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青い星にて戦士は往く  作者: Agaric
第3章
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第29話 男との戦い


「おやぁ?まさか、そこにいるのは、K-6Aじゃないか?」

  


 その声に、窮地でも動じなかったクロアの表情が、歪んだ。

 声のした方向に目線を向けると、そこには、白衣を着た痩せぎすな男が立っている。

 ぼさぼさの黒い髪の毛は耳にかかる程度まで伸びており、頬はこけている。

 分厚い眼鏡の奥の眼には、ぎらぎらとした好奇心が宿っており、控えめに見ても、狂人だ。

 その男は、クロアをじっとりと見つめた後、興味を失ったように目をそらす。

 そして、次に、捕らえられている赤い女と青い女を見る。

「ああ・・・K-8A、K-8B。おまえたちも、失敗だったか。」

 男は、そう言う。

 その瞬間、赤い女と青い女の表情が、恐怖に歪む。

 男は、そのまま、周囲をぐるりと見渡す。

 

 その目線が、20人ほどに分かれているエミーリアで、止まる。

 警戒して、同時に身構えるエミーリア達。


 男は、ゆっくりと手を両手を動かし、突如、手のひらをたたいた。


 それを警戒し、びくりと体を震わせるエミーリア達。

 それを見た男は、笑みを深くする。

「おやぁ?反応が、一人一人違いますね。群体レギオンですか。いいですね。」

 そう言い、男は、どこからともなく、注射器を取り出す。

「そうですね。脳が、無限に手に入りますね。」

 男がそういった瞬間、捕らえてきているアルバトレルスの幹部らしき女が、叫ぶ。

「逃げて!」

 その声とほぼ同時に、男が異様な速度に加速する。

 そして、エミーリアへと迫る。

 その速度に、エミーリアは、反応できていない。

 男は、そのまま、エミーリアに薬剤を注射し、捕らえるつもりなのだろう。


 

 だが、俺が、それを許すはずがない。



 エミーリアと男の間に、割って入る。

 驚いたことに、男は俺の速度に反応し、注射器の目標を変え、突き立てようとしてくる。

 それを許すほど、俺は甘くない。

 咄嗟に、開放を5まで引き上げる。

 途端に、世界が遅くなる。

 注射器を握った腕に向けて、拳を放つ。

 男の手首と注射器が砕けた音がしたが、気にしない。

 エミーリアに手を出そうとしたのだ。これくらいの痛みは負ってもらおう。

 

 男の、砕けた手首に、一瞬、赤い光が走る。


 次の瞬間、俺は、顔面に重い衝撃を感じた。

 そして、景色が高速で流れる。

 背中に衝撃。

 そして、轟音とともに、視界が一気に暗転する。


 意識はある。

 体に痛みはない。

 視界の暗転は、瓦礫に埋まっただけだろう。

 だが、気にするべきは、そこではない。

 

 吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、崩れた壁に埋まったのだ。

 頭に感じた衝撃は、強かった。

 この威力。

 あの速さ。

 予想外である。

 開放5で、反応すらできなかった。

 これは、開放10でも、勝てないだろう。


 ああ、久しぶりだ。

 俺が、10以上の開放を必要とする相手など、先の大戦以来だ。

 さっきの一撃からすると、20くらいなら、倒せるだろうか?

 

「開放、20。」

 開放を一気に引き上げる。

 身体の奥底から湧きだした力が、指先まで行き渡る。

 感覚が鋭敏になり、周囲の状況が、見なくてもわかる。

 エミーリアが、叫んでいるのが、聴こえる。

 男が、勝利を確信した、いやらしい笑い声を上げているのが、聴こえる。

 

 エミーリアに、手を出させるわけには、いかない。


 感情のままに、瓦礫を跳ね除けるように、立ち上がる。

 瓦礫に、重さはない。

 正確には、重さを、感じない。

 

 瓦礫の中から立ち上がった俺を見て、そこにいる全員が、唖然とした表情をしている。


 いや、男だけは、嬉しそうだ。

「おやぁ?無傷?・・・いい素体ですね!」

 男はそう言うと、両手を開いて飛び掛かってくる。

 砕いたはずの手首は治っているようだ。

 

