第27話 強敵、苦戦
リコラ視点
隠し通路の先から現れた、クロアに似ている二人の女。
二人とも外見は瓜二つだが、服装の基本色が、一人は青で一人は赤であるため、見分けはつく。
「お前は・・・・・・。なんだ、早速、裏切りか?」
赤い方が、私たちが捕らえてきた女を見て、呟く。
そして、二人とも武器を構える。
早速?
どういうことだろうか?
しかし、その疑問を深く考察するよりも先に、クロアが声をかけてきた。
「・・・リコラ、メタルたちを呼んで、ビッキーを連れて下がれ。私では、あいつらには、勝てない。」
クロアが、勝てない。
「2人相手は少し、厳しいかもしれませぬな。」
作太郎さんも、言葉の歯切れが悪い。
私が、メタルさんに連絡するためにスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押した瞬間、戦闘が始まった。
作太郎さんが、切り込む。
その速度は、潜入してから今まで見てきた中で、もっとも早い。
しかし、青い方が、全く苦にせず受け止める。
クロアが、重機関銃で赤い方を撃つ。
しかし、当たらない。
重機関銃の弾は、空しく壁に穴をあけるだけに終わった。
赤い方が、私たちが捕らえてきた女に肉薄し、手にしている大ぶりな片刃剣を振り上げる。
私以外、誰も反応できないようだ。
咄嗟に、女を抱きかかえるように跳ぶ。
肩に、痛みが走る。
どうやら、浅く切られたようだ。
すぐに確認するが、傷は浅い。
これくらいならば、問題はない。
「リコラぁ!!」
クロアの叫びが聞こえる。
だが、クロアの叫びに反応する余裕がない。
女を抱きしめ、地面に転がったまま、メタルさんに通話をかけたスマホを見る。
すると、ちょうど通話が繋がっている。
女を離すことも忘れて、スマートフォンに叫ぶ。
「こちらリコラ!強敵に遭遇、増援求む!場所は地下3階。急いでくれ!長くは持ちそうにない!」
叫びきった瞬間、背後から、武器同士がぶつかる金属音が響く。
後ろを確認すれば、クロアが私を守るように、赤い女との間に立ちはだかり、剣をぶつけ合っていた。
「離れてろ!」
捕らえてきた女に言いつつ、ショートワンドを引き抜き、立ち上がる。
状況を確認する。
作太郎さんは、互角。
青い女と、お互い一歩も引かずに切り結んでいる。
対して、クロアとビッキーは、押され気味だ。
赤い女の速度に、クロアとビッキーがついていけていない。
加勢するならば、クロアとビッキーのほうだろう。
赤い女に攻撃を加えるべく、ショートワンドに魔力を送る。
その間にも、クロアには細かい傷が増えていく。
クロアに傷がつくたびに、気持ちが逸っていく。
目の前で愛しい人が傷つけられていたら、平静でいられるわけがないだろう。
その気持ちも込めて、魔力を練り上げる。
「・・・フレイムボール!」
短詠唱をして魔術を発動させれば、ショートワンドの上に、バスケットボール大の火球が発生する。
ファイアボール系の魔術、フレイムボールである。
私の魔力属性は火。
そのため、火属性魔法は少し威力を上げて放つことができるのだ。
隙を突くように、フレイムボールを赤い女に向けて放つ。
直前まで気づいていなかった赤い女は、迫るフレイムボールに対して、一瞬目を見開く。
そして、それを片手の手のひらで、受け止める。
その隙に、クロアとビッキーが、同時に襲い掛かる。
フレイムボールが、爆発。
黒煙が広がり、何が起きているかよくわからなくなる。
その煙の中から、何かが飛んでくる。
その何かは、私の目の前に、どさりと落ちた。
腕だ。
黒い服に覆われた、太い、女性の腕だ。
喉から声が出そうになるのをこらえる。
見間違えるはずがない。
クロアの腕だ。
「・・・っく!」
煙から逃れるように、クロアがバックステップして退いてくる。
クロアの左腕は、二の腕の中ほどから、無くなっている。
煙が晴れる。
そこには、黒い液体で大ぶりな片刃剣を汚した赤い女が立っていた。
「イテテテテ・・・。」
ビッキーが、涙目になっている。
よく見れば、触手に大きな切り傷がついている。
私のフレイムボールと同時に、クロアとビッキーにも対応したのだろう。
「ああ、フレイムボールがもう少し威力があったら、危なかったわ。」
赤い女は、そう言う。
そして、武器を構える。
「ビッキー!来るな!」
クロアは、腕が無くなった傷を押さえながら、叫ぶ。
クロアの声に、攻撃に移ろうとしていたビッキーが、止まる。
ビッキーの戦闘力では、赤い女に、攻撃を通すことはできない。
クロアは、戦えそうにない。
ここは私がどうにかしないといけないだろう。
ショートワンドに残った魔力を、再び練り上げる。
「ファイアスプレッド!」
ショートワンドから、直径数センチほどの火球が大量に出現し、赤い女に襲いかかる。
しかし、赤い女が無造作に剣を振ると、その火球はかき消されてしまった。
「無駄よ。」
赤い女は、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、口を開いた。
「さっき貴方が庇ったそこの女をこっちに渡してくれたら、見逃すわ。」
・・・?
