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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第4章
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第8話 白い森を進む

 アトオイグモを引き連れつつ、白い森を進む。

 歩きながら、森の情報を共有しておく。

「この森は『遺跡の白林』って呼ばれてるみたいだね。」

 持ってきた地図に付属している小冊子を見ると、この森の情報も載っていた。


 この森は、緩やかな丘の頂上を中心として半径3km程度の円形をしているようだ。

 中央部、丘の頂上には、呼び名の由来にもなっている遺跡が建っているらしい。


 辺境には、古の文明の遺跡が多数存在する。

 現在の文明では辺境へあまり進めていないため、辺境で見つかる遺跡は、現在の文明とは異なる、古の文明の物が大半である。

 現代よりも進んだ文明の遺跡であることも多く、それらの遺跡から発掘された技術が現在の文明にもたらしたものは少なくない。

 そのため、進んだ技術などを失わないためにも、辺境で遺跡を調査する際のガイドラインが国から示されている。

 ガイドラインでは、遺跡の保全について、かなり厳密に定められている。

 一方で、遺跡にある遺物については、その遺物があった状況を写真などで詳細に記録すれば回収していい等、柔軟な部分も多い。

 ガイドライン自体が長く運用されており、何度も改善されているのだ。

 ちなみに、回収した遺物と情報は、軍が買い取り、専門家に送られるらしい。

 結構いい値段になるようで、辺境の遺跡の調査を専門にする博士や軍の部隊、旅客などもいる。


 地図に付属している小冊子によると、この森の中にある遺跡は、内部に入る方法が見つかっていないらしい。

 ロンギストリアータ第6要塞に近く、比較的危険度が低いため、軍の専門家チームによる調査も何度か行われているようだが、手掛かりすらつかめていないようだ。

 この遺跡は未だ調査中とのことで、遺跡の写真などは軍が買い取ると小冊子には書かれている。

 遺跡に行って、写真を撮ったり、遺物を探すだけでも、それなりの収入にはなるだろう。

「今回の目標は、森の中央の遺跡にしてみようと思うけど、どう?」

 俺の言葉に、ヴァシリーサが答える。

「いいっすね。何枚か写真を撮っていけば、それなりの稼ぎになるかもしれないっすからね。」

 エミーリアと作太郎も、異論はないようである。

 後ろをついてくるアトオイグモは、俺たちの相談を聴いているのか聴いていないのかわからないが、つぶらな瞳でこちらを見つめていた。


*****


 森の中を、数分歩く。

 目に見える範囲に、大きな変化はない。

 しかし、何かの気配が近づいてきているのを感じる。

「敵か?」

 ボリスに以前造ってもらった剣と盾を、構える。

 灰鉄の剣と、灰鉄と独歩樫を合わせた盾だ。

 どちらも、辺境の浅い地域で戦うならば十分な素材でできている。

 さらに、名工の手によって鍛えられているこの武器は、普通の灰鉄製の物よりも性能が格段に優れている。

 より深い辺境まで通用するだろう。 

 俺が武器を構えると、エミーリアたち三人も武器を構える。

 

 生き物の気配はするが、姿は見えない。

 周囲は、白い気が生い茂っているが、見通しはいい。

 白い木の葉は半透明であり、光を通すため、森は明るい。

 隠れる場所はない。


 ・・・いた。

 透明な見た目の何かが、正面にいる。

 よく見ると、そこだけ木漏れ日の屈折が少し違う。

 ヴァシリーサの雰囲気が変わる。

 ヴァシリーサも気づいたようだ。

「・・・そこですな。」

 作太郎が、小さな声で言う。

 作太郎も、気づいたようだ。

 そして、透明な何かの気配が、作太郎の声に反応して、動く。

 作太郎が、それに合わせるように、刀を一閃。

「危なかったですな。」

 一切危なげなく、作太郎が言う。

 その台詞とほぼ同時に、斬り飛ばされた透明な何かの一部が、地面に積もった落ち葉の上に落ちる。

 透明だった何かは、痛みに耐えられなかったのか、身体の色にノイズを走らせ、姿を現す。

 高さが3mほどある、クラゲだ。

 お椀を伏せたような東部に4本の触手を持つ、オーソドックスな形のクラゲである。

 4本ある触手のうち一本の先端が、作太郎に斬り飛ばされて50㎝ほど短くなっている。

「空クラゲの類っすね。」

 ヴァシリーサが、言う。

 空クラゲ。

 その名の通り、宙に浮いているクラゲだ。

 その中でも、今回の敵は、姿を消すことができる種のようだ。

 空クラゲの身体が、再び風景に溶け込み始める。

 どうやら、体内を通る光の屈折を自在に変えることができるようだ。

 それで風景に溶け込み、獲物を奇襲するのだろう。

 しかし、作太郎に切断された足が、屈折率を揃え切れておらず、消えることができていない。

「斬っても?」

 作太郎が訊いてくる。

 クラゲは、退く気はないようだ。

 姿を完全に消せていると思っているような動きで、こちらに迫っている。

「大丈夫だ。」

 作太郎の言葉に頷く。

 作太郎は、俺が頷くと同時に、鋭く踏み込む。

 そして、一閃。

 美しく弧を描く鈍色の煌めきは、しかし、空クラゲを斬ることは叶わなかった。

 空クラゲは、先ほどまでの緩慢な動きが嘘のように滑らかにたわむことで、作太郎の斬撃を躱す。

 そして、剣を振りぬいた作太郎に向けて、未だ斬られていない3本の触手を伸ばす。

 だが、作太郎は、その程度で捕まるほど甘くなかった。

 伸ばされた触手に向けて、数本の銀光が走る。

 3本の触手のうち2本が、作太郎の手で切断され、地面に落ちる。

 空クラゲは、ひるむように身を引く。

 そこに、作太郎が踏み込む。

 

