第7話 メタル、戦う
ツルギガミネセンジュは、こちらの様子を伺っている。
今まで追いかけていた6人への興味は失ったようで、俺だけを見ている。
俺は、重鉄を抜き、身体には力を込めず、相手を見据える。
目の前のツルギガミネセンジュの全長は、10mといったところか。
サイズは、ツルギガミネセンジュとしては標準的だ。
だが、サイズと威圧感が比例していない。
肌がひりつくような、喉が渇くような強い威圧感がある。
ツルギガミネセンジュは、過去に何回か戦ったことがあるが、その時は、ここまでの威圧感はなかったし、問題なく勝つことができた。
だが、目の前のツルギガミネセンジュを見れば、どうだ。
あたかも、未知の強敵を相手にしているような、そんな不気味さがある。
ツルギガミネセンジュの戦闘ランクはE-7。俺にとっては、敵ではない。
攻撃方法は体の質量と多数の手、伸縮できる体を使った変速軌道の突進と、巻き付いての締め付け。
空気砲のような、気体の塊を飛ばしてくる攻撃もあるが、新米旅客ならまだしも、俺には効かない程度の威力だ。
どちらにしろ、身体能力を活かし、直情的に襲い掛かるのが、ツルギガミネセンジュの戦い方である。
しかし、目の前のツルギガミネセンジュは、襲い掛かってこない。
過去に戦ったツルギガミネセンジュは、こちらがいくら威嚇しても、すぐに襲い掛かってきたが、この個体は明らかにこちらの様子を伺っている。
知能の高い変異体とかだろうか?
「開放、1。」
ぼそりと、呟く。
その瞬間、身体に力が漲る。
体の奥底にしまっていた力を引き出したのだ。
呟く必要は無いが、まあ、気分というやつである。
相手が何をやってくるかわからないのだ。用心に越したことはないだろう。
*****
エミーリアは、メタルの戦いを、注視する。
いきなり、メタルの気配が変わった。
さっきまでも十分強そうな気配はしたが、今は、そこに巨大な何かがいるような、そんな気配が漂っている。
何をしたのだろう?
戦闘前に、気合を入れただけであんなに雰囲気が変わるだろうか?
互いが、油断なく、相手を見据えている。
先に動いたのは、ツルギガミネセンジュだった。
突進。
伸縮する身体を活かし、動きに大きく緩急をつけた突進。
メタルからは、止まっていたツルギガミネセンジュが、唐突にトップスピードになったように見えるはずだ。
メタルは、避けない。
どうするのだろうか?
次の瞬間、ツルギガミネセンジュの上半身が、弾かれたように跳ね上がっていた。
「・・・!」
驚いた。
メタルを見れば、足がふり上がっているので、単純に蹴り上げたのだろう。
10mもある巨体が、何の抵抗もできずに弾かれている。
ツルギガミネセンジュは、跳ね上げられた上半身を使い、上からメタルに襲い掛かる。
メタルが、無造作に拳を振るう。
そして、10mもあるツルギガミネセンジュが、横に吹き飛ぶ。2、30mは飛んだだろうか。
メタルが駆け出す。
吹き飛んで体勢が崩れたままのツルギガミネセンジュの中央付近を蹴れば、ツルギガミネセンジュが、数m浮く。
メタルが攻撃するたびに、ツルギガミネセンジュは浮き、吹き飛び、地面に叩きつけられる。
なんだ?あれは?
ツルギガミネセンジュの重さは、少なく見積もっても、数tはありそうである。それを、軽々と吹き飛ばしている。
先ほどのナイフ投げで強いとは思っていたが、その予想をはるかに上回る強さである。
ものすごく強いと思っていたが、こんなに強いとは思わなかった。
これならば、いいかもしれない。
*****
数発、ツルギガミネセンジュを攻撃したら、跳び退くように距離を取られた。
ふむ。
硬い。
普通のツルギガミネセンジュだったら、2発目のパンチで、意識を刈り取れるはずなのだが、この個体は、びくともしなかった。
その後も数発攻撃したが、どれも手ごたえは十分なのにもかかわらず、大きなダメージを負った雰囲気は無い。
事実、ツルギガミネセンジュは、苦しむこともなく、体勢を整え、こちらを見ている。
重鉄で切り付けてみても、刃は表面をなぞるだけで、傷すらつかなかった。普通のツルギガミネセンジュならば、重鉄なら簡単に突き刺さるはずなのだが。
突進の動きも巧みであり、この個体の戦闘ランクは、F-7程度ではないだろう。F-6か、下手したらF-5くらいかもしれない。
ツルギガミネセンジュの、口に当たる丸い穴が、激しく明滅している。
空気砲の前兆だ。
空気砲は、斬れる。
重鉄を構えて待つ。
ツルギガミネセンジュが、空気砲を放つ直前、一瞬、口が赤く光った。
!?やばい!
