ゴーグルをした途端、2人の雰囲気が、それまでの、どこか軽いものから、威圧感さえあるような雰囲気に一変した。
そして、どこからともなく分厚い手袋を装着し、空間の歪みを検分し始める。
「なあ、そいつらは誰だ?」
空間の歪みを検分している2人を見ていると、角蔵から声がかかった。
どうやら、ツルギガミネセンジュの拘束は終わったらしい。
「ああ、今回、ちょっと変なところがあったからね。軍の人に来てもらって、調査してもらっているのさ。」
そう言うと、感心したような表情をする。
「ほぉ~。軍人さんか。」
ほかの3人も、声こそ上げないが、興味深そうに2人を見つめている。
4人は、見つめながらも、邪魔はしない。
鈴とラピーラは、そんな4人に気付いているのかいないのか・・・。
2人の調査は、数分で終わった。
鈴がゴーグルを外す。
「空間が裂けて・・・いや・・・これは、欠損?」
鈴は、空間の歪みを見ながら、ぶつぶつと呟いている。その眼は据わっており、完全に研究方向にスイッチが入っているようだ。
その様子を見たラピーラは、俺の方を向いて口を開いた。
「空間の歪みってもんは、大体すぐ治るもんだが、こりゃ、歪みじゃなくて裂け目だ。そして、裂けた部分が妙なことになっている。なかなか治んねぇだろうな。とりあえず、この場所は近寄ると危険だ。この辺を封鎖するぜ。」
ラピーラは、研究方面にスイッチが入ると意思疎通をしなくなる元帥や上級大将の代弁役でもあるのだ。
「もっと詳しい調査が必要だな・・・。元帥。研究ヘリを呼びますか?」
ラピーラがそう訊くと、鈴は何も言わずに少し頷く。
それを見たラピーラは、ゴーグルを少し操作した。通信機でも入っているのだろう。
「呼びました。少しすれば、研究ヘリが来ます。」
そう声をかけられると、鈴は、メタルの方に振り向く。
「では、次はツルギガミネセンジュに案内してくださいね。・・・おや?その方々は?」
振り返ったことで、角蔵達4人に気づいたらしい。
4人について説明しつつ、拘束されて転がされているツルギガミネセンジュに案内する。
それと同時に、4人に鈴とラピーラを紹介すると、元帥や大将と告げた途端にかなり驚いていた。
まあ、こんなところにいきなり軍の元帥が来れば、誰でも驚くだろう。
しかし、2人はそんな反応もお構いなしに、ツルギガミネセンジュを見ている。
「・・・これですか。」
「ぱっと見は、変なとこはねぇな。ま、見てみるか。」
鈴とラピーラは、ツルギガミネセンジュにたどり着くと、すぐにゴーグルを装着し、検分し始める。
角蔵ら4人は、それを興味深そうに見つめているが、邪魔はしない。
しかし、それを邪魔する者がいた。
「貴様!何をしている!そのツルギガミネセンジュは俺のものだぞ!」
「そうだ。後からきて横取りしないでいただきたい。」
そう言うのは、ツルギガミネセンジュから逃げてきた6人のうち2人だ。
チャラそうな男に、その取り巻きの神経質そうな男の2人である。
残り4人の旅客は、呆れたような表情をしつつも、諦めているようだ。
「どういうこと?」
あまり2人のを邪魔しては悪いので、俺が事情を聴く。
話を聞けば、この2人は、ツルギガミネセンジュの核が欲しくて、討伐に来たそうだ。
ツルギガミネセンジュの細胞小器官は巨大であり、核などは美しいダークグレーをしているので、宝石として一定の価値がある。
どうやら、どこかの自治区のそれなりの地位の者らしく、その宝石目当てでツルギガミネセンジュを討伐したかったらしい。
だが、戦闘旅客でもない2人が挑める相手ではない。
そこで、戦闘旅客に依頼して、一緒に討伐に来たそうだ。
2人の男は、自分でツルギガミネセンジュを討伐して宝石を取ることで、その自治区の社交界において箔をつけたかったらしい。
4人は、戦闘力を持たない2人を討伐に連れていきたくなかったそうだが、報酬がかなり上乗せされるということで、しぶしぶ連れてきたとのことだ。
今回依頼を受けた戦闘旅客4人は緑クラスで、ツルギガミネセンジュ討伐の実績もあり、大丈夫だと思っていたようだ。
しかし、思ったよりも強力な個体だったため、討伐できずに逃げてきた。
あの状態のツルギガミネセンジュ相手に逃げ切れただけなら、4人の旅客はそれなりにしっかりした実力者のようだ。
そして、逃げてきた先で、俺がツルギガミネセンジュを討伐。
ここまでは、まあ、わからなくは無いのだが、ここからがよくわからなかった。
