第26話 青鉄の戦い
「エミーリア、リコラ達に合流して。俺は、ヴァシリーサを止める。」
俺の言葉にエミーリアは頷き、階段を下りていく。
降りていくエミーリアを、ヴァシリーサは見逃した。
「・・・見逃していいのかい?」
俺がそう言うと、ヴァシリーサは、苦笑いして言う。
「ああ、いいっすよ。アルバトレルスがどうなろうが、知ったこっちゃないっすから。」
どうやら、俺が知らない事情がありそうだ。
「じゃ、メタルさん。あたしのために、少し、気絶していてもらうっす。」
ヴァシリーサがそう言い、六角棍を構える。
俺は、愛剣『蒼硬』を抜き、ヴァシリーサに切っ先を向けるように構える。
ヴァシリーサは笑みを深め、目を、スッと細くなる。
危険を感じ、反射的に蒼硬を眼前に跳ね上げる。
「!!」
炸裂音と共に、蒼硬ごと右腕が上に弾き上げられる。
再び危険を感じ、頭を逸らせば、何かが掠める。
ヴァシリーサの様子を伺えば、右目が、うっすらと水色に光っている。
魔眼だ。
蒼硬を振り下ろせば、しっかりとした手ごたえと共に、何かが爆ぜた。
衝撃の魔眼あたりだろうか。
目に見えない衝撃が無数に襲い掛かってくる。
空気の動きと勘を頼りに、その全てを蒼硬で打ち消しつつ、ヴァシリーサに目をやる。
ヴァシリーサは変わらずそこにいる・・・っ!?
背筋が泡立つ感覚を信じて咄嗟に屈めば、衝撃波と共に頭があった場所を六角棍が通り過ぎる。
「っち。」
ヴァシリーサの舌打ちが聞こえた。
正面に立っていたヴァシリーサは、ぶれて、消える。幻影だった。
自分に六角棍を放ってきたヴァシリーサに蒼硬を振るえば、全く手ごたえはなく、消えてゆく。
蒼硬を振るったことで伸びた体に、次は、火炎弾が襲い掛かってくる。
身体を回転させて火炎弾を躱し、ヴァシリーサに向けてナイフを投擲する。
しかし、それも幻影で、少し揺らいだ後、消えていく。
目には見えないが、気配が迫ってくる。
その気配がある方向へ蒼硬を振るっても、手ごたえはない。
その間も、衝撃と火炎弾は次々と襲い掛かってくる。
気が付けば、四方八方から足音や呼吸音が聞こえる。
火炎弾が飛び交った結果、周囲には炎が渦巻き、熱源の方向もわからない。
だが、気配、音、熱、全ての情報からずれた位置から、六角棍は襲い掛かってくる。
六角棍を蒼硬で受ければ、飛んでくる衝撃を止めた時とは比較にならない重い感触が響く。
やはり、青鉄クラスともなれば、違う。
火炎弾一発一発が必殺の威力を持ち、衝撃波も喰らえばただでは済まないだろう。
そして、そのどちらよりも重い六角棍の一撃。
さらに、ヴァシリーサの位置もわからない。
仕方がない。開放しよう。
「開放、1」
呟く。
その瞬間、世界は少し遅くなる。
俺の力は、開放しなくとも、並の青鉄旅客相手くらいならば互角以上に戦うことができる。
以前、レオンと戦った時(第2章9話~10話)に開放を10まで上げたのは、なんだか危険な感じがしたからである。
レオン自体は、開放しなくてもどうにとでもできる相手だった。
以前のヴァシリーサだったら、開放しなくとも、どうにかなっただろう。
だが、今のヴァシリーサは、開放しなければ厳しいくらいには成長している。
開放することで、周囲がよく見えるようになる。
すると、音や衝撃、六角棍など多くの物が同時に飛来する中、一切音も気配もない場所が必ず数か所ある。
ヴァシリーサの襲い掛かってくる方向から察するに、そのうちのどこかにヴァシリーサがいる。
そして、先ほど襲い掛かられた方角と、ヴァシリーサの機動力を考えれば・・・。
ここだ!
