第25話 強敵登場
リコラ視点
それなりの地位であろう女を捕らえた後、地下に向かう。
女は、ビッキーの貝の中に閉じ込めている。
ビッキーの貝は、ヒト一人くらいは簡単に格納できる程度には大きい。
時折、爆音や重低音が響き、ビルが揺れる。
メタルさんたちの勢いはとどまるところを知らないようだ。
時折、アルバトレルスの構成員と出会うが、クロアと作太郎さん、そしてビッキーが目にもとまらぬ速さで無力化していく。
ビッキーは強いとは知っていたが、私が思っていた以上である。
触手は目にもとまらぬ速さで空を走り、アルバトレルス構成員を打ち据える。
うまく加減してはいるようで、今まで命を奪ってはいない。
1階のホールに差し掛かる。
上へ向かう階段と地下へ向かう階段は、1階のホールで合流しているのだ。
1階ホールの外には、気絶したアルバトレルスの戦闘員たち縛り上げられ、ビルの前に転がされているのが見える。
メタルさんたちが大暴れした跡だ。
皆、ちゃんと息はあるようである。
地下に向かう階段を下りる。
さて。地下何階に拉致した人はいるのだろうか?
「ビッキー、さっきの人を出してもらえるか?」
「ワカッタ!」
ビッキーの貝が開き、先ほど捕らえた女性が転がり出てくる。
なかなか、痛そうな転がり方だった。
「うぐっ・・・。・・・ん、なに?」
その衝撃で、女性は目を覚ましたようだ。
上半身を起こし、首を振っている。
その女性の近くに、作太郎さんが歩み寄り、女の顔を覗き込むように、かがみこむ。
そして、地獄の底から響いてきているような、昏く重い声で、口を開いた。
「女、捕らえた者は、何処か?」
作太郎さんを見た瞬間、全てを思い出したのか、女はガタガタと震えだす。
なんだが、少しかわいそうにも見える。
「あ・・・あぁ・・・・ち・・・地下3階から・・・行けます。」
そう言う女に、作太郎さんが、刀を突き付ける。
そして、その眼窩に赤い光を灯し、さらにおどろおどろしい声で告げる。
「今宵は、未だ、血を吸い足りんなぁ・・・。」
そう言いながら、女の首の皮を、薄く傷つける。
数滴滲んだ血は、美しい刃の上を、ゆっくりと滑り落ちる。
その様は、傍から見ているだけでも、かなり恐ろしい。
当事者たる女の恐怖は、凄まじいものに違いない。
それを証明するように、女の顔は恐怖に引き攣り、歯をカチカチと鳴らしている。
「た・・・たすけ・・・て・・・。」
そういう女に、作太郎さんは、さらに口を開く。
「ほう、助かりたいか。・・・ならば、先導せい。」
作太郎さんは、そう言い、女の服の襟をつかみ、立ち上がらせる。
女は、少しふらついたものの、すぐに立ち直り、歩き始める。
「こ・・・こちらです!」
先導を始めた女に、作太郎さんが、さらに声をかける。
「我らを謀ったときは・・・分かっているだろうな?」
作太郎さんの声に、女は、首を激しく縦に振る。
どうやら、罠に誘い込まれることは、なさそうだ。
だが、信用もできないだろう。
私たちは、警戒はしながらも、その女の後をついていくのだった。
*****
女の後をついていくこと、数分。
ビルは、地下3階で最下層のようだ。
ビルの地下とはいえ、ここは高層都市である。
地下というのは、ビルの1階がある層から下を指すだけで、実際に地面の下にあるわけではない。
窓もあるし、外も見える。
しかし、このビルの窓は塞がれており、外は見えないようになっている。
女は、壁の前で止まった。
そして、カードキーを、壁の継ぎ目に見える場所に通す。
すると、壁が開き、通路が現れた。
「こ・・・ここです・・・。」
壁が開いたとたん、その奥から、生物が発する様々な臭いが流れてくる。
・・・いい匂いではない。
むしろ、吐き気を催すような、悪臭である。
「・・・ここが捕らえている場所というのは、本当のようですな。」
作太郎さんが、言う。
骨の顔の表情は読み取りづらいが、声色からするに、顔を顰めているようだ。
「死体の匂いはしない。生きてはいるようだ。」
クロアも言う。
いつも表情をあまり出さないクロアにしては珍しく、その表情は嫌悪感に歪んでいる。
「ワタシ、ココに、ハイリタクナイ。」
ビッキーは、嫌悪感を隠そうともしない。
「う・・・ぅぷ・・・。」
案内してきた女が、その匂いに負けて、気持ち悪そうな表情をしている。
その様子を見て、作太郎さんが怪訝そうな声を上げる。
「貴様、演技が上手いな?慣れておるだろうに。」
