第9話 白い森の奥で
「ここのはずだな。」
地図上では遺跡がある場所にたどり着く。
「ほんとに・・・?」
エミーリアが、疑問を呈する。
それも、そのはずだろう。
遺跡があるはずの場所に、何もない。
「不思議なこともありますなぁ。」
作太郎が言う。
本来ならば、ここには、高さ10mほどの塔を中心とした遺跡が建っているはずなのだ。
だが、遺跡があるはずの場所には何もない。
木すら生えておらず、ただ、これまでと同じように落ち葉が積もっているだけである。
「・・・この景色、なんだか変。」
エミーリアが、無表情の中にも訝しげな様子を漂わせながら、言う。
「木はない。落ち葉だけ積もってる。」
エミーリアの言葉につられ、遺跡があるはずの場所を見る。
確かに、落ち葉が積もっており、地面は見えない。
「なるほど。言われてみれば、おかしいっすね。」
ヴァシリーサがそう言い、一歩踏み出す。
そして、何もない場所に対し、撫でるように手を動かす。
すると、ヴァシリーサの手は、何かに阻まれるように止まる。
「・・・何かあるっすね。」
ヴァシリーサはそう言うと、ヴァシリーサの武器である六角棍を軽く振るう。
すると、何もないはずの場所で、ばしり、という音と共に、六角棍が止まった。
「ここに、大きい何かがいるっす。」
ヴァシリーサが叩いた場所の景色が、一瞬、波打ったように揺れる。
「・・・敵。」
エミーリアが、呟く。
エミーリアの声でハッとして周囲を見渡せば、いつの間にか、たくさんの空クラゲに囲まれている。
いままではいなかったはずだ。
一体どこから現れたのだろうか?
その疑問は、すぐに解決した。
目の前で、何もない空間から、空クラゲが発生したのだ。
いや、何もない空間ではない。
透明で巨大な何かから、空クラゲが発生している。
「・・・大きい空クラゲ?」
エミーリアが呟く。
巨大な空クラゲか、空クラゲが集まったコロニーかもしれない。
「今は見えてないから、わからないっすね。ちょっと、光を曲げてみるっす。」
ヴァシリーサはそう言うと、魔力を一瞬で練り上げる。
「光よ!」
ヴァシリーサの声とともに、ヴァシリーサがまばゆく光輝きはじめる。
すると、周囲の急な光環境の変化に対応できなかったのか、巨大な空クラゲだと思われるものが、波紋が広がるように波打ち、その姿を現した。
そして、一瞬の後、再び景色に溶け込んで消えてしまった。
だが、その一瞬で、十分な情報を得ることができた。
目の前にいる巨大な空クラゲの正体は『ダイオウソラクラゲ』。
その体躯から「大王」と名付けられた、比較的大型の空クラゲだ。
ダイオウソラクラゲは、足の目立たない、饅頭型をした丸っこい空クラゲである。
そして、この巨大な空クラゲがダイオウソラクラゲだと判明したことで、今まで戦ってきた2mほどの空クラゲの正体もわかった。
シンエイソラクラゲだろう。
ダイオウソラクラゲと共生関係にある中型の空クラゲである。
大王の近くに数多くいることから「親衛」の名がつけられている。
ダイオウソラクラゲが着地して透明になっているのは、繁殖時か、大きな損傷を受けてそれを治すために休んでいるときである。
今回の場合は、シンエイソラクラゲが周囲に出てきていることから、繁殖だと考えられる。
ダイオウソラクラゲは、ポリプに退化する能力を持っており、それにより無性生殖をおこなうことができるのだ。
今回は、ダイオウソラクラゲがここでポリプに戻ろうとしているのだろう。
ダイオウソラクラゲが繁殖する際は、シンエイソラクラゲはダイオウソラクラゲを守るように周囲に漂い始めることが分かっている。
今回の状況にも合致しているだろう。
こいつらは、辺境のより深い場所に生息しているはずの空クラゲである。
それが、何らかの理由でこの浅い辺境にやって来たのだろう。