その場所に向け、蒼硬を突き込む。
しっかりとした重い手ごたえ。そして、してやったりといった顔のヴァシリーサが目に入る。
「かかったっすね!」
瞬間、右腕が強く痺れる。
「うお!」
誘われた。六角棍から紫電が腕を伝っている。
だが、腕は動く。
一際鋭い紫電が腕に到達する前に、力を込め、蒼硬を振り抜く。
六角棍から伝わる力が、スッと引く。
自分から跳んで衝撃を逃がしたらしい。
少し離れた場所で、ステップを踏みながら止まるヴァシリーサが見える。
巧い。
やはり、だいぶ腕を磨いたようだ。
思わず、笑みがこぼれる。
楽しいじゃないか。
痺れが抜けた腕で蒼硬を握りなおし、ヴァシリーサを見据える。
ヴァシリーサは、ニッと獰猛な笑みを浮かべている。
さあ、仕切り直しだ。どんな技を見せてくれるかな?
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ヴァシリーサ視点
思わず、口角が上がる。
強い。
跳んで衝撃を逃がしたつもりが、そのまま吹き飛ばされるかと思った。
どうにか止まれたからよかったものの、すごい力だ。
メタルさんを見れば、メタルさんも、笑っている。
二人とも笑っているが、笑みの本質は、真逆だ。
メタルさんの笑みは、強者と戦うときの楽しみの笑み。
あたしの笑みは、技が易々と破られて思わず出た苦笑。
前に一緒に依頼を受けた時も強いと思ったが、相対して、理解した。
強すぎる。
一体、どうやってそこまでの高みに至ったのだろうか。
その力があれば、あたしは・・・。
いや、今は悩んでいる場合ではない。
今の、魔眼と火炎弾、そして幻術の組み合わせは、新技だった。これなら通用すると思っていた。
だが、途中で、メタルさんの気配が急激に増大した。
そして、メタルさんはこともなげに居場所を看破すると、こちらに攻撃を加えてきた。
保険のために用意しておいた電気で攻撃する魔術も、突きを逸らしただけなのに重すぎてこちらが痺れ、反応が遅れてしまった。
結果、対応され、ダメージはほとんど与えていない。
双方、無傷。
新技はうまく通用しなかった。
この時のために、かなり使い込んで熟練しておいたのだが・・・。
結構自信があったんだけどな。ちょっとショックだ。
やはり、最も得意な戦い方で攻めるしかない。
ここで止まるわけにはいかないのだ。
とりあえず、魔眼で衝撃を飛ばす。
メタルさんが、その衝撃を弾いているうちに、姿勢を整える。
集中。
世界はスローモーションに。
体制をクラウチングに。
メタルさんは、あたしが技を繰り出そうとしていることを察したらしく、受ける体制になっている。
「爆走!」
叫びと同時に、足の下で爆発を起こす。
体が前に押し出される。
一歩ごとに足元を爆破し、急加速。
あまりの加速に、身体がすべてバラバラになるような感覚に襲われる。
だが、問題はない。耐えられるし、制御もできる。
メタルさんの頭部を狙って、六角棍を突き出す。
これこそが「爆炎スプリンター」の異名をとった戦い方、『爆炎走棍術』である。
ベイパーコーンすら纏って、六角棍は突き進む。
だが、驚くべきことに、メタルさんは目の前で音速近くまで加速した六角棍を、躱した。
あたしの六角棍は、メタルさんの頬を少し掠めるだけで終わった。
そのまま走り抜け、追撃を振り切る。
爆発で勢いを殺し、振り返る。
メタルさんが向かって来ようとするのを、魔眼で牽制。
爆発。急加速。
次は薙ぎ払い。六角根の先端でも爆発を起こし、振る速度を速める。
手には重たい手ごたえ。
走り抜き、振り返る。
メタルさんには、防御された。だが、姿勢が崩れている。
いまこそ、チャンス!