 ・・・あの位置は、危ない。

「作太郎!避けろ!」

 思わず、叫んだ。

 踏み込んだ作太郎に、残り1本になった触手が向けられている。

 その触手から、何かが射出される。

「ぐっ!?」

 金属同士がぶつかり合うような音が響く。

 作太郎が、その何かを辛うじて刀で受け流したのだ。


 刺糸だ。


 空クラゲは、刺胞をもっている。

 そこから刺糸を射出したのだ。

 一発目はどうにか弾いた作太郎だが、刺糸の威力は大きかったようで、大きく体制が崩れている。

 空クラゲは、二発目を射出しようとしている。

 これは助けた方がいいだろう。


 そう思い、俺が動こうとした瞬間、空クラゲの上から、何か黒い影が落ちてくる。

 それは、そのまま空クラゲにしがみつく。

 アトオイグモだ。

 空クラゲは、バランスを崩し、作太郎へ向けて刺胞が放てない。

 作太郎は、その隙に空クラゲから離れる。

 アトオイグモは、空クラゲの頂点部にガブリと噛みつく。

 すると、その牙から、何か黄色い液体がクラゲに対して侵入していくのが見える。

 クラゲの透明な頭部の中に、黄色い色がジワリと広がる。

 どうやら、毒を注入したようだ。

 空クラゲは、少し身じろぎすると、そのまま、墜落した。

「・・・はっはっは。助かりましたな。」

 作太郎の声には、安堵が混じっている。

 実際、かなり危ないところだった。

 アトオイグモは、クラゲに噛みついたまま、つぶらな瞳でこちらを見つめている。

 アトオイグモとしては、作太郎との戦いで弱ったクラゲをただ狙っただけだったのかもしれないが、結果的に作太郎は助かったのだ。

 今回遭遇した空クラゲは、辺境では最弱クラスの生物だ。

 それですら、文明圏ではほぼ敵なしであった作太郎に十分対抗できる強さがあるのである。

 辺境は恐ろしいところなのだ。

「では、進みますか。」

 作太郎が、仕切り直すように言う。

 まあ、過程はどうあれ、勝ったのだ。

 辺境では、生き残った者が勝者なのである。


 俺たちは、空クラゲを食べるアトオイグモをその場に残し、先を進むことにした。



 森を進むこと、約1時間。

 その間、3体の空クラゲと戦った。

 それらの空クラゲは、少し素材をはぎ取った以外は、その場に捨て置いた。

 空クラゲは、全身が素材として扱われる。

 特に、刺胞や外皮は高値で取引されるようだ。

 今回は、扱いの難しい刺胞は避け、丸めることで簡単に持ち運べる外皮を回収した。

 作太郎は、刺胞を取り除いた触手を回収していた。

 残った部位は、この森の生物が食べるだろう。

 この森には、今は空クラゲが多く生息しているようだ。

 襲ってきた個体以外にも、多くの空クラゲを見た。

 それ以外にも、森が明るいことを逆手に取った、光学系の隠蔽能力を持った生物が多い。

 どれも奇襲性の生物なので、なかなか気が抜けない森であった。


 途中、先ほどのアトオイグモだと思われる蜘蛛が、背後に追いついてきた。

 再び、アトオイグモを引き連れながら森の中を進む。

 途中で休憩する際、作太郎は突然、アトオイグモにあやとりを見せ始めた。

 どうやら、助けてくれたことで、愛着が湧いたようだ。

「ほれ、これが星でござる。」

 アトオイグモは、逃げることもなく、それをじっと見つめ、時折首をかしげている。

 それが可愛くなったのか、作太郎は、クラゲから回収していた触手を差し出す。

 すると、アトオイグモはそれを受け取って、嬉しそうに食べ始める。

「ははは、愛い奴じゃのう。」

 そう言いながら、作太郎はしばらくアトオイグモと戯れていた。


 休憩後、遺跡に近づくにつれ、原生生物を見かけなくなる。

 そんな中、アトオイグモだけは、後ろからついてきている。

 作太郎は、完全にアトオイグモが気に入ったようで時折話しかけたりしている。

 そのたびに、アトオイグモは首をかしげるような動きをする。

 俺にも、それがなんだか可愛く見えてきた。

 最後など、アトオイグモは後ろについてくるどころか、俺たちがアトオイグモの周囲を歩くような形になってしまった。

 まあ、アトオイグモは危険は少ないので問題ないだろう。


 さらに歩くこと30分。

 気が付いたら、後ろにいたアトオイグモもいなくなっている。

 作太郎は少しだけ寂しそうだったが、まあ、仕方がないだろう。

「ここのはずだな。」

 地図上では遺跡がある場所にたどり着く。

「ほんとに・・・?」

 エミーリアが、疑問を呈する。

 それも、そのはずだろう。


 遺跡があるはずの場所には、何もないのだから。

 

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