 速い。


 男の動きは無駄が多く、全く戦い慣れていないことがわかる。

 だが、速い。

 ただただ、身体能力のみで速いのだ。


 飛び掛かってくる男の、顎を蹴り上げる。

 吹き飛んでいく男のメガネが、ビルの蛍光灯の明かりを反射する。

 数歩、よろけるように後退した男の腹に、えぐり込むように拳を一発。

 男は、一瞬身体をくの字に曲げ、苦悶の表情を浮かべながら、数歩よろける。

 思ったよりも、防御力はあるようだ。

 今のは、吹き飛ばすつもりで殴ったが、よろけるだけだった。


 というよりも、この殴り心地は、知っている。

 この、殴っても芯が無いような、妙な硬さ。

 その事実に至って、思考が、スッと冷静になる。


 今まで何度か見た『赤い何か』に侵された者を殴った時の感触である。

 

 男は、ダメージなどないかのように、襲い掛かってくる。

 速い動きだ。

 だが、所詮、素人の動きである。

 俺には当たらない。

 大ぶりなパンチを躱し、腹部に拳を一撃。

 下がってきた顎に、アッパーを。

 伸びきった体に、蹴りを。

 男はよろけ、完全に無防備だ。


 男には、一撃入れるたびに、それなりにダメージが入っているはずである。 

 しかし、そのたびに、赤い光が迸り、ダメージが無くなる。

 男の表情は、不敵な笑みから変わらない。

 何発入れても、効いていないようにすら思える。


 男を掴み、頭から床に叩きつける。

 ぐしゃりという音がして、首が変な方向に曲がる。

 しかし、赤い光が迸ると、首の方向は元に戻っており、ダメージは消えたように見える。

 男が凄まじい力で暴れたので、無理やり押さえつける。

 その時、男の背骨が折れた気がしたが、これもどうせ治るのだろう。

 そう思った瞬間、背中から赤い光が溢れ出し、折れ曲がっていた背中がしゃっきりする。

「があああああああああ!!!」

 突如、男が獣のような叫び声をあげる。

 その瞬間、男の筋肉が隆起し、力が強くなる。

 思わず拘束が外れる。

 男は、転がるように俺から離れていく。

 そして、数m離れたところで、立ち上がり、不気味な目でこちらを見る。

「はぁ・・・はぁ・・・。予測よりも・・・数段・・・強いですね。」

 男はそう言いながら、再び、両手を広げて構える。

 そこから、襲い掛かってくる。

 何とも素人臭い構えだ。

 隙だらけである。

 だが、そこから繰り出される攻撃は、決して素人の速度ではない。

 その攻撃に、カウンターを合わせる。

 ぐしゃりという感覚がして、男の顔がつぶれたのがわかる。

 赤い光が走り、男の顔が治る。

「くそがあああ!!」

 男が、がむしゃらに腕を振り回し始める。

 その動き一つ一つに、丁寧にカウンターを合わせていく。

 そのたびに、男の身体はどこかが砕け、潰れ、弾ける。

 そのたびに、赤い光が迸り、治っていく。



 そのまま、5分ほど経過しただろうか。

 動きに合わせて拳を放ち、顔面を砕く。

 これで、20回目くらいだろうか?

 一体、どれだけダメージを与えれば、こいつはエネルギー切れを起こすのだろうか。

 今の状態は、かなり不毛である。

 俺のスタミナは全然問題ないが、しかし、このままただ殴り続けるわけにもいかないだろう。


 さらに、数分殴る。 

「もう、もうやめてくれぇえ!!」

 男が、唐突に叫んだ。

 その叫びを聞かずに、殴る。

「へぶぅっ!?痛い!痛いぃ!!」

 その叫びは、悲痛だ。

 だが、殴るのを止めない。

「がはぁっ!やめろっ!ぐへっ!」 

 男は、いやいやと首を振りながら、後ろへ下がる。


 わかっているのだ。

 

