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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第4章
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第16話 辺境の旅客たち


 エミーリアと作太郎とともに、ヴァシリーサの病室を後にする。

 さて、今日の夕食はどうしようか。

「・・・外で食べてみたい。」

 現在の要塞は第3種戦闘態勢であり、『中強度の原生生物からの攻撃もしくは軍事組織からの小規模な攻撃が想定される』段階だ。

 まあ、この要塞での平時体制である。

 要塞の前面に棚田状に広がっている防衛要塞につくられた街に出て行っても危険は少ないだろう。

「いいですな。外の街は、楽しそうな雰囲気でしたからな。」 

 作太郎も乗り気なようである。

 

 エミーリアと作太郎と3人で、朝も通った道を歩く。

 要塞内部を下り、巨大な門を抜ける。

 門を抜ければ、防衛要塞部だ。


 主要塞の辺境側に展開された防衛要塞は、外壁は厚さ50~100mの金属とコンクリートで造られた扇状や四角形、円形の陣地を複雑に組み合わせた要塞だ。

 主要塞に近くなるほど棚田のように高くなるよう建造されている多層要塞である。

 それぞれの区画内部は何もない場所もあれば、工場や建物がある場所もあり、土や水が充填されている場所もある。

 さらに、それらの下には、地下通路が張り巡らされている。

 軍の要塞らしく飾り気がなく武骨な見た目で、重厚な機能美に満ち溢れている。

 