このあたりの生物は、文明圏よりも強力とはいえ、奥地の生物には敵わない。
この場所でダイオウソラクラゲが繁殖などしようものなら、この近隣は、完全にダイオウソラクラゲとシンエイソラクラゲに占拠されてしまうだろう。
ダイオウソラクラゲとシンエイソラクラゲは、辺境奥地ではよく頂点捕食者に捕食されている中間の捕食者だが、この辺りの地域では、頂点捕食者になりうる実力があるのだ。
だが、この辺りでダイオウソラクラゲたちが増えすぎてしまうと、それを捕食する上位捕食者も呼び込んでしまう。
ダイオウソラクラゲのみでもそれなりに問題だが、それよりも上位の捕食者はシャレにならない。
「どうするっすか?」
ヴァシリーサが、言う。
要塞にほど近いこの場所でダイオウソラクラゲが繁殖するのは、問題である。
俺たちが討伐しなくても、いずれ、軍により討伐されるだろう。
軍に報告だけ行い、ここで俺たちが討伐するのが最も手っ取り早いだろう。
「軍に報告して、そのあと、討伐だな。」
俺がそう言うと、皆、頷く。
スマートフォンで、軍に報告する。
辺境は、浅い領域ならば、衛星通信で通話が通じるのだ。
案の定、討伐が望ましいとのことだった。
通話を切り、皆に向き直る。
「討伐だ。」
*****
作太郎の刀が閃く。
美しい弧を描いた銀光は、一切の抵抗なくダイオウソラクラゲを通過する。
斬撃は2m近い裂傷を作り出し、ダイオウソラクラゲが、波打つ。
だが、すぐに裂傷は見えなくなってしまった。
「ふむ、効果が無いようですな。」
裂傷ができたはずの場所を作太郎が一撫でするが、既に傷はなくなっているようだ。
今まで、エミーリアと作太郎が数回攻撃しているが、どれも効果は見られない。
唯一、ヴァシリーサの魔法で爆破した部分は、抉れたままになっている。
「どうするの?」
エミーリアが、シンエイソラクラゲからの攻撃を防ぎながら、言う。
どうやら、ダイオウソラクラゲの再生速度は非常に早く、ダイオウソラクラゲにとって小さな傷は数秒で治ってしまうようだ。
特に、斬撃には耐性が高いようで、すぐに治癒してしまっている。
ダイオウソラクラゲに有効なダメージを与えるためには、大きく抉るような攻撃を行う必要があるようだ。
ヴァシリーサが、襲い掛かってきたシンエイソラクラゲを叩き伏せながら、言う。
「砲撃権を使ってもいいんじゃないっすか?」
俺の目の前に迫りくるシンエイソラクラゲを叩き斬る。
そして、ヴァシリーサに言う。
「いいね。砲撃なら結構効果あるんじゃないか?」
俺がそう言うと、ヴァシリーサが、ニッと笑う。
「決まりっすね。じゃ、仕掛けるのお願いしていいっすか?」
そう言い、ヴァシリーサが俺に砲撃権を投げ渡してくる。
俺は、それを片手で受け取り、3人に声をかける。
「1分くらいで戻るから、離れる用意を!」
俺の言葉に3人が頷いたのを見て、戦線から外れる。
シンエイソラクラゲは強いが、3人ならば問題なく戦っていられるだろう。
ダイオウソラクラゲに砲撃を加えるならば、クラゲの真ん中に近い方がいいだろう。
透明なダイオウソラクラゲに触ってみれば、張りがあるひんやりした手触りだ。
少し上を見上げながら、ダイオウソラクラゲを一発殴る。
すると、ダイオウソラクラゲの表面が大きな波打ち、一瞬、その形状が露わになる。
「よし。」
一瞬見えたダイオウソラクラゲの形に添うように、斜め上に跳ぶ。
失速してきたら、ダイオウソラクラゲ自体を蹴り飛ばし、加速。
数秒で、ダイオウソラクラゲの上に着いた。
下を見下ろせば、高さは20mほど。
ダイオウソラクラゲとしては小型の個体だ。
さて、真ん中はもう少し先だろう。
俺の行く手を阻むように、多数のシンエイソラクラゲが現れる。
「開放、2。」
力を引き出す。
シンエイソラクラゲに苦戦している暇はないのだ。
シンエイソラクラゲを薙ぎ倒しながら、ダイオウソラクラゲの中央部まで進む。