 これは、演技だ。

 しかし、下手くそな演技である。

 露骨に、背中に腕を回している。

 そこに、何かがあると言っているようなものだ。

 だが、このまま殴り続けていても、埒が明かないのも、事実だ。

 一つ、演技に乗ってやろう。

「わかった。あと一発で、やめてやろう。」

 俺がそう言うと、男は、ニヤリと笑う。

 演技慣れしていないのが、まるわかりだ。

 

 何発も殴っていて、わかったことがある。

 こいつは、今までの赤い力の持ち主とは、違う。

 赤い力を、どうにか制御しているのだろう。

 その制御の賜物か、どうやら、即死しなければ、治るようである。

 ならば、完全に、戦意を喪失させてやる必要がある。

 勝てないと、悟らせなければいけないのだ。


 背後に隠している者は、切り札なのだろう。

 下手な演技で、こちらに、頑張って体の前面を向けている。

 赤い何かの力を得た体ならば、後ろの切札を、守り切ることができると思っているのだろう。

 ならば、正面から、その切り札を叩き潰してやれば、戦意を折ることができるのではないだろうか。


 確実に戦意を折るためには、十分な攻撃力が、必要だろう。

「開放、50。」

 開放20とは、比較にならない力が、全身に満ち満ちてくる。

 感覚は研ぎ澄まされ、周囲の気配、自分に向けられる殺気、恐怖、期待がわかる。

 そして、男が何を隠しているのかも、わかる。

 どうやら、薬剤を打ち込むための銃っぽい何かのようだ。

「何を、呟いている・・・?」

 男が、訝し気な表情をする。

 それも、そうだろう。

 俺は、力を開放しても、外見はほぼ変わらない。

 より大きな力を開放すれば、体内で制御が間に合わなかった分が、周囲に一瞬噴き出すこともある。

 だが、50程度ならば、完全に制御できる。

 

 左足を、少し後ろに下げる。

 脇を締め、両拳を体に近づける。

 腰を落とし、重心を下げ、身体を安定させる。

「避けてもいいぜ。」

 我ながら、意地の悪いことを言った。

 避けられないのは、わかっている。

 そう言ってすぐ、左足で体を前に押し出す。

 右足で、しっかりと床を踏みしめる。

 全身の力を、足から腰に、腰から肩に、肩から腕に、同時に伝達する。

 拳から、ヴェイパーコーンが発生する。

 そして、一瞬の後に、拳は、男の腹部に到達した。


 一切の手加減なく拳を振りぬき、腹部と一緒に後ろ手に隠していた物を粉砕する。

 男の背後に、赤い霞が広がる。

 拳を引けば、目の前に、腹に大穴を開けた男が、訝し気な表情のまま、立ち尽くしている。

 男の腹の穴からは、男が後ろに回していた手が、手首からなくなっているのが見える。

 数秒の後、男が、自分の状態に気が付いた。

「な・・・に・・・?」

 呆然と、手首から先が消滅した手を、顔の前に持ってくる。


 無慈悲に、赤い光が迸り、男の傷が無くなる。

 

 腕は元通りだ。

 腹の穴も、無くなった。

 だが、切り札も、同時に無くなったのだ。


 呆然とする男に、声をかける。

「今の一撃を、再生より早く、連続で叩き込めば、さて、どうなるかな?」

 その時初めて、男の顔に、恐怖が浮かんだ。

「投降したら、どうだい?」

 俺の言葉に、男の顔が、引き攣る。

 そして、何かを探すように、手を彷徨わせる。

 しかし、どうやら、打開策は見つからなかったようだ。

 男が、膝をつく。

「・・・投降、する。」

 ついに、男の心が、折れたのだ。



 その後は、特に苦戦することもなく、制圧は終わった。

 あのK-8A、K-8Bと男から呼ばれた赤い女、青い女と、男自身が最高戦力だったのだ。

 他の戦力も、上の階で制圧した分で、ほぼ全てだったようである。



 ここに、新生アルバトレルスは、壊滅したのだった。

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