第20話 包囲
《犯人に告ぐ!貴様らは既に包囲されている!大人しく出てこい!》
外から、拡声器を通したアルプトの声が響いてくる。
窓から身をさらさないようにそっと外を確認すれば、憲兵のパトカーに装甲車、それに加えて黒いワゴンが、裏紅傘を包囲するように並んでいる。
「・・・くそ、憲兵は、ここまで堕ちていたか。」
リコラが、吐き捨てるように言う。
「・・・ふむ。状況は、悪いですな。」
作太郎が言う。
これは、俺も予想外だった。
この地区の憲兵とアルバトレルスは、繋がっていたのだ。
「捕まったら、碌なことにならないでしょうな。」
作太郎が言う。
そのとおりだ。
少なくとも、リコラとクロアは、あのアルプトとかいう憲兵に引き渡されるだろう。
「裏にも、敵。」
そう言うのは、エミーリア。
裏口を確認してきたようだ。
どうやら、事務所は完全に包囲されているらしい。
≪犯人に告ぐ!貴様らは完全に包囲されている!逃げ場はないぞ!≫
また、アルプトの声が響く。
敵戦力確認のため、再び、窓の外を確認する。
敵は、パトカーが4台、黒いワゴン車が5台、そして、装甲車が2台である。
装甲車は、20mm機関砲搭載の歩兵戦闘車が1台に13mm重機関銃が搭載された兵員輸送車が1台。
兵員は、全員が何かしらの火器で武装している。
かなりの戦力だ。
「・・どうする?」
リコラの声が、裏紅傘の事務所に響く。
その声は震えている。
あまりに不安そうな声だったので、思わずリコラを見ると、その表情は硬い。
どうにか平静を装っているようだが、どこか諦めと恐怖に似た色も見える。
クロアの顔を見れば、苦々しげな表情を隠しもしない。
「・・・これは、厳しいですなぁ。1対1ならば斬れますが、多勢に無勢では、如何ともしがたいでござる。」
窓の外を見ながら、作太郎が言う。
作太郎も、この状況が厳しいと思っているようだ。
「ド・・・ドウナルノ?」
ビッキーは、状況がよくわかっていないようだが、周囲の不穏な空気を感じ取っているようである。
その表情は、不安そうだ。
エミーリアは、口を開かない。
いつもどおりの無表情だが、少し、絶望感が宿っているようにも見える。
沈黙。
裏紅傘の事務所内を、沈黙が支配する。
全員の、あの戦力相手には、勝てないと思っているようだ。
リコラは、正しいことをしていた。
街の平和を守り、人々の平穏を守ろうとしていた。
クロアは、平穏を手にしていた。
昏く染まった過去を捨て、新たに平和な日々を手に入れていたのだ。
ビッキーは、楽しそうだった。
学校に通い、それを作太郎に話す時の表情には、幸福が溢れていた。
作太郎も、エミーリアも、そんな彼らを手伝っていたのだ。
彼らは、我々は、決して、間違ってはいなかったはずだ。
それが今、理不尽に蹂躙されようとしている。
敵の戦力は大きく、抵抗すれば、死は免れない。
皆、そう思っているのだ。
こんなことが、あっていいだろうか。
否。否。
あっていいはずがない。
俺は、全ての理不尽から、全ての人を守ることはできない。
だが、目の前で起きる理不尽くらいには、抗ってみせよう。
「どうにか、私だけで済むように、アルプトと交渉してみようか・・・。」
沈黙を破り、リコラが言う。
自分を犠牲にして、他の皆が助からないか、と思っているようだ。
だが、そんなことをする必要は無い。
「大丈夫。リコラは行かなくていい。」
そう言うと、皆の顔が、こちらを向く。
「俺がやる。」
俺が、どうにかするしかあるまい。
理不尽には、さらなる理不尽で。
暴力には、それを超える暴力で。
力を開放する。
今回は、最初から、開放を50まで引き上げる。
装甲車は、強い。
特に、歩兵戦闘車が厄介だ。
20㎜機関砲は、徹甲弾を使えば、ビッキーの殻も貫くだろう。
ただ倒すだけならば、開放30程度で十分だが、皆を守りながらとなれば、開放50が妥当だ。
解放した瞬間、クロアが、信じられないものを見たような顔で、俺の方を見る。
ビッキーは、いきなり殻を閉じた後、少しだけ殻を開けて、そっとこちらを伺う。
作太郎も、驚いたような顔をしている。
エミーリアは、何故か得意げだ。
リコラだけ、何が起きたかわかっていないようだ。
「・・・メタルたちを雇ったのは、正解だったようだ。」
そう、クロアが言う。
「どういうことだ?」
リコラが、クロアに尋ねる。
リコラだけ、ここにいる中では、戦闘力が低く、俺の力を感じ取れていないようだ。
「見ていればわかる。」
クロアは、それだけ言う。
愛剣を抜く。
『ん?仕事ぉ・・・?』
愛剣の言葉に頷く。
「そうだ。仕事だよ。」
『わかったぁ。がんばってねぇ・・・。』
仕事だと伝えても、眠そうな雰囲気は崩れない。
俺の愛剣は、マイペースだ。
「俺は、正面の敵を倒す。」
俺の言葉に、エミーリアとクロア、作太郎が頷く。
それに驚いたのは、リコラだ。
「えっ!?そんなこと・・・。」
リコラは未だに俺が勝てないと思っているようだ。
だが、リコラに説明する時間も惜しいので、話を進める。
「皆は、背後から突入してくる敵に備えて。」
背後に配置されている敵は、俺が正面から出たら、リコラ達を捕縛しに動くだろう。
だが、作太郎にクロア、エミーリア、ビッキーは強い。
並の相手には負けないのだ。
