第3話 軌空車で長旅
現歴2265年5月4日 午前5時
「にぇむい・・・。」
目をこすりながら、舌足らずな声で眠さを主張するのは、エミーリア。
「仕方がないとはいえ、眠いっすね。」
ヴァシリーサは、そう言いつつも、はっきりと目を覚ましているようだ。
「某には、わからなくなって久しい感覚でござるなぁ。」
一切眠くなさそうなのは、作太郎。
そもそもアンデッドなので眠る必要がないのだ。
正直、俺も少し眠い。
俺たちは、ムスカリアのオベリスクシステムの駅に居た。
ヴィリデレクス州は、アフリカ大陸並みの広さがあった中央州より、さらに広い。
そもそも、中央州は4州あるうち最小の州である。
ヴィリデレクス州は2番目に大きな州であり、その面積は、中央州の5倍ほどある。
ムスカリアはその東端に位置する形になる。
俺たちがこれから向かうのは、ヴィリデレクス州の西端にある『ロンギストリアータ要塞』。
正確には、その要塞を越えた先の辺境だ。
そこまでの距離は、直線距離でも10,000㎞を超える。
時速700㎞を誇るオベリスクシステムでも、14時間以上かかってしまう計算だ。
そのため、朝早い便に乗ることにして、朝の6時に駅に来ているのである。
この距離ならば飛行機で行きたいところだが、辺境近くの1000㎞ほどは旅客便は飛んでいない。
辺境から原生生物が飛来することが怖いのだ。
旅客機では退避しきれず、撃墜される可能性があるのだ。
もし、ロンギストリアータに飛行機で直接向かいたいならば、護衛付きの軍の輸送機に乗るか、自分で飛行機とその護衛をチャーターしなければならない。
軍の輸送機は、今日は特に飛ぶ予定はないそうだ。
飛行機を護衛ごとチャーターすれば、高額の費用が掛かる。
そのような状況でも、オベリスクシステムならば、、ロンギストリアータ要塞のふもとにある街『ロンギストリア』に直接乗り付けることができる。
オベリスクシステムは、元々は装甲列車用のシステムとして開発されたものである。
軌空車は、旅客機よりもはるかに頑丈なのである。
長距離軌空車が、駅のホームに入ってくる。
今回の旅では、旅客向けのチケットを買った。
車両編成は、大型軌空車が3両。
前後の2両が客車で、中央が娯楽車兼護衛車である。
中央の車両の上部には、剣ヶ峰旅客情報局分局に設置されていたものと同型の50mm連装機関砲塔が搭載されている。
移動時間が10時間を超える軌空車には、このような娯楽車が付属することがあるのだ。
護衛車も兼ねているのは、辺境近くまで向かうからだろう。
俺たちは、眠い目をこすりながら、軌空車に乗り込むのだった。
*****
大型の軌空車の客車は、内部が3階建てになっており、俺たちは前方の客車の最上階に席を取った。
3階が1席当たりの値段が最も高く、1階が最も安いのだ。
軌空車に乗って、席に向かう。
3階の席は、一人一人に個室が提供されている。
個室と言っても、1畳程度の小さな部屋だ。
これが1両に30室ほどある。
狭いとはいえ、部屋が区切られていれば、快適さは大きく違う。
とりあえず、荷物を置いて、横になる。
まだ朝は早く、眠いのだ。
軌空車の3階は、1階部分よりも動力より遠いため、静かである。
目を閉じれば、すぐに夢の世界へと旅立つことができた。
・・・目を覚ます。
時計を見れば、午前9時。
4時間ほど寝たことになる。
十分寝たため、頭の中はすっきりだ。
娯楽車に行ってみよう。
中央の娯楽車には、多くの娯楽が集まっている。
軽く体を動かすためのトレーニングルーム、ボードゲームも遊べる談話室、食堂に酒場、ゲームセンターなど、長い旅に退屈しないように気を配っているのだ。
客車と同じく3階建てで、1階に食品関係の施設、2階に娯楽施設が入っている。
3階は、上部の50mm連想機関砲塔のための戦闘用区画である。
とりあえず、腹が減ったので、食堂に向かう。
この軌空車の食堂は、自動食堂のようである。
端的に言えば、自販機を並べただけの食堂だ。
大型の軌空車とはいえ、調理場を複数内蔵するには狭い。
この軌空車は調理場は酒場にあるようである。
旅客向けの娯楽車の場合は、酒場に調理場があることが多い。
この軌空車は、旅客向けのものなのだ。
朝食用ということで、自販機で雑炊を買う。
雑炊のボタンを押してから、数十秒待つ。
表示されているカウントダウンが減り切ると、ピー、という音がしたので、自販機の扉を開ける。
注文した、雑炊が一杯、出来上がっていた。
地球が宇宙進出してから、自販機の質が大きく向上した。
特に、地球の日本地区からやって来た自販機は、おいしい食べ物まで出てくるのだ。
この雑炊も、なかなかに旨い。
腹が膨れたので、談話室に向かう。
談話室は、眺めのいい2階に設置されている。
ボードゲームを楽しむ部屋も兼ねているようで、テーブルが付属した席も多い。
談話室では、多くの旅客が談笑している。
その一角、端の方に、ヴァシリーサと作太郎がいた。
「おお、メタル殿。起きられましたか。」
作太郎が、俺に気が付いて、声をかけてくる。
その向かいでは、ヴァシリーサが何かを睨みながら、難しい顔をしている。
「何やってるの?」
そう訊くと、作太郎が答えてくれる。
「将棋でござる。生きていたころは、それなりに嗜みましたからなぁ。ルールは多少変わっているとはいえ、懐かしいことに変わりはありませぬ。」
なるほど。
地球の日本地区のゲームか。
今日は、日本地区に縁のある日のようだ。
「俺にも教えてよ。」
そう言うと、作太郎は嬉々として、ルールを教えてくれた。
そして、俺は、作太郎にもヴァシリーサにも惨敗したのだった。
その後、昼ぐらいに目を覚ましてきたエミーリアが、合流した。
談話室から眼下を見れば、複雑な地形が見える。
ヴィリデレクス州のあるヴィリデレクス大陸は、複雑な地形が多いことで有名な大陸でもあるのだ。
起きてきたエミーリアは、眠そうな表情で、パンをむしゃむしゃと食べている。
俺たちは、軌空車の中で、のんびりと過ごすのだった。
*****
夜10時。
軌空車は、終点の駅のホームへとスムーズに入っていく。
今までの、どことなく華やかさや遊びのあるデザインのホームとは一変し、コンクリートと鉄でできた、武骨なホームが見える。
17時間ほどかかって、ようやく、ロンギストリアに到着したのだ。
ムスカリアとロンギストリアの直線距離は10,000kmを少し超えたくらいだが、軌空車は直線で飛んでくるわけではないのである。
複数の大都市を経由した結果、17時間もの時間がかかったのだ。
軌空車から降りる。
夜間特有の、ひんやりとした空気が、肌をなでる。
駅のホームの窓から、外を見れば、見上げるほど巨大な壁が聳え立っている。
壁の先、両側を見れば、どちらも地平の先まで続いており、終わりは見えない。
大要塞ロンギストリアータ。
文明防衛の、最前線である。




