第23話 突入
アルバトレルスの本拠であるビルまでは、車で15分ほどのようである。
時刻を確認すれば、深夜3時の少し前。
まだ空は暗い。
囮捜査の開始からここまで約4時間。
まさか、こんなにも事態が急に動くとは思っていなかった。
リコラの操る軽貨物車は、深夜の高架上を走る。
過積載状態の車体は、少しの段差でも、ギシリギシリと嫌な音を立てて軋む。
外から見れば、無法地帯に走っている匪賊かなにかの違法改造車のようにすら見えるだろう。
「メタルさん、これは、正面から行っていいのか?」
リコラが訊いてくる。
さて。事前情報がないから、何ともわからない。
迎撃態勢が多少整っていたとしても、俺が盾になれば問題はないのではないか・・・。
・・・いや、待て。
戦車とか、いるかもしれない。
この星では、民間でも装甲戦闘車両を購入・運用することができる。
原生生物が非常に強力なこの星では、都市部から離れると危険地帯も散在している。
基本的に街道沿いには危険生物は出現しづらいが、それでも、装甲戦闘車両がいるといないでは、安心感が違うのだ。
そのため、民間の戦闘系会社で一定以上の大きさのところは、装甲戦闘車両を運用していることが多い。
アルバトレルスも、もしかしたら運用しているかもしれない。
民間向けの装甲戦闘車量は軍用品よりも性能は数段劣るが、厄介なことには変わりない。
もしくは、憲兵から横流しされた高性能な軍用品を持っている可能性もある。
先ほどの襲撃の時は、俺一人が戦ったからどうにかなったが、ここにいる全員を守りながら戦うとなると、守り切れない可能性がある。
「いや、このまま正面から行くのは危険だ。上に通ってる高架に行くことはできる?」
俺の言葉に、リコラが頷く。
「ああ。いける。直上だと監視されているかもしれない。2本上に行くか?」
流石、地元民である。
「ああ。それがいい。」
リコラの提案に乗る。
その後数分、作戦を打ち合わせる。
「では、作戦をまとめましょう。」
作太郎が言う。
そうだな。このあたりで、一回まとめておいた方がいいだろう。
まず、2つ上の高架まで移動する。
そこから下を見て、ビル周辺の監視状況を確認する。
直上の高架に監視がおらず、屋上の監視が少ないようなら、そのまま全員で上部から侵入する。
もし、監視が多いようならば、俺が正面からまっすぐ突入し、敵の目をそちらに集中させたうえで屋上から侵入する。
このような作戦になった。
「そして、できる限り、命は奪わないように。」
リコラが言う。
今回の戦いで、リコラが俺たちに要望したことだ。
下手に命を奪えば、後々、面倒なことになるかもしれない、とのことである。
命を奪う行為は、重い。
例えそれが、法に基づいた処刑であっても、後に禍根を残す可能性がある。
特に、首都という巨大都市においても比較的閉じた社会を形成しているこの街では、その可能性は決して低くないだろう。
そのため、命を奪わないようにする、というのは重要なのだ。
何を甘いことを、と思うかもしれない。
しかし、今回の場合、戦いの後にこの街で生きていけなくなるのでは意味がないのだ。
軽貨物車は、深夜の街を進む。
当初と目的地が変わったので移動距離が伸びたが、15分ほどで到着する。
幸いにして、たどり着いた高架上には敵の姿はない。
高架から顔を出し、下を伺う。
「・・・暗くて見えないな。」
リコラが言う。
俺も、見えない。
俺は、別に夜目が利くわけではないのだ。
だが、気配から、なんとなくの人数はわかる。
1段下の高架には、10人前後。屋上には3、4人といったところか。
「監視は、いますな。」
そう言うのは、作太郎。
「見えるの?」
エミーリアが、作太郎に訊く。