作太郎さんがそう言うと、女は、首を振る。
「私・・・ここに来たの初めてで・・・。」
そう言うと、クロアが女に対して、嫌悪感を一切隠さずに、声を上げる。
「・・・汚れ役は、部下に任せていたか。」
クロアの言葉にも、女は首を振る。
女の表情は、悲痛に歪んでいる。
だが、言葉は出ないようだ。
このままここでこの女を責めていても、埒が明かない。
一度、仕切り直した方がいいだろう。
「ここで言い争っていても、拉致された人は助けられないぞ。」
私がそう言うと、作太郎さんとクロアは、頷く。
「そうだな。だが、ビッキーはどうする?」
クロアが、私に目を向けて、言う。
私も、クロアや作太郎さんよりは弱いとはいえ、戦闘旅客として悲惨な場面は見たことがあるし、生娘でもない。
この先にどういった光景が待っていそうかくらいは、想像がつく。
強いとはいえまだ幼いビッキーに見せるのは、良くない光景だろう。
「ここで待っているのは・・・危険か。」
作太郎さんが言う。
敵地のど真ん中で待っているのは、危険だろう。
さて、どうしようか。
「皆さん、この先に、進むんですか・・・?」
私が悩んでいると、連れてきた女が、口を開いた。
その声色は、怯えの色が強い。
まあ、女からすれば、敵に囲まれているのだ。
怯えるのも、当然だろう。
「ああ、進むよ。」
私がそう答えると、女は、首を振りながら、言う。
「き・・・危険です。私も協力します。増援を、連れてきましょう。」
・・・?
どういうことだ?
なぜ、アルバトレルスの一員である女が、こんなことを言うのだろうか。
少し混乱していると、クロアに似た声が、開いた通路の奥から、響いてきた。
「そこにいるのは誰だ?」
「ひっ!?」
その声に、連れてきた女が、怯えの声を発する。
クロアと作太郎さん、ビッキーはすぐに戦闘態勢に移る。
通路の奥から、大柄な人影が、2人、現れる。
女だ。
その2人の女は、クロアにかなり似ている。
姉妹と言ったら、信じてしまいそうだ。
その、2人の女は、捕まえてきた女を見て、口を開く。
「お前は・・・・・・。なんだ、早速、裏切りか?」
その2人の女は、そう言い、武器を構える。
2人の武器は、大ぶりな片刃剣である。
その様子を見て、クロアが、小声で、私に話しかけてくる。
「・・・リコラ、メタルたちを呼んで、ビッキーを連れて下がれ。私では、あいつらには、勝てない。」
クロアの様子は、いつもと変わらない。
だが、話した内容は、衝撃的なものだった。
クロアが、勝てない。
ならば、あの二人は、相当な手練れなのだろう。
こちらの会話を横耳に聴いてきた作太郎さんも、声を上げる。
「2人は少し、厳しいかもしれませぬな。」
私は、メタルさんたちを呼ぶために、スマートフォンを取り出す。
それと同時に、クロアと作太郎さん、ビッキーが、2人の女と戦闘を開始したのだった。
*****
5人のエミーリアが、部屋の一つに、突入する。
剣戟の音が響くが、1分経たずに、静かになる。
「制圧完了。」
俺の傍らに立っているエミーリアがそう言うと、突入した5人のエミーリアが部屋から出てくる。
そして、次の部屋へと向かっていく。
アルバトレルスのビル攻略は、順調に進んでいる。
たくさんいるエミーリアが、とにかく強い。
一人一人が一流の戦士であるエミーリアが、36人もいるのだ。
さらに、エミーリアの使う分厚い短めな剣は、室内での戦闘に大変向いている。
先ほどからアルバトレルスの戦闘員は、さしたる抵抗もできずにエミーリアに叩きのめされている。
「制圧完了。これで、この階もクリア。」
5階も終わった。
地上部は、これで全て制圧完了である。
この後は、地下に向かおう。
リコラ達の戦闘痕は、地下に向かっていた。
リコラ達から離れるよう、俺たちは上に向かって進んでいたが、完全制圧してしまえば、話は変わる。
戦力の誘引という目的は果たした。
合流していいだろう。
そんなことを考えていると、スマートフォンが鳴る。
リコラだ。
着信に応答する。
すると、リコラの切羽詰まったような声が聞こえてきた。
「こちらリコラ。強敵に遭遇、増援求む。場所は地下3階。急いでくれ!長くは持ちそうにない!」
声の向こう側では、戦闘音が響いている。
救援要請を話してすぐに、着信が切れる。
これは少し、やばそうだ。
「エミーリア、増援要請だ。行こう。」
俺の言葉に、エミーリアが頷く。