ここは、任せても大丈夫だろう。
リコラ以外全員の表情に覚悟が宿ったのを見て、俺は、裏紅傘の正面扉を開くのだった。
*****
アルプトは、勝ったと思っていた。
これだけの戦力を揃えれば、あの糞生意気な青鉄旅客の小僧も、敵わないに違いない。
たとえ、装甲車がやられたとしても、他の者を人質にとれば、どうにでもできるだろう。
あの青鉄旅客が出てきたら、背後の部隊を突入させればいいのだ。
そうすれば、裏紅傘の3人、リコラ、クロア、ビッキーは俺の物だ。
二度と刃向かわないようにしっかりと「教育」してやらねばなるまい。
ああ、楽しみだ。
アルプトが、そんな下種なことを考え、内心で舌なめずりしていると、裏紅傘の正面扉が開いた。
あの旅客だ。
その手には、抜き身の剣を持っている。
信じられないことに、戦う気だ。
バカめ。
教養のない旅客は、この戦力を見て、不利だと考えることすらできないようだ。
右手を上げる。
「後ろは狙うなよ。撃て!」
そう言い、右手を振り下ろした。
*****
裏紅傘の前に出ると、アルプトが、驚いたような顔をしたのが見えた。
まあ、それもそうだろう。
これだけの戦力に対し、正面から出てきたのだから。
「撃て!」
アルプトの声で、敵が一斉に発砲を始める。
本来なら、この攻撃で八つ裂きにでもなるのだろう。
だが、俺を倒すには、火力が足りない。
集中する。
すると、全てがスローモーションに見えはじめる。
真っ先に俺に到達するのは、砲口初速の速いバトルライフルの弾。
続いて、20㎜機関砲弾。
その次に、13㎜重機関銃弾、サブマシンガンの拳銃弾と続く。
その弾を、愛剣で弾く。
20㎜機関砲弾は榴弾のようで、剣で叩くと爆発する。
この弾は後ろに通すと危険なので、優先的に止めておく。
どうやら、俺を狙ってくれているようで、背後に飛んでいく数は少ない。
弾を弾きながら、ゆっくりと進む。
俺の前進に、敵が動揺しているのがわかる。
歩兵戦闘車の方に歩みを進めると、歩兵戦闘車は動揺し、退こうとする。
しかし、周囲の車や兵員が邪魔で、上手く動けないようだ。
撤退できていない敵歩兵戦闘車の正面に到達する。
歩兵戦闘車に掴みかかる。
破壊するのも勿体ないので、そのまま持ち上げ、逆さまにする。
機関砲を撃たれると面倒なので、砲身だけは曲げておく。
次は、装甲兵員輸送車だ。
10mほど離れた位置の装甲兵員輸送車へと向かう。
装甲兵員輸送車は、うまく逃げだしそうになっているので、少し急いで近づく。
常に周囲の敵から銃撃されるが、ダメージにならないので無視する。
逃げていく装甲兵員輸送車に追いつき、歩兵戦闘車と同じように逆さまにする。
13㎜重機関銃は銃架に設置されていただけなので、これで撃てないはずだ。
次に、近くのパトカーのボンネットに、踵落としを喰らわせる。
エンジン部はひしゃげ、走行不能になった。
次は、黒いワゴンだ。
車の側面から、エンジンルームを愛剣で切り裂く。
エンジンルームは見事に真っ二つになり、車は動かなくなった。
そのまま、車両を破壊していく。
途中、弾が切れたのか、兵員たちが直接攻撃しに来た。
兵員たちを、数mほど吹き飛んで気絶するように殴る。
殺さないように気を付けなければいけない。
数台の黒いワゴン車が、エンジンをかけて反転する。
逃げ出す気だ。
まあ、黒いワゴン車ならば、止めなくてもいいだろう。
いずれ、潰すのだ。
ただ、どこに逃げたかわからなくなっても困るので、一台を捕まえ、転がす。
それを最後に、周囲が静かになる。
確認すれば、立っているのは、アルプトだけだ。
ふむ。
思ったよりも歯ごたえは無かった。
俺は、アルプトに歩み寄る。
すると、アルプトは、少し慌てているものの、まだ余裕があるような声色で、声をかけてくる。
「や、やあ、お強いですな。流石に予想外ですよ。」
ふむ。
まだ、何か策があるな?
「そこで止まってくださいね。これ以上近づけば、裏紅傘の中で待っている人たちが、どうなっても知りませんよ?」
ほう。
何かあるのだろうか?
次の瞬間、裏紅傘の窓が割れ、何かが飛び出してくる。
ヒトのようだ。
・・・見たことのない人物である。
飛び出した人物は、2、3回バウンドすると、気絶したのか動かなくなった。
それを見たアルプトは、露骨に慌て始める。
裏紅傘の、扉と、シャッターが開く。
そこから出てきたのは、傷は少々あるものの、健在な裏紅傘のメンバー全員だった。
「ば・・・ばかな!?」
アルプトが、狼狽する。
どうやら、裏紅傘の背後から背後から突入した部隊が、切り札だったようだ。
大方、裏紅傘の誰かを人質に取って、こちらと交渉するつもりだったのだろう。
裏紅傘メンバーの傷を見ると、決して弱い相手ではなかったようだ。
だが、どうやら、裏紅傘の戦力を見誤ったようである。
リコラが、近くまで来て、口を開く。
「アルプトさん、流石に、犯罪組織と繋がっているとは・・・。見損ないました。」
リコラの言葉に、アルプトは、びくりと震える。
さらに、クロアが続く。
「アルバトレルスの本拠、吐いてもらうぞ。」
そう言い、アルプトの首根っこを掴み、持ち上げる。
クロアに吊るされたアルプトの表情は、先ほどのリコラ達のように、絶望に染まっているのだった。