 そんな防衛要塞部に、旅客たちによる街が複数形成されている。

 通称、ロンギストリアータ要塞街。

 旅客の出入り口の近くに形成されており、対応する旅客任務局と同じく、北から1~5の番号で呼ばれている。

 俺たちが来ているのは、中央に位置する『第3要塞街』である。

 街の外観はどこも似ており、数多の壁の内側や隙間といった限られたスペースに、武骨だが要塞本体とは雰囲気の違う建物が、折り重なるように建設されている。

 建物の階層は、高くても3~4階。

 決して要塞の高さを越えないように建設されている。

 それぞれの建物は、補強されたコンクリートや鉄板で造られており、どれも異様に頑丈そうである。

 原生生物の襲撃があっても、ある程度耐えることができるように建造されているのだ。

 街の所々に、地下通路に入るためのハッチが設置されている。

 ハッチは、建物の内部にもあり、いざというときは、近くのハッチから地下に逃げ込むのだ。


 時刻は19時。

 この時期、この時刻になれば、もう真っ暗だ。

 建物の窓からは、暖かな光が漏れている。

 どの建物も窓は小さく、分厚い。

 窓と戸は閉めると密封できるようになっており、毒ガスなどにも短時間なら対応できるのだ。

 街には、多数の店がある。

 武具店、雑貨屋、食料品店、食事処、娼館・・・。

 街を歩いている人々で、実際に辺境に出撃するのは1割ほどしかいないだろう。

 ここは辺境。

 今日は平和でも、明日、途端に危険地帯になっていてもおかしくない。

 なぜ、こんな危険な場所に街ができているのか。

 辺境に稼ぎを嗅ぎつけて来た者や、最前線で戦う旅客を相手にすることで伝説の一端を担いたい者、引退した戦闘旅客などが集まって、街になっているのである。

 主要塞内部は堅苦しく、商売にも向かないため、主要塞の外に自然と街ができたのである。

 その中には、この要塞で生まれ育った者や、文明圏内で食べるに困った者もいる。

 だが、この街で、働いていない者はいない。

 辺境では、常に人が不足している。

 暇そうな雰囲気を醸し出しながら半日ほど道に腰を下ろしていれば、誰かが必ず声をかける。

 そして、どこかで働くことになるのだ。

 それに加えて、軍が戦うためには段列が必要なように、戦闘旅客が戦うためにはそれを支える人々が必要なのだ。

 軍もそれが分かっているため、下手に街を取り締まることはせず、なすがままに任せているところもあるようだ。


「どこで食べる?」

 エミーリアが訊いてくる。

 個人営業店に行ってもいいだろう。 

 だが、一日目なので、旅客情報局併設の食事処で食べるのがいいのかもしれない。

「旅客情報局に行こうか。」

 俺がそう言うと、作太郎が驚いたような顔をする。

「おや?ここにも旅客情報局があるので?」

「ああ、あるよ。」

 作太郎の言葉に頷く。

 まあ、驚くのも無理はない。

 元々、主要塞内部の堅苦しさに耐えることができない旅客たちが作った街であるため、旅客や住民により自治されており、公的な機関は少ない。

 だが、この要塞街にも、旅客情報局がある。

 旅客情報局は、自分たちで作るよりも公的なものを誘致した方が圧倒的に利便性に優れるため、この街にも存在するのである。

 ロンギストリアータ要塞街における、数少ない公的な機関だ。

 ちなみに、軍の旅客任務局の仕事は、軍から発令された任務しかない。

 個人による依頼は、要塞街の旅客情報局に集約されているのだ。


 旅客情報局は、それぞれの要塞街に1件ずつ、大きなものが設置されている。

 俺たちは、第3要塞街の旅客情報局に向かうこととしたのだった。



*****


 歩くこと数分。

 この辺りで一番大きな建物の前に着いた。

 その建物は、この街区の物理的な基礎となっているようで。その上には、複数の建物が分岐しながら建造されている。

 ロンギストリアータ要塞街第3旅客情報局。

 建物の門には、直接そう書かれている。

 門は重厚な鋼鉄製の分厚いものだが、開放されている。

 その門をくぐる。

「わぁ・・・。」

 エミーリアが、小さく声を上げたのが聞こえる。

 確かに、視界に飛び込んできた光景は、思わず声を上げてしまいそうな光景であった。


 そこには、熱気と活気に溢れていた。


 仕事探し用の電子掲示板「旅客情報提供装置18号1型」、通称『ハチ1型』の前で、険しい顔で複数の依頼書を眺め、次の仕事を吟味している、軽装の猿人がいる。 

 今日生き残ったことを喜び、満面の笑みで巨大な肉の塊に喰らいつく、重鎧を着こんだ狼人がいる。

 自慢げに武勇伝を語る、その武勇伝すら過少に聴こえるほど歴戦の傷に包まれた屈強なトカゲ人がいる。

 娼婦らしき女兎人と話す、筋肉の塊みたいな豚人がいる。

 辺境で稼いだ金をかけて、カードゲームに興じる旅客たちがいる。

 吟遊詩人が、鮮烈な冒険の話を高らかに謳いあげている。

 フロアの片隅にある空間で、殴りあう猫人と蟲人がいる。

 

 ここには、生命力が満ち満ちていた。 

 皆、その表情に熱気と希望と少しの狂気を宿し、例外なく今日の命を喜び、明日の戦いに向き合っているのだ。


 その熱気はまさに圧倒されるほどである。

 エミーリアが思わず声を上げたのも、わかる。

「はっはっは。これは良いですな。」

 作太郎の声色は、楽しそうだ。


 ロンギストリアータ要塞街第3旅客情報局の中を見渡す。

 単純な四角形をした広いフロアだ。

 部屋の四隅には、上の階に上るための階段がある。

 俺たちが入ってきた入り口の向かい側の壁には、最大サイズの旅客向け仕事検索システム「旅客情報提供装置18号1型」、通称『ハチ1型』が設置されており、壁の一面全てを覆っている。

 壁一面を覆った巨大なタッチパネル式のシステムで、直感的な操作で仕事を探すことができるのだ。

 入口から見て左の壁際には、厨房がある。

 フードコートの机間を給仕が歩き回っているのを見ると、机に座ったまま注文する形式のようだ。

 右の壁際には、机などがない場所があり、そこでは、先ほどから猫人と蟲人が殴り合っている。

 猫人が負けそうだ。

 フロアの中央部から入り口付近にかけては、机と椅子が並んでおり、多数の旅客が、食事を摂ったり、語り合ったりしている。

 少し視線を横に向けて入り口側の壁を見れば、多数の宣伝ポスターなどが貼られている。

 文明圏では大々的に貼ることが憚られるような、露骨な性風俗のポスターなども躊躇いもなく貼られている。


 俺たちはフロアの端に近い位置の空いた机に腰を下ろす。

「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、こちらのベルを。」

 すぐに給仕が来て、卓上ベルとメニューを人数分置いていく。

「いろいろある。」

 メニューを開いたエミーリアが言う。

 メニューは思ったよりも豊富だ。

 さて、何を食べようか。


「おう、見ない顔だな。」

 メニューを眺めていると、隣の机の旅客から、エミーリアが声を掛けられた。

「わっ!」

 エミーリアがびっくりしている。

 目を向けると、かなり大柄で毛深い牛人がいる。

 牛人の机に腰掛けているのは4人。

 魔術師らしきローブを着た牛人の男と、重鎧を着た男猪人の戦士、こちらを気にせずご飯をかき込んでいる筋骨隆々でごっつい男豚人と、一人だけ体格が小さく線の細い女兎人の治療師らしき4人組だ。

 バランスの良さそうなパーティーである。

 その様子を見て、牛人のチームメイトの猪人が声を上げる。

「おう!ずいぶん可愛い奴らじゃねえか!戦闘旅客か?」

 奴ら・・・?

 俺もか?