「はっはっは。某のような死霊にとっては、闇は友ですからなぁ。」
そうか。
アンデッドだと、見えるのか。
「・・・一つ下の高架に、監視らしき者が10。屋上に、3。」
クロアも、言う。
どうやら、クロアにも見えているようだ。
10人に3人か。
俺の認識ともずれていない。
決して多くはないが、高架上と屋上で分かれているせいで、通報されずに無力化するのも難しそうだ。
「これなら、俺が正面から行った方がよさそうだな。」
俺の一言に、皆が頷く。
そこで、エミーリアが口を開く。
「私も、行く。」
エミーリアなら、そう言うと思った。
「わかった。じゃあ、二人で行こうか。」
そう言うと、エミーリアは満足そうに頷く。
「じゃ、俺たちは正面から行くよ。監視が減らないときは、連絡して。」
「わかった。メタルさんたちも、気を付けて。」
クロアが、激励してくれる。
「ああ。ありがとう。そっちも、ご武運を。」
俺はそう言い、エミーリアを抱き上げ、高架から身を躍らせるのだった。
*****
エミーリアを横抱きに抱え、一つ下の高架からは見えない角度で、跳ぶ。
そのまま、いくつかのビルの屋上を経由して、アルバトレルスのビルの近くまでたどり着く。
エミーリアは、俺に横抱きにされている間、とても静かに顔を赤くしていた。
・・・可愛い。
だが、可愛いからといって、ここで見とれているわけにもいかない。
物陰に隠れ、エミーリアを下す。
「・・・エミーリアは、個体レギオン?それとも、群体レギオン?」
俺がそう言うと、エミーリアは、少し驚いた表情をする。
レギオンの種類を訊かれるとは思っていなかったのだろう。
レギオンは、その形態を2種類に分類できる。
個体レギオンと群体レギオンだ。
個体レギオンは、一つの人格で複数の身体を操っているレギオンである。
たくさんいる身体全てを一つの人格が統合しているため、身体の一つを失っても、ダメージはあまり大きくない。
身体一つ当たりの”重さ”は、軽いのだ。
その反面、全ての体を一つの人格で操作しているため、10体以上の多数を操るためには訓練が必要になる。
群体レギオンは、身体それぞれに別の人格が宿っているレギオンである。
別々の個でありながら同一人物という、不思議な個体が多数集まっているのだ。
表に出ている人格は、それらの人格の中でも、もっともコミュニケーション能力に長けている個体であることが多い。
一人当たりの"重さ"は個体レギオンの比ではないが、一方で、身体の数がいくら増えても操ることに支障は出ない。
精神の根本で繋がりながらも、全員が自己判断できる別個の人格なのである。
「・・・私は、群体レギオン。数は38。」
・・・驚いた。
エミーリアは、あまりコミュニケーション能力に長けているわけではない。
なので、個体レギオンだと思っていた。
だが、群体レギオンだった。
となると、あまり、エミーリアに無茶させることもできない。
「わかった。じゃあ、俺が危険な奴を先に排除するから、そしたら、皆を展開してくれるかな?」
俺がそう言うと、エミーリアは、少しじゃなく、驚いた顔をする。
「私はたくさんいる。囮にはしないの?」
・・・群体レギオンにはよくあるが、良くない思考だ。
一人一人がしっかり人格を持っているのに、一人あたりを軽く見てしまっている。
群体レギオンは、一人一人が同一人物でありながらも別々の個であり、尊重されるべきなのだ。
「群体レギオンなんだろ?じゃあ、誰も欠けさせちゃあ、ダメだろ?」
俺がそう言うと、エミーリアはきょとんとした顔をする。
そして、頬を赤くして、はにかんだ。
「・・・ありがとう。全員から、お礼を。」
・・・ああ。
可愛いじゃないか。
このままここで愛でていたいが、そういうわけにもいかない。