俺とエミーリアは、分離しているエミーリア達を回収しながら、地下に向かう。
エミーリア達は、自分達の居場所がそれぞれわかっている。
それぞれが離れていると、細かい内容を伝えることは難しいそうだが、合流指令などの簡単な内容は共有することができるようだ。
それを利用し、各階に散っていたエミーリアたちは、それぞれで合流してまとまりながら、俺たちが通るルート上で待っている。
そのため、エミーリアたちの合流には、余分な時間はほとんどかからない。
スムーズに地下に向かって移動できるのだ。
だが、簡単に地下に降りることができるわけでも、なさそうだ。
1階のホール近くに来た時、俺の感覚に、引っかかるモノがあった。
敵のようだ。
1階ホール、その真ん中にいる。
地下への階段に向かうには、1階ホールを横切らなければいけない。
どうやら、そいつは待ち伏せしているらしい。
「エミーリア、敵がいる。」
俺がそう言うと、エミーリアが立ち止まる。
エミーリアを後ろに隠しつつ、1階のホールに入る。
「あれ?もしかしてメタルさんっすか?」
人懐っこそうな、ハスキーな声が聞こえた。
ホールの真ん中に、小柄な人影がある。
ボーイッシュな女性だ。
身長はあまり高くなく、癖のある濃い青色のベリーショートヘアをしている。
眼は大きなアーモンド形でくりくりしており、その瞳は小さく、四白眼だ。
両側頭部に、10㎝程度の、短めで太く黒角が上に向かって生えている。
腰からは、その女性の身長と同じくらいの長さの、黒い艶やかな鱗に覆われた太いしっぽが伸びている。
竜人だ。
身長は低めだが、線は細くはなく、良く鍛えられたしなやかな身体をしている。
オレンジ色の半そでに黒いハーフパンツ、グレーのランニングタイツに軍用ブーツという、靴以外はこの場に似合わないようなスポーティな服装をしている。
服装と合わさって、日に焼けたスポーツ少女ような雰囲気を醸し出している。
だが、その手には、スポーツ少女には似合わない、群青色に輝く重厚な六角棍が握られていた。
・・・これは、さすがに予想外だ。
「・・・ヴァシリーサ?『爆炎スプリンター』ヴァシリーサか。久しぶりだね?」
俺の声に、ボーイッシュな女性、ヴァシリーサはニっと笑う。
笑う口からは、長めの八重歯が見える。
「まさか、メタルさんが出てきているとは思わなかったっすよ。あー、いよいよこの依頼受けなきゃよかったっすかね?」
ヴァシリーサはそう言いながらも、重厚な六角棍を隙なく構え、身体には魔力を張り巡らしている。
洗練された足運びや隙の無い体捌きからは、強者の雰囲気が漂っている。
予想外の大物だ。まさか、ここまでの相手が出てくるとは思わなかった。
数百万人いると言われている碧玉連邦の戦闘旅客のうち、ごく僅かしかいない青鉄の戦闘旅客。
その一人、『爆炎スプリンター』ヴァシリーサ。
探しものがあるとかで、全国をウロウロしている旅客だ。
数年前、小さな仕事で一緒に行動したことがある。
その時から青鉄クラスの非常に強力な旅客だったが、雰囲気が違う。さらに腕を磨いたようだ。
ヴァシリーサは、その外見に反することなく、近接戦闘を好む。
それに加え、魔術にも大変長けている。
その実力は、大魔術師と言っても過言ではない程だ。
「まぁでも、あたしも信用があるっすからね。簡単に通すことはできないっすね。」
そう言いながら、ヴァシリーサは六角棍を軽く一振り。
その瞬間、棍の先端で爆炎が渦巻く。
「あたしの目的もあるっす。簡単には負けられないっすよ。」
戦闘旅客は、当然だが、仕事を受けたのならばその完遂が求められる。
今回、ヴァシリーサはアルバトレルスから仕事を受けているのだろう。
事情を話せば戦わないで済む気もするが、どうやら、ヴァシリーサにも事情がありそうである。
「エミーリア、リコラ達に合流して。おれは、ヴァシリーサを止める。」
俺の言葉にエミーリアは頷き、階段を下りていく。
降りていくエミーリアを、ヴァシリーサは見逃した。
「・・・見逃していいのかい?」
俺がそう言うと、ヴァシリーサは、苦笑いして言う。
「ああ、いいっすよ。アルバトレルスがどうなろうが、知ったこっちゃないっすから。」
どうやら、俺が知らない事情がありそうだ。
「じゃ、メタルさん。あたしのために、少し、気絶していてもらうっす。」
ヴァシリーサはそう言い、六角棍をこちらに向けて、構えたのだった。