次の瞬間、ツルギガミネセンジュの口から、赤い光線が迸る。
光線は、空間を引き裂きながら、一瞬にして目の前に迫ってくる。
「ちぃっ!?」
体の底から、今、引き出せるだけの力を引き出す。
世界が、スローモーションになる。
光線に向け、重鉄を投げつけるが、一切の抵抗も示さず、重鉄は飲み込まれ、消滅した。
両手を前に突き出し、足を広げ、受け止める構えを取る。
この光線を、後ろに通すのは、よくない気がする。
俺の戦闘勘は、当たるのだ。
光線が到達。
両手で受け止めれば、思ったよりも圧は無いが、少しだが、何かが削り取られ、奪われる感触がある。
不思議なことに、受け止めたときに周りにエネルギーが飛び散ったりはしない。
光線のように見えるが、光線ではないようだ。
体にさらに力を滾らせれば、レジストできたのか、奪い取られる感触は無くなった。
エナジードレインか何かだろうか?
光線のようなものが止まる気配はない。
この光線のようなものを止めるには、元を断つしかないようだ。
前進する。
全身で光線のようなものを受け止め、それに耐えながら。
どうにか、ツルギガミネセンジュの元へとたどり着き、口を閉じさせるために、蹴り上げる。
衝撃で口は閉じ、光線が止まる。
そして、その瞬間、ツルギガミネセンジュが、赤く染まった。
不思議な感覚に襲われる。
そこには、確かにツルギガミネセンジュがいるはずである。
しかし、その赤く染まった身体は、別空間にへの穴に見える。
そして、空間の奥底から、覗き込まれているような、そんな視線を感じる。
一瞬、見落としてしまうほどの一瞬、黒い眼球のようなものが、赤い色の中を横切ったように見えた。
すぐに、色が戻る。
すると、元の色に戻ったツルギガミネセンジュは、何が起こっているかわからない、といったように、周囲をきょろきょろし始める。
感じていた、変に強力な威圧感も抜け、その雰囲気は、もはや、普通のツルギガミネセンジュだ。
どうやら、何かに憑りつかれていたようである。
最後の一撃で、その『何か』が抜けたようだ。
ツルギガミネセンジュは、戦意を喪失したようで、山へと帰っていこうとする。
先ほどの赤いモノは、なんだったのだろうか?
あの、何かに覗き込まれているような感覚。
正直、ツルギガミネセンジュよりも恐ろしい何かだったような気がしてならない。
これは、調査してもらう必要がありそうだ。
山に帰られたら、面倒くさくなる。
山へ戻ろうとしているツルギガミネセンジュの頭部に、拳の一撃を加える。
力加減はちょうどよかったようで、ツルギガミネセンジュは意識を失い、地に倒れ伏す。
硬くない。耐久力も、元に戻っているようだ。
体の中の黒い液体が流動しているので、死んではいない。力加減はちょうどよかったようだ。
ツルギガミネセンジュは、死ぬと体内の流動がなくなるのだ。
さて、これは軍かどこかに回収してもらって、調査してもらったほうがいいだろう。
正直、先ほどの赤い何かは、かなりシャレにならない存在に思える。
憑いていたモノ自体はもういないだろうが、何かしらの影響があるかもしれない。そこから憑いていたモノの正体までつかめれば、御の字である。
光線が走った軌道の空間は、歪んでいる。
そこを通して風景を見ると、ぐにゃりと歪曲して見える。
ツルギガミネセンジュには、こんな芸当はできない。
空間自体に影響を与えられる存在は、それだけで戦闘ランクC以上になる。
ツルギガミネセンジュに憑りついていた存在は、最低でも戦闘ランクC以上の、やばい何かだ。
戦闘ランクCといえば、小国の軍に匹敵する、凄まじい存在ということになる。
放っておいていい存在ではないようだ。
歪んだ空間を見てみれば、一度裂けた後に繋がった感じである。
幸いにして、傷口は塞がっており、歪み自体は大きなものではない。これくらいの歪みならば、自然に治るだろう。
治るまで、他の人が近寄らないよう、軍に監視してもらえばいい。
歪んだ空間に、力の足りないものが触れると、危険だ。
「メタルさん!もう大丈夫か?」
離れた場所から、角蔵の声が聞こえる。
忘れていた。今は、新米旅客の指導中であった。
「大丈夫だよー!」
声を張り上げ、角蔵に、返す。
ツルギガミネセンジュも動き出す気配はなく、もう、大丈夫だろう。
「危ないからこっちに来ないで!そっちに行くから、待っていて!」
角蔵がこちらに来そうだったので、声をかけて止める。
空間の歪みがある場所に、近寄らせてはいけない。
ツルギガミネセンジュを担ぎ、引きずりながら、皆の方向へ歩く。
角蔵ら4人には、ツルギガミネセンジュの拘束を手伝ってもらおう。
手の本数が多いので、一人では結構大変なのだ。
少し先を見れば、逃げてきた6人もいるようだ。
6人のうち、立ち止まらずに逃げた2人は、うれしそうな表情で、俺というか、俺の担いでいるツルギガミネセンジュを見ている。
俺を助けるために立ち止まった4人は、その二人を、呆れたような表情で見ている。
そもそも、ツルギガミネセンジュは、刺激しなければ、剣ヶ峰の内部からは出てこない。
6人には、何をしたのか、聞いてみる必要があるだろう。
そして、こちらを見るエミーリアの視線は、何かを期待しているようであった。