「よし、じゃあ、行くか。」
無理やり、思考を切り替える。
ビルの陰から、アルバトレルス本拠地ビルをのぞき込む。
比較的新しいビルだ。
特徴の薄い、灰色のどこにでもありそうな雑居ビルである。
看板には『首都中央警備保障』と書いてある。
アルバトレルスは、警備会社に扮しているのだろう。
そして、ビルの前には、戦車が2両。
民間向けのCL-3軽戦車だ。
CL-3軽戦車は、民間向けに開発された、軽量安価な戦車である。
地球の戦車で言うならば、T-26軽戦車とT-50軽戦車を足して割ったような外見をしている。
装甲は最大30㎜。
主砲には40㎜砲か30㎜以下の機関砲を選択できたはずだ。
だが、正面に見える車両のうち1両は、砲塔の形が違う。
どうやら、憲兵から横流しされた軍用の対戦車用5㎝砲を搭載しているようだ。
あの5㎝砲は、HEAT弾が通用しなくなってきた戦車に対して有効打を与えらえるよう、歩兵部隊に配備するために開発された砲である。
3つの薬室を持つ多薬室砲であり、歩兵二人で牽引できるほど軽量でありながら、直径4.5㎝のAPFSDSを1,800m/secの初速で撃ちだすことのできる優良砲だ。
最新鋭徹甲弾には劣るものの、現用戦車でも射距離によっては撃破可能な強力な砲である。
民間には販売されていないはずの砲である。
憲兵隊から横流しされているのだろう。
正面から攻めていなくてよかった。
もう一両は、30㎜機関砲搭載型のようだ。
まずは、あの2両を撃破する必要があるだろう。
あの2両を撃破したら、エミーリアに展開してもらい、こちらから主力が来たように見せかけるのだ。
「エミーリア、合図したら、全員展開して出てこれる?」
そう言い、振り返ったら、少しぎょっとする光景が広がっていた。
そこには、38人のエミーリアが、武器と盾を構えて、並んでいたのだ。
「わかった。いつでも行ける。」
先頭のエミーリアが、答える。
全員の瞳がこちらを見つめている。
ここで恐怖を覚えず、少し嬉しいあたり、俺も大概かもしれない。
これだけのエミーリアが見ているのならば、カッコ悪いところは見せられないな。
もともとやる気がないわけではなかったが、なんだかよりやる気が湧いてきた。
さあ、行くか!
*****
リコラ視点
高架から下を覗いていると、動きがあった。
メタルがビルの陰から飛び出し、風のように走り、戦車のうち一両に取りつく。
砲塔を両手で抱えるように掴み、ちぎり取るように砲塔を破壊する。
急に砲塔が無くなったので、戦車兵が呆然としているのが、ここからでもわかる。
メタルは、そのまま戦車の正面装甲も引きちぎり、エンジンを毟り取ると、次の戦車に取りつく。
そちらの戦車も、一両目と同じ運命を辿った。
メタルが、何か合図をする。
すると、メタルが飛び出したのと同じビルの陰から、わらわらとエミーリアが湧きだしてきた。
「スゴイ!」
ビッキーが、驚きの声を上げる。
エミーリアは、40人近くいるだろうか。
サブマシンガンの銃撃を分厚い盾で器用に弾きながら、アルバトレルスの戦闘員に肉薄し、薙ぎ倒していく。
その光景は、さながら戦争であった。
一つ下の高架にいたアルバトレルスの構成員たちが、何か連絡を受けたかと思うと、全員車に乗り込み、どこかへと走っていく。
どうやら、下の戦いに加わりに行ったようだ。
「さて。某らも、行きましょう。」
作太郎殿が、言う。
クロアも頷き、重機関銃を構える。
ここからは、私たちも戦うのだ。
「じゃあ、ビッキー、頼めるかい?」
私の言葉に、ビッキーが頷く。
「ワカッタ!」
私たちは、ビッキーの触手に掴まり、アルバトレルス本拠地ビルの屋上に降り立ったのだった。




