第2話 中継都市ムスカリア
4人で、オベリスクシステムの軌空車に乗る。
何度見ても、軌空車は未来的でかっこいい見た目をしている。
この2週間、裏紅傘に滞在している間は、あまり首都を回れなかった。
今後、余裕があるときにでも、エミーリアと一緒に回ってみてもいいかもしれない。
時刻は午後2時を少し過ぎたあたり。
軌空車の速度は時速700㎞ほどもあるとはいえ、ヴィリデレクス州は遠い。
中央州は一辺約5500㎞の正方形を45度傾けたような形をしており、面積で言えば地球のアフリカ大陸とほぼ同等だ。
その西側の頂点部分から幅200㎞程度の陸地である『ムスカリア地峡』が伸びており、ヴィリデレクス州に繋がっているのだ。
首都からそのムスカリア地峡へはおよそ3500㎞離れており、軌空車を使っても5時間はかかる計算だ。
今晩は、ムスカリア地峡にある、中継都市『ムスカリア』に一泊することになるだろう。
窓の外を見ると、ところどころに森林のある、広大な田園風景が、高速で流れていく。
この広大な平地こそ、中央州の中央部から東部にかけての特徴なのだ。
3時間ほどすると、眼下は一面の森林地帯となる。
中央州西部は山岳地帯となっており、広大な森林が広がっている。
ただでさえ広い中央州なので、気象条件も単一ではなく、変化に富んでいる。
それでも、この星の文明圏では、最も環境の安定した州なのである。
現歴2265年5月3日 午後7時
5時間の空の旅が終わり、軌空車が減速を始める。
外はすっかり真っ暗だ。
軌空車は、ゆっくりと、ほとんど揺れずに駅のホームに滑り込んでいく。
『ムスカリア~。ムスカリア~。お降りのお客様は、お忘れ物などないように・・・』
車内にアナウンスが流れる。
「・・・着いた。」
エミーリアがポツリと独り言を言い荷物を背負う。
エミーリアの荷物は、小さなナップザック一つだけだ。
どうやら、レギオンの特性を活かして、ほとんどの荷物を体内に格納しているようである。
俺たちも、荷物をまとめ、軌空車から降りる。
外の空気を吸い、5時間の旅で固まった身体を伸ばす。
「うぅ~~ん。」
背骨がぽきぽきと音を鳴らし、気持ちがいい。
駅のホームを出て、出発待合室へと向かう。
オベリスクシステムの駅のホームは、システムの構造上、かなり高い場所にある。
そのため、多くの場合、下から昇ってきた乗客が待機するための広い待合室がついている。
待合室へ上る手段は階段かエレベーターがあるのだが、その高さは100mを超えることも多いため、階段を使う者は少ない。
この街『ムスカリア』の待合室は大きい街にある駅によくあるタイプで、駅ビルの最上階を駅のホームにした形式のものである。
待合室内には、弁当等を売っている売店や軽食屋などがある。
「綺麗・・・。」
エミーリアが、窓の外を見て、その半開きの目を輝かせている。
その目線に釣られるように、窓の外を見る。
「・・・確かに、綺麗だね。」
眼下には、極彩色の光の海が広がっていた。
ムスカリアは、人口200万人を超える、大都市である。
ムスカリア地峡の中間にあり、東西の陸路が集中する、大交易都市なのだ。
また、衛星都市として、ムスカリア地峡の北に広がる『北部内海』の沿岸には『ノースムスカリア』、南に広がる『ヴィリデレクス海』の沿岸には『サウスムスカリア』を擁している。
ノースムスカリア、サウスムスカリアで陸揚げされた様々な物資や、東西の陸路から集まった文物が、ムスカリアから全世界に旅立っていくのである。
ムスカリアは、比較的新しい都市であり、周辺の脅威が少なくなってから建てられた都市であるため、周囲を防壁に囲まれていない、水平方向へと大きく広がっている都市だ。
そのため、オベリスクシステムの駅は相対的に高い建造物になり、街の広い範囲を一望することができるのである。
人口200万人の命を抱えた光が、力強く鮮烈に瞬いている。
この光景は、確かに美しい。
「壮観でござりますなぁ。」
作太郎も、眼下の景色を見て、言う。
「確かに綺麗っすね。・・・ゆっくり見たの、久々っす。」
ヴァシリーサも、少ししんみりしながら、呟いている。
俺たちは、数分ほどその場で夜景を楽しんだ。
夜景を少し楽しんだ後、旅客情報局に向かった。
とりあえず、今晩の宿を確保しなければいけない。
ムスカリアは、交易都市だけあって、交易に来た人々向けの安価な宿がたくさんある。
とりあえず、そのうちの一つを確保できた。
中央州とヴィリデレクス州で展開している、大手ホテルチェーンの宿だ。
2人部屋を2部屋、食事なしで一人当たり1泊3,000印。
妥当なところだろう。
俺と作太郎、エミーリアとヴァシリーサがそれぞれ同室になった。
まあ、男女2:2で分けられるのならば、それが一番なのだろう。
宿は、安い割には綺麗なホテルであった。
大手チェーンは、サービスはすごく良い訳ではないが、部屋数が多いため空室の確率が高いうえに、一定のクオリティを確保できるのでありがたい。
宿に荷物を置いた後、4人で合流して夕食を食べるために外に向かった。
ムスカリアには、大都市であるため、様々な業態の飲食店がある。