 エミーリアは、突然話しかけられて目を白黒させている。

 牛人と猪人には悪気はないようだが、エミーリアのコミュニケーション能力は、高くはない。

 戦闘旅客によくある荒めの言葉遣いにビビっているようだ。

 それを見た作太郎が、助け舟を出す。

「某は作太郎。緑透金の剣士である。」

 そう言い、旅客証を取り出す。

「おお!すげぇ!」

 緑透金という、金属色上位クラスの登場に、ご飯を食べ続ける豚人以外が、驚愕の表情を浮かべる。

「じゃあ、この女の子も強いのか!?」

 牛人が言うと、びくびくしながら、エミーリアも旅客証を取り出す。

 そして、控えめに掲げる。

 硬銀クラスという上位クラスに対し、3人がどよめく。

「硬銀!強いな!」

「俺よりも小さいのに、俺よりも強いじゃないか!?」

 まあ、確かにエミーリアは強そうに見えないかもしれない。

「じゃあ、そっちのかわいい兄ちゃんも強いのか?」

 猪人からすれば、俺も可愛い判定らしい。

 とりあえず、その声に応じて、旅客証を出す。

「うお・・・、青鉄だ・・・!?」

「初めて見たぜ。」

 気が付いたら、近くにいた机の旅客たちが、俺たちを見ている。

「俺たちは、チーム『兎を囲む会』だ。よろしくな。」

 ・・・何とも可愛い名前のチームだ。

 思わず、牛人のチームの兎人を見ると、恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 話してみれば、チーム『兎を囲む会』の皆は、気のいい奴らだった。

 そこから、周囲の机の旅客たちとも挨拶をする。

 そして、気が付いたら、複数の旅客チームを巻き込んだ宴会みたいになっていた。

 


 その宴会の最中、多くの戦闘旅客のパーティーが、俺たちに名を名乗ってきた。

 牛人を中心とした『兎を囲む会』を始めとし、どの戦闘旅客たちも、一癖も二癖もありそうで、その上、強そうな者達であった。

 辺境では、いつ窮地に陥るかわからない。

 いつ死ぬかもわからない。

 一度でも名を交換していれば、それだけで互いにつながりができ、辺境で窮地に陥った時に助けてもらえる確率が上がる。

 多くの人々の記憶に残っていれば、それだけで、死んでも名前が残るのだ。


 近くの鳥人の戦闘旅客が、俺たちに声をかけてくる。

 たしか『天空の団』とかいうパーティーの一人だったはずだ。

「辺境には、来たばかりか?」

 俺が頷く。

「いいね!強い旅客は大歓迎だ!」

 辺境では、文明圏と比較し、より強さが重視される。

 強い戦闘旅客が辺境の原生生物を倒せば、他の旅客の行動可能範囲も広がる。

 行動範囲が広がれば、稼ぎに直結するのだ。


 意外なことに、辺境では、戦闘旅客の人数に余裕はない。

 戦闘旅客の実力は白、赤、黄、緑、青、鉄、赤熱銅せきねつどう硬銀ハードシルバー緑透金クリアヴィリディウム青鉄あおがねの10段階で分かれている。

 そのうち、全体の70%の人数が黄クラス以下になっている。

 実力の高い戦闘旅客の揃う辺境では、逆に言えば、人数の中心である赤~黄色クラスの旅客たちがいない。

 最低でも緑クラス以上なのだ。

 緑クラスの旅客は、文明圏では上位の旅客だと考えられるクラスだ。

 全体の25%ほどが緑クラス旅客だと言われている。

 そんな緑クラスの旅客でも、辺境では、最低クラスのランクである。

 青クラスは全体の5%以下の人数しかおらず、芸能人のような扱いになることも多い、一流クラスだとされる。

 だが、辺境ではよく見るクラスの旅客たちであり、戦力の中核を為しているクラスである。

 そんな中、青クラスよりも上位の鉄クラス以上の旅客たちは『金属色』とまとめて呼ばれることも多い。

 その者達は、一流を越えた、超級の旅客たちだとされている。

 鉄クラスや赤熱銅クラスですら、文明圏の旅客情報局では見ることはほとんどない。

 辺境においても、鉄クラス以上は重要な戦力となっており、硬銀や緑透金クラスを含む旅客パーティーは、一目置かれているという。

 そんな中、俺たちは硬銀クラス以上のみで構成されたパーティーだ。

 戦闘旅客たちとしては、歓迎すべき実力者ということになるのだろう。


 辺境では、戦闘旅客たちは競争相手ではない。

 辺境の豊かさは、競って採りに行かなければいけないほど少なくはない。

 むしろ、協力しなければ、十分な量を採取できないことも多いのだ。


 俺たちは、歓迎の歓声の中、辺境での戦いに想いを馳せながら、夜を過ごすのだった。

 

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