依頼した2人は、なぜか俺が討伐したツルギガミネセンジュの所有権を主張しているということだ。
2人の言い分は、依頼を出したうえにその対象が討伐されたのだから自分の物だと主張しているようだが、意味がわからない。
そもそも、本来ならば、今回の場合、討伐した俺の物になるはずなのだが・・・。
2人の様子を見てみれば、2人に向かって何かわめいているが、2人は全く意に介さない。
・・・いや、ラピーラに関しては意に介している。どうにか無視しているだけだ。手がプルプル震えている。
「おい!聞いているのか!?」
そう言い、チャラい男が鈴の肩に手をかける。
瞬間、男は地面に仰向けに倒され、鈴に短剣を突き付けられていた。
その隣では、神経質そうな男がラピーラに倒され、首筋に細剣を突き付けられている。
「もう。調査の邪魔をするのは、やめてくださいね。」
鈴が呆れたように言う。
「うちの元帥に、何手ぇだしてんだ?あ゛ぁ゛?」
ラピーラは、もはやチンピラである。
ラピーラに押さえつけられた神経質そうな男は、恐怖で動けなくなっているようだ。
だが、鈴に押さえつけられた男は、なんと、この状況でもあきらめていないようである。
「なんだぁ、小娘?てめぇみたいなガキが軍人ごっこしてるんじゃねぇぞ。そもそも軍人が国民に手を出したらただじゃ済まねぇだろ?」
そのセリフを聞いて、鈴の表情が少し動く。
それを好機と見たのか、チャラい男はさらに口を開く。
「どうした?やれるもんならやってみろよ!」
その瞬間、ゾンッ、という音と共に、チャラい男の頭の横の地面が、男の髪の毛を巻き込みながら、50㎝ほど抉れて無くなる。
穴を掘ったのではない。その部分の地面が消失したのだ。
「次に文句言ったら、あなたにこれを当てますよ!」
鈴の繰り出した空間魔術だ。鈴の精一杯の脅しである。
しかし、チャラい男は動じない。
「はっ!ほら見ろ。なにもできねぇんじゃねぇか。わかったならそこをどけ。それともなんだ?そんな体で誘ってんのか?あぁ?」
そう言われた鈴の顔が、だんだん赤くなっていく。
そして、スッと立ち上がり、男から離れる。
「なんだ、わかってんじゃ・・・がふっ!?」
男が、奇声を上げて転がっていく。
鬼のような形相のラピーラが、チャラい男の脇腹を蹴り飛ばしたのだ。
「らぴーらぁ・・・ぐすっ。」
鈴がラピーラに縋り付き、ぐずぐずと泣き出した。
鈴の不老技術の代償で、涙腺は外見年齢通りなのだ。そして、鈴は研究と戦闘以外は、ただの少女なのである。
軍人として訓練もしているし、戦争となれば人の命を奪うことにもためらいは無いが、なぜか、平時では見た目通りの子供なのだ。
「てめぇ、子供泣かせて恥ずかしくねぇのか!」
そう言いながら、もう一発男の腹を蹴り上げる。
蹴り上げられた男は、サッカーボールのように吹き飛び、吐瀉物をまき散らしながら草むらの中を転がっていった。
鈴は、ラピーラの白衣を掴んでぐずりぐずりと泣いている。
そして、ラピーラはしゃがんで鈴と目線を合わせ、頭を撫でながらあやしている。
「ああ、元帥。元帥は何も悪くないですよ。もう怖くないですからね。よしよし。」
ラピーラが鈴を慰めていると、ヘリの音が聞こえてくる。
音の方向を見れば、軍の汎用輸送ヘリが飛んできている。
軍の研究ヘリが飛んできたらしい。
ヘリはメタルたちの近くに降り立つ。
すると、中から10人程の兵士と10人程の研究者が降り立ってくる。
そして、泣いている鈴を見て、全員がうろたえている。
「な・・・!鈴ちゃんが泣いている!」
「だれだ・・・!?こんなことをしたのは!」
「元帥と大将が・・・尊い・・・!」
「ラピーラさん!優しい!」
「鈴ちゃんを泣かすとは、許せん!」
一人が、ラピーラ大将に詰め寄る。
「大将!あなたがついていながら、この失態はなんですか!?」
それを聞いたラピーラは、心の底から悔しそうに顔をしかめた。
「ああ、すまない。あたしとしたことが・・・。」
兵士の一人が、鈴をヘリへ案内している。
「ささ、鈴ちゃん。こっちですよ。お菓子もありますからね。」
「うん・・・。」
鈴は、その誘導に従って、ヘリに乗り込んでいく。
鈴がヘリの中に乗り込んだ瞬間、軍人たちの雰囲気が一変した。
「ラピーラ大将、元帥を泣かせたのは、どこに?」
「ああ、こっちだ。」
全員、鈴を泣かせた男への報復で一致団結している。
碧玉連邦軍技術作戦軍。
多くの兵器や新技術を開発してきたその組織は、 一部から『変人と変態の隔離組織』と呼ばれている。