交易都市ということで商談が盛んであるため、プライバシーを重視した個室を確保できる店。
あくまで交易の中間地点ということで、簡単に食事を済ませたい人々向けの屋台。
ムスカリアに本社を置く会社も多いため、そのオフィスワーカーを狙った安価な定食屋。
ムスカリアに定住している家族を狙った、ファミリーレストラン。
そして、様々な文化が合流する都市であるため、それぞれの業態で、各地域の伝統料理を出す店もある。
今回俺たちは、迷った末に、屋台でいろいろと楽しむことにした。
理由は、ホテルから近く、同時にいろいろな料理が楽しめそうだったからである。
そして、今。
ヴァシリーサが、絶句している。
「ま・・・まだ買うっすか?」
そう言うヴァシリーサの目線の先には、わざわざ3人に増えながら、大量の食べ物を抱えるエミーリアの姿があった。
エミーリアの前の屋台では、たれにつけて焼いた肉を薄いパンのようなものに挟んだ料理を提供しているようだ。
余談だが、この星の屋台の前には、必ず、原材料表記が大きく掲げられており、また、手に取って見やすい小さなボードなども各屋台ごとに用意されている。
多くの種が共存するこの星において、食品の管理は、重要である。
種によって毒物になる食物が違うのだ。
そのため、屋台で食べ物を買う際は、自分での毒物管理が求められる。
また、レストランでは、その店がどの種に対応しているかを表示する義務があるのだ。
まあ、レギオンは、雑食性の非常に強い種である。
一般に食材として扱われているもので、レギオンに毒性を示すことができる物は、現在の文明ではほぼ存在しない。
エミーリアの好きにさせておいて大丈夫だろう。
エミーリアは、作り上げられていく料理をキラキラした瞳で見つめている。
「はい、できたよ!」
屋台の兄さんはそう言って、できた料理を紙に挟んで、エミーリアに手渡す。
「いくら?」
エミーリアが、財布を取り出して、屋台の兄さんに問う。
「300万印!」
おっと?
この兄さん、日本地区大阪の出身だったのだろうか・・・?
そして、その言葉を聴いたエミーリアの背中から、腕が一本伸び始める。
伸びていくその手には、札束が3つ。
どうやら、冗談を本気にしたようだ。
エミーリアは、今まで稼いだお金を体内に格納しているようだ。
先の依頼でもらった2,000万印の小切手は、既に換金してある。
300万印ならば、払えるといえば払えるのだ。
止めてもよかったが、まあ、大丈夫だろう。
「・・・高いけど、はい。300万印。」
300万印を渡された屋台の兄さんは、絶句した表情を浮かべている。
「い・・・いやいや!?冗談だからな!?ほら、おつりだよ!」
そう言って、兄さんは299万9,700印をエミーリアに手渡す。
無事、300印で購入できたようだ。
「危なっかしいぜ、嬢ちゃん・・・。」
苦笑いしている屋台の兄さんに別れを告げ、次の屋台に向かう。
その後も、数件の屋台を回り、エミーリアが満足いくまで食べ物を買う。
食べ物を買ったので、屋台街に設置されている、自由に使えるテーブルに4人で座る。
俺は、串焼肉と魚の乗った丼、揚げた芋を買った。
ヴァシリーサの手には、俺の買ったものと同じ丼がある。
作太郎は、握り飯二個にたくあん漬けを持っている。
エミーリアの前には、食べ物が山を作っている。
「ほんとに食えるっすか・・・?」
ヴァシリーサが、引き攣った笑みをしながら、ポツリという。
それに、エミーリアは表情一つ変えずに頷く。
「・・・余裕。」
エミーリアの食べる量を知っている作太郎は、一切驚くことなく、握り飯を口に運び始めている。
「じゃ、俺もいただきます。」
俺も、自分のものを食べよう。
串焼きを口にする。
少し冷めているが、それも見越した濃い味付けだ。
地球にも似たようなものがあるという、豆から作った醤油ベースのタレで味付けされており、香辛料もいろいろ入っているのか、かなりスパイシーだ。
肉は少し硬めだが、それがまたいい歯ごたえになって、肉を食っている感がある。
焼いた魚の乗った丼ものを口に運べば、塩味のさっぱりとした風味。
串焼きの濃い味付けに、図らずもよく合う。
魚はやわらかく脂がのっており、薄い塩味だけなのに白飯が大いに進む。
この星では、中央州からヴィリデレクス州東部にかけて、地球のイネに似た穀物を食べる文化圏なのだ。
上げた芋は、塩味が薄めでほくほくしている。
うむ、いい箸休めだ。
今回の組み合わせは、正解だったようだ。
箸が進む。
一通り食べ終わってから三人を見る。
エミーリアの前に大量にあった食べ物は、あと1割を残すかといったところになっている。
それを見ているヴァシリーサは、驚きからか箸が止まっており、まだ、丼ものは半分ほど残っている。
作太郎はもう食べ終えて、エミーリアの食べっぷりを眺めている。
「よ・・・よく食うっすねぇ・・・。」
ヴァシリーサの顔は、驚愕に染まっている。
「まだ少し足りない。」
エミーリアのその言葉に、ヴァシリーサの顔がさらに引き攣る。
その光景を見て、俺と作太郎は、笑い声をあげる。
平和な夜は、のんびりと過ぎていった。