さて、この辺でいいだろう。
砲撃権マーカーを荷物から取り出す。
砲撃権マーカーは、樹脂製で、長さ50㎝、太さ5㎝ほどのダーツ型をしている。
使用方法は表面に図示されており、戦闘中でもすぐに見ることができるようになっている。
図示された使用方法によると、弾種指定から行うようである。
尾部の蓋を開けると、弾種指定のツマミとピンが出てきた。
選択できる弾種は、仮帽付被帽徹甲弾(APCBC)、仮帽付被帽徹甲榴弾(APCBCHE)、半徹甲弾(SAP)、榴弾(HE)の4種類があるようだ。
また、榴弾は着発信管と遅延信管が、選べるようである。
残念ながら、榴弾の遅延時間は指定できないらしい。
今回は、ダイオウソラクラゲに深く食い込んでから爆発してくれるように、片方を半徹甲弾、もう片方を遅延榴弾にする。
その後、ピンを抜く。
すると、先端部が少しだけ前に出た。
どうやら、ピンを抜いたことで、先端部がボタンになり、それを押し込むことで、砲撃支援の信号を送るようだ。
ピンを抜いてから、投げて突き刺した時にも作動するようになっているようである。
砲撃権マーカーは2本あるため、どちらもあとは刺すだけの状態にする。
そして、その2本を、ダイオウソラクラゲに突き立てる。
すると、突き立った砲撃権マーカーの上に、90という数字が出る。
そして、砲撃権マーカーから、赤い円が広がる。
どうやら、砲撃までの時間と、危害範囲のようだ。
90秒以内に、その範囲外に逃げなければいけないようだ。
その範囲は、思ったよりも広い。
どうやら、観測射撃がずれる可能性も考慮して、広めに範囲を設定しているようだ。
急いで、ダイオウソラクラゲから下りる。
「逃げるぞ!」
エミーリア達に、叫ぶ。
数m先に、危害範囲を示す赤い円が見える。
エミーリア達の前に立ちはだかるシンエイソラクラゲを蹴散らし、退路を確保。
そのまま、4人でダイオウソラクラゲから離れる。
離れてから、地面に伏せて、ダイオウソラクラゲを見守る。
すると、次の瞬間、ダイオウソラクラゲの一部で、大きな爆発が起きた。
数発、感覚を開けて、爆発が起きる。
観測射撃だ。
砲撃権で指定されている砲撃数は効力射の分であり、観測射の分は含まれていない。
今回は10発の砲撃権が2つなので、観測射撃の後に、20発の砲弾が飛来することになる。
数発の観測射撃の後、数秒置いてから、ダイオウソラクラゲに20発の砲弾が襲い掛かった。
深く突き刺さって爆発する徹甲榴弾がダイオウソラクラゲに大ダメージを与え、比較的浅い位置で爆発する遅延信管の榴弾がダイオウソラクラゲを大きく抉る。
砲撃が止んだ時、そこには、大きく抉られたダイオウソラクラゲがいた。
姿を消すこともできなくなったようで、白く濁った身体が見える。
未だに波打っているあたり、死んではいないようだ。
「あっ!飛んだ!」
エミーリアが、驚きの声を上げる。
エミーリアの声のとおり、ダイオウソラクラゲは、ゆっくりと浮かび上がりはじめた。
シンエイソラクラゲたちが、それに遅れないように浮かび上がる。
どうやら、大きいダメージを受けたため、逃げるようだ。
浮かび上がったダイオウソラクラゲは、要塞とは反対側、辺境の奥に向かって移動し始める。
辺境の奥に向かって逃げていくのならば、追いかけてとどめを刺す必要はないだろう。
「さっきの砲撃で、死なぬのか。恐ろしいことだ。」
作太郎が、ダイオウソラクラゲを見送りながら、ポツリという。
ダイオウソラクラゲは、辺境の奥に向かって飛び去った。
そして、ダイオウソラクラゲがいなくなったそこには、事前情報通り、遺跡があった。
時間を確認する。
時刻は、12時30分。
昼休憩をしてから、遺跡探索を行う時間はありそうだ。
俺たちは、昼休憩のための準備を始めるのだった。