爆発、加速。
瞬間、拳が目の前にある。
「っつ!?」
咄嗟に頭をひねって避ける。
まさか!?
三発目で反応!?
だが、こちらも反応はできる。
拳を躱しながら、六角棍を振り、走り抜く。
手ごたえは、ない。
すぐさま振り返れば、予想通り目前にメタルさんが迫っている。
「ちぃ!」
牽制で衝撃を放つが、拳で打ち払われてしまう。
しかも、メタルさんは斜に構えており、刀身が体に隠れている。
どこから来る?
メタルさんの体の動き的には、上から来そうだったが、視界の端で、きらりと何かが光る。
咄嗟に六角棍の先で爆発を起こし、棍を回す。
六角棍は爆発で跳ねあがり、死角から襲い掛かってきた剣を弾く。弾きたかった。
しかし剣は弾かれることなく、六角根の上を滑って指を狙いに来ている。
六角棍を回転させ、指狙いを逸らす。
そのままの回転の勢いで、顎を狙う。しかし、軽く頭を逸らしただけで躱される。
メタルさんの体は、剣を弾かれた上に私の棍を避けたため、上に伸び切っている。
胴体を狙って、六角棍を一閃。
しかし、手ごたえはない。
それどころか、目の前からメタルさんが消えた。
次の瞬間、視界に火花が飛び散る。ちらりと、逆さまになったメタルさんが見える。
顎にサマーソルトキックを喰らったらしい。思わず、数歩後ずさる。
膝から、力が抜ける。
あまりにも大きい隙だ。
やばい、と思って、視線をあげれば、そこには、今まさに右拳を振り下ろさんとしているメタルさんが見えた。
痛みはなかった。
痛みを感じる間もなく、意識は刈り取られたのだ。
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振り下ろした右の衝撃で、轟音と共に床にたたきつけられ、跳ね上がってきたヴァシリーサを抱きとめる。
俺の降り下ろしの右を側頭部に食らったヴァシリーサは、一度床にたたきつけられ、そして跳ね上がってきた。
だが、死んではいない。それどころか、傷一つない。
床に叩きつけた身体が跳ね上がったり、周囲に響いた轟音は、パンチの衝撃をそっちに流したから生じたものだ。
殺すつもりなら、エネルギーを全て破壊に向かわせるため、その拳は音もなく、殴られた相手もほとんど動かないように殴る。
今回は、気絶するだけの衝撃が残るよう、わざと威力を分散させたのだ。
しかし、強かった。
爆炎スプリンターの異名の元になった技である『爆炎走棍術』。
以前に見たことがあったが、それよりもはるかに速度が上がっていた。
一発目の回避は、正直ぎりぎりだった。
開放1では、避けられなかった。
咄嗟に開放を2まで引き上げる判断ができて、よかった。
「う・・・んぅ?っは!?」
そんなことを考えていると、ヴァシリーサが目を覚ました。
「お?はやいな?」
思っていたよりも早い。
以前の防御力想定で10分程度目を覚まさないように攻撃したが、1分持たなかった。
防御力が以前より高まっているようだ。
「・・・あちゃ~。あたし、負けましたね。・・・そして、メタルさん、近いっす。」
そう言いながら、ヴァシリーサは俺の腕からひらりと逃れ、自分の足で立つ。
若干、顔が赤い。
「あたしは、負けました。煮るなり焼くなり、好きにするといいっす。」
そう言い、ヴァシリーサは床にごろりと寝転がった。
好きにしろと言われても・・・。
まったく。女性が、そんなことを言うものではない。
「こらこら、女性がそんなことを言うもんじゃない。何されるかわかったもんじゃないよ。」
そう言うと、ヴァシリーサは少しジト目になり、赤い顔をしながら、しぶしぶと言ったようすで立ちあがった。
「・・・まあいいっす。で、どうするっすか?」
ヴァシリーサは、これ以上抵抗する気はないようだ。
そうなると、エミーリアたちが心配になってくる。
果たして、大丈夫だろうか?
急いで向かう必要があるだろう。