どうやら、私たちが捕らえてきた女にご執心のようである。
・・・もしかしたら、やりようがあるかもしれない。
「・・・わかった。女は引き渡そう。」
私がそう言うと、ビッキーが驚いたような顔をして、私を見る。
捕らえてきた女は、諦めたような表情をしつつ、顔を青くして震えている。
そして、クロアは、表情を変えずに私を見ている。
目を合わせると、クロアは、目線だけで頷いた。
どうやら、クロアには私の魂胆はばれているようだ。
「こっちに来てくれ。」
赤い女にそう言いつつ、ショートワンドに魔力を込める。
赤い女は、こちらを疑うことなく、捕らえてきた女に歩み寄っていく。
あと少し、あと少し・・・。
あと数歩近寄れば、一息に行ける。
魔力は練りあがった。
いつでも、いける。
赤い女の一歩が、果てしなく長く感じる。
あと二歩・・・・・。
・・・・・あと一歩・・・・・。
・・・今だ!
一息で、赤い女に飛び掛かり、ショートワンドを赤い女の腹に押し付ける。
そして、短縮詠唱を叫ぶ。
「フレイムスピアー!!」
「なっ!?」
赤い女の驚愕の声が聞こえる。
私の杖から、魔力が迸り、炎の刃を形成。
そしてその刃は、そのまま赤い女の腹を食い破り・・・
・・・はしなかった。
バリン、と、何かが砕ける音がする。
顔面に衝撃。
その直後、全身を何かに包み込まれるような感触。
「・・・危なかったわ。」
赤い女が、言う。
目を開き、杖を確認すれば、先端が砕け、折れている。
頬が痛むが、どうにか、折れてはいない。
後ろを見れば、クロア。
私は、赤い女に顔を殴られ、吹き飛んだところをクロアに抱き留められたようだ。
赤い女が握り込んだ手を開くと、私の杖の一部が、バラバラと床に落ちた。
「残念ね。威力不足よ。」
そういう赤い女の服の腹部には、黒っぽく焦げた跡がある。
だが、そこから少し見える素肌には、傷はついていないようだ。
ああ、何も効かない。
手が届かない。
私は、こんなにも弱いのか。
――だが、弱いなりに、目標は、達成した。
次の瞬間、何かが天井を突き破り、赤い女がいた場所に現れた。
「ちぃっ!?」
赤い女が、舌打ちをしながら、大きく飛び退く。
天井からの攻撃は、赤い女にあたることはなかった。
「残念、外れ。」
淡々とした、しかし、どこか愛らしい声が、戦場に響く。
天井が崩れたことで生じた土煙が、晴れる。
そこに見えるのは、小さな背中と、大きな盾。
その声の持ち主は、盾を一振りすると、赤い女から私たちを守るように、仁王立ちする。
今は、その小さな背中が、大きく見える。
エミーリアさんだ。
「気をつけろ!そいつは強いぞ!」
私は、思わず叫ぶ。
エミーリアさんだけでは、戦力不足ではないだろうか?
そう思った私の感覚は、しかし、杞憂だった。
「っぅわ!?キモ!?」
赤い女が、叫ぶ。
その声に釣られてエミーリアさんを見て、私も、一瞬驚いてしまった。
エミーリアさんの体の縫い目が開き、その中から、別のエミーリアさんが現れているのだ。
全員が、同じ見た目をしており、同じ装備を持っている。
物理的に出てこれない大きさの縫い目から現れているように見えるが、なぜか、違和感無くも見える。
赤い女は、ここでエミーリアを止めるように動くべきだったのだろう。
しかし、赤い女は、反応できなかった。
その反応できなかった数秒のうちに、エミーリアさんは、20人ほどに増えていた。。
そして、全員が、盾と剣を構えて、口を揃えて、言う。
「ミニマムレギオン、エミーリア。いざ、参る。」
そうして、エミーリアさんたちは、分厚い剣を煌めかせ、赤い女に襲い掛かっていくのだった。




