第11話 塔から出てきた者
「その個体を、引き渡したまえ、原住民諸君。」
そう言い、塔から出てきた者は、エミーリアを3本目の腕で指さした。
その行為に、エミーリアは、表情に若干の恐怖を浮かべ、後ずさる。
エミーリアが、少し周囲を見渡す。
一瞬、俺と目が合った。
ヴァシリーサと作太郎は、離れた場所を調査していたため、10mほど距離がある。
エミーリアの近くにいるのは、俺だけだ。
俺は、エミーリアを庇うように、前に出る。
すると、塔から出てきた者はいらだったような声を上げる。
「はあ、物分かりが悪いね。私は、今すぐ力づくで回収できる中、対話してやったのだ。」
傲慢な声色でそう言うと、敵は大仰に手を広げる。
「周囲の者を皆殺しにしてもいいのだぞ?」
・・・傲慢な言葉に合う強さはあるのかもしれない。
塔から出てきた者からは、なかなか大きなエネルギーを感じる。
「そもそも貴様は何者で、なぜ、エミーリアを欲する?」
俺がそう言うと、塔から出てきた者は、少し、考えるような動作をする。
そして、声を発する。
「・・・っち、そうだな。面倒だが、貴様らにもわかるように、説明しなければならないか。」
お?
意外にもちゃんと説明してくれるようだ。
「まず、私が何者かについてだ。」
塔から出てきた者は、腰の後ろくらいで手を組み、3本目の手の指をピンと立てる。
・・・意外とノリがいいのかもしれない。
「私はノノ=アイヴォ=エルイ。ノノが名で、アイヴォがコミュニティ名、エルイが生まれの番号だ。」
コミュニティ名と、生まれ番号。
同じような命名規則で名前をつける種はこの国にもいる。
だが、エルイ、という番号を使う種や文化圏を、俺は知らない。
「空間技術の研究者である。」
そう言い、ノノは、3本目の腕を動かし、手のひらをこちらに見えるようにする。
「このような空間について、研究している。」
ノノがそう言うと、その掌の前で、空間が歪み始める。
そして、空間に亀裂が走る。
そこには、今までに何度か見た、赤い空間が現れていた。
その空間を出現させたノノは、すこし、驚いたような動きをする。
「・・・だいぶ、エネルギーが大きくなっているな。」
そうポツリと言い、ノノは空間の亀裂を消去する。
「この空間を私は『赤色侵略空間』と仮に呼んでいる。この空間は、様々なモノを侵略的に侵食し、エネルギーを増すという特徴がある。」
今まで見てきた赤い空間からも、その特性は判っていた。
非常に危険な特性を持つ空間である。
「この空間は、次第にエネルギーを増している。最終的に、星を飲み込み、銀河を飲み込み、ついには、宇宙すらも危ういだろう。」
ノノは、非常に深刻そうな声色で、言う。
ノノが言うことが本当ならば、赤い空間の阻止は、かなり重要なことなのだろう。
「幸い、この空間は、生物に紐づけることができる。その生物の適性が高ければ、その生物を端末として制御できるはずだ。」
ノノの三本目の指が、ゆっくりとエミーリアを向く。
「そして、君には、非常に高い適性がある。その数値は、約12,000。驚異的な数値だ。」
12,000がどの程度大きいのかわからない。
続いて、ノノは俺とヴァシリーサ、作太郎を指さす。
「比較すれば、貴様は8で、あの女は7、あの・・・死骸のような何かは35だ。」
一桁から二桁が普通なら、12,000は確かに驚異的だろう。
しかし、作太郎は死骸のような何か、か。
ノノはアンデッドを知らないようだ。
「この宇宙を救うためにも、この空間の制御に協力したまえ。」
ノノの言葉に、エミーリアは、短く息をのんだ。
俺の近くまで下がってきたエミーリアは、不安そうに俺の方を見る。
「行くべき・・・?」
・・・ちょっと、エミーリアは他人の話を信じすぎかもしれない。
ノノは、嘘は言っていなさそうだ。
だが、情報が足りない。
「ノノさん、ちょっと訊いていいっすか?」
俺が口を開こうとしたとき、いつの間にか近くまで来ていたヴァシリーサが声を上げる。
作太郎は、少し離れた位置で、刀に手を置いてノノを警戒している。
「いいとも。」
ノノは、最初の傲慢さが嘘のように、鷹揚に頷く。
「そんな宇宙を崩壊させるほどの力を紐づけさせたら、エミーリアの自我は残るっすか?」
ヴァシリーサの問いかけで、ノノの雰囲気が、少し、変わる。
「宇宙の崩壊と個人の自我、どっちが重要だね?」
ノノがそう言うと、ヴァシリーサはさらに続ける。
「そもそも、あんた、その赤色侵略空間とやらを制御して、何する気っすか?」
ヴァシリーサの言葉に、ノノは、すらすらと答える。
「もちろん、宇宙の崩壊を防ぐために使うとも。」
俺は、エミーリアを守るように、前に出る。
ヴァシリーサは、武器を構え、吐き捨てるように言う。
「あんた、糞野郎っすね。エミーリアを使い捨てて、力を得る気しかないっすよね?」
声色には、強い怒りが滲んでいる。
その瞬間、ノノから、殺気が溢れる。
やばい!
ノノの3本目の腕が、ヴァシリーサに向かう。
「ヴァシリーサ!跳べ!」
俺が叫ぶとほぼ同時に、ノノの3本目の腕が、ヴァシリーサを打ち据える。
ヴァシリーサは凄まじい勢いで作太郎方向に吹き飛ぶ。
そして、それを受け止めようとした作太郎もろとも、10m以上地面を転がった。
攻撃される瞬間のヴァシリーサの反応は、完璧であった。
まず、身体の前面から、六角棍を離した。
あの威力の攻撃では、六角棍で受ければ、ちぎれ跳んだ六角棍の破片がヴァシリーサに突き刺さり、より重大なダメージを受けることになりかねない。
そして、身体の前面で腕を交差。
急所全てを両手で防ぐ体制になった。
さらに、インパクトの瞬間に攻撃を受け流す方向に、全力で跳んだ。
それにより、攻撃の威力をできる限り減衰させたのだ。
これらの反応を、俺が「跳べ!」と叫んでから攻撃が当たるまでのコンマ1秒程度の間に、やってのけたのだ。
反応は完璧だった。
しかし、それでも、威力は殺しきれなかったらしい。
「大丈夫か!」
俺は、ノノから視線を逸らさず、呼びかける。
「ぐっ・・・な・・・んとか・・・、かはっ、・・・・生きてるっす。」
ヴァシリーサの声には、苦しさが滲んでいる。
ダメージはかなりあるようだ。
「某が連れて下がりまする!武運を!」
作太郎は、ヴァシリーサと一緒に吹き飛んだように見えたが、どうにか無事なようだ。
視界の端に、ぐったりしたヴァシリーサを抱えて距離をとる作太郎が見える。
ノノは、冷たく、言う。
「もう一度言う。原住民よ。その個体を引き渡せ。そうすれば、命は奪わん。」
エミーリアは、俺の服の裾を、ぎゅっと握る。
その表情には、いつも無表情なエミーリアには珍しく、明確に恐怖が浮かんでいる。
その様子に、敵は苛立ったような声をエミーリアに投げつける。
「君も物分かりが悪いな。今、私の力を見ただろう?これでも殺さないように出力は調整したのだ。君以外を皆殺しにしてもいいのだぞ?」
その言葉に、エミーリアが、俺の方を気にするそぶりをする。
「エミーリア、下がって。」
俺がそう言い、エミーリアの前に立つと、敵は、がっくりと肩を落とした。
「・・・なんだ。私は、そのエミーリアとかいう個体に話をしているのだ。貴様、状況理解すらできんか。」
俺は、そんな敵に話しかける。
「状況?目の前に敵がいる以外、あるかい?」
俺がそう言うと、ノノの殺気が、爆発するかのように吹き荒れる。
・・・これは、強い。
この冒険に出てから戦った相手と比べると、ダントツに強い相手だ。
リコラ達に協力していた時に戦った軽戦車よりも強いかもしれない。
ノノは、何もしゃべらない。
ただ、戦闘態勢になったことは、わかる。
俺も、灰鉄の剣と盾を構える。
戦いが、始